その科学は魔法をも凌駕する。
第141話 圧倒的力の差
ファンデル王都の敷地は広大だ。
フレイの実家がある白土の灰地もまるで砂漠の一角の様に広いが、それを優に上回る面積がほぼ全て家屋で詰まるとしたらやはりここは数少ない首都と言える。
そんな首都が魔物に襲撃を受け、それを収めたとなればそれは世界中にとっても大ニュースであり、ファンデル王国の兵力は十二分に他国への牽制となり得るだろう。
そんなファンデル国の計略を他所に、ここサルト地区では、A階級ギルド員のサルマンとB1階級ギルド員フレイ=フォーレス他一名が二匹の魔族と対峙していた。
都民の避難と魔物の殲滅。
いつになればこの魔の軍勢が消え去ると言うのか、今代の勇者がこの事態を本当に収めるだけの力があるというのか。
未だ衰えを知らない魔物の進行は、皆の心に僅かながらの不安を過ぎらせていた。 
それでも自らの正義を歪める訳には行かないギルド員達。だがどんなに正義を掲げようとも、流石に二体の魔族を目に留めそこへ身を投じる等と言う事は相当な場数を踏んでいなければ躊躇いが出るのもまた事実であった。
「フハハハ、何だそのひ弱な魔力は?目障りだ、今なら見逃してやるぞ。オレはそこの悪魔に用があるからな」
「ふん、人の陣地で魔物が何を偉そうに。ここは人間の縄張りだ、仲間割れなら他所でやってくれ」
サルト地区部隊唯一のA階級であるサルマンは、それでも先陣を切ってそんな魔族達の元へと飛びこんでいた。
争う魔族のうち一体に向けて早々に中級魔力結石を用いた雷光を躊躇いなく打放つ。
だが何の気もなくそれを首だけで躱して嘲笑う魔族。
悪霊族と呼ばれる部類、デーモンである。
螺旋状に伸びた二本の角はその個体が完全に成長を遂げている事の証。高々中級魔力程度ではかすり傷一つ与えられはしないと言う事は、A階級であるサルマンには分かりきった事だった。
つまり魔力結石によるその行動の目的は攻撃ではない。
「で、どうすんだよ……流石に不味いだろ。ギルドは応援よこしてくれたんだろうな?」
「心配するな、ネイルとサニアが采配を振ってるんだ。直ぐに来る、私達も生きて戻るぞ」
フレイはサルマンに続いてもう一人のB階級ギルド員と肩を並べ、剣を両手で握り直すともう一体の魔族、ガーゴイルと対峙した。
 
「死霊共が、グケ!我らこそはベルゼブブ、シェイプ様に仕えし最強の悪魔族。魔王セレス様が復活し、世界はまたシェイプ様の思うがままだ」
漆黒の翼を数度バタバタとはためかせると、ガーゴイルはフレイ達など眼中にないかのようにサルマンと対峙するデーモンへそう挑発を向けた。
「フハ、所詮お前もガーゴイルと言った所か。低俗だ、オレは元魔王の右腕だか暗黒騎士だか知らんがデュラハン等に仕えるつもりもない、魔王セレスとやらも必要ない。少しは話せるかと思ったが、これ以上は時間の無駄だな悪魔族の面汚しが」
「グケ、何だと……貴様こそシェイプ様を侮りすぎだ。デーモンなどと若手の悪魔族の分際が、シェイプ様より給いしこの力、我も自らを解放しようぞ!!」
互いに方向性の相違があったと言う所だろうか、悪魔族のガーゴイルは紫壇色の塵煙を身体に巻き上げ、遂に戦闘態勢に入っていた。
「ぐっ」
「これは」
「ちっ!まだ成長するか、疾風障壁」
立ち込める闇の魔力、それは人も植物も容易く狂わす瘴気ともなり得る。
サルマンは背後でフレイ達が対峙するガーゴイルの異変を感じ、直ぐ様風の中級魔力結石を用いた防御魔術を発動させていた。
三人を囲うように渦巻く疾風の壁は漂う瘴気を振り払いながら、やがてその役目を終えたとでも言いたげに中空へと舞い上がって消えた。
渦巻く瘴気を吸い、見れば魔族ガーゴイルの体躯は艶を増している。
骨格がはっきりとし、背筋も何処か伸びきって先程よりも数段賢そうに見えるそれは何処か風格すらも感じられた。
デーモンはそんなガーゴイルをにやりと一瞥する。
 
「フハハ、それが貴様らの隊長ベルゼブブの力とやらか……相も変わらず数奇な術だ」
「クククク。笑っていられるのも今のうちだ……そこの鼠もろとも消し去ってくれるわぁぁ!!」
「知能が上がった?……来るぞっ、二人とも!!」
新生ガーゴイルの覇気を受けサルマンが二人に叫ぶ。
フレイも手に持つマナコアへ魔力を込め、眼前の敵の動きに意識を集中させながらいつでも飛び出せる態勢を取っていた。
刹那。
 
――ボトンと、低く鈍い音が地に響く。
皆の視線がやんわりとそこへ向く。
「な」
「これわっ!?」
漆黒の塊。
真紅に染まる双球は見開かれたまま中空を見つめている。
それは悪魔族ガーゴイルとは似て非なるもの。
「シェ、イプ様!?」 
ガーゴイルがそんな塊に慌てて駆け寄ろうとした時、その背後で一人の男の声が凛と響いた。
「――雷光が証明弾じゃ地味過ぎるよ。それじゃあ他の応援は気付けないんじゃないかい?」
「応援か!助かる!」
翡翠色の髪。
背にある大剣の重さなどまるで感じさせないほど静かにそこへ現れた男は、カチンと腰に細剣を戻すと誰に言うでもなくそう告げた。
「そん、ナ……シェイ、プ様が、バカ、な」
「ああ、たまたま飛んでいたんでね、冥土の土産に持って行くといい。見た所君のボスだろう?」
翡翠色の髪の青年は、先程自分が投げ捨てたその魔族の頭を抱え震えるガーゴイルにそう吐き捨てた。
ハイル=イグニス。
その名や素姓を知る者は数少ない、ファンデル王都ギルド長ベイレルの隠し刀、現S階級ギルド員である。
「き、き、さま……ぁぁ!!よぉくもぉぉ――お!?」
ハイルの投げ捨てた悪魔族ベルゼブブ、シェイプの首を抱いたガーゴイルは、最早怒りを通り越したような表情でそれをやったであろう当事者を振り返り叫ぶ。
が、自らの魔力が集約できない事を不思議に感じ自分の身体を見下ろして気付いた。
「我ゥレのからだブァハンブンぷひゃ」
「はは、本当に死ぬまでが長いね魔族って言うのは。さて、悪魔族の大将のお陰で暇つぶしは出来たものの……どうあっても弱そうなのばかり、か」
ハイルは思う。
今まで幾つもの魔物や魔族と対峙してきたが、これと言った刺激は無かったと。
たまには危険と思うような事態にも見舞われたが、それも今となればいい思い出程度のものだ。
過去のファンデル王都魔物襲来事件を知ったのは随分と後になってから。
自分も次にそんな事態になったら是非とも参加したいと考えていたが、所詮はただの魔物、数が多いだけの羽虫と何ら変わらなかった。
これなら魔力砲でもとっとと発動させた方がよっぽど効率がいい気さえしていたのが正直な所。
ハイルは昔からこれと言って強いと思う相手に出会った事はない。
ベイレルに拾われ、何となしにギルド員として日々過ごしてはいるものの湧き上がる何かを自分の中に見つける事は出来ないでいた。 
遂に迎えた魔物襲来と言うこの日も所詮、自分の中では最早ただの仕事に成り下がってしまうような小事。
せめてもの楽しみと言えば、あのザイールトーナメントで出会った今代の勇者であろう男の登場であった。
だがどうやらそれも叶わず。
ハイルの中にあった欲情の火種は、既にその灯火を消していた。
核とともに体躯を縦割りにされたガーゴイルの向こう側。
見開かれた双眼で一本後退るデーモンは、そんな翡翠色の髪の男にただ恐怖していた。
まるで今までの時間が夢であったかとも思える程、そんな圧倒的力の差を、魔族に成長したからこそ解る畏怖を理解してしまったのだろう。
その男から次の一言が放たれる前に逃げなければならない、この場は一度引かなければ。そんな本能がデーモンを支配した時、気付けば中空高くまで跳躍していた。
「っち!逃がすか、豪炎の光槍」
サルマンによる上級火属性魔術は寸での所で回避され、デーモンの片足を少し焼くだけに留まった。
普通の魔物程度ならその命が燃え尽きるまで消えない炎も、魔族相手ではそう簡単に意味も成さない。
空中戦となれば、並外れた身体能力を持つ魔族相手にただの剣士は不利でしかない。
瞬速の如く素早い動きと耐久はまさに成長した魔族と言われるだけのそれであった。
瞬く間にその場から離脱するデーモン。
未だ怪しげな空色と宙を姑息に飛び回る魔物達がいるこの状況。
ここで魔族の一匹を取り逃がしたとして、そこまで戦況に大きな変化もないだろうがと、歯噛みするギルド員達を他所にハイルは徐に大剣を背から外して腰を落としていた。
大剣には深緑の大きな魔力結石が一つ、2mはあるその刃にも同様に小さな魔力結石がはめ込まれている。
その切っ先を地に付けるなり、既に王都城壁まで辿り着きそれを飛び越えようとする魔族目掛け、ハイルは徐に大剣を振り払った。
「一刀破断・極!!」
一瞬の耳鳴りがサルマン達三人を襲う。
大気が歪む。
まるで時空が切り裂かれたのではないかと誤認する程の空気振動に思わず顔を顰めたくなる。
刹那、デーモンは城壁から跳躍しこちらを一度振り返ると、にやりと笑みを浮かべたように見えた。
その体が既に半身とされている事も、自らの体内の核が空気中に砕けて舞っている事にも気付かずに。
「さて、大方避難は済んでるようだね。後は事態の終息だけど、勇者君はいつになれば会えるのやら……と、さっきより酷くなってるけど何なんだ、正門の方に吸い寄せられているのか」 
魔族が二体と言う危機的異例事態に対し、感情の起伏一つ見せないその翡翠色の青年に言葉も出せないサルマンとフレイ。
だが空を見上げ、訝しげに首を傾げるハイルを見て三人は再びの異常に眉を顰める事になった。
空を滑空する魔物が次々と紫壇色の塵に分解されていく。
街中の所々からも、城壁の向こう側からも、次々と集まるその異様な塵はある一点にまるで吸い込まれていくようにも見えた。
「……ギルド本部、こちらサルト地区。魔族個体、撃破した」
――「ぇ!?二体を……り、了解」
暗い空を仰ぎながら、まさに上の空と言った様子でサルマンはロードセルを本部へ繋ぐ。
「なんて禍々しい……ファンデル王都魔物襲来……少し、甘く見ていた、か」
「一体王都はどうなってしまうんだ」
都民の避難は大方完了している。
だがしかし、まだ何も解決してはいない。フレイはふと胸につかえるその不安がいやに気に掛かった。
「僕は少し様子を見てくることにするよ、一度ギルドに戻ったらどうだい?避難は済んだんだろう?」
「あ、ああ」
ハイルは三人にそう伝えると早々にその場から塵の集まる大元へ向かおうとしているようだった。
その行く先をフレイは察知したのか、腰に剣を収めてハイルに近付く。
「待て、私も行く!サルマン、ネイルに伝えておいてくれ」
「あ、あぁ……それは構わないが」
「B階級、土竜のフレイか。君が来たところで何かできるとも思えないけど」
まあいいかと呟き、とてつもない脚力で早々に街を跳躍していくハイル。
フレイはそんなハイルを見失わないよう必死で王都を駆けたのだった。
この胸の不安がどうか何も無いようにと願って。
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