その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第89話 それは旅立ち



 再びの王都ギルドには明け方より少し人の入りがある。
 真と真から貰った杖を抱いて微笑むルナ、そして自分の金を真に渡して不可思議なプレゼント――翡翠色の宝石がついたネックレス――を眺めてニンマリとするアリィはそんなギルドへシグエーを訪ねて再訪していた。


 受付のユーリから、今朝方戻ったシグエーはまだ会議中だと聞いたのでギルドの二階で待つ事にした真一行。

 真は自然と話題を次の目的であった筈のルナの故郷、そして真がこの世界に初めて降り立ったあの村の事に向けていた。


「なぁ……ルナ。一応聞くが、次の目的は覚えてるよな?」

「うふふ……シン様から貰っちゃった……」


 分かりきった話題を真がわざわざ向けたのは、どう贔屓目に見てもルナの頭の中がシンのプレゼントで一杯の様に思えてならなかったからだ。

 だがやはりと言うべきか、ルナはランクCだとローズが言っていた追憶の灯杖レイニーワンドに夢中で真の言葉等微塵も聞こえてはいない。


「ルナー、シン様が呼んでるよー!おーい、ルーナぁ………おっぱい小さいのは嫌いだってっ!」
「へっ!!?シン様今なんて……」

「俺じゃない、と言うか村長さんの杖は本当に良かったのか?」


 これからルナの村に向かうに当たって、村長にまさかあの杖は危険なので手放しましたとは言い辛い。
 ルナ自身も大切に……していた筈なので真にはいささかその辺りが心配な所でもあった。


「えっと、でもあんな事もありましたし……それにシン様が私に贈ってくれた杖ワンドもありますし……むふふ……私にはこっちの方が大切と言うか……あ、村長様が大切じゃないとかじゃなくて!あ、でも村長様も英雄のシン様に着いて行けと言ってましたから、これでいいんだと思うんです」
「そうか……まぁならいいが。どちらにせよ事情はあの村長さんから――」


「やぁ、シンじゃないか。何か面倒な報告があるんだって?いいタイミングだったよ、今日は非番だから何処かの店でゆっくりとご飯でも奢られながら聞くとしようか」


 ふと真達のいるギルド二階へ続く階段を上りながらそう発する一人の青年。
 鮮やかなマラカイトグリーンの長髪をサラリと掻き上げながらギザったらしい態度でその男、現ギルド試験官のハイライト=シグエーは真のいるテーブルへと歩み寄って来たのだった。


「何故俺がお前に飯を奢る」
「うん、そうだね。それについても……ここだと……何だからちょっといいかい。どうせ暇だろう?」

「ねぇ、何このイケメン!ウザい!」


 アリィはやはりアリィであり、そんな童顔女子の発言に苦笑いするシグエーの表情はしかし、何処か不安を抱えたものに見えた。

















 いつかの真に不覚を取らせた迷街路。
 蛇の轍の如く曲がりくねったレンガの道をいつになく静かなハイライト、否シグエーの後について歩く事体感で数十分。

 いつまで歩かせるんだこのイケメンと喚くアリィを余所に、シグエーは一つの小さな店の木扉を押し開けて中に入った。


 カランと軽いベルの音が狭くてカビ臭い店内に鈍く響き、三人の歩みに合わせて木の床が軋みを上げる。
 他の地区にある店や宿屋との違い、と言うより酷さに流石のアリィも顔を顰め黙り込んでいた。

 シグエーが客のいない店内の角テーブルに腰をつけたのに習って真も背もたれ付きの椅子に腰を下ろす。杖を抱きかかえたまま店内を見回すルナと、何故か付いてきているアリィもシグエーの対面に椅子を持ってきて真の隣を陣取っていた。


「……何故こっちに集まる?狭いだろ」
「いーのっ!」

「ふ……君の周りには何故か女子が集まるね。僕もそんな星の下に生まれたかった物だな」

「馬鹿な事を言ってないで本題に入れ、わざわざこんな……所まで来るんだ、何かあるんだろう?」



 真は危うく店の悪口を言いそうになったのを何とか飲み込み、シグエーが何故こんな所まで呼び寄せたのかその本心を尋ねた。

 飯を奢らせるにしてはここまで人気も無い危なそうな場所へ連れてくるのもおかしな話であるからだ。
 若しくは真の懐を鑑みたか、だとしたらそれは正解だがシグエーの表情を見るにそれは検討違いに思えて仕方無かった。


「……あぁ、その前に報告だけ聞いておくよ。わざわざギルドに二回も来てくれたんだろう?魔物がどうとか」

「魔族だ、ガーゴイルとか言う。それがザイールトーナメントをぶち壊した。対象は始末したが、他の魔族達がどうやらここの王都を狙っているらしい」



 真は事の事態を簡潔に、若干の修正をかけてシグエーに説明した。
 シグエーはそんな真の言葉に一瞬目を見開いたが、ふうと一つ溜息をつくと呆れた様な顔で口を開く。


「ガーゴイルを撃破してそんなつまらなそうな顔をするのはきっと君位だろうね……しかしザイールトーナメントか……懐かしい。いや、そんな事よりその情報が本当だと仮定して……今の僕ではどうしようもないな。シン、僕は明日付でノルランド王国へ異動が決まった」

「!?」


 突然の告白。
 真はそんなシグエーの一言に、前項のザイールトーナメントでこの男が過去に優勝していた話を聞くのすら忘れていた。


「君の一件だ、リトアニア商会……話が上層部まで上がった。まぁ今回は僕の異動だけで事はすんだから肩代わりをした罪滅ぼしを君にして貰おうかとね」


 自分の一件とはつまり真が本能に突き動かされるままリトアニア商会の一人を手に掛けてしまった事だろう。
 あの事実はやはりリトアニア商会の人間から上に伝わり、シグエーが王都ギルドから異動すると言う事態にまで発展してしまった様だった。


「……そうだったのか。すまない……俺が」
「いや、別にそこまで君を恨むつもりで話したんじゃない。元々は奴等の起こした事が発端なんだ。リトアニア商会には裏で糸を引く連中がいる、上層部とは別に」


 真は自分で引き起こしてしまった事の罰をシグエーが受ける事態に、申し訳無さと不甲斐なさで心を抉られる思いだった。
 昔なら他人がどうなろうと知った事ではなかった真だが、今ではそう簡単に割り切れる物でもない。

 だがシグエーは自分の異動よりももっと伝えたい話があるらしかった。

「これは僕が此処へ来た理由にも繋がる事だけど……裏で奴隷売買をしているリトアニア商会は恐らく正規じゃない。上層部、リトアニアグループの会長すらも知らない事態の様だ」

「獣族の奴隷売買……アニアリト」
「?」

「アリィ……」



 シグエーの言葉をしっかりとその耳で聞いていたアリィは、俯きながらぼそっとそう呟いていた。
 リトアニア商会には裏の顔があると言うのはローズから聞いた話だ。
 アリィの家族もその犠牲となり、アリィ自身もその毒牙にかけられる危険性を孕む。
 だがその組織を牛耳るのは今のシグエーの話からリトアニア商会トップの人間では無いのかもしれない。

 真はシグエーが獣族の娘を助ける為にここへ来た事を思い出し、こちらの事情も話す事にしたのだった。



「――そうだったのか。アニアリト……そんな組織が。確かにリトアニア商会にしてはしつこいと思っていた、何故気付けなかったんだ。もっと早く対処しておけば……くそっ」

「どうするつもりだ?探るのか、奴等」
「そうも、行きそうにない……目を付けられた。僕は大丈夫だけどネイルが、いや受付のネイル=フレグランスと言う子まで監視されている。僕が下手に動けば彼女までどうなるか分からないのさ……ふぅ、どうにもならないよ。後は正規のリトアニア商会がどう動いてくれるかにかけるしか、無いだろうな」


「そんな!あいつらは身内だよっ、自分達の悪事をどうにかするわけ無いっ!」


 シグエーはどうやらリトアニアグループ自身にアニアリトの存在を感知してもらい、自滅を待つ方向に希望を持っている様であった。

 と言うより、理由はわからないがあの受付のネイルと言う女が人質の様な状態ではシグエーも下手に手出し出来無いのだろう。
 悔しげな表情で拳を握るシグエーからその歯がゆさが痛い程に伝わって来ていた。

 だがアリィはそれでは納得が行かない様だ。
 それもそうであろう、自分の親を殺した奴等をそう簡単に許せる筈もない。
 その為に今までアリィは一人暗闇を抱えて生きたのだから。


「そうでもないさ……確かに君の心中は察するがリトアニア商会も馬鹿じゃない。王都のリトアニアがそんな事をしていると国の耳に入ればグループ全体が経営停止を余儀なくされる。それは正リトアニアも防ぎたいだろう……あくまで、ファンデル王国の話だが」

 シグエーはアリィの出身を鑑みたのか、最後の方は苦しそうに呟く程の声量でそう言った。


「私は……私は……奴等を、許せない。絶対強くなって、殺してやるんだ!受付が人質なんて知らない、私は――」
「アリィ、止めろ」


 真はアリィにそれ以上言うなと釘を差す。だがそれはただアリィの悪態を止めるだけの言葉ではない。

 真は一つの覚悟を決めていたのだ。


「シグエー、これは俺自身が起こした事だ。後始末は俺がする」

「シンちゃん」
「シン、君は……いや、ダメだ。下手な事を君がまたやらかしてネイルが危険に晒されるかもしれない。それに……君だけの問題じゃないさ、これは奴等のやり方なんだ。その権力の犠牲者が少なくとも世界には多くいると言うだけの話、君がその罪悪感に苛まれる必要はない」



「ネイル=フレグランス、その友人の一人に腕の立つギルド員がいる。俺の……仲間だ、彼女を側につかせるように頼んでみるさ……個人的にも用があるしな」

「それは今回Bの1階級に昇進の決まったフレイ=フォーレスの事か……確かに彼女なら、頼もしいかもしれないな」



 フレイがBの1階級に昇進というのは初耳だが、それも納得といえば納得だ。
 フレイには一度謝りに行かなければならない、その時に昇進してるらしいと本人に伝えるのは野暮だろう。



「それに、アリィ。お前はその為に俺を雇ったんじゃなかったのか?」

「へっ……そ、それは……でも」


 アリィの本当の目的。
 自分では力不足と知って露天商を営みながら、代わりに自分の親を殺したアニアリトの連中に制裁を与える人間を探す事。

 それに真はたまたま抜擢された事は薄々理解している。


「俺はまだ感知されてはいない。今ならまだ一人で動けるだろう……ルナ、お前の杖の事は俺が村に寄って聞いておくからアリィの見張りを頼めるか?コイツは何をしでかすか分からない」

「え、シン様!私もお供しますっ!村の事はいいですからっ、それよりもシン様と共に――」
「英雄命令だ」

「そ、そんなっ……」
「ダメだよシンちゃん、私も行く!今は仲間なんでしょう?だったらもうシンちゃん一人に任せるなんて出来無い、私は自分で」



 ルナやアリィがこう言うのは分かりきっていた。
 シグエーやフレイも、恐らくはそう言う人間の類だろう。
 正義感に溢れ、人の為に善を尽くせる優しい心を持った人間。

 恐らくは真も過去にはそうであった筈。
 人工的な改造を施され、機械なのか人間なのかもどうでも良くなっていた自分にこうした人間らしさを再び感じさせてくれたのも彼、彼女らがいたからだ。

 多分真にとってこの世界の、この者達こそが本当の仲間と呼べるもの。
 真はやっと理解できた気がしたのだ。
 仲間を危険に晒したくないと言う思い、人間らしさを。


「話は終わりだ。シグエー、ルナ、アリィ、そしてフレイも。俺の大切な仲間だ。だからこの件は俺に一任してくれ……巻き込みたくはない」

「シン……」

「ダメだよ!シンちゃんが仲間なら私だって同じ気持ちなんだよ?」
「そうです!私もです!シン様一人が危ない目に会うなんて……私、私……」



(堂々巡りか……だよな)


 ルナとアリィを説得する方法。
 フレイは恐らくネイルの事を話せば問題ないだろう。
 フレイの正義感は人一倍だが、友人の危険を無視してまで何かをする人間ではない。

 だがこの二人を理解させるにはどうしたら。
 真は遂に自分の本性を明かす事にした。
 それしか思い付くものが見当たらなかったからだ。


「俺は……この世界の人間じゃない、機械なんだ。だから死ぬ心配もない」
「キカイ……?」

 真はそう言ってシグエーの腰に提がる剣を引き抜き、自らの首筋を軽く切り裂いた。
 咄嗟の行動に黙って剣を抜かせたシグエーも、アリィも声を上げてそんな真の手を慌てて取るが、真の首筋にはまだ人間だと思わせる鮮血が垂れ流れるだけ。そこにある筈の傷口は跡形も無く既に消え去った後だった。

 以前にも増して回復スピードが早くなっている事に疑問を感じながらも、真は神妙な面持ちでシグエーに血を拭った剣を突き返す。


「そうでした!シン様は不老不死」

「なっ、不老不死……だって!?」
「うそ……そんなの本当に……眉唾物だと思ってた」


 機械と言う言葉はどうやら通用しなかったが、それならそれで構わない。
 真にしても血が未だに出るのだから、それはある意味人間とも言えるだろうと感じていたからだ。


「分かったろう?……俺は不死身、だから大丈夫だ。二人はここを守ってくれ、魔族とやらの件もある」
「だ、だがシン……君はどうするつもりだ?相手は強大、それは力でどうにかなる程単純な話じゃない」


「分からない。だがとりあえずはリヴァイバル、王国だな。もともと旅をする予定だったんだ、足手まといがいなくなった方が清々する。そうだな、ついでに魔族とやらを殲滅して魔王も倒しておくか」


「シンちゃん……」
「シン様」



 真の言葉は最早自棄糞にも思える台詞だとここにいる誰もが理解したのだろう。
 笑う者も、怒る者も誰一人いない。
 ただ、真との別れがそこに一つの壁として存在している事をひしひしと感じ始めていた。



「そ、そうだ!シンちゃん。とっておきがあるの!別れみたいな寂しい話はこれで終わり!」
「アリィさん?!」

「ルナも!大丈夫、寂しくなんか無いよ!それにシンちゃんも直ぐに戻ってくるよね?しっかり私の仇、取って……それで……来てよ!?解った!?」


「…………あぁ」



 アリィの言葉の真意が恐らく仇などより、真自身が納得してここへ戻ってくる事だという事は、今の真ならはっきりと理解できた気がしたのだった。

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