その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第140話 采配

 


 ファンデル王国ギルド本部では、普段はただ白馬の王子様を待つような立場でいる受付嬢が神妙な面持ちで幾つものロードセルに応答を返す。


 
――「ノルト地区、避難完了した」


「了解、みんな無事ね?これでイルト、ノルトは完了。サニア、そっちはどう!?」



 普段は依頼の受付となるデスクで一つのロードセルからノルト地区の避難が完了したことを受けたネイルは、隣で同じく連絡係を受け持つサニアに状況確認を促した。



「待って!ウェルト地区部隊、進捗報告」



――「ウェルト地区第二!こっちもすげぇよ、ガーゴイルで溢れてる!」

――「こちら第三部隊!サーニアちゃんの為なら、全然がんばっかふ!?」

――「第一部隊――魔族個体発生!!だが、問題ない」


 サニアがウェルト地区にいるギルド員に連絡を回すと、すぐさま三部隊から返答が上がった。


「ネイル、ウェルト地区に魔族個体発生!応援を回して。ウェルト全隊第一部隊へ合流、第一部隊は照明弾」

「了解!イルト地区部隊、ウェルトに魔族個体発生、至急応援に回って」


――「了解」


 
 サニアはウェルト地区第一部隊に回っているギルド員に不安を感じ、手早くネイルに応援要請を指示する。
 大丈夫とは言われてもその辺りを臨機応変に人員采配するその手腕はさすがと言った所。


 だが一聞おどけているように思えるギルド員であるが、その腕は皆そこそこに一流といわれるような戦闘に長けた者達ばかり。
 ここファンデルギルド本部でもさすがにS階級こそいないが、それでもA1からBの3階級まで腕の立つギルド員が皆様々な思いでファンデル王都を魔物から守るべく立ち上がっていた。

 それはベイレルギルド長の人脈が厚かったからと言う訳でもなく、この騒動が終わった後の報酬を目当てにでもなく、こんな状況でも毅然とした態度でギルドへ出向いてきた人気受付嬢の二人のその覚悟と、肝に感銘を受けた男達が多かったからというのが大きな理由だろう。


 当初王都近隣に魔物が確認され、緊急招集をかけて集まったギルド員はごく僅かであった。
 だが、その後フレイとネイルがギルドに駆け込んできてからその空気はあっという間に変わっていた。
 

 フレイの正義感に打ち震えるB階級ギルド員は次々と結託し合った。

 こんな状況でも王都を守ろうとする受付嬢ネイルの姿に、今まで澄ましていたA階級のギルド員たちも互いに連絡を取り合い仲間を増やした。
 挙句に何食わぬ顔で出勤してきたサニアが、手際よく人員整理を始めると瞬く間にギルド員は集まり、現状都民の被害報告は0である。 

 考えられない事であるが、このまま行けばもしかすると誰一人犠牲を出すことなくこの危機を乗り越えられるのではないか?
 そんな安堵すらネイルの心に滲み始めたそんな刹那であった。


――「サルト地区!魔族個体が二体だ!!至急応援を」

 突如サニアの担当していたロードセルの一つから悲鳴が上がる。


「魔族が二体?あそこはA3が一人にBが二人、まずいわね。ネイル!至急近い部隊を全部戻して!」


「こちら本部、サルト地区に魔族個体!近い隊は直ぐに向かって!」

――「こちらイルト部隊、うちはウェルトでいいんだろ?」

――「こちらノルト!向かえるが一番遠いぞ!!」


 采配を間違ったか、地域ごとに距離がそれぞれ違う。だがネイルにしてもどこで魔族が発生するなど予見できるわけもない。
 だからと言ってころころと指示を変えることも現場の混乱を招くだけ、ネイルは先ほどまで安堵しようとしていたことに歯噛みした。


「大丈夫よ、落ち着いて。彼らだってそう軟じゃないわ」


 サニアにそう励まされ、何とか心を落ち着けようと努力するがそれでもネイルの心は不安に駆られていた。
 何故なら、先ほど魔族個体が二体発生したサルト地区部隊には友人であるフレイがいるからだ。
 フレイは先日遂に今までの功績が認められ、Bの1階級まで昇格。
 もう一歩のところでギルド員名誉のA階級なのだ。

 そんな頑張りを傍で見てきたネイル、そしてそんなフレイがいたからこそ今の自分がある。こんな所で友人を失う等、ネイルには絶対に耐えられない事であった。


 そんな時、ギルドの扉がゆっくりと開かれ緊張の場とは似合わぬ一人の男が頭を掻きながら床を歩く。



 翡翠色の長い髪。

 腰に細剣と背中に大剣という珍しい組み合わせ。

 名をハイルと言うその優男は魔物が確認されたその当初から一人、ギルド周りの魔物を狩っては戻りを繰り返していた。

 それはどうやらこのギルドの安全を確保するためのギルド長の意向らしいが、あまりに緊張感のないその青年には流石のネイルもサニアもどう反応していいか分からずにいた。

 ふと翡翠色の前髪をかきあげた青年ハイルが口を開く。


「何だかサルトが物々しいな、何かあった?」


 そう尋ねられ、ネイルはサニアを一瞥したあと慌てて言葉を返す。


「あ、えと!サルトの部隊で魔族個体を二体確認して。応援に他の部隊が……でも時間がかるようで」 

「サルト部隊の階級は?」

「あ、はい!Aの3が一人、Bの1が一人と――」
「ああ、分かった。もういいよ、A3一人じゃ無理か。ベイレル会……ギルド長!!少し離れますが、ここはいいですか!?」


 青年はネイルの言葉を途中で遮るなり、奥に居るはずのギルド長ベイレルに向かってそう叫ぶ。
 この距離でも聞こえたのか、いつもは腰の重いギルド長は数瞬の後慌てた様子で扉を開けて出て来ていた。


「おぉ、どうしたハイル!?異常事態か?」

「いえ、大した事じゃないですが手に余りそうな隊があるようなので少し出てきます。ここをお任せしていきますので」


 そんな青年の言葉にネイルは疑問と不安を感じさせられた。
 このハイルと言う青年がどの程度の実力は知らないが、それでも今までこのギルドが無事だったことを考えるとそれだけの腕があるという事。
 そんな人間が離れてしまえばこのギルドが襲撃された場合、最早ここには戦える者等いないのではないかと。


 こんな時にシグエーがいればとも思ってしまう自分が嫌になるが、果たしてギルド長だけでどうにかなるものなのかと。
 だが当のベイレルも何やら戯けた様子で腕まくりをしながら任せろ等と言っている。

 そんなベイレルに笑みを浮かべながら青年はギルドを早々に出ていった。


「……あの、ギルド長、その、大丈夫なんでしょうか」


 ネイルは思わずギルド長にそう言葉をかける。


「ん?あぁ、二人とも。この非常事態に駆け付けてくれた事、感謝しているよ。私だけじゃどうにもアレらは纏まらないからな、全く血の気の多い男連中はどうにもな……まあ二人の安全は私が保証するから、何とか騒動が収まるまで頼むよ」



 ベイレルは何やら機嫌よくそうネイルとサニアに伝えると、魔王でも出なきゃ私でも何とかなるさとぶつぶつ呟きロードセルを耳に当てるとそのまま悠然とギルドの外に出ていった。


 ネイルは再度サニアを見る。

 サニアはデスクで人員配置図に何かを書き入れながらもネイルの言わんとする事を察し、視線を落としたまま大丈夫よと言った。

「ネイルは知らない?前ギルド長の時から有名よ、あの人。剣一本であの立場まで来た成り上がりって」

「ぇ……そう、なの?」


 ネイルは驚いた。
 今でこそ普通に口を聞けるようになってはいるものの、サニアは自分よりも数年早くギルド官として従事している。

 自分の時は既にベイレルがこの本部の長であり、ベイレルが実践にも長けているなど聞いたこともなかったからだ。

 それは単純にネイルがこの仕事への興味をそこまで持っていなかった事が原因か、ベイレルが出張るような緊急事態が無いほど平和だったと言うことか。
 それでもサニアが知っている事ならそれだけで信頼に足りた。



「でも、あのハイルって人も強いのかしら?名前、聞いたこともないし。なんかちょっと嫌味、私からしたらフレイだってまだB1だけどそこまで行くのにも……それをまるで役立たずみたいな言い方」 


 ネイルの言わんとする事はサニアにも良くわかった。

 Aの3階級一人とB1が一人、B2が一人。
 金貨ものの魔物討伐でパーティを組むにしても豪華と言って差し支えない、今この人手不足の中なら尚更の上級メンバーだ。否、そうなるように人員配置したのもサニアとネイルである。

 それをあのハイルと言う青年はA階級が一人では手に余ると常識のように言う。まるでそれ以下では居てもいなくても同じだとでも言いたげに。


「私達には魔族がどれだけのものかなんて判らないものね、仕方ないわ」

「それなら自分達で人員配置してくれればいいのに……フレイ、大丈夫かしら」


 高階級になる者程変わり者が多く、中には我感せずと言った人間すらいる。
 そう考えればまだ手を貸してくれるだけ有り難いとも言えるのか、ギルド員と言うのはギルド官と違い風来坊だ。

 好きな時に好きな土地へ行ける。
 強い相手を求めたり、より高額な依頼を探したり、のんびり辺境の土地で過ごす事も出来る。
 それだけの苦労をしてその実力を得たのだと思えばそれ位の自由は責められるものではない。

 それでも友人であるフレイが、どんな時でも困っている人を絶対に見捨てない人間であるだけにネイルは何とも言えない気持ちになるのだった。













「――ああ、アウルムか。すまんな、で、さっきの話だが。ん?いや、大丈夫だ。そっちの話に比べれば魔物などどうということはないさ」



 所々火煙の上がる王都は、それでも少しずつ集まるギルド員や騎士達によって収まりを見せているようにも思えた。


 そんな中、中空から舞い降りた一匹のガーゴイル。


 ベイレルはロードセルによって誰かと通信をしながら、空いた片手を振り抜き魔力刃によってそのガーゴイルをまるで埃を払わんとばかりに切り捨てる。


「――ははは!そうか、この時を待っていたからな!ああ、これでギルド独立も見えた。後はこの事態が終息すれば終わりさ。いや、問題ない、こちらには優秀なギルド員もいるしな。定例行事のようなものだろう?ん、ああそうだな。まあいい、わかった、こちらの事は心配要らない。ああ」



 ベイレルはロードセルの通信を断つと、白塗り二階屋の外観を眺めながら抑えきれない笑みを溢していた。

 過去の魔大戦時、勇者を尻目に魔族を狩りまくった自分。前ギルド長を担ぎあげて遂に手に入れたその座。


 いつ起こるとも分からなかったこの魔物襲来にあわせてリトアニアの大御所を消し、自分がギルドの実権を握る算段は笑える程順調であった。


 前ギルド長に仕掛けたような事態が自分に回ってきた時は冷や汗ものだったが、そんなタイミングでこの魔物襲来だ。ベイレルにとってそれは天が味方しているとも思え、笑いを堪える事も難しかった。



「ベスターよ、お前は働きすぎた。あの世でゆっくりと、身体を休めてく、く、く!あぁはっはっは!!」


 ベイレルは易易と切り捨てたガーゴイルを何度も踏みつけながら、そう歓喜していた。


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