その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第116話 螺旋



「おぉ、それは無手流の構えとやらですね。一度見た事がありますよ、ええ。ならば私も、と言いたい所ですが今は貴方と遊ぶつもりもないのですよ。ダルネシオン王子について喋ってもらう事も出来ますが、正直な所興味もない」

「貴様は……一体何が目的だ」



 真の第三人格、自称霧雨真。
 元々の霧崎真に埋め込まれた人工人格は元の真の記憶を辿り今そのプログラムを開放された。
 だがこの人工人格は元々地球の科学者達が、霧崎真を支配する為に組込んだプログラムコードでしかない。

 つまりは今この霧雨真はやはり霧崎真であり、全てを力で捩じ伏せる事を目的とした制御可能な殺戮マシーンには変わりないのだ。



「何が、ですか。さあ……強いて言うなら殺戮、でしょうか。この世界の人間には理解できないでしょうが私はその為に作られた。ですが恐らく失敗でしょうね、制御しようと入れたプログラム、そんな私にはどうやら自我が形成されてしまっている。それもエセ科学者共の範疇だとすれば癪ではありますが」
「ぷろぐらむ?ジが……エセ……何を」


 サトポンは眼前の男を警戒し、会話に乗る振りをしながらもその隙を必死に探っていた。

 否それは違うとも言える。
 隙なら幾らでもある、だがその隙を突く自信がサトポンには無かった。

 一流の無手流使いは自らの出す一手を瞬時に脳裏に浮かべ、その後の相手を想像する事ができる。

 例えばそれは倒れる敵のイメージ、それを確実に現実の物とするのが真の無手流。
 だが脳裏で目の前の男にサトポンが一手仕掛ける度、サトポンは想像の中で何度も殺された。


 つまりどうあっても殺される、サトポンは一流ながらに自分がこの不可思議な男に勝てない事を理解せざるを得なかった。



「まぁどちらにせよ、この世界にあのエセ科学者達はいない……私はゆっくりと此処でその身を永らえるとしますよ。と、そのついでですね。アニアリトを殲滅すると言う話は」

「ついで……だと、私の長らくの野望をついでで消される等。こんな青二才に」
「ふふ、気にしないでください。貴方に罪があると私は思っていません、ただ私の選択肢がそうなっただけ、ただそれだけですから」



 霧雨真はその言葉を皮切りにデバイスに視線を落とす。そして端末エネルギー残量が50%を切っている事を確認していた。


「やれやれ……不便な物ですね全く」
「っ!」


 サトポンはその隙を見逃さなかった。
 真がデバイスに注視しているその僅かな時を。

 敵前でその余裕、その隙、罠とも言えるその行動はだがサトポンにとって唯一の勝機だった。


 自分のスピードなら間に合うと。
 魔力機のような物を持ったその手を掴み、逆側へへし折りそのまま肘で甲状軟骨を潰す。
 流水が如く動きでその頭に腕を絡ませ、背後へ周り……頚椎を折って……終わりだった。


 サトポンは恍惚な表情で人生最大の強敵を倒した事、最悪の災難を抜けた事に満足し、絶命した。




「……微弱電磁波の使用では再充電しないのですね。ですがまぁなかなか面白い機能となったので良しとしますか。この表情……さぞかしいい夢でも見ていたのでしょうかねぇ」




 異世界勇者に融合していたイービルアイ、その力の解析結果。
 300MHz微弱電磁波、対象の思考を操作し幻覚を見せる事が出来る。それを霧雨真はサトポンへ放っていたのだった。

 通称デバイス、FAIBEの扱いに関しては全てプログラム内に記録されている。
 霧崎真の様な断片的な使い方の記憶ではなく、完全なマニュアルを、記録として霧雨真は持っているのだ。


「さて、次も片付けてしまいましょうか。私の平穏の為にね」



 真はそう一人闇夜で呟くと、加速アシストでその場を後にした。

 満面の笑みで涎を垂らしたまま、その身体から切り離されたサトポンの首を置き去りにして。






















 夜の王宮。
 ファンデル王都の城下街を目下に見渡せる回廊に一人の男がいる。
 朱色の綺羅びやかな貴族服に身を包み、腰には本来飾りでしかない細剣。
 肩まであるカールしたブロンド髪は月明かりに燦めき、物静かだがその目はどこかぎらつき野心の高さを感じさせるその男、ダルネシオン=ファンデル。


 ファンデル王国第三王子。だがその性格は昔から異常の二文字であったようである。
 ダルネシオンに服を着せようとしたお付きのメイドが、袖をダルネシオンの指に引っ掛けてしまった時。
 ダルネシオンはそれに激怒し、そのメイドを自らの装飾細剣で叩き殺したと言う。
 他にもスープが熱いといって調理役のコック長を独房に入れて監禁拷問した等と言う話もある。


 その後そんな息子を危険と見なした国王はダルネシオンを王位から完全に退かせ、付き人も無くし、自室へと閉じ込めた。
 それからと言うもの反省したのか大人しくなったダルネシオンは、王位継承権こそ無かったがそれでも王族らしく振舞っていた。



 だが氷城のエミールこと、エミール=カズハはそんなダルネシオンが人知れず何かを企んでいると確信していた。
 人はそうも簡単に変われるものではない。
 そう疑い始めたのは過去にエミールが見たものにある。


 なかなか睡魔が降りて来ないそんな深き夜、夜風に当たる為外周回廊へ向かった時の事。そこでダルネシオンが灰色のフードケープを纏った数人と何かを話している姿。
 それはエミールの目には異様に映った。
 影武者か、王族ならばそれ位もあるだろう、ならば今のダルネシオンは偽物か。

 そんな疑念と好奇心からエミールはその後ダルネシオンの動向を密かに観察するようになったのだ。


 時折王宮へ姿を見せるリトアニア商会のトップ。
 何かの買い付けか、リトアニアグループの会長サモン=ベスターはダルネシオンの来客としてよくその姿を見せていが、最近では会長側近であるサトポンと言う老紳士が出入りしていた。

 誰もそんなダルネシオンの動向には気を留めない。趣味のコレクターでもしているのだろうとしか考えていないのだ。
 エミールもそう思っていた。 

 だがエミールは聞いてしまった、ダルネシオンとサトポンのある会話を。


 王宮内にある王族の部屋の扉は全ての音を遮るほど厚く作られている。

 これは重要な話を家人に万が一にも聞かれない為だが、エミールには不思議な力があった。
 両親、かつて生前の母から聞かせられた事でしかないが、エミールは過去この世界を救った勇者である父の不思議な力の一部を引き継いでいる。

 その一つが自分の存在を消せると言うもの。存在を消せると言うより、エミールの存在が周りに感知されないと言う能力。

 これがダルネシオンの動向を追うのに大きく役立った。

 そして体感肥大能力。
 その力は自ら備える五感と身体能力を増幅させる事ができるもの。

 エミールがこの世界に於いてギルド員のS階級として上り、王宮近衛兵を纏める騎士長として上り詰めたのはこの力があったからこそ。

 ただこれにより、重厚な扉の奥で話すダルネシオンとリトアニア商会サトポンの話はエミールに丸聞こえだったのだ。



 ダルネシオンはリトアニアの会長ではなく、その側近とリトアニアグループを乗っ取る腹づもりだった。
 今やリトアニアグループはファンデル王国にとって無くてはならない程の一大商会。

 そのコネクションは最早国の域を出て他国とも繋がっている程の。
 そんなリトアニアグループを国が今更反故になど出来はしない。例え当国が行ってもいない国易を独自のルートで築いていたとしても。

 ただそんなファンデル国王とリトアニアグループがそれでも上手くやれているのは、リトアニアグループの会長が曲がりなりにもファンデル王国の崇める母神マーラの熱心な信教者だからである。


 もしリトアニアグループが単体に、他国と手を結びこの国をその支配下に置こうとしたならば、それは容易い事なのかもしれない。

 ファンデル王国はリヴァイバルと冷戦状態であり、隣のレノアール共和国は中立、大国ノルランドは独立、北の島国と国交を結ぼうと考えてはいるようだが現在その国の存在こそ知れ、名前も分からないような状況。
 北海の荒波を超える程の造船技術はまだこの国には無いのだから。




 そんな中エミールは今宵もまたダルネシオンの不穏な動きを捉え、今暗闇の王宮をひっそりと歩んでいた。


 ダルネシオンは例の回廊ではなく、警備兵が詰める東の塔へと向かっている。

 あそこに何があると言うのか。
 東の塔はファンデル王都全土からその城外までが優に見渡せる王宮内で最も高い場所。

 それだけに連絡役の見張り兵が一人いるだけの筈であり、王宮内でも地下牢獄に次いで最も人が寄り付かない場所なのでもあった。

 つまり大凡王族が足を向けるような所ではない。



 エミールはダルネシオンの行動を不思議に思いながらも存在を消したまま、そのすぐ10m程後ろを歩いていた。




「ご苦労、受け取れ」
「はっ……ダ、ダルネシオン王子!い、いえ、違うのです!居眠り等」

「いい、気にするな。また夜風にあたりたい、戻るまでまた入り口を見張っていてくれ」


 ダルネシオンはどうやら見張りを放棄し、宛てがわれたテーブルで居眠りをしていたらしい兵士に白金貨を一枚渡すと、そう言って兵士の肩をひとつ叩く。

 兵士はその白金貨に目を奪われながらもふざけた敬礼をし、後ろ手に手を組んで此処への階段に視線を向けて立哨しなおしていた。



 エミールはその兵士の横をすり抜け、バルコニーへ向かったダルネシオンを追う。

 腰ほどまでしかない柵のる石造りのバルコニーは狭く、存在を気付かれないとは言えエミールは緊張を隠せなかった。
 そんな中ダルネシオンは柵側に背を向け、壁面の一部に触れていた。


 すると何が起こったのか、音も無くダルネシオンは壁の中に吸い込まれるよう消えていったのだ。


(何よ……これ、この先に何があるの)


 エミールは声を出さぬよう心で驚嘆した。声を出しても誰も気づかないのだが、エミールに芽吹く緊張が自然とそうさせていた。
 暫し逡巡した挙句、エミールはまるで洞窟の入り口のようなその黒い壁へと手を入れたのだった。


 何の感触も感じない内にエミールは遥か下まで続く螺旋階段を目にしていた。
 振り返ればそこには先程までエミールがいたバルコニーと、月夜に照らされる城外の草木が透過して映る。


 エミールは瞬時に理解した、確実にここは隠し通路なのだと。
 気付けばダルネシオンは既に半分程下まで階段を降りている。

 エミールは意を決し、父から引き継いだと言うこの力を信じてその階段を下ったのだった。

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