俺が女の子にされた理由(ワケ)

コタツ

3話ぼっち飯を食べる少女は美少女で

 昼休み。古典の授業の静けさとは裏腹にチャイムが鳴ると教室は騒がしくなる。多くの生徒が食堂を利用するためか、数分すればクラスの人数も目で数えれるくらいになる。
 うるさい連中が居なくなったからか、いつも静かな生徒達が友人内でケータイを見せ合ったりしては驚いて、笑ってそれはもう幸せそうな休み時間を送っている。 はずなのにちらほらと自分に視線を向けられるのは俺が彼らからすれば招かれざる客だからなのかもしれない。

『どうして教室に残っているんだ』
『早く学食いけよ』

  と邪魔者を排除するような鋭い視線が向けられると流石の俺も居心地が悪い。
  これなら曽根や弘樹と一緒に学食行けば良かったなーなんて思ったりしながら俺は教室を後にした。
 この昼休み俺が一人なのは理由がある。未だ解決策がない脱女化の方法を模索するためである。授業中はノートを取ったりと忙しく、授業間じゃ曽根達と話してたら考える暇もない。約1時間ある昼休みは俺にとって都合の良い時間帯なんだ。
 とか考えてみるが結局は女である生活が少し疲れてしまったので一人になりたかったのが本音である。
 トイレをしようと休み時間男子トイレに入ってしまいクラスの男子が慌てた様子で間違えてる!!!と連呼され、女子トイレに入ろうにも入れず結局授業を抜け出す羽目になったり……。
 体育の着替えも女子は更衣室に行くのが校則なんだが俺がその中に入るわけにもいかず教室で着替えようとすると曽根と弘樹に拘束され廊下に出されたり……結局誰もいなくなるまで待って着替えると時間なく遅刻して怒られて……。
 職業病ならぬ性別病とか言ってみたり。
 そんな俺が向かったのは人影のない体育館下に設けられた裏庭だ。
 ソフトボール場とサッカー場が隣接されてるからかベンチが置いてあり、コンクリート造りの屋根があるため夏場も太陽を遮断でき暑さ対策も出来る、俺の昼飯スポットの一つだ。
 高校1年の頃なんかは曽根などの仲のいい奴でここに集まり、食後のサッカーは日課だった。
 そんな俺御用達の場所なんだが、近くまで来たところで足を止めた。
 そう、先客がいたのだ。
 ベンチに座り元気のない死んだ魚のような濁った目をチラチラと辺りに向けつつ弁当をつまんでいる。
 ブレザーから見えるリボンからして同学年だが、同じ棟では見たことがないため科学総合学科とかその辺のお偉いさんだろう。
 腰まで伸びたストレートヘアは時折吹く風になびき、それを気にする彼女の横顔は今どきの高校生というよりは清楚なお嬢様を彷彿とさせるよう端麗だ。だが、やはり目が死んでいる。
 闇の組織から隠れて飯でも食ってるのかと不審な動きをする彼女の視線は次第に俺に気づいた。
 一呼吸、二人は見つめ合い時間がゆっくりと進む。 バツが悪くなり俺が声をかけようとした瞬間。彼女は口をワナワナ震わせながら慌てた様子で立ち上がり、弁当の風呂敷広げてはベンチを拭きだした。

 「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!邪魔してごめんなさい!すぐ移動するんで!!!」

 そんな彼女の突拍子のない行動に圧倒された俺だがこの状況は少しまずい。
 彼女の側に立ちはだかる俺、あせあせとベンチを拭く彼女……側から見ればいじめ現場じゃないか。

「え、えっと……。 その、そこまでしなくて大丈夫ですよ? それに先に座ってたんですし、気にせず食べてください!」

 なんとか彼女を落ち着かせると彼女は小さなため息を吐きながら何か口元を動かしながら呟いていた。

『わ、私変な子だよね……せっかく見つけたボッチメシスポットなのにまた探さないと……』

 どうやらすごく訳ありのようだとあまり干渉せず俺も買っておいたパンを咥える。 それにボッチメシスポットってなんだ、君はどこかのヒキタニ君か。
 まぁいっか、お互い名も知らない人間だし場が悪ければ俺が移動すればいい。

「あの……ホントに私座ってて良いんですか?」

「大丈夫だけど。そっちが嫌なら俺がどっか別の所行くよ」

「い、いえ!私は全然大丈夫です……気を遣わないでください」

 気を遣わないでくださいと言われてもそんな震えた小動物のような姿で居られると気を遣わずにはいられない。
それは彼女も同様らしく。

「それに部活のお稽古とかでいらしたのにやっぱり邪魔してるんじゃ……」

「部活?稽古?」

「いえ……えっと、その女の子なのに男装してるからてっきり演劇部の方だと思ってたのですが……」

 ちょっと待て……なんで俺が女だってバレた。初対面で俺はブレザーにズボンだぞ、髪も短くしたし曽根や弘樹も男でも違和感なしと完璧な変装したんだぞ。
 それが出会って数分の見知らぬ女子生徒に一瞬で見破られるだと……この子相当のエスパーなんじゃないか。

「あ、あの!気を悪くしたんでしたら謝ります!ごめんなさい!ごめんなさい!」

「いやそんなんじゃなくてさ……そ、そう!君の名推理に驚いてたんだ!あははは!」

「め、名推理!? 私なんか変なこと言いましたか!?」

「いやなんでもない、忘れて!」

「ふふふっ。変な人ですね……ってその!違うんです!変な意味じゃなく良い意味ですよ!」

 テンションの上下が激しい子だなと感じつつどこかアカが抜け、少し笑みを浮かべた少女はやはり誰が見ても可愛いと唸るほど顔が整っていた。

「ど、どうしたんですか!?私の顔になにかついてます!?」

「ご、ご飯粒がついてる」

「そ、それを早く言ってください!!!」

 もうと怒りながら口を拭う彼女、少し見惚れていたなんてバレたらなんとも言えない空気になってしまう。平常心を保て、女子は苦手だったろ、顔が多少良くても痛い目見てきただろ俺。あんまり深く関わらないのが一番だ。

「えっとその……どうしてここに来たんですか?昼食取るにしても普通の人なら学食や教室利用しますし」

「ちょっと悩み事があってさ、人がいないとか探してたんだ」

「そうなんですね……」

「君は?」

「わ、私ですか!? 私はその……友達居ないんで……。 で、でも別に寂しくはないですし! 大した問題じゃないです!」

 大した問題じゃないと言うわりに彼女の視線の焦点はまばらで俺の方は捉えていない。少し明るかった雰囲気もまた身を潜め力のない笑みを浮かべる彼女に俺もかける言葉がなかなか出てこない。

「そうは言っても、俺の第一印象じゃアンタの見た目とさっきの性格じゃこんなとこで一人飯してる風には見えないけど」

「そんなことないですよ、私は元から人付き合いが苦手でこうして面と向かって話すのも怖くて。 言葉遣いとか大丈夫ですか!? はぁ……ごめんなさい、ため息ばかり」

「良いよ、俺も人付き合いは苦手だし、よく一人になりたい時ある。 友達なんて指の数いりゃ十分でしょ?」

 少しカッコつけてみるも、ここで俺が友達になりませんか? と言えないのは日頃の人付き合いを疎かにしてきたからか。 曽根も弘樹も俺から声をかけて今の関係になったわけじゃない、結局俺も変われば彼女と同じ土俵の人間だ。

「ふふふっなんだか久しぶりに同性の子と話せました。みんな、私とはなかなか話たがらないんで、あなたと出会えて良かったです」

 そだっと立ち上がると彼女はお辞儀する。そんな優等生な作法されても俺が困るなんて考えてると彼女が忘れていましたと頬を緩ませる。

「申し遅れました。私、2年7組熊谷詩織《くまがやしおり》といいます」

「貴女の名前を教えてくれますか?」

「え、えっと中森柚月……」

 大人びいた挨拶の熊谷さんとは裏腹に俺はガチガチに肩を固めこれでもかと言うくらい自己紹介がぎこちない。
 それでも熊谷さんはどこか満足気に俺から遠のいていく。
 そして踵を返し振り返ると優しい笑みを浮かべていた。

「中森さん、またいつか私とお昼を食べてくれますか?」

 俺は返事をすることができず熊谷さんの後ろ姿が小さくなるのを確認してから席を立つ。
 青空のように澄み切った笑みを最後に見せた熊谷詩織、でも彼女の視線はどこか遠く、俺の目は見ていなかった。
 

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