その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第139話 漆黒の塵

 

 ファンデル王都ノルト地区。
 王都内でも住宅が多くあるここは魔物が既に入り込み始めたこの状況においては最も被害が出やすい区域である。

 だがそんなノルト地区は今王都内で最も早く避難が済んだ場所であり、被害は0と言う奇跡にも近い環境となっていた。


 辺りにはもう人の気配はなく、数匹の黒き翼を持つ魔物が街中をポツポツ無作為に歩くだけだ。


「避難させておいて正解ね、まさか空から魔物が降ってくるなんて考えなかったもの」


 今となればアニアリト暗殺部隊の一人となったルーシィは家屋の煙突から街道を跋扈するガーゴイルを眺めてそうボヤいた。



「しかしキリがないな。いったい何匹いるんだ」
「もう十は殺ったぞ?一向に減る気配がねぇ。久し振りに魔力結石まで使うハメになったが空のアレが邪魔だ」



 バイドは数年ぶりに使用した中位級の魔力結石を胸ポケットから取り出して見せた。


「流石は元A階級ギルド員って所かバイド。魔族が街に入って来ない事を祈ろう」
「だな。所で戻ってくるのに随分時間が掛かったな?どれだけ殺ってきたんだよ?」

「ああ。そう、だな十から先は覚えてないがそれでもまだ魔族は見ていない。どれも生まれて数日って所だな」
「……ってお前。一人で魔族に出会しても普通に戻ってくるつもりだったのかよ。片手でもハンデにすらなってねぇじゃねぇかよ」


 ここ最近のジギルの発言には驚かせる事ばかりだが、 今この局面においてはこの男と仲間であった事を感謝すらしたくなったバイドである。
 ふとそんな男二人の会話を耳に入れていたのかルーシィが煙突から音もなく降り、二人に疑問を投げかける。


「ねぇ、ずっと思ってたんだけど魔物と魔族って何が違うの?」

「何って、おい。そんなのも知らねぇで今まで生きてたのかよ?復讐心からもっと調べる!とか、絶対ぶっ殺してやる!とかそう言うのはないもんか?」
「いや、バイドは元々ギルド員だからだろうが、余程でない限りその違いを知る者は少ないだろう。ルーシィは普通だ」

「なっ、何よ!その口振りならジギルも知ってるって言うこと?そんなに危険って言うけど私でも行けたわよ。ま、まぁまだ二匹位だけど……」 


 ルーシィは魔物討伐に於いて自分が二人よりここまで劣っているとは思いもしなかった。

 今までの暗殺業においてルーシィは情報の収集から戦略、対人戦においても一度のミスも無くまさに一撃必殺の名に相応しい働きをしてきた筈だ。だが対魔物ではそんな自分の動き、能力がいまいち発揮しきれていないような気がしてならないルーシィである。


「魔物と言うのは言わば知恵、知識、自我が無い魔族だ。人間で言う所の子供や赤ん坊に近い。魔族と言っても本来は様々な種族を言うが獣族やドワーフ、滅多に見ないがエルフ等も本来それに分類される。ただ人間は自分達が危険だと見なした者だけを主に魔物、魔族と呼んでいるにすぎん。だからだろうな、未だに奴隷などの種族差別があるのは」


 ジギルの解説に思わず聞き入ってしまったルーシィとバイド。まさか同じ暗殺仲間にこんな博識がいるとは思わず開いた口が塞がらない二人である。


「お、おぅ……そ、そこまでは知らなかったが。まぁ大体俺の知っている話と同じだな、要するにまともに喋るなら魔族ってこったろ」
「嘘言いなさいよ、絶対知らなかったくせに。へぇ、で?その今言われてる所謂魔族ってのは何?その辺を今歩いてるアレよりどれくらい強いの?」

「はは、コイツらは生まれたても生まれたてだ。残念だが所謂の魔族が俺達の前に現れた場合勝ち目は」


――無いかもしれないと、ジギルがそう言おうとした時だった。そんなジギルの言葉に耳を傾けるルーシィの背後に魔族ソレは突如姿を現した。





「これはこれは。何やら人間が小癪な事をと来てみれば……知ってますよ、貴方方はファンデルのアニアリトだ。何処ぞの老耄がさぞかし甘やかしていたと聞いていますが、まぁもうその必要も無い」


 漆黒の二枚の翼に四枚の羽、ジギルの二倍はありそうなその魔物は流暢な言葉でそう三人に語りかける。
 その表情は最早笑っているのかどうかも分からないが、確かにどこかで聞いた事ある筈の声色だった。


「は、こいつは」


 ジギルは思わず苦笑した。
 口に出しては行けない事もあるのだと、目の前の禍々しいそれに必死で震えそうになる足に力を込めた。



「ガーゴイルも魔族になるとなかなか迫力があるじゃねぇか、よ」
「ちょ、っと……これが魔族ってやつ。勝ち目は……なんて言おうとしたのよ、ジギル」


「ガーゴイル等と同類にされるとは些か気分が悪いがまあいいでしょう。我が名はシェイプ。悪魔族ベルゼブブ、今から貴様らを消し、大魔王セレスと共にこの世界を我が物にする者。今回程の機会はなかなかないですからねぇ」

   
「散開だッ!!」


 思わずジギルはそう叫んでいた。
 いくら暗殺に身を費やして来たとは言え、魔族相手に逃げる等とても許されはしないだろう。
 だからだろうか、ジギルは強敵を相手にする暗殺陣形をバイドとルーシィに指示していた。


 反射的に魔族ベルゼブブの背後に回ったルーシィの銀閃が飛ぶ。

「なっ」

 だがルーシィの放ったその投げ短刀を、まるで埃の粒が身体にあたったかのように避けもしないその魔族。そんな光景に思わずルーシィの動きが止まる。

 だがジギルは固まるルーシィに敵の注意が行かないよう自らヘイト役を買って出ていた。


雷光ライトニング


 三人と一匹がいる家屋が数瞬弾けるような光に見舞われ、視界が奪われる。


「小癪な真似を……人間」
「人間を甘く見るな魔族、貴様等への恨みを忘れたわけじゃない」



 そうジギルが呟いた、それが合図かのように魔族の後ろからは更にバイドがシェイプと名乗るその魔族に肉薄していた。
 静かに、音もなく、その動きは正しくプロの暗殺者。その手から繰り出されるのは風の魔力結石が使われた魔力機。

 ギルドA階級時代に潜ったダンジョンの拾い物。それは人智の具ヒトノタマワルモノ、「名刀小太刀・漆丸」


 漆丸によるバイドの逆袈裟斬りがベルゼブブを切り裂く――かと思いきや。


「なんですか、それは。下らない」


 バイドの剣閃はシェイプの背で自在に動くたった一枚の漆黒の翼に容易く防がれていた。
 シェイプが恐らく眉をしかめる。

 そんな状況に一つの動揺も見せず、バイドはすぐ様その場から飛び退いた。

 それは暗殺者として、効果が無ければその場から直ぐに退避すると言う反射的動作。否、向かいにいたジギルが既に次の攻撃を仕掛けようとしていたのを視界に捉えたからである。


「はぁぁ!」
「ぐぬぅ!?」


 シェイプが顔をバイドに向けていたその刹那。先程魔力結石による雷光を放ったジギルは残ったその片腕でその魔族の腹を穿つ。


 ギリギリの所でその醜い身体を逸らしたシェイプであったが、見ればその脇腹は半分程度抉り取られていた。


「ぬ、ぐ……貴っ様。人間が私に、それは……精霊共の」
「ふん、チームワークってのは魔族には無いだろうが」


 ベルゼブブから一旦距離をとるジギル。
 ベルゼブブの脇腹を削り取ったその片手に着けるは鉤爪型の手甲系武具。

 精霊の具ヒカリタマワルモノの一つだ。

 何処で手に入れたか、だがそれは確実に魔族へ痛手を負わせる物に間違いはなかった。


「おいおい……マジかよ、ジギル。普通に通ってんじゃねぇか、ってお前のそれ何処で」
「あぁ、話は後だ。それより」

「この、私を、人間如きがぁ」



 眼前のベルゼブブは深紅の眼球に怒りを籠らせ、抉られた腹部に力を込めると小さな紫の手がその脇腹から幾つも湧き出る。

 グロテスクな光景の後、その魔族は瞬く間にその抉られた腹部の再生を済ませていた。

「はは、は。だろうな」
「おいおい……どうすんだこれ」
「何!?何なのよもう!!」


「まあ、なかなか興味深い時間でした。ですがお遊びは終わりにしましょう。私にはまだやる事があるのでね……」



 終わりを覚悟した。
 ここで自分達は死ぬのだと。
 

 魔族には核がある。
 生まれたてのガーゴイルのような小さい魔物ならいざ知れず、成長した魔族を相手に核を狙う等A階級のギルド員でも至難の業だ。

 ジギルも、バイドも、ルーシィも。
 今や微塵の隙も無いその魔族を前に身体一つ動かす事すら出来なかった。


「この際街ごと消し飛ばしてしまいましょうかね。闇の矢ダークネスサー――!?」


 ふとそんな刹那だった。
 魔族ベルゼブブは、辺りの様子がおかしい事に疑問を感じていたようだった。


 闇の魔力が、魔物が、霧のように散っていく。
 それは王都内だけでなく、空を飛ぶ怪鳥も、外で小競り合いしている筈の悪魔族もだろう。

 あちらこちらに漂う薄紫色の霧は、正しく魔が霧散しているに違いない由々しき事態だった。


「なんですか……魔物共が――いけない。直ぐにセレスの元へ行かねば!!」


 シェイプと名乗ったベルゼブブは今までに無い程の動揺と焦りを滲ませ、三人のアニアリト等既に忘れたかのようにその場から飛び去っていた。

 そんな突然の事態に三人はただ呆然とするしかない。


「ねぇ……今度はどうなってるって言うのよ」
「まさかフォースが!?」
「残念だがそんないい話でも無さそうだ、この禍々しい霧を見ろ」


 ジギルは王都内を見渡し、あちらこちらから舞い上がる奇妙な霧の渦をただ眺めて呟いた。
 ルーシィもバイドもそんな光景へ視線を流し、そして唾を飲んだ。


 あちらこちらの魔物と言う魔物が次々と粒子のように崩れていく。

 誰かが魔物を一掃しているのか、それは本来であれば何とも都合のいい事態。
 だがもしそうだとしても、この薄気味悪い塵のようなものが全てそんな魔物の破片とするならば、やはりただ事とは思えなかった。



「何だと言うんだ……一体」



 ジギルは今の今まで、本当に死ぬかもしれない正に死闘を魔族と繰り広げていた事など忘れ、そんな邪悪な王都に何とも形容し難い負の気配を感じていた。



 

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