その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第121話 deviant or ordinary



 長距離並行移送路を使い、月華元と山本は区域間ゲートを幾つも抜ける。山本は何がそんなに楽しいのか、その弛みきった身体は喜びの動きを隠しきれていないようだった。

 一方で月華元は意気消沈していた。
 今が何番区域かすらも覚えていない程に。



 だがそんな最中、ピ、ピーと言う今までとは違う耳障りで甲高い電子音が無機質な廊下に響いた。


「ゲッ、はい乙ー。だぁ、っざけんなよ……僕の認証拒否してんじゃねーよこの馬鹿電子、ハックすんぞ!」

 山本は一人ぶつぶつとそう零し、中空映写式携帯端末フルレスコンタクターから柴本統括に連絡をつけていた。


「――おぉ、どうした山本君?」
「教授ぅ、第七区の眼球細胞認証コードが僕を拒否するんですよ!ありえないんですよ!許せないんですよ!ファァックしていいですか?」

「――あぁ、いやいや駄目だ山本君!待ちなさい……そうか、スマン、連絡を入れたら結城君から許可が出てね。もしかしたら月華元女史の方を登録したのかもしれん」
「ぅぇ!?何だよぉ、結城さん……僕は童貞って言いたいのかよ、くそ!月華元陽花さん、月華元陽花さんので開くんだ。僕の童貞眼球は駄目なんだ」


 山本は柴本との通信を切り、月華元へ訳のわからない言葉を連発する。月華元はそんな意味の分からない山本の言葉から言いたい事の真意を理解し、いつの間にか辿り着いていた第七区の区域ゲート前に立った。


 ゲートドア上部のボールサークルから放たれる淡い光が一瞬月華元の全身を駆け抜け、その後ゆっくりと月華元の両眼を通過する。
 刹那、呆気無い程短い電子音と共にゲートがスライドし白く広いフロアが先に広がっていた。

 第七区、そのフロアは全方面に再びの扉が並び、その内の一つである扉上部が緑色のランプを点していた。


「彼処に来いって……んなら此処も最初からオートアンロックしろってんだよ、コンチクショー!だぁからこっち側は腹立つんだよ。尊の野郎、どうせ僕を見て笑ってるんだろう」


 広いフロアで一つだけ開く扉を、月華元は山本の文句を無視しながら通り抜けた。無機質な白色の廊下。

 この先に居るのは恐らく結城、咲元。
 全ての真実を彼から聞こう。
 月華元は静かにそう決意し、固くなる両足をただ前へと進めていた。














「結城所長、当該SS搬送波の詳細座標値を割り出しました!EGSZ8-813-ES3です」
「そうか、また随分と遠い所まで行ったものだね。アースグレイブ系第三惑星か、確かに理論上あそこなら生きていてもおかしくはないな。成功だ!皆、ご苦労だったね!」


 わぁぁと言う歓声がエレクトロルミネッセンスの光が満ちた室内に上がる。
 大凡普段は物静かな研究員達もこれには歓びを隠せなかった。自分達のやって来た事が、今、この結城と言う一人の人間の下で叶ったのだから。

 歴史を変えるその時代ときに、その一幕で、自分も活躍できた事、それは研究員にとって最上の喜びであった。


「結城所長、今後はどうしますか。やはり座標軸を弄って幾つか……」
「まぁそんなに焦らなくていいさ山本主任研究員、今は歓びに浸ろうじゃないか。一応あのバイオキルヒューマンの回収もしなければいけない、柴本さんにどやされてしまうからね。来客もあるようだし……そうだ、君も一緒にどうだい?弟君が来ているらしいよ?」

「猛が……?はい、分かりました」



 結城咲元は椅子に座る黒縁眼鏡の男にそう伝え、管制室を後にした。













 元バイオメディカル研究区域、第七区。
 今となれば使われる事も無い無駄な建設費を注ぎ込んだ来客用のフロアで四人は静かにその顔を突き合わせていた。

 サラリとした長髪を綺麗に流し下ろすその男。
 天才科学者、結城咲元。
 同じくその同期である月華元陽花は、昔から変わらず艶めく黒髪を後ろで一つに纏めている。
 学生時代は地味なゴムで留めていたが、今は指輪型の反磁性粒子分解装置を髪留め代わりに使っている。

 そして睨み合う二人。
 と言うよりフォースハッカーの山本猛が一方的に、兄であり人生のライバルであるデスデバッカーの主任研究員山本尊を睨んでいた。

 弟、猛はでっぷりとした腹を窮屈そうに抑えこみ、円卓を囲む椅子へと座った。
 結城の横で静観を貫く兄の尊は今でこそ必要のないはずの黒縁メガネを未だに愛用し、その中心を押し上げる。それは幼い時から続く、他人を見下した時の尊の癖だ。



「あ、の……結城、君」
「久し振りだね月華元さん。七年振り位かな?」

「尊ーっ!お前の無能な頭で粒子分解移転装置なんて完成させられるのかよ」
「……もう完成してるよ、猛」
「ファッ!?」


 月華元のごもった言葉を皮切りに、他の三人も一気に言葉を放ち出していた。山本兄弟には多少温度差を感じるが、この四人の中で一番温度差を感じているのは月華元陽花で間違いはなかった。



「結城君……。貴方は、一体何をしようとしているの」

 月華元は意を決してその言葉を口にした。
 刹那笑顔を崩さない結城を他所に、山本兄弟の視線が月華元に注がれる。


「ふぅ、そうだったよ。尊!お前のせいで僕のせっかく貯めこんだこのお腹がシュンてなる所だったんだぞ!!」
「……何の話か分からない。猛は相変わらず脳が腹部へ行っているみたいだ」

「なぁッ、ヌブッシャ!?」
「ふふ、そうだね。月華元さんには確かにそう思えるかな?まぁ……でもこれはちょっとした意地悪だからあまり気にしないで欲しい」
「いじ……わる、って?」



 月華元には結城の言葉が理解できなかった。
 だがそれは山本兄弟にも同じだったようで、結城以外の三人の目にはまるで疑問符が張り付いているように見える。


「結城所長、今更フォースハッカーとこんな所で何の話を?」
「ん、あぁ……まぁ僕が意図的に月華元さんへフォラスグループの情報を流さないよう画策した事について、だよ」

「っ!?それって……どう言う」
「月華元さん、世界が一瞬にして変わっただろう?考えが、常識が覆されて、この世に一人だけ取り残される気分。まぁ堪能してくれたならいいんだ、これはただのお遊びだからね」


「何を……言って……結城、君」
「瞬を覚えているよね?」
「瞬……日向、瞬」


 それは世界標準教育機関で月華元と同級生であった男。
 日向瞬、最初こそ関わりの無い人間だと思っていたその男は月華元と深い関係にあった。

 教育機関卒業前の夏休み、日向瞬は月華元と結城を夏祭に誘っていた。
 何故自分にと思った月華元であったが、結城と夏祭に行けるのはその頃の月華元にはとても魅力的だった。

 だがそこで起こった事は月華元にとって最低で、最悪の思い出なのは今思い出しても変わる事は無い。



「そう、僕はね、瞬が好きだったんだよ。君が瞬と結ばれる。叶わない恋だからそれは仕方ないのだけれどね、僕の心は壊れたんだ。あの時から」

「え、そんな、あの時って……私は、彼に無理矢理っ!それを何で、結城君が……それに彼は」
「因みに。瞬は事故死なんかじゃない、僕が殺したんだよ。汚れた瞬は、もう瞬じゃないからね。だから新しい瞬を造る事にした」


 何を言っているのか分からなかった。
 月華元は、突然狂ったように力任せの日向瞬に、夏祭りの夜無理矢理襲われた。
 月華元はそれから不安と無気力な毎日を過ごしたがその数日後、日向瞬が事故死してからは少しだけ心が救われた気がした。
 その時も優しく、月華元の心の傷を癒やしてくれたのは他でもない結城だった筈なのに。

 結城は日向瞬が好きで、月華元と繋がった日向瞬を許せず殺したのだという。
 そしてその相手であった月華元にも嫌がらせをしていた、遊び半分で。それがこの今の状況なのだ。
 自分が味わった思い、世界が反転するような思いを月華元にも味合わせようと。
 ただそれだけの為に。

 最早結城は、異常だった。


「うーん、何の話かそのさっぱりですけど結城さん。もしかしてそれって……僕の、今作ってるプログラムとまさか関係無いですよねぇ?」


 山本弟はふざけた口調でそんな結城と月華元の会話に割って入る。


「はは、君の無限処女膜細胞プログラム。下らないけどそのコードは完璧だったよ、理論上でしかない無限コードはそれでも素晴らしい。悪いけど有難く利用させてもらったよ、随分昔にだけど。今こっちの施設でね、旧バイオメディカル部門の皆と柴本さんで更に上流研究をしている。そこへ人工人格式生物兵器の基礎体型を組み込めば……まぁその前に連邦から予算を貰わなきゃいけないから他惑星SS移送プロジェクトも進めなきゃならないけどね、こっちはもう完成しているし、下らないよ。本当に」



「ひょ、ひょぇぇ!こりゃマジ乙は僕だったの。クソ、クソ、……僕の夢が、無限処女膜が!クソ、柴本のジジイ、騙したな……許すまじ」
「いやそんなに柴本さんを恨まなくていいよ、少し情報を共有してもらっただけの事さ。君がこっちへ来ないから悪いんだよ?それに田中くんがその何だっけ?処女膜?とっくに完成させたみたいだし……隠しているようだけど」

「フェッ!?ほ、ほほっ!コレキタ!うっそ、やるぅ田中!最強!」

「貴方は……神にでもなった、つもりなの」

「ん?」
「?」
「フィッ!?」



 月華元の結城への恋心は既に冷め切っていた。
 むしろ跡形もなく消え去ったと言うべきか。

 自分とは次元の違う考え、思考回路、その全てが異常だった。
 天才等ではない、この男は、結城咲元は、狂っている。
 山本も、他の研究員も全て狂っている。

 本当にまともな人間はむしろ被検体の方だと気付いたがそれはあまりにも遅すぎた。

 月華元はもう限界だった。
 これ以上この世界では生きられない、自分は、この人間とも言えない人間達に付いて行く事は出来ない。
 気付けば月華元は自分のこめかみに金属の無機質な冷たさを感じていた。

 それは自分の右手が自ら押し付けたモレキュールアナライザー。



「もう、私は、降りるわ」
「ひょえっ、またもやご乱心!?」

「それは……何ですか!」


 月華元の感情の欠片もない表情とは対象的に驚愕の顔を向ける山本兄弟。月華元は自ら設計した準用兵器で自らの命を絶とうとしていた。
 この人間達から離れるには、こんな研究から足を洗うには、この世界は荒廃しすぎていた。月華元に選べる選択肢はもう唯一つしかなかったのだ。

 だがそれを見ても結城の表情は変わらない。むしろ面白そうな笑みでそれを見据えていた。


「それが接触分子動作モレキュールアナライザー、かな」

「……?」


 月華元は動作しないその兵器に違和感を覚えた。
 だがいつの間にか立ち上がって歩み寄って来た結城によってその金属端末はそっと取り上げられる。


「なっ……」
「指定の極性分子に切り替えか……これなら粒子分解移転ももっと低エネルギーで行けそうだ、流石だね月華元さん。次期室長だけはあるよ、先に柴本さんに聞いておいて良かった。危うく大事な人材が作り直しになる所だったよ?」


「……壊れ、た?」
「接触部分を薬剤により逆合成するのかと思ったけど、やっぱりX線放射による極性分子の強制切り替えだったみたいだね。それだけでも十分に恐ろしいけど更にマイクロ波で全振動とはね……だけどこの部屋は全てアクチノイド光電を引き起こすように設計してある。一次X線は全て吸収されると言った所かな。悪いけどこの機械ガラクタはもう使えないよ」

「ふっ……ふひぁ……び、びっくりしたぁ!何だか解らないけど月華元さんのブッシュんを浴びなくて済んだんだ」
「私、は……!」

「月華元さん、因みにそのマイクロ波。もっと面白い使い方があるんだけど知ってるかな?」



 結城はそう面白そうに微笑むと、手首に付けていた小さなスクエア型端末を弄る。直後何か透明な膜が結城の周囲を包み込んでいくように見えた。

「え、結城所長?」
「山本主任研究員、君もやった方がいい。オルタスシールドコマンドだ」


「え、何、え、え、オルタス!?ちょ、ちょぅとまってぇ!それ、何!そんなの無いから、尊っっ!!」
「何を、するつもり!?」


「まぁ、気にしないで。折角だから君達に回収をお願いするよ、情報は追って知らせる。じゃぁ、またね」



 兄、山本尊が慌ただしく手首の端末を弄った後。弟の猛と月華元はそのまま自らの意思を手放していた。

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