その科学は魔法をも凌駕する。
第145話 闇の解放
「世界を救った長耳族とは言え元は魔族!エミール騎士長と共に国家転覆罪として、その身を拘束する!衛兵!!」
「!」
「違う、私は本当に見たんです!」
大臣は遂に業を煮やしたか、ロードセルによって場内に残る衛兵をその場に呼び出す。
王城の外は魔物の襲来に怯えているというのに大臣の呼び声一つに直ぐ様集まる甲冑の騎士達。
それは大臣お抱えの直下騎士団だ。
最初から街の非難に等回すつもりはなかったのだろう、それだけにこの事態はやはり仕組まれたものなのかとエミール=カズハは今までのこの国への信頼が崩れていくようだった。
宮廷魔術師であるアトランティス=ランフォートも、国王と大臣を庇うように前へ出る。
険しい表情で此方をにらみつける女騎士と、過去にこの国を救った勇者パーティ。
二人に罪はないが、アトランティスにしても大臣や国王すら知らない筈の秘術研究の根幹を知ってしまっている者を放置しておくわけにはいかなかった。
あと少しで全ては終わる。
今代の闇の勇者が魔を打ち滅ぼすまでの間。
それにより全てが無に帰れば自分達召喚士一族の黒歴史も闇に葬り去ることが出来るのだから。
ギルド官が主に使用する拘束土属魔術を放つ為にアトランティスはマナを集約し、それを直ぐ様二人に向けて放つ。
「樹木の精霊」
「何っ!?」
だがアトランティスの拘束魔術は目の前のエルフによって軽くも消し去られてしまった。
「アリエルさん!」
「……精霊魔法?長耳族の王にしか使えない筈では、まさか」
「人間の魔術が精霊の民に通ると思わないこと。一城は、先代の勇者は、本当に元の世界に帰したの?エセ魔術師」
戸惑うアトランティスは拘束を諦め、次なる上級魔術を放とうとマナの集約を始める。
だがアリエルは冷たい目でそこにいる者達を見詰めるだけだった。
「ひっとらえろ!!」
やがて数十の騎士が大臣の一声でアリエルとカズハを捕えようと動くが、S級ギルド員「氷城」の名は七光りではない。
カズハの流麗な高速剣舞が瞬く間に騎士達を再起不能にしていく。
甲冑の合間を縫う関節峰打ちは最早見事と言うほかなく、やがて大臣と国王の顔を青ざめさせていく。
だがカズハもアリエルにも、眼前の敵を共闘し、退けた事への悦楽など微塵もなかった。
「国王!!こうまでするという事。それはこの魔を引き寄せ国を繁栄させたのは明らかという証明か。友人エミール、一城の国を憂う気持ちを私はまだ忘れていない。……見過ごせるような事じゃない」
この国の為に、否世界の民の為に。
種族を超えて世界を安寧に導かんとした勇者一ノ瀬一城。
そして幼き頃からその成長を見ているカズハの母、エミール=テナーはアリエルが初めて認めた人間だ。
分かっていたこと、人間が醜い私利私欲の為にしか生きていない種族だという事は。
だからこそ他の為に生きた二人の意志をあざ笑うようなこの国は許せなかった。
「く、私は断じて魔を利用して国を発展させたなどという事は無い。これが我が国の脈々と続く歴史なのだ」
「魔族めが……訳の分からん妄想で一国に楯突こうとは。アトランティス!何をしている、貴様が懇願した故、見込んで仕えさせたのだ、早くそこの魔族と反逆者を始末しろ!!」
「っ、は!」
アトランティスにしても必死だ。
ここの二人は何故だか真実に近づいている。一体なぜと。
だがもしエミールの話が本当なら、一番この秘術の真実に近いのは……
「――ふふ、何と下らない争いか。だが余興には丁度いい」
「!?」
「な、ダル?!」
「殿下?」
アトランティスの憂いを読み取ったかのように突如その姿を見せたのは、この国で最も王位から遠く隠したい存在。
第三王子ダルネシオン=ファンデルであった。
国王は自分の息子が何故ここにいるのかという事態に目を丸くした。
大臣ですらも戦々恐々とした事態をも一瞬忘れそうになるや、次ぐダルネシオンの言葉にはその場にいる誰もがその身を凍らせることになった。
「この世界は、間もなく吾のものとなる」
「な!?」
「ダル、お前、何を」
誰もがその言葉の意味が分からなかった。
国王は我が息子がとうとう取り返しのつかないところまでおかしくなってしまったと、歩みを寄せる。
だがダルネシオンはそんな周り等意に介さぬよう、ただ悦に浸り言葉を続けた。
「エルフ、そして先代勇者一ノ瀬一城の娘。残念だがそこの老害どもはこの秘術に関して何も知らないのさ。自らの代も平穏に事なきを得たい一国の王は歴史に目を瞑り、側近は邪魔者を排除することに生を賭す死に体……大局も見れん愚かな時代錯誤はとっとと幕を引けばいいのだ」
「なん、だと?ダルお前は、何かを知っておるというのか。この国の歴史を」
「殿下と言えど、王位継承権もないものの発言には相応しくありませんぞ」
「まさか……」
事態に困惑を見せる国王と大臣、アリエルとカズハを除き、全てを知るアトランティスはそのダルネシオンの言葉に焦燥を覚え始めていた。
「この国で行われている召喚は悪魔族の秘術。過去に魔族と結託したある召喚士一族が編み出したものだ。その力の根源たるは闇の力、召喚は出来ても戻還など出来るはずもない。それどころかこの国は英雄を危険とし処分してきた!召喚士と共に。アトランティス=ランフォート、お前はその一族の一人だな?わざわざ宮廷魔術師として取り入って来たのは何の真似だ?お前も消されると解っているはずだ、なぁ、大臣」
「な!?」
「ど、どういう、事なのだ……勇者を処分、だと?ダル、大臣、お前たち一体」
城外の轟音がいつの間にか鳴りやんでいた。
ダルネシオンの登場によって混乱の場と思われた王の間は静かに、だが歴史を知るものの表情は険しい。
アトランティスの額に一筋の汗が滲む。
秘術のサイクルをこの王子は知っている。
だとすれば魔を生み出し、世界を危険に晒しているのは召喚士一族の自分達だという事に。
それだけは消し去らねばならない過去。
自分達一族は、少なくとも初めからこの事態を望んでいたわけではないのだから。
これが最後なのだ。
今代の闇の勇者が消えれば。
魔が消えれば。
過去の怨恨も結晶化された闇の魔力結石も、そして秘術を継ぐ者も。
すべてがこの世界から消えてなくなるのだから。
「お父さんは、利用されていたの、この国に」
「だとしたらやっぱり……一城は。うすうす感じてはいた、勇者召喚は悪魔の儀に似ている」
カズハの呆然とした言葉に、アリエルが被せるようぼそりと呟く。
その目は冷たく、大臣を射貫いていた。
王の間にひんやりとした魔力が渦巻く。
「はははは、一城は気付いていたよ!彼は賢かった。この秘術を調べ、世界を根本的に変えようとしていた。どこかの老いぼれ達とはまさにゴミと神の差だ。一城は吾にとっても友人だった……共に秘術を紐解き、そして解ったのだ――――この世界は守るに値しない」
刹那、ダルネシオンは不可思議な言葉を紡ぎ始めた。
「それは!!」
アトランティスは思わず駆け出していた。
ダルネシオンが紡ぐ言葉の意味を理解したからだ。
それは秘術でも使う事のない解放の詞、破壊の言葉。
すべての歴史に刻まれた怨恨の闇が、秘術の破壊と共に溢れだす。
最後の召喚が、アトランティスの計略が、一族の恨みが。
「――千と万の血脈に継がれしその魂に呼応し、還れ闇の者よ」
「よせぇぇ!!」
――解放
気付けば掲げられたダルネシオンの手に握られた魔力結石が、何かの意志に呼応するよう紫煙を吐き出し、王の間にずおっとした重苦しい空気が満ちた。
「ぐあ」
「ぬおおぉ!?」
「ははははは、前魔王セレス復活の時だ!そして吾に下れ、魔の者よ!!」
「くっ!!セレスの復活、まさか」
「アリエルさん!」
紫檀色の霧がダルネシオンを取り巻き、そこにいる国王、大臣、アトランティス、アリエル、カズハ、そして騎士たちを分厚い壁まで吹き飛ばす。
ダルネシオンの笑声が木霊する。
だが数瞬の後にその霧は止み、ダルネシオンの笑いも途絶えていた。
皆が体を起こした時、代わりに聞こえたのは疑問の声だった。
「なん……だ。魔力が、外へ?」
突如城が揺れた。
城と言うより地が揺れ、まるで隕石が大地に叩き込まれたような衝撃がその場にいる全員を巻き込んだ。
そして聞こえる何かの雄たけび。
低く、腹の底を震えさせるような悪意に満ちたその声は。
「……いや、成功したのか。ふふ、見るがいい!!この世界は吾のものだ、前魔王セレスの復活をその目でよく刻んでおけ、老害ども!!」
ダルネシオンはここぞとばかりに最上級魔力結石の力を壁に向けた。
轟音と共に王の間が半壊し、瓦礫の山から城外が露になる。
漆黒の空が広がり、城下町は所々火の手が上がる。
数刻前まで上空を飛んでいた魔物も今はその姿が見えない。
だがその代わりと言ってはあまりに理不尽、あまりに巨大、あまりに不可解な何かがその場にいる皆の視界を埋め尽くしていた。
「な」
「な、なんだ、あれは」
「あれが……魔王?」
「違う、セレスじゃない、あれは、なんだ」
カズハは広大なこのファンデル王都の街、その一部を踏み潰すほど巨大なその魔物に目を奪われ、これが魔王なのかと硬直していた。
だがアリエルは知っている。
過去一ノ瀬一城と打倒した魔王セレスと、目の前のそれは全くの別物。
「これは、何故だ!失敗だというのか!まだ闇の力が足りなかったとでも!?いや、間違いない筈だ。あいつも言っていた、解放の言葉、勇者封印の間、闇の力は繰り返す。この力で確かに魔は」
――コォォォォ
「カズハ!!」
眼前の巨大な生き物がこちらを向き咆哮した気がした。
アリエルは咄嗟にカズハの元へ飛び様、風の精霊による封魔結界を展開。
直後だった。
街を一踏みで壊滅させる事も容易いであろう魔人とも呼べそうなそれは、禍々しい輝きを蓄え、その敵意をこちらに向けていた。
声も上げる事すら叶わない速度で、王の間は半壊した。
集約されたエネルギーに呆然まさしく直撃した人間を軽くもその場から退場させ、その余波を自らの結界で防いだ者ですら崩れ落ちる床には抗えなかった。
「アリエルさん!!」
「大丈夫、カズハ!?」
「なぜ……私も、助けた」
アリエルは片手にカズハを、もう一方で魔術師アトランティスを掴んで宙を飛んでいた。
だがアトランティスは助けられながらもその表情にすでに覇気は微塵も感じられない。
「事の真相を知っている貴方はまだ死なせない。それよりあれは、何。こんな強大な魔は……セレスの比じゃない」
アトランティスは崩れる城の端でその魔をただ見詰めていた。
ダルネシオンのやろうとしたことは想像がつく。
過去の遺恨を蓄えた、地下に眠る闇の魔力結石、その解放だろうと。
循環も何もない、過去の闇を全て外に解き放っただけ。
なぜそれを知ったのか、あの秘術を読み解いたとは到底思えない上っ面のもの。
だがこうなってしまえば最早アトランティスに思うところは何もない。
秘術は壊れ、この国の悪しき循環も壊れるだろう。
それならそれでいい。
アトランティスの目的もそうだ。
だがアトランティスはその闇同士を相殺させ、世界に影響なくその召喚士の歴史を終わらせようとした。
闇が無謀にも解き放たれては世界の歴史も終わりかねない。
それもいいか、と。
アトランティスは回らぬ思考に、全てを諦めようとした。
「私が、止めます」
だがアトランティスの気持ちとは裏腹に、そこにはまだ世界を守ろうと輝きを失わない「勇者」の姿があった。
「カズハ……本当に大きくなったのね。昔の一城のよう」
「無理だ、世界はもうじき終わる。あの闇の権化を見るといい……一体どれだけの闇があそこに集まっているというのか。これが歴史、これが清算だ。世界は一度消えた方がいいのかもしれない」
「貴方達の欲望と憎しみの末を押し付けないで。あの王子が言っていた、この世界は守る価値もないと。貴方のような人間がいるなら一理ある」
再度の咆哮が響く。
項垂れるアトランティスを他所に、カズハは腰の剣に手を当て覚悟を決めたようにアリエルへ視線を向けた。
「私は、勇者にはなれないけど、この世界が守るに値しないなんて思ってません。アリエルさんがその証。種族を越えてついてきてくれる仲間を持った父が守ろうとした世界、私はそんな世界を汚いなんて思わない」
自分の父が戦ったのはきっと世界のみんなの為。そして仲間、友の為。
きっとこの国の為に戦った訳じゃないとカズハは理解していた。
結果そんな父がこの国に利用されたのだとしても、それでも父が守った世界は、仲間は無駄なんかじゃないと。
カズハはここで全てを諦めるわけにはいかなかった。
「アリエルさん、力を、私にも力を貸してくれますか?きっと私一人じゃ手に負えない」
「ふふ、当たり前。それにきっと外で暴れてる戦闘オタクも気付いてるわ。もうじき偏屈爺のシュダインも」
「誰が偏屈爺じゃ、こりゃ!」
「シュダインさん!?」
まるでアリエルが呼んだのでは無いかと疑うほどのタイミングで、今にも崩れそうな回廊に姿を現したのは白い髭を何百年と蓄えた老人。
その身長はカズハの胸元程しかないが、筋骨隆々な体躯は歴戦の戦士と言って差し支えない。
ドワーフ、剛斧のシュダインはいつの間にか大きくなったカズハを見るなり、まるで自分の孫娘を見るような優しさで再会を喜んだ。
「シュダイン、再会は後。今は」
「わかっとるわい。そう急かすな、だがあれは……儂らの手に負えるかどうか」
「何故、そこまでこの世界を……この世界は守るに値しない。その通りだ、人が人を潰し合い、足を引っ張り合い、憎しみ合う。結果がこれだ!我ら召喚士の一族も、結局は私欲にまみれた闇同然、そんな世界等滅びればいい!」
「何じゃこの若造は?」
喚き散らすアトランティスに白い目を向けるシュダイン。
アリエルは溜息混じりに今までの事態を簡潔に話した。
「そうか……一城までもがの。だがお人好しではあるが、あいつがそう簡単にやられる玉とは思えんが。しかし若き術士よ、お前の言い分は随分身勝手じゃな。この世界はお主ら人間だけのものではない、勝手に消されてはかなわんのだよ。お主には何か大切なものはないのか?」
「大切、なもの」
アトランティスはただ一族の為に、その生涯を閉じる筈だった。
それが召喚士の一族としてごく自然。
ふと、まだ小さい娘の姿と、村落に置いてきた妻の姿が脳裏を過ぎった。
何故今更。
二人はどうしているだろうか?
一族はいつか滅びるべき存在だ。悪魔と契約してしまった一族はどちらにせよいずれ消される運命。
だが妻は、娘は、もし許されるなら、自らの死を対価に幸せを与えられまいか。
そんな儚い思いがアトランティスにほんの僅か、微かな生きる希望となって顔を上げさせた。
「アリエルさん!!」
「っ、樹木の精霊!風の精霊!」
城外の巨大魔人が、また城の一部を破壊せんと漆黒の波動を投げる。
その姿は何処か苦しそうにも見え、何かを狙って破壊しているわけではないようだった。
「でもどうすれば……流石に私も検討がつかない」
「だそうだ若き術士。手を貸せ、最早猫の手も借りねばならんようじゃ」
アトランティスは考えた。
今や扱う事も、扱える者すらいない国のお飾り。
人類の兵器、戦争の火種。
これだけの魔力を持つ者が集まるのなら、自分ならばと。
「魔力砲だ」
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