その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第127話 広がる戦の気配


 
 夜明けと共に鳴り響く耳障りな高音。
 それはかつて聞いた事の無い音。

 フレイは浅い眠りの中、その音に飛び起きた。


「何!!」


 ベッドで心地良く眠っていた筈のギルド受付嬢、ネイル=フレグランスもそのけたたましい音にベッドから身体を跳ねさせていた。
 異常な音は暫く鳴り続け、その後消える。
 
 フレイはだがそんな音に何か恐ろしい事が起きていると直感しネイルの部屋の窓から城下町を見渡した。

 時刻は明け方。
 外は薄霧が漂い、人の気配はないがその音は確かに外から王都全土に響いたように思えた。



「これ、って」
「ネイル!!」

「お、母さん」


 暗い室内にネイルの母親が血相を変え飛び込んで来る。その声は鬼気迫るものであり、フレイも初めて見るネイルの母親の表情だった。


「地下水路へ逃げるのよ!早くっ!」
「お母さん、これ!」

「母上、今の音は一体」
「フレイちゃんは……そう、知らないのね。今は説明する時間がないわ!早く行くのよ!お父さんはもうナーゲルと逃げたわ」


 慌ただしく叫ばれる言葉にフレイは戸惑いを覚えたが、どうやらネイルの方もそんな母親の言いたい事に心当たりがあるようだった。
 
 白地に小さな花柄の散るワンピースを着たまま、ネイルはフレイの手を引く。
 フレイはそんな急な事態にも冷静に反応し、いつでも臨戦態勢が取れるよう横に置いていた銀の胸当てと細剣を抱え部屋を出た。





 再度鳴り響く耳障りな音はやはり城下町全土に響いていた。
 街の人々は次々と家屋から飛び出す。
 ある者は持ちうる限りの荷物を抱え、ある者は小さな子供を抱え、怒号と耳障りな高音は王都を混乱の渦に叩き落とす。


「これは……一体」
「フレイも早く!魔物が来たのよ……また、あの時みたいに」

「魔物だと?」


 
 十五年前にここファンデル王都には魔物の襲来があった。
 当時の被害がウェルト地区と言う最低限で済んだのは過去に勇者の存在があったからに他ならない。
 それでも多少の犠牲はあった。街の人々、王国の騎士、ギルド員達がその前に倒れた。
 

 魔物の襲来には前触れがある。
 その一つが魔王復活の噂。至る所で魔物が増え、魔族が活発に動き出す。
 そして勇者の存在。
 ファンデル王国が何かしらの秘術を用い、どこからともなく勇者を召喚する。王国直下の貴族騎士が勇者を連れ出し、ダンジョン巡りを始める。

 今回も確かにその動きはあったのだ。
 そこから示される道は魔族に国を明け渡すか、戦い勝つかの二択に見える、暗黙の一択。

 ファンデル王国は画策通りに魔王を勇者に討たせる。それが何度と無く繰り返されて来た歴史書に載る事の無い真実なのだから。




 
 フレイ達は城下町に幾つもある地下水路へ続く鉄格子の前へと辿り着いていた。
 我先に逃げ込もうとする人々の列をプレートメイルを身に着けた国の騎士が制し、誘導する。
 
 

 
「ネイル、私はギルドへ行く。恐らく他のギルド員達もこの事態に何かしらの行動を取っている筈だ」
「そんな……」


 長蛇の列を前にフレイはネイルにそう告げた。
 正直な所、ネイルもフレイがそう言い出すのではないかと薄々感じてはいたのだ。
 ここまで付いて来たのは恐らく自分達を守る為だと。
 

「二人共!何してるの、危険よ、早く来なさい!」

「母上、ありがとうございました。私はギルド員、この事態に行動しなければなりません」


 ネイルの母の声に頭を下げ、フレイはネイルの肩を押す。

 フレイは自分が今逃げるべき立場に無い事を理解していた。
 この事態はかつてファンデル王国で起こった魔物襲来と同じなのだろう、当時王都にいなかったフレイはその時他人事だった。

 だが今は違う。
 逃げ惑う人々が目の前に居る以上、何かしなければいけない。
 ギルド員である自分が共に逃げ惑う等、有り得なかった。

 自分はB階級ギルド員。
 それ以上に、報酬等ではなく、ただ力ある者の役目として。フレイはネイルに背を向ける。


「待って!私も行くわ」
「?」
「ネイルっ!」


 だがそんな言葉にフレイは振り返る。

「止めなさいっ!ネイル、早くこっちへ!フレイちゃんも、大丈夫よ、きっと国が何とかしてくれるんだから」
「ダメよ、お母さん。私は……私も今はギルド官なの。この国の平和を守る為に戦うギルド員が居る以上……私は、その指揮を取らないといけない」

「ネイル、ダメだ。私はシンから頼まれている。ネイルを危険に晒せない、母上と地下へ――」
「これは私の仕事!私はもう、逃げたくない。ただの受付嬢なんてもう真っ平!誰かに守られ続けて自分だけなんて。私も戦う。私は私の仕事として!」


「ネイル」



 ネイルのその言葉には多くの憂いが含まれていた。

 今までただ漠然と、あるがままに、そこにいただけの受付嬢。でもそれは違う。

 自分はギルド官の一人なのだと、ギルド官はギルド員を管理するのが本来の仕事。

 あの幼き頃のように逃げ惑うネイルはもういない。
 そう、元々ネイルがギルド官に志願したのにはそんな理由もあったのだ。
 自分なりにこの理不尽な戦いへ参加する方法はないかと。

 それがいつしかただの安定を求めるような人間になっていたのはそれだけ平和に染まりきっていたから。
 だがもう自分だけが逃げて、大切な人が周りから消えていくのを見るのは嫌だった。


「ギルドBの1階級、フレイ=フォーレス。貴女は緊急招集任務に就く義務があります!直ぐにギルドへ――――行くわよ、フレイ」
「ふっ、了解した。ギルド官、ネイル=フレグランス。母上殿、ネイルは私が、必ず守ります」

「ネイル……貴女って子は」



 ネイルは自分の母親に一つ笑みを送ると、フレイと共にその一歩を踏み出したのだった。




 













「よりにもよってこのタイミングか、ベスターめ。死んだら化けて出てやるぞ」


 ファンデル王都ギルド本部。

 ベイレルギルド長は憂いていた。
 今ここで即戦力となり得るハイライト=シグエーを手放す事になってしまった事を。その送迎としてA階級パーティ神星の理トライレイズンが名乗りでてしまった事を。だが居ないものは仕方ないのだ。



 所詮リトアニアに反抗した所でそれは全くの無意味。命があるだけでも儲けものと言うべき事。
 このギルドも全てはリトアニアのバックアップあってこそのもの。

 だからこそそんなギルドを独立させるには権力が必要だった。
 国も見逃せない程の、そしてリトアニア商会を上回る程の資産が。その為にベイレルはここまでファンデル王国でギルドを大きくした。
 立場もあと少しの所、リトアニアの現会長サモン=ベスターが退陣すれば次は自分かもと言う話まで出ていたのだ。

 そうなればあとはギルドを独立させ、リトアニア商会と対等な取引を出来る立場にまで持っていける算段だった。
 だがここに来て魔物の襲来を知らせる耳障りな警報はベイレルの心臓を潰しそうになっていた。



「――ベイレル会長」
「おぉ、ハイル。どうだ状況は」

「えぇ、来てますね。鳴音波サウンドラップの魔力機で少し怯んではいるようですが……僕が剣を七千五百回も振ってる間にはここまで来てしまうでしょうね」
「それは本気でやった場合の数か」

「はは、ご冗談を。本気でやったら一万五千回でしょう」
「そうか……予想より早いな。数は」

「ざっと……百か、それ以上。魔族個体と思われるものが三割」



 ベイレルの背筋に悪寒が走る。
 魔物一匹だけでもC階級以上で倒せるかどうか。それが七十で残りの三十が魔族とは。
 一体魔族を相手に出来る人間がこの世界にどれだけいると言うのか。


「国の勇者とやらは……また来てくれるんだろうな」


 ふとベイレルはそんな希望的観測にも思える言葉を漏らしていた。


「どうでしょうね……まぁ彼が現れるまで僕一人でも多少の時間稼ぎは出来ますよ」
「彼?ハイル、君は今代の勇者を知っているのか?」

「あぁ、いえ。解りませんが僕が負ける位の奴でしたから……勇者、じゃなかったとしても戦力にはなるんでしょう」
「戦力……か。そ、そうだ、そういえばトーナメントはどうだったんだ。目ぼしい人材は?」


 ベイレルは呆ける頭でハイルの戦力と言う言葉を耳に入れ、ある事を思い出していた。


 ハイル=イグニス、優秀なギルド員でありながらその名を知る者はあまりいない。

 それはハイルが主にギルド長であるベイレルから直接の依頼と報酬を受け取るからだ。


「えぇまあ……なかなかレベルの高い大会でしたね、思ったよりは」
「何やら魔族が出て決勝が潰れたらしいな、そこから嫌な予感もしていたが……君を送り込んでいて良かった。そうだ、今日は君に報酬を渡すついでに呼んだのを忘れる所だった。こんな事になってしまって再三手間を掛けるが、とりあえずは報酬と言う事で白金貨五枚だな。トーナメントの優勝賞金はギルド分しか出せんので」

「はは、残念ですが受け取れませんよ。ガーゴイルが出なくても優勝なんて無理でしたし、僕はそもそもそんな事態すらも知らなかった」


「ん……ちょっと待て。どういう」


 ベイレルはハイルの言っている意味が全く理解出来ずにいた。
 ハイルには秘密裏にトーナメントに参加してもらっていた。

 それは今後のギルドの為、いい人材を探しスカウトしてもらう為だ。
 賞金はザイールの領主と折半で払う予定だったものだが、今回は突然の魔族襲来により大会自体が潰れてしまった。

 優勝は間違いなくハイルであったろうが、今回はそんなガーゴイル事件のせいで優勝者にその賞金が払われないと言う事態になってしまった。

 だが、ハイルがいたからこそガーゴイルも無事に討伐されたと、ベイレルはそう思っていたのだ。


「だから僕は、ガーゴイルを見ていないんです。予選で負けたんですからね……全く。ベイレルさんから連絡がなければあのままどこかへ修行の旅にでも出る所でしたよ」
「それはじゃ、じゃあ魔族を倒したというのは!?いや待て!予選で負けただと?あり得ん!仮にもハイル、君はS階級だぞ?」

「ええ、だからもう出れませんよ。恥ずかしくてね、名が知られてなくて良かったと思ったのは初めてです」


「馬鹿な……ではガーゴイルは誰が」


 ベイレルは混乱した。
 世界は広しと言えどもそんな事が有り得るだろうか。
 名は知られていなくともハイル=イグニスはベイレルが目を付けた、今この国で最も強いと思える人材だ。
 ベイレルがS階級に上げた人間は今までも数人しかいない。その一人が現在王宮近衛兵、王国騎士団の団長を務めるエミール=カズハ。彼女は過去勇者と共に魔王を打ち倒したエミール=テナーの子供。
 だからこそその実力も相まってS階級に上げざるを得なかった。

 過去の勇者パーティもそうだが、彼等は言うまでもなく全員S階級に上げるべき功績を残した。だが魔王を討伐してからその姿を消してしまったのだ。
 
 S階級とは国に、世界に貢献するほどの実力者のみが上がるもの。
 だからこそハイルがS階級になったのはベイレルの独断であり、表に出す事は出来なかった。


 ハイルはレノアール共和国にベイレルが赴いた際たまたま見つけた孤児だ。
 その頃まだ幼かったハイルは自分の二倍もありそうな大人達からストリートファイトで堂々と勝ちを得ていた。
 そこに目をつけ、ギルド員としていい頃合いになるまで人知れずベイレル自身が稽古をつけてやった人材。
 その人材はベイレルの想像を遥かに越えて強くなりすぎた。
 
 いつしか一人で魔物やら魔族個体まで倒してくるようになり、これではギルドのパワーバランスが崩れると判断したベイレルは自身の権力で個人的にハイルを動かす事にしたのだ。

 名は知られなくとも最強、それがベイレルの脇差、右腕とも言えるハイル=イグニスなのだから。


「シンとか言う無手流使い。リヴァイバル出身という噂ですね。なんでもここのD階級と聞いてますが、なかなかあれ以来彼の姿は見ませんね」
「シン?ここのDだと……ふ、はは!なるほど。この状況でそんな冗談が言えるのは君くらいだろうな。面白かったよ、つい本気にしてしまった。頼もしい限りだ、報酬はこの件が終わったら払おう。死んでは金も石ころと同じだ。事態は最悪を想定し、出来うる限りの全ギルド員に緊急招集をかける!」



 ベイレルはそう言うと、ハイルとの会話を終わらせ徐ろに立ち上がる。

 ハイルは自分の言う事がベイレルに信用してもらえなかった事に肩をすくめるが、それも仕方がないと溜息をつくしかなかった。
 それもそうだろう。
 ハイル自身も信じられないのだ。こんな話は馬鹿げているとしか思えない。だが、もう一度、この魔物襲来を終わらせたら、再びあの男に会えたらのなら、もう一度戦おうと決意した。
 
 それは自分の最強を証明する為、否、あのシンという男が本物の強者だと確かめる為に。
 

 
 




 

「その科学は魔法をも凌駕する。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く