その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第96話 暗殺の依頼



「コイツを殺して俺がコレの階級を貰い受けるのはアリか?」
「なっ!?」

「何してんだ、テメェ!!」



 真の突拍子も無い行動にそのギルド内は騒然としていた。
 それもそうであろう。
 ファンデル王都と言う平和な場所から来たD階級のヒヨッコ。その男がB階級の人間を数秒でのした上に殺していいかと聞いてくるのだから。
 あまつさえ殺して階級を奪うのは有りかと聞いてくる。

 その行動は日々暗殺、人攫い等裏稼業で生計を立てる者達からしても常軌を逸していた。



「俺がコイツに代わるって言ったんだ。力が全てなんだろう?なら構わないよな」


 真によって床に叩き付けられ、今や泡を吹いて意識を白濁させたB階級の男。
 真はここを取り仕切っている様に見えたカウンターの痩せ型男にそう言い視線を向けたまま、床に伏す男にとどめを刺そうと足を持ち上げた。



「っざけんな小僧!!」
「待て……そいつはウチの商品だ。仕事はやる」

「お、おい……マスター、正気かよ?」



 マスターと呼ばれた男は真の思った通り話の判る人間であるようだった。ここがバーならマスターと言う呼び名もなかなか乙だ。
 真は自分の見立てを確信していた。
 浮かせていた足をゆっくりと床に下ろし、マスターと呼ばれたカウンターの痩せ型男に視線を向ける。


「ただし条件がある。どうあってもアンタはD階級、実力が分からない……これから言う案件を片付けられたら正式にアンタをここのギルド員として認める。因みに案件はお前の望むリトアニア関係だ」

「……それは好都合だな」

「どうする?悪いがこれ以上は譲歩できない、こっちも慈善事業じゃ無いんだ。あんたの力が本物ならやってみな」



 望んだ仕事がそう簡単に貰えるとは最初から思ってはいなかったが、こんな所で力試しとはいえリトアニアに関われるのなら有り難い話である。


 力が全てのリヴィバルギルド、話があまりにも順調に進むのはこの国柄が真にとって合っているからか。
 思えばここは無手流と言う戦闘術が主だと聞いたのはいつだったか。実際この国の兵士は確かに魔力結石こそ持ってはいたが、武器と言う武器は持っていなかった。
 対象を殺す為だけに身体へ染み込ませた真の格闘技もまさにこの国ではうってつけとも言える。

 そんな事を柄にもなく考えながら真は二つ返事でそれを了承する事にしたのだった。



「有り難くその案件を受けさせてもらう」

「……そうか、成功報酬は金貨五十。顔を見られるなよ、今後仕事がやり辛くなるのはアンタ自身だからな」



 そう言うとマスターはカウンターに一枚の紙のようでもあり、布のようにも思えるそれを一枚出して真を一瞥した。


「報酬も貰えるのか、ただの力試しだろう?」
「それ位の報酬は出すさ。一応は仕事だからな」


 マスターの言葉を耳に入れながらも、真はその紙を受け取り内容を確認する。
 その紙は固く、折り曲げるにも一苦労しそうである程の重厚感を感じた。

 昔羊皮紙と言われた獣の皮等を使った紙媒体があると知識でこそ知っていた真ではあるが、これがそうだとすればそれはあまりに扱い辛いものであった。


 マスターから渡された羊皮紙には、インクが滲んだ文字で人名と場所が書かれているのみ。
 恐らくは暗殺対象者とその居城だろうが、真はそれを見るなり少しの驚きを感じていた。


 確かに読める文字で書かれていた人名は真も知る名であり、シグエーから聞いた話からするに寧ろ知らない者は少ないとすらいえる程の人物だったからだ。



「……こんなでかい仕事を俺なんかに任せていいのか?」
「それ位じゃないと力は試せないのさ、それにウチじゃよくある話だ……暗殺に大物小物は関係ない」


 暗殺に大物小物は関係ない。
 それは暗殺業界に於いて大いに疑問の残るような言葉だったが、どちらにせよここで仕事をする事は今の真にとって必須である。
 しかもそれがリトアニアに関わる案件なら尚更断る理由等無かった。


「暗殺案件は対象とその場所だけだ。地図は分かるな?」


 羊皮紙の下部に記された地図は乱雑ではあるものの、要所要所の名が書き込まれ読み取るのはそれほど難しくない。

「あぁ、近くまでは行った事がある」
「そうか、ならいい。後は自分で考えな、それが暗殺だ」



 真は羊皮紙を軽く丸めると、カウンターの向こうに立つマスターを一瞥し、早々に背を向け入り口へと踵を返したのだった。


(まさかもう戻る事になるとはな……)


 脳裏にファンデル王都へ残して来たフレイやルナ、アリィの顔が浮かぶ。
 だが今回の依頼で会う事はないだろう。

 面倒と言えば面倒なそんな事態に首を突っ込んでいる自分自身に思わず苦笑したくなるが、それとは裏腹に真は久しぶりの高揚感が身体を満たしていくのを感じていた。



















「おいマスター!何であんな奴に仕事をやったんだ!?しかも金貨五十だ?そんな美味い仕事があんなら何で早く回してくんねぇんだよ!」
「そうだぜマスター、しかもハッタリとは言えボルドーに手を出しやがった奴だ。なんならアイツから殺っちまった方がいい」



 このギルドでもB階級にあたるボルドーをいきなり昏倒させたD階級の男。
 その男はマスターから案件の詳細が書かれた依頼書を受け取るなり早々とギルドを去って行った。
 だがその後のギルドでは、皆口々に不満を顕にし、自らの酒を不味そうに呷っていた。

 だが当のマスターはそんな雑言等全く意に介さない様子で一つのグラスを丁寧に拭き上げながら呟く。


「あの案件は白金貨五枚さ」

「なっ!」
「んだってぇっ!?」


 マスターの一言にそこにいた人間達は一斉に立ち上がり、唾を撒き散らす勢いで驚きを見せていた。


「おいおい、人が悪ぃぜマスター……それなら何で俺に回してくれねぇんだよ。これでもA階級だぜ?俺は」



「……お前らはウチの売り物だ、簡単に死なれちゃ困る。あからさまに危ない仕事はこっちで蹴ってるんだ、分かるだろ?」




 カウンターで薄笑いを浮かべたA階級ギルド員のデルンは、グラスを持ちながらそうマスターに言葉を投げかける。
 だがマスターは諭す様にそう告げただけだった。


「……ふん、まあ分かっちゃいるが白金貨五枚の案件がどんな内容か位は気になるだろ?」


 白金貨五枚。
 それだけあれば普通の一般家庭が遊び続けても数年は保つ程の額である。
 だがそれはつまりそれなりの危険が伴うであろう何よりの証。



「サモン=ベスターの暗殺さ」
「っ!?」

「なっ……」



 依然として何事も無かったかの様にグラスを拭うマスターの言葉に、今日何度目かになる驚愕。
 皆一様にグラスを持つ手を止め、それ以上の言葉紡げないでいた。


 それもそうであろう。
 暗殺は仕事の中でも最も報酬が良く危険とは言え、今迄に来た暗殺案件でも一番危険だと思われたのは精々貴族の身内殺し位のものだった。
 それすら万が一にも身元が割れればどんなものを追手に差し向けられるか分からない上、何なら依頼主から逆に暗殺される事もあり得るのだ。

 それに対し今回の案件はどうか。
 暗殺に大物小物は関係ない等真っ赤な嘘だ。
 ギルドも暗殺を行ってはいるが、本物の暗殺専門組織アニアリトに比べれば子供のお使い程度である。
 裏世界でその名を馳せるアニアリトに目をつけられればその人生は最早一択、早いか遅いかの違いはあれど待つのは死のみ。

 今回の依頼は間違いなく捨て駒だった。



「サモン=ベスターっていや……あのサモンだよな、現リトアニアグループの会長。それを暗殺……ってこたぁやっぱりアニアリトの連中を操ってんのはあの側近のジジイか」

「デルン、要らぬ詮索は命取りだ。どちらにせよこの依頼は手に余っていた……お前の命があっただけでもあの男に感謝するんだな」
「ふん、少し考えりゃ分かる事だぜ……俺は御免だ」


「何だ、別に顔さえ見られなきゃ問題ないだろ暗殺なんてよ。元盗賊の俺からすりゃ白金貨五枚でリトアニア会長殺し、喜んで引き受けてるぜ!」



 カウンターの二人、マスターとデルンの会話を無視してギルドの端に陣取る三人組の一人が場の雰囲気を壊すようにそう言って笑う。

 元盗賊、否ギルド員の弾かれ者。
 土竜団と名を馳せていたらしい三人の男達の浅はかさに嫌気が差すデルンであったが、敢えてそれ以上何かを言う事はしなかった。

 恐らくこの案件をマスターは断る事等出来はしない。断ればギルドの経営も難しくなるからだ。
 だが受けてしまえばそれに赴かせたここの人間は確実に殺される。

 依頼主であるアニアリトに。
 あのファンデル出身のD階級男が突然現れなければ恐らく矛先はアイツ等に向いていたのではないかとデルンはそんな三人組に目を向け、如何に自分達が唯の捨て駒であるかを実感していたのだった。

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