その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第76話 再会、父と娘



十年ぶりに見る父ブランタの姿は何処か窶れて見えた。

その分領主としての風格が狂気と混じえて何割増しかになっていた気もするが、今はそれがフレイに更なる不安となって重し掛かる。



コロッセオの客席を駆け足で上り、審判員のトーナメント説明が響き渡る中フレイは真紅の絨緞が敷かれたコロッセオの廊下を走り抜いていた。


過去にこのトーナメントに出場した際に父がどこからあの位置に上り、どこから抜けてくるかをフレイは朧気な記憶を辿りながらただ走る。
円を描く様に設計された廊下からロープの張られた暗がりの通路へ、その先にある筈の螺旋階段を登れば父と鉢合わせになる筈だと……



「君、ここは非常口だ。外に出るなら向こうの……」
「私はブランタ=フォーレスの娘だ、悪いが通してもらう!」


「なっ、ま、待ちなさい!!」




脇目も振らず係員兼門兵の役割を果たしているのであろう男を華麗な動きで躱し、フレイは嫌がらせの様に細く細かく積み重なる階段を五段飛ばしで登った。
背後から門兵の声が響くが、今は構っていられない。後で幾らでも説明すれば済む話なのだ。今この時に於いて優先するべきは何としても父ブランタ=フォーレスに会う事であった。




無駄に高い階段を上りきり、ただ一本の廊下へ出た時遂にフレイはその姿を目に留めた。
ザイールの街を模する白色のマントを靡かせ、居丈高な態度で悠々と歩くその男。
背後に一人の若い側近を連れたブランタはそこに居る筈の無いフレイの姿を目に入れ困惑していた。



「何だ!?」
「ブランタさん、後ろへ!」


見方によっては父ブランタよりも存在を主張するパールブロンド髪の青年は、素早く背負っていた両手直剣を抜刀するとブランタを自らの背に押し退けながらフレイに正対した。



「退け!私はフレイ=フォーレス、父ブランタに話があるっ」
「なっ!?」


「……フレイ、だと?」




どこからか差し込む日差しで煌めくパールブロンド。
フレイはその青年を前に一度は止めたその足を再度一歩前へと押し進める。
背後からも聞こえる怒声は先程切り抜けてきた門兵の物だろう、フレイには時間が無かった。
ここで父に自分がフレイ=フォーレスだと気付いてもらえなければ話はこれ以上進まないからだ。だがブランタの表情は固く、未だ訝しげな目をフレイに向け続ける。



「父上、私だ!フレイだ、戻ってきた!レスタの病気も治ったんだ!話があるっ!」
「フレイ……本当にフレイ、なのか?俺だ、アーレンだよ」


「アーレン……」



意外にも先に反応したのは父ブランタではなく、身を挺して主を庇うとする金髪の青年であった。
フレイは即座に過去の記憶を脳裏で思索する。



アーレン。
綺羅びやかなパールブロンドの髪は一度見たら脳裏にこびり付く程立派に手入れされ、整った顔立ちは何処か可愛らしさすら感じる程だ。十人の人間がいればその中に男が混じっていようが七人は美青年と応えるだろうその外見。


アーレン=ヒート。
フレイはかつて父ブランタと仕事で国を駆けていた頃、父が交渉事をしていた商人の家の息子を思い出していた。


フレイが十の頃だったか、少年は父と同じ商人ではなくギルド員になりたいと一人庭で剣を振るっていた。
そんな息子に困っていた商人へ父ブランタはある提案をしたのだ。
フレイと勝負して負けたならギルド員としての才能は無いから諦めろと。


かくしてその少年とフレイは半ば強引なブランタの意向により、模造刀での勝負を行う羽目になり結果はフレイの圧勝。

その時の悔し涙で頬を濡らす金髪の少年の姿はフレイの記憶にもまだ僅かに残っていた。



「泣き虫アーレン!」
「その呼び方はやめろ!」



あの時のフレイは簡単に泣く男程情けない物は無いなと思い蔑んだが、今身を挺してブランタを庇おうとする青年アーレンからは一端の剣士のそれを感じていたのだった。



「フレイ……フレイなのか!フレイ!戻って来たんだな……済まなかった……フレイ。私が、悪かった……お前には苦労をかけてしまった」
「父、上……?」




アーレンとフレイの会話から漸く目の前にいる女剣士が自分の愛娘だと気付いたブランタは、ゆっくりと震える体を抑えながらフレイに歩み寄り、そしてフレイをその大きな身体で抱きしめた。


フレイの鼻腔に懐かしき父の匂いが入り込む。
真の傍にいる時の様な安心感を感じていたフレイ、だがふと我に返ったフレイは父の肩を持ってその身体を突き放すと聞かなければならない真実を問いただしたのだった。




「そんな事より父上、聞きたい事がある。その為に私は……」
「そうだフレイ、此処にいては行けない。今すぐ屋敷へ戻――――」



刹那、聞こえてくるざわめきと悲鳴は恐らくコロッセオ中心部からの物。
その趣きは戦士達が試合を開始する歓声とは似て非なる響きであった。



「く、もう始めたのか……こんな事なら」
「父上、それはどう言う意味だ!?一体何が……はっ、シン!」


「どこへ行くフレイッ!待ちなさい!!」




聞こえる声はどう聞き間違えても悲鳴以外の何物でもない。
この咄嗟の事態でまずフレイの脳裏を過ぎったのは真の身が無事かどうかであった。


来た道を引き返そうと踵を返すフレイに父ブランタが声を上げる。



「フレイ!大丈夫だから、話を聞きなさい!」
「父上、私の……友人が試合に出てるんだ!もし何かあったら」


「フレイ、ブランタさんの話を聞いてやってくれ。大丈夫だから……ブランタさん、じゃあ僕は行きます」
「あぁ、頼むぞアーレン」


「おっ……おい!?」




フレイとブランタにそう言い残すと、金髪の青年アーレンはフレイを追い越し一度振り返り笑みを見せそのまま階下へと駆け降りて行った。
その際に行き違いで登ってきた門兵は驚いた様子で大袈裟に尻餅を着いていたが、フレイはそんな事よりと父に向き直り、険しい顔をブランタに向けたのだった。




















魔物。

その姿は正に悪の権化とも表現出来る程漆黒。
歪な身体付きは最早人間のカテゴリーにはまず間違いなく入らない。
地球で製造された生物兵器ですらここまで奇怪では無かった筈だと真は過去を振り返る。
やがてコロッセオのリングにのっそりと降り立つその生き物を視界に収めていた。




「ケケケ、コンナヤツラヲヤルダケデイイノカ。シェイプサマモキマエガイイ」




「……ガーゴイル」
「何っ!?魔族か!」




反射的に腰から両刃の直剣を抜刀していた女剣士の一人が眼前の黒き生物を注視しながらそう呟くと、横にいたもう一人の剣士がその言葉に声を荒げて反応した。



魔族、ガーゴイル。
真にはそれがどんな種類か等分かりもしないが、昨夜の警備長サンジの話と今目の前の女剣士の言葉からこの生き物がガーゴイルと名のつく魔族なのだと理解した。


魔物の中でも人間と意思疎通の叶う、つまりはそれだけ普通の魔物より危険な生物とも言える。
そしてそれがここに現れたと言う事はつまりフレイの父ブランタは昨夜の話通りクロと判断するべきなのだろう。

ぎょろりと突き出したルビー色の眼球を左右に動かし、腰の曲がった身の丈程はある蝙蝠の様な翼を軽くはためかせながら、我が物顔で堂々とリングに居座るそれを見据え真も戦闘態勢を意識した。



「これはこれは……僕の出番かな?こんな所で出てくるとは思わなかったけどステータス的にはやっぱり雑魚だね。遺跡のガーゴイルと同レベル」



ガーゴイルを目前にし後ずさる選手達。

既に戦闘態勢となり顔を歪める二人の剣士の合間を縫って一人余裕の笑みを浮かべながらガーゴイルへ向かう少年がいた。


異世界の勇者。
地球と言う聞き覚えのある言葉を吐きながらも真の知っている地球とは違う星から召喚されし者。

名を何と言ったか、真はそこで初めてこの少年の名前をまだ聞いていなかった事に気付いた。


「ケケケ!マズシニタイノワオマエカニンゲン」


「はは、雑魚のくせに喋らなくていいよ。因みに死ぬのはそっち、エミールさんもいない事だし……せっかくだから最強魔法で葬ってあげるよ。放て!暗黒界ダークマター



少年がそう発した刹那、ガーゴイルの頭上に虹色の輝きを細く散りばめた黒い塊が出現する。
一体何が起こっているのか、それは突如そこへ姿を現した小宇宙の様。


ダークマターと少年は言った。
何処かで耳にした事のある単語、真は段々と体積を増していくそんな小宇宙をただ眺めながらフォースハッカーの一人が言っていた言葉の鱗片を記憶から引きずり出していた。


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