その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第125話 黒の襲来



 ファンデル王都、教会の屋根上に設置された聖母神マーラ像の横には三人の人間がいた。



「……ねぇ、見間違い?あそこってあんな荒地だったかしら。私、記憶の改ざんでもされたの」
「いや、だとしたら俺もだ」


 見つめる先は皆同じ。


「とんでもない奴に仕えたのかもしれない」
「……裏切られたら地獄でアンタを殺ってやるからね」





 元アニアリト暗殺部隊。
 その人生を一人の男に託したジギルとバイド、そしてルーシィの三人はただ眼前で消え失せた大森林と、残る広大なクレーターを眺め互いに罵り合っていた。



「ジギル、だがもう任務もクソもないだろう?今更俺達に……どうしろと?」

「……そう、だな。ルーシィ、確か傭兵時代に一度お前を助けたな。アニアリトに生き残りがいるか見てきてくれ」
「ちょ!何で私が……男のくせに今更恩を着せる気?」



 ジギルは自分でも似合わない冗談を言ったと思い苦笑した。
 見ればわかる。
 あの大森林にいた生物等一匹も残ってはいないだろう事は。
 つまりこれに乗じれば自分たちを含めたアニアリトはすべて壊滅という筋書きで終わりだった。


 だがジギルは信じられなかった。
 その光景が、そして自分達が開放された今が。


「飯でも……食いに、行くか」
「ジギル、アンタおかしくなったの?もしかしてさっきの変な仮面の子供に操られてるんじゃないでしょうね」

「いや……名案かもしれない」
「ちょっとバイドまで!」

「シン……か。俺達とは次元が違う。いや、人間じゃないのかもしれない。多分もう俺達の事等忘れているだろう。それが、奴なりの気遣いといえば……いや、本当にただの気まぐれだったのかもしれん」



 そう。
 ジギルはフォース、元いシンに自分のロードセルを渡した時一言だけ言われていた事があった。


――貴方達にとっては大きな事かもしれない。ですがそれはある人間にとってはほんの些細な事でしか無い。人間とはそんなものですよ――と。


 それはフォースからの、もう関わる事はないから好きにしろと。今のジギルにはそんな風に思えた。それだけフォースは、度を超えて異常であった。最早ちっぽけな自分達が出来る事等限られている。


 例えばそれは、何事もなく飯を食う事であったり。
 例えばそれは、何事もなく服を買う事であったり。
 例えばそれは、何も考えずに眠る事であったり。


 血反吐を呑む日々、汚れ、乾いた心。
 その終わりを、三人は上りつつある朝日と靄の中に見た気がした。



「――て、あんたお金使っちゃったじゃない。今となれば全く無意味な使い方してくれたわね」
「ふん、銀貨位はあるさ」

「へぇ……ま、私はこっそり自分用の金貨があるからいいけど」
「何!?」



 ルーシィとジギルはそう言い合いながらも自然と微笑んでいた。それは、隠す事の出来無い、人生をやり直せると言う僅かな希望。


 開放への喜びだった。

「だけどまだ安心はできないわ。サトポンだってまだ」
「いや、少し前にまさかと思ってな。連絡を入れたんだが応答がない。まさかとは思うが、フォースなら……やりかねん」
「そんな!?まさか、サトポンも、殺したって言うの」

 ルーシィは驚愕の表情でジギルを見た。
 サトポンは化け物、人とは思えないほどの実力者だ。そもそもギルドを設立したのはあの男であり、つまりはサトポンを超えられる人間など実質いないと言っても過言ではないほどの相手。

 ましてやフォースは南の森へ向かった筈で、サトポンと対峙するような時間が一体どこにあったというのか。

「なぁ、アレ……なんだろうな」
「あぁ?」

 そんな刹那、間延びしたバイドの呟きに二人も口論を止めて視線を向ける。

 眩しい朝日の光を遮るような黒い影。
 どこから湧いたかそれはまるで靄が物質化したように黒く。
 死体に群がる虫のように数多く。

 陽の光が三人にとっての希望ならば、それを与えまいと立ちはだかる逃れる事の出来無い運命のように。

 それは確かに三人の目に映りこんでいた。


 三人には視えていた。
 遮る黒の集合体によって、明かりが遮られた事によって、大地を覆う再びの闇が、三人にとっていつもの闇であるからこそ。
 視えてしまう。
 闇に生きてきたからこそ、そんな闇夜だけで拡大する眼には、そんな者達まものが。




「……はは。ジギル、良かったじゃない……ご飯代、浮くわよ」
「職務中に名を呼ぶな」

「魔物って、食えんのか」



 似合わない冗談を言った。
 ルーシィはそう思いながらストロヴェリタルトを死ぬ前に食べてみたいと思っていた。



「職務、ね……二人共、何匹なら相手出来る?」
「これでも俺は一時ギルドで飯を食ってたからな。魔物なら一人で五匹逝かせた事もある」


 バイドは暗殺者になる前、意外にも一人ギルドで身を立てようとしていた頃があった。
 A階級だった。
 魔物討伐は命と引き換えに莫大な報酬が手に入る。
 魔物討伐に比べれば暗殺がどれだけ楽か、バイドは眼前の光景を見て、今一度それを実感していた。


「五匹か、やるなバイド。俺は、三匹だったか……それでもあの時の襲来を生き残れたのは奇跡だったと思ってる」
「え?」
「おいおい……それは、お前、十五年前の話か?」

「あぁ」



 ルーシィとバイドは息を呑んだ。
 十五年前。それは三人が生き残る為に必死だった王都魔物襲来の頃。

 ルーシィは当時五歳だった。
 バイドは当時十二歳だった。

 だがそんな現実で生き残る為に振るった幼き剣等、大いなる恐怖と力の前では無意味、とても立ち向かえる訳もないのに。


「アンタ……今幾つなのよ」

 互いに歳など知らない。
 幼き頃の大きな歳の差は、大人になるにつれて僅かとなり、いつしか無意味なものになった。


「確か三十になる」
「おい……嘘だろ、それだと十五で魔物を三匹相手したって事かよ!?」
「今なら六匹行けるという計算ね」


 ジギル、その剣の、力の才能を他に生かせたならまた違う道もあったろうに。
 だが三人は思った。
 その闇を見据えながら。
 もし、生き延びたら、今度こそ、飯でも食おうと。




 着々と近づく魔物、その数。



 ――およそ百。


















 何事か。
 それはまるで死体に群がる蝙蝠の群、とでも形容出来るか。

 いつかに見た筈の籠城されたリヴァイバル王都は今荒廃の一途を辿っているように見えた。
 数十の化物は王都を囲む鉄壁を次々と崩し、砂漠へ逃れ出ようとした民をも蹂躙する。


「これはこれは……何やら妙なことになってますねぇ。魔王軍と人間の戦い、と言ったところでしょうか。ふふ、柄にもない事を言いました」



 霧雨真はファンデル王国、リヴァイバル王国を分断する広大な森林を、様々な生物諸共消し飛ばし、ノルランドへ向う最中にそんな光景を目にしていたのだった。


 だが今優先すべきは恐らく地球から来ている筈の使者、2つのPS搬送波との接触。 
 搬送波を惜しげもなく出している辺り、地球の使者は恐らく偵察用のアンドロイドキルラーと見るべきか。その目的はこの星の制圧、その前段階か若しくは真自身の回収と考えられた。

 地球の目的が万が一後者であった場合、現在真の持ちうる科学技術を確実に上回っているアンドロイドキルラーが送り込まれて来てもおかしくはない。だとすればやはり後ろ手に回る事は避けられないと判断せざるを得なかった。

 2つのPS搬送波は未だ移動してはいない。
 状況確認が急務。


 加速、重力操作を駆使しての移動。
 反発応力最大2.5倍、重力操作を移動ベクトルへ。摩擦抵抗を加味しても今真の身体は200km/h程、1秒で50mを走れる速度だ。



「グギャッ」
「ゲハァ」
「ピッ」


 直線距離で脳内のPS搬送波へ向うにはそんな魔物の群れを突き抜けていくのが最も合理的と真は判断する。
 最もそれが合理的だと思えるのは、周り道をする時間よりも魔物を斬り捨てる方が早いとするだけのものがあるからこそ。

 この世界でそんな事を考える人間はまず存在しない。


「どうやら元素収束でも十分、まぁ充電も出来た事ですし――――と、あれは」


 通り道を遮るゴミを切り捨てながら、高速で過ぎ去る城都にふと視線を落とした真。
 ふとそこに見知った人間を目に留めていた。

 それは霧崎真の時の記憶、今は霧雨真の記憶となった海馬へ残る一人の女。気付けば真はふとその場へ降り立っていたのだった。



 名をレヴィーナと言ったか、フレイを超える正義感の塊のように思えた彼女は今や魔物と交戦する兵士達の中に、まるでスクラップのように埋もれている。

 彼女は一人定齢死罪を掲げる国に抗議へ向かった筈であった。それが何故こんな所で、腹部に風穴を開けられ、こんな所に打ち捨てられているのか。
 真には謎であったが、特に興味は無かった。
 ただ、霧崎真の記憶が、思いが、ただ1つの指示を霧雨真へ与えていたのは間違いない。


「ふぅ、解りましたよ霧崎真。ただアレは……どうかと思いますがね。と言っても既に一人行ってしまっているのですからもう一人増えた所で、今更ですかね」



 真は倒れ伏せるレヴィーナの周囲にいる魔物と兵士達すべてを、まるで埃を払うかのように一掃した後、手に持つデバイスをレヴィーナの身体へと接触させていた。
 中空で僅かに動作する指、デバイスの画面が一本の波線を表示する。


 それは生物の活動電位差を表した所謂心電図にも近いもの。
 ただこれは従来の12誘導心電図やホルター心電図と違い、どんな部位でもただその一箇所の細胞に接触させるだけでいい。

 それだけでその細胞及び、それと結合する細胞内外の電位差を確認できるものである。そこから確認できるのはその生物が生存しているか、否かではなく。

 細胞に対して生存の可能性があるかどうか。  
 詰る所、地球の医療は対象の心臓が止まっていようが、呼吸が無かろうが、その細胞がまだ活動の余地を残していれば何の問題もない域まで達していると言う事なのだ。

 真の体内で培養されている細胞活性酵素もそんな最新医療の研究成果、その一つだった。



 霧雨真は細胞活性酵素の培養条件が最も満たされる人間の咥内へ、自らの酵素を含んだ唾液を送り込む為、微動だにしないレヴィーナと唇を重ねていた。



「出血が多いですから目覚めるには時間がかかるでしょうね、まぁその方が助かりますが……また婚約の儀などと言われてはたまりませんからね」


 戦場での奇異な行動を理解する者は恐らく魔物の中にも存在しないだろう。

 真は一人そう呟くと、自らの細胞活性酵素を植えつけたレヴィーナを人気の無い家屋の隅へと横たわらせ、再び上空へと飛び出したのであった。

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