その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第136話 相容れない者




 一体何処から湧いて出てきたと言うのか、今やファンデル平原を埋め尽くす程の青、黄色や赤のオーガ達。

 過去に魔王とその配下達とやり合った時ですらここまでの数の魔物が一度に出現するなどなかったように思う。


 それでも五人で何とか魔族を蹴散らし、魔王城まで辿り着いたあの死闘。

 エミールと言うかけがえのない仲間の命と引き換えに一ノ瀬一城と共に守ったこの国を、ひいてはこの世界を守ったあの時の事を忘れはしない。


 今十五年の時を経て、またこの世界が魔に堕ちようとしているとしても。
 もし此処で自分が諦めてしまえば、エミールの死はただの犬死にになってしまう。


 そんな訳には行かない。
 ベルクはただ友人の為、安寧を守る為に今一度立ち上がる。


「うらぁぁ!!てめぇら覚悟しとけやぁ!俺はまだまだゲンエキだぁぁ!」



 ベルクは一城から学んだ魔力の集中を行う。
 よく魔法と言っていた物だ。
 マナには時に精霊が宿ると言う、エルフであるアリエルはそんな事をよく言っていたが獣族のベルクにはよく分からないことであった。

 だが理解出来なくても感覚で何かを行う事はベルクにとって容易い。
 風の魔力を自らの足に集中させ、平原を閃光の速さで疾走する。そうしてシュダインに作らせた最高の手甲に火の魔力を収束。


 それにより放たれるはベルクの大技、広範囲複数打炎撃。
 風の流れに乗り縦横無尽に大地を駆け、次々と魔物達を燃え盛る打撃で消し炭にしていく。

 大雑把に見えるそんな攻撃はだが、一つ一つが的確に魔物の核となる部位を破壊していく精巧な苦労の賜物だった。長い年月と多くの実戦経験、そして類希なる戦闘センスが生むベルクの本領。


 次々と押し寄せる魔物群。その全ては相も変わらずファンデル王都へ向いて行く。
 十数匹を相手取った所で魔物の数は百を超えているのだ。全てのヘイトを向ける事はたった一人の獣族にどうにかなるものでは無い。


「っち!この数じゃ」


 周りの状況を見る為王都を振り返ったそんな時だった。
 空からとてつもなく大きな氷の槍が降り注ぎ、上空を飛行する魔物共々大地を跋扈している魔物を貫いて行く。
 それは今し方出会った少女、ルナ=ランフォートの大魔法。


「へっ、やるじゃねぇか。あのチビッ子!あの調子じゃその内抜かれちまうな。っしゃぁぁ!!俺も負けてらんねぇ!!」


 ベルクは後ろを任せたと伝えた少女の懇親の一撃を確認し、それを信頼に足るものと改めて理解した。

 王都の守りを預けられる仲間が居ること、それはいつかの共に戦った日々をベルクに思い起こさせる。



 乱戦。
 片っ端から魔物を叩き潰していく中、ベルクにはだが一つ気になる事があった。


「しかしどうなってんだ?魔族同士が争うだけでもおかしいってのに、ガーゴイルとサキュバス共は同類じゃねぇってのか。そういやあのヴァンパイア野郎と一緒にいたのも……そういう事かよ」



 最初こそ悪魔族であるガーゴイル、サキュバス一派と悪鬼族のオーガ、オーク達が小競り合いを起こしているように見えた。
 魔族同士が魔物を使いながら派閥争いでもと考えていたベルク。だがよく考えればワンキャッスルに現れた次期魔王だと抜かすヴァンパイア、それに付き添っていたのはサキュバスとオーガだった。

 それは一部の魔族種がそれぞれで結託しあって次期魔王の座を奪い合っていると言う事。


「へっ!まあどうでもいいわな!潰しあってくれた方がこっちは都合がいいってもんだ、だけどテメェら!小競り合いは他でやれってん――」


「随分と威勢がいい事だ……勇者の獣族。是非とも此方側へ引き込みたい所だがどうだ?此方へ来るか?」

「んなっ!?テメェ!!また性懲りも無く来やがったのかよ。1回逃げた癖に偉そうに言ってんじゃねぇ」


 ベルクが再度魔物の群れに飛び込もうとした刹那、そんな戦闘意欲を削ぐ冷たい声が背後から掛けられる。

 漆黒の外套を風に靡かせる紫檀色の長髪。薄らと上がる口角の合間に見える白い牙はそいつがヴァンパイアである事を再度認識させた。


「まぁそう急く事は無い、獣族。我は今多くの人間から膨大な力を得、ヴァンパイアロードとなった。これから更に我は力を得る。前魔王が生まれ、魔物共が統率されそして消え数年。我が魔王となれば人間との共存も出来よう」


 ヴァンパイアロードと自らを名乗るその魔族は、ワンキャッスルで相対した時とは違い随分と物腰柔らかくそうベルクに語りかけて来た。


「はっ!テメェの戯言なんか誰が聞くかよ。俺はこの世界を守るって約束があんだ、テメェが魔王になるってんなら殺ってやる。前の魔王が復活するってんならそれもまたぶっ潰すまで!」


 ベルクは対峙するヴァンパイアロードへ向け拳に魔力を集約させた。
 遠慮等無用、十数年と言う間で多少は鈍っても魔族一匹にそこまで苦戦を強いられる程鍛錬を怠ったつもりは無い。

 ベルクはその拳を一層強く握り、懇親の一撃をもって目の前のヴァンパイアを葬ろうとした。



「我等は前魔王セレスを復活させるつもりは無い。お前は知らないようだな、魔王の権化が貴様ら人間にあると言う事を」
「な、に……?」



 ヴァンパイアロードの口から出たそんな言葉にベルクは一瞬怯む。
 だが罠か、言葉巧みに人の心を操るのは魔族の得意とする所。ベルクはヴァンパイアロードの言葉を脳内から振り払うように拳を眼前の魔族へ叩き込んだ。
 
 残像、明滅するヴァンパイアロードはベルクの躊躇いある拳閃を容易く躱す。


「どうした?勇者の一味よ、この前とは覇気が違うな。所で問うがお前達の仲間だった、先代の勇者だったか。そいつは今何処にいる?」



 ヴァンパイアロードは口角を上げながら更にベルクへ語りかけた。

 突如魔族から放たれた先代の勇者と言う言葉、それはつまり一ノ瀬一城の事。


 異世界から来たと言う一城は、一人の女とベルクが住む獣族の村へやって来た。強くなると言う一城の心意気には、その時獣族の長として燻らなければいけない自分に再び火をつけた人間で唯一気の合う男だった筈だ。

 その後ベルクは長として族を纏めるのではなく、強さを求め、魔と戦い、そして人間達に手を貸すことが獣族を守ること、ひいては世界を守る事に繋がるのだと信じていた。


 一城はよく言っていた。「俺は元の世界に帰るけど、この世界は好きだ。だから後は頼むよ」と。


 そう、一城は元の世界に帰った筈。
 エミールを失った悲しみを抱き、それでも皆の、仲間四人の願いでもあった元の世界に帰るべきだと言う想いを抱いて。
 国の召喚術で。


「そんな事お前に関係あるかよ……それに俺らはもう勇者じゃねえ。でもな、また次の世代がテメェら魔族をぶっ潰す!」
「威勢のいい事だ。戻れると思うのか?召喚された異世界の者が」

「あぁ……?そりゃどう言う意味だ」

「ふふふ。召喚の儀、それは貴様ら人間の中にいるある一族が興した禁忌の術。ガーゴイル共がよく使う物だ。膨大な闇の魔力を用い召喚された魔は通常よりも大きな力を呼び起こす、使い方を誤れば自らも滅ぼしかねない悪儀だ。召喚されたら最後、滅すか封するかのどちらかしか有り得ん。そもそも……魔族を纏める魔王、それが居なかったこの十数年。何か変わった事でもあったか?」



 ベルクは何故自分が魔族を相手に談に耽るのか理解出来なかった。だがこのヴァンパイアロードの言葉がいやに身体へ染み込んでくる。
 その一言一言が、自分の常識を壊していくような、そんな感覚に囚われる。

 魔物や魔族、魔王が纏めていなかったこの十数年。特にこれと言った争いは確かに無かった。
 だが今この状況はなんと説明するつもりか。


「今が変わった事だろうが!お前らが人間に攻め入ってる、まさにこの今が世界をおかしくしてんだ。だがそんな事は関係ねぇ、俺は一城と約束した。テメェら魔族からこの世界を守るってなぁ!」


 一ノ瀬一城は魔族、魔王を打ち倒す為にファンデル王国により召喚された勇者だ。
 一城がいたからこそ自分達は集まり、世界は守られた。
 ヴァンパイアロードの言葉を受け何かの違和感こそ感じるものの、ベルクはただ自分の信念のもとに戦うのみ。


「魔族を利用しているのは貴様ら人間だ。我々は数百年と言う時を生き、生まれ変わり、人間達と血を分ち生きてきた。その均衡を先に壊したのは欲深き貴様ら人間だと言う事を忘れるな」
「なっ……何言ってん、だ。てめぇ……魔族が正義って言いてぇのかよ。そっちこそ忘れんじゃねえ……ワンキャッスルでてめぇが殺した、俺の仲間の事をよぉぉ!!」



 ブラック・ナイツの団長だった男。
 あの小さな島国で自分は強いと生意気に刃向かってきた者達。
 問題児ばかりだったが、それでも数々の死線、本当の修羅場を潜ってきたベルクには可愛い後輩のような者達だったのだ。

 それを目の前で無残にも殺させてしまった。不甲斐ない自分もまた許せないが、このまま目の前のこの魔族を見逃すつもり等ベルクには微塵もなかった。


 迷いの無くなったベルクの光拳が迸る。
 次元をも切り裂かんばかりの速度で放たれる怒りの一拳。ヴァンパイアロードの腹部には大きな風穴が空き、上部と下部を瞬時に分断させた。


「ぐぶ」
「まだまだこんなもんじゃねぇ!!アイツの痛みは、夢は!この世界に安寧を戻して俺はその夢をあいつらに見させてやらァァ!!」


 炸裂する光拳の散弾。
 ベルクの拳によって煌めく光の矢は次々とヴァンパイアの身体を散々にして行く。
 それは怒り、それは憤り、そして使命すらを纏って魔を滅していくまさに勇者の光だった。



「――所詮相容れぬもの、魔族と人間等。だが、我は不死身のヴァンパイアロード。此度の世で魔王セレスの復活等させん。貴様らの闇は魔王の糧でしかない……しかしあの娘がいれば、ふふふ……馬鹿なガーゴイル共が……精々足掻くが、いい」


 ベルクの光拳によって最早小さな紫黒色の浮遊物と化したヴァンパイアロード。だがそんな何処から響くとも分からない不気味な声は、ベルクの耳にねっとりと残った。


 数瞬前までヴァンパイアロードであったろうそれは、宙を漂いやがて何処かへ飛び去って行く。
 そんなものを今のベルクはただ呆然と見つめていた。


「一体、なんだってんだ……魔族だの魔王だの、一体何が正しくて何が間違ってるっつうんだ!!一城……お前、今一体何処にいるんだよ」



 今まで自分の意思の元、正しいと思って疑わなかった正義。強さを求めて生きてきた自分。
 ベルクは今になって何の為に戦っているのか分からない、そんな自分自身に止めどない孤独感を感じさせられていた。


 



 

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