その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第142話 一触即発


 重厚な石造り。
 所々金で装飾された朱色の絨毯が敷かれた広間で一際風格を漂わせる白髪に金冠を乗せた男、ルダーナ=ファンデル。
 今や数百と続いたファンデル王国の現国王は、重々しい足取りでズシッと玉座に腰掛けた。



「始まったのか……」

「えぇ、どうやらその様ですな。ただ現勇者のナカタニスワンの所在は依然掴めない様子……現在は当国の騎士団、ギルド各員が対処している様です」


「ふぅ、そうか。今代は全くどうして、いささか不安ではあったが……大丈夫なんだろうな?」



 国王は玉座で苦虫を噛み潰したような表情を大臣と宮廷魔術師であるアトランティス=ランフォートに向けていた。


 僅かな動揺を見せるアトランティスではあったが、勇者の召喚はどうあっても禁忌の秘術。召喚される者も変数的である事は国王も承知の事だ。

 そんな空気を見兼ねてか大臣が更に言葉を連ねる。



「前回がうまく行き過ぎたのですよ、国王陛下。何やら以前の時に比べ魔物の数も多いようで、今回は未だ魔王の所在も不明。と言っても所詮魔族の考えている事など我々には理解できますまい。いざとなれば魔力砲マナグローブの準備もあります……そうだな?アトランティス」

「は……いかようにも」



 大臣の説得を聞き入れ、何とか安心を取り戻したように腰深く座り直す国王。
 
 防音壁が用いられているこの玉間であるが、先程から僅かに感じる振動はそれだけ外が騒がしいと言う事実。
 そんな自国王都が魔物の襲撃を受けているにも関わらず、ここまで悠長に事を構えていられるのはやはりそれが歴史の中の必然であるからか。


 この魔物の襲来と勇者の召喚はこの国にとって表裏一体のもの。
 ファンデル王国がかの大国ノルランドに次ぐ栄華を手にしたのも、これあっての物種と言って過言ではない。
 

 僅かな沈黙の後、タイミングを見計らっていたかのように大臣が静かに国王へ耳打ちした。


「ところで……ダルネシオン殿下の動きを不穏に思う者が増えているようです」



 大臣の言葉には流石の国王も顔をしかめていた。
 今となっては魔物よりも頭を痛める問題児、ダルネシオン=ファンデル。
 ルダーナ国王には今や銀翼の騎士団を纏める程の長男ユーリス=ファンデルに、王女ミュゼ=ファンデルと二人の子がいるが、二男であるダルネシオンに限っては最早国王も目を瞑りたくなるような子であった。



 幼い頃は活発で愛想もよく、寧ろ長男よりも王の器であったようにも思えたダルネシオン。
 それがある日から自室に篭もることが増え、あまりに身勝手が過ぎるような所作はとてもではないが見過ごせるようなものでは無かった。
 国王は出来る限りの物をダルネシオンに不自由なく与える代わりに、その行動を抑止した。

 晩餐会、パーティー、昼間の城内の徘徊や街への視察も。

 顔や名が出来る限り広まらないよう、ダルネシオンを無かったことにしたかったと言うのが正直な所かもしれない。
 
 にもかかわらず、最近ではダルネシオンが自室にリトアニアの商人を独自に呼び込んだり、夜な夜な城内を一人で散歩しているなどと言った噂も国王の耳には入っていた。
 

 そんな中、夜更けに突然氷城の騎士団総長であるエミールが部屋に駆け込んで来た事を大臣は国王に伝える。
 エミールはダルネシオンが地下牢で何かをしている事、使者を独自に操りリトアニアグループをその手にしようとしていると言う所まで掴んでいるようであった。


「うぅむ、ダルめ。あやつ何を考えている……リトアニアの利権でも狙うつもりか、にしても地下牢とは。アトランティスよ、彼の召喚術とやらは誠に大丈夫なんだろうな?」


 その視線が再び宮廷魔術師であるアトランティスへ向く。
 それは勇者召喚の儀が地下牢にて極秘に行われているからであり、ダルネシオンがそれを用いて何かおかしな事にならないかとそんな不安を問う言葉であった。


 だがアトランティスにとってそんな事態は問題でもない。所詮は子供の稚気程度、そもそも本来召喚に必要な秘術の研究は別の地下牢で行っている等、国王ですら知らない真実なのだから。
 

 アトランティス=ランフォートは数年前よりこのファンデル王国に仕える宮廷魔術師である。
 此度の勇者召喚に手を貸したのも当然彼であり、代々続くこのファンデル王国の偽りの繁栄を知りながら、この騒動が終われば自らも消される事も知りながら、敢えてこの国の宮廷魔術師となった。

 そうまでして彼がこの国の禁忌に触れる理由はその召喚術、ひいてはそんな歴史の断片に自分の一族の関与があるからだ。
 そしてそんな一族の汚名、遺恨を此度の召喚で全て無に返そうとしている事は誰にも知られる事のないアトランティス最後の使命とも言える。


 アトランティスは敢えて冷静に、一歩踏み出し国王へ告いだ。


「この召喚術には複雑な数秘があり、一つの召喚陣をつくるのもすべてを理解しておらねば発動すら叶いません。ましてや魔力を自在に操る事が出来なければ次の段階にも進めず、最終段階では」


「――もうよい、わかった」
「……は」

 アトランティスは宮廷魔術師らしく、ファンデル王国に代々引き継がれるこの召喚術について国王に説明した。
 と言ってもこれは魔術式理論を適当に難しく話しただけのもの。半分は本当で半分は嘘偽りだ。
 それでも専門家でもない国王にはつまらない話に聞こえただろう、アトランティスは上手く話題を逸らせたことに一度胸をなでおろしたのだった。


「しかし如何しましょうか、この事に感づいておりそうな者はいるでしょうが、まさかエミール騎士長がここまで……」

「いっその事引き込んでしまう他あるまい。最悪ユーリスとの縁談でも組ませれば、話もそう外へは向かんだろう」

「ですがエミール騎士長の気質から申しましてもやはり前勇者と言いますべきか、そう上手く行くかどうか」




――「話は全部聞いたわ」


 国王が頭を抱えようとしたそんな刹那。
 突如として開かれる玉間の重厚な扉に国王、大臣、アトランティスが一斉に顔を上げそちらに視線を投げていた。


 そこには目を見開き、唖然とするまだ年若い女の姿。
 銀メイルに身を包み、腰に一振りの剣を差しているのは氷城の騎士団総長であり、元勇者の娘エミール=カズハ。

 そしてその隣で国王へ毅然とした言葉を放ったのは他でもない、過去にこの世界を救った勇者パーティの一人、長耳族エルフアリエル=エルフィーユであった。


「これを仕組んだのは国王陛下だったと言われても仕方ないわ」
「こ、アリエル殿」

「まさか、ここは防音壁だと言うに……魔族めが」

 エミールの突然の入室に加え、それ以上に何より過去勇者の一団の一人がここに現れたと言う事には国王も大臣も流石に驚きを隠せない。
 しかもここは完全防音壁、先の会話が外に漏れる事などにわかに考えられない事だった。

 だが相手は魔王をも打ち倒すかの勇者パーティ、しかも滅多に外界へ姿を見せる事などないエルフ。
 最早誤魔化しは効くまいと大臣はただ歯噛みするしかなかった。

 実際はエミールの能力である体感肥大によるものだが、それをここで知る者はアリエル位だろう。


「全て話して、国王陛下」


 アリエルは透き通る鈴の音のような声で、だがしかし氷よりも冷たく目の前の国王にそう問い質した。


「これはエミール騎士長……外は乱戦の様だが、都民の避難はお済みか?」


 アリエルの問いかけを無視して大臣が横槍を入れる。

 先のエミールによる騎士長命令は当然ながら大臣も聞いていた言葉だ。
 城下町ならまだしも、城内において平民を最優先させるようなエミールの発言はこの場で唯一大臣が放てる皮肉であった。

 本来であれば「乱戦に避難せずとは王家の鏡か?」とも返したい所であるが、そんな大臣の嫌味等この場においてエミールにとっては些細だった。


「大臣、よい……」
「ですが」
「下がっておれ」

 国王は遂に何かを諦めたような表情でそう言うと、大臣を制して眼前のエルフと騎士に向き直る。


「聞いての通りだ。いや、薄々勘付いている者も我が国には多いだろうが――この魔の襲来が起こる度、我が国はある一族の数秘術を用い勇者を召喚して来た」


 その言葉にエミールはハッとしたように意識を戻すと、玉座まで一歩また一歩と歩みを進める。

 
「……では、陛下はこの事態を予測していたと」

「それが、脈々と続いて来た歴史だ。だがそれを打ち倒すのもまたファンデルの歴史である事に変わりはない」

 
 エミールはそんな話に違和感を感じざるを得ない。

 魔物が出たから勇者を召喚しそれを打ち倒した。それだけならばファンデル王国はただの英雄だ。
 だがそれが繰り返されるファンデル国の歴史だと言うならば、それを起こす原因が何かあると言う事。

 エミールは思う。
 国王はそれを隠しているのではないのかと。

 アリエルが言う大きな闇、自分が地下牢で見たダルネシオンとあの黒き魔力結石。
 これらを考えた時、導き出される答えは一つ。


「魔を、魔王を生み出しているのは……この国なのではないですか、陛下」


「な……」
「氷城のエミールよ、それは陛下だけでなくこの国に対する狼藉に値するぞ。正気か?」

 
 気付けばエミールは心に燻っていた疑問を遂にこの国の最高権力に問うていた。
 大臣もそんなエミールの発言には流石に苛立ちを抑えられない様子であるが、それもその筈。上流貴族ですら国王へ意見するなどそうは無いのだ。

 それをただ過去勇者の娘だと言うだけの成り上がり平民が、仕えるべき自国の王に向かい疑いの異を唱えるなど、本来であれば一遍たりとも許されるような事ではない。

 だが今のエミールにそれが出来たのは、側にアリエルと言う誰よりも信頼に値する仲間がいたからか。


「私は、確かに見たのです。ダルネシオン殿下が東の塔から地下牢へ降りるのを!そこには闇の魔力結石がありました、あれは……あの闇が魔王の権化ではなくて何だと言われるつもりですか!」

「!?」
「何の、話だ……東の塔?大臣、どういう事だ」

 まるでそこが戦場でもあるかのようなエミールの剣幕。
 だがそれに反して国王は戸惑った様子で大臣を見る。


「ここには何か大きな闇がある。それは確かよ。カズハの見たものが闇の魔力結石なら国王陛下、貴方がこの国の繁栄に魔を使った」

「何を、言っている……おかしくなったのか?大きな闇だと?ふざけるな、過去に世界を救った救世主だからとて魔族の分際で。大体地下牢に行くのに何故東の塔なのだ、エミール騎士長……まさか貴殿、そこのエルフとやらに何かを吹き込まれたのではあるまいな!これ以上の狼藉は国家転覆罪に値するぞ」

 怒れる大臣は遂に腰溜めから隠し短刀を抜き放ち、同時にロードセルをその手にしていた。


 剣その身で一つの騎士団を纏める、ましてやS階級ギルド員のエミールに対峙できるとは大臣も思ってはいない。
 場合によっては反逆の意思ありとして衛兵を呼ぶつもりなのだ。
 大臣の背後には宮廷魔術師であるアトランティスも控えている。


 最早玉間は五人を囲んで一触即発の空気を漂わせ、外界から響く微かな振動はその場に何か不穏な臭いを纏わせていた。


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