その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第72話 親子の確執



真とフレイは互いの装備を確認し合い、とりあえずはルナがいるはずのブロックDへと向かう事にした。
その際に敢えて合金製ブーツとデバイスによる移動は行わず、今がトーナメントの最中だと言う事を忘れそうな程のんびりと客引きする露店にああでもないこうでもないと言い合いながら歩いた。


端から見れば只のカップルだったであろう二人の姿、時折フレイへ視線を向ける男もいたが真は人生で味わった事の無い平和な時間を噛み締めていた。
途中フレイから真の異常な移動方法について問われたが、曖昧に返すとフレイはまぁ真だものなとあっさりと納得してくれたのは予想外であった。




陽は既に傾き始め、四方向から聞こえていた拡声器による実況も鳴りを潜めて来ている。
そんな時、再度の轟音と共に上空へ一筋の光が上り、弾けた。



「……またか」
「終了の合図だな、しまった……もう終わってしまうとは」


「誰かさんが随分と時間をかけてくれたから――!?」



軽口のつもりだったが、真は羞恥の色を滲ませ俯くフレイに思い切り肩を叩かれた。
相変わらずの細い腕から放たれる打撃力は地球の科学防具をも上回りそうであったが、真はそれを心地よく受け入れ笑みを浮かべてまた歩き出したのだった。



















ブロックDの試合は既に終了している様でそこには観客の姿はなく、係員と思しき人々が数人で控え所の片付けを行っている。


フレイは再びしまったと言った顔をしたが、これ以上此処に居ても仕方が無いとルナの結果を見に行く為、明日の本戦会場兼受付であるコロッセオへと足を向ける事にした。






コロッセオには数十人の戦士達とスポンサーであろう商人達で何やら少しの賑わいを見せる。
時に励まし合い、讃え合う人々がちらほら見え、そんな中に見慣れた人間を見つけた。


頭を抱える様にしてしゃがむ青髪とそれを元気づけようとする線の細い同じく淡い青髪の少年。
そして更にそれを何とも居心地悪そうに見つめる歴戦の風格を漂わせる男に、その近くで姑息な露店を広げるツインテールの赤髪少女。



フレイはそれを目に留め駆け出したので、真もそれを追うように歩幅を広げた。





「……お嬢!」
「サンジ、すまなかったな……探していたら、遅くなってしまった」



そんな嘘に真も無粋な補足をしようとは思わない。むしろ告白は自分をも気まずい事態にするであろう事に変わりは無いからだ。
とりあえずは何やら怪しい傷薬を売り捌くアリィの頭を軽く叩き、その頭を押さえながら振り向くアリィを無視して俯くルナへと声をかけた。



この様子では恐らく、と言うより確実に納得行くような結果では無かったのだろう。
寄り添って励ますレスタの言葉からもそれは伺えた。



「ルナ」
「……ぅ、ぅぅ、シン、兄様……ずみまぜんんんッッ」


「ぉっ……」



穴という穴から体内の水分を垂れ流すルナの目は赤く腫れ上がり、擦ったのか頬も赤く爛れている様に見える。
あまりに酷い惨状に流石の真も一歩引いてしまった事を心で詫びつつ、同時にルナにとってこの試合がどれだけ大きい物であったかを知ったのだった。



「ルナ殿も中々の魔力の使い手でしたな、経験次第ではどれ程になるか老後の愉しみが出来たと言う物です」
「ルナさんは格好良かったですよ!」


「ルナ……そんなに落ち込むな、まだ初参加じゃ――――」


「同情はやめて下さいっっ!」



サンジとレスタ、そしてフレイの励ましも今のルナには心を抉る物でしかないのだろう、泣いていたルナは感情を剥き出しにして涙ながらにそう叫んだ。



「ぷぷ、一回戦負けだもんねぇ。ウチの特注商品使ってそれじゃぁ……しかも相手は年下のお子様でしょう?胸所か才能も――――へぶッ」


「ルナ」



真は極上の中傷言動を吐くアリィの頭上に今度は遠慮なく手刀を叩き込むと、ルナを見下ろしその名を読んだ。
真の声を聞き再び俯いていたルナはそっと顔を上げる。

それに合わせる様真は膝を折り、ルナの頭にぽんと手を置くとただ一言呟く。




「後は俺に任せろ」


「……ゥッ、ウゥぅ、じんザマぁぁ!!」



「っ、ストップ、先ずは鼻水を拭け」




真は泣きつこうと飛び込んでくるルナを素早い手つきで抑えてそう言う。
そんなルナは慌ててどこから取り出したかフリル付きのハンカチで自らの鼻をかんでいた。


意外にも女なんだなとそのハンカチのデザインを見て何気なく思った真であるが、その鼻をかんだハンカチをどうするのかがただ気掛かりだった。






「しかしこれで明日の決勝はシン殿一人ですか。やはりその実力はお嬢とルナ殿が一目置くだけの事はありそうですな。私も明日はたっぷり見学させて頂くとしましょうか」


「そうだな、不覚だが仕方無い。シン、負けるなよ?」
「どうだかな」



「ふふふ……これでうちの店も大人気、軌道に乗ったらあの老いぼれを見返してやれるぅ……ぷぷぷ」


フレイとサンジの期待を曖昧に返す真、実際にこのトーナメントに求める物は真にとって殆どと言う程無いに等しい。
だがどれだけ強い相手がいるのかと言う所だけは少しの好奇心が湧いていたのもまた事実だった。



















その後皆で再びのフレイの実家にお邪魔する事となっていた。
真の決勝戦進出の祝も兼ねると言う事だが、負けてしまったフレイとルナには宿泊場所が無いのでその為と言う方が第一理由である。

強いて言うなら何故その場にアリィまでが着いて来たのかが唯一の疑問だ。



だがメイド長のクローアはそんな提案を快く受け入れ、直ぐに祝いの席を準備すると言っていた。どうやらというか、やはり主であるブランタ=フォーレスは戻って来ないので、代りにフレイの義母であるレスマリアに許可を貰った様である。


アリィですら開いた口が塞がらない様なフレイの屋敷は、サンジの部下である警備員も手伝いに回され一時大わらわとなった。

手伝いを断られた真、フレイ、ルナ、アリィの四人は初めて外の催しを体験したレスタの喜びの声を聞きながら広間の食堂で話に華を咲かせていた。


そんな時である。
真紅のドレスに身を包み、腰まである髪を結び上げる事もしていない見知らぬ女が広間の扉をゆっくりと開け放った。



皆一同にそちらへ振り返り沈黙する。
そんな凍った空気を切り裂く様に第一声を上げたのはフレイだった。



「母君ッ!」
「……母さん」



椅子を跳ね上げたフレイに続きレスタも神妙な面持ちでその女を見ながらそっと口を開く。


どうやらその女がフレイの義母でありレスタの母、今この屋敷で一番の権限を持つであろうレスマリア=フォーレスその人の様であった。



真とルナ、そしてアリィの間には何とも言えない空気が漂った。
気不味い、それがこの場で一番当て嵌まる言葉であろう。

いくら子息女の許可があり、レスマリア当人の言質があるとは言え今まで屋敷にお邪魔しておきながら挨拶の一つもしていないのだ。


それが例えレスマリア本人のせいであったとしてもこの屋敷の代理主。真はフレイとの関係もあってか、自然と椅子から立ち上がるとレスマリアへと頭を垂れていた。



「始めまして、真と言います」


それに倣うようにルナも慌てて椅子から立ち上がりうやむやな自己紹介を繰り出していた。
アリィに関しては権力にすこぶる弱いらしく気付けば既に地面に平伏していた後である。




「母君……戻りました。また出るかと思いますが暫しお借りします」
「姉さん」



フレイが放つ言葉はおおよそ親子の会話とは思えない程平坦で他人行儀。



「フレイ……私は貴女に……謝らなけば……」
「母君、レスタが立てる様になったんですよ」


「……えぇ、知ってるわ。フレイ、貴女は本当に……」



レスマリアは何かをフレイに詫びようとしていたが、それをまるで敢えて聞きたくないかの様にフレイは話題をレスタに切り替えた。


どうやらレスタとレスマリアは昨夜の内に言葉を交わしていた様で、レスタは自分の事よりフレイと母の確執を気にしてフレイの側でただ二人を交互に見詰めていた。



「私は………貴女が憎かった、貴女の本当の母親を私は――――」
「言うなッ!」
「姉さん!」



他人行儀な言葉から一転したフレイの激情。
だがそれは一瞬で、まるでレスマリアに真実を語らせない為のフレイなりの優しさにも感じられた。



「貴女が……母君はレスタの母で、レスタは私の大切な弟です。それで、いい」


「……ヴッうぅ…フレイ……ごめん、なさい。私は……ごめんなさぃ……」




泣き崩れるレスマリアに寄り添うレスタ。
そしてそんな二人をただ見下ろすフレイはどこか覚悟に満ちた目をしていた。















出来た料理を楽しそうに食堂へ持ってきたメイド達と警備員達はレスマリアの姿を目に留めギョッとしたまま静止し、後から来たサンジとクローアの表情も何処か凍りついていた。



どうにか泣き止んだレスマリアはフレイの勧めで一応の上座に鎮座していたが、泣き腫らした目を細めて薄っすら笑うとメイドと警備員を優しく手招いていた。


何処か緊張と複雑な空気が漂う中、総勢十数名の食事会が開かれる事になった。




「で、では……その、奥様、宜しければ定式の――――」
「いいの、気にしないで皆で楽しんで……ただ、食時の前に一つ、いいかしら……」




居住まいを正すクローアにそれを崩す様提言するレスマリアは妙に畏まり、逆に手を膝に乗せて一度俯くと視線を皆に向ける。



「ブランタは……何か企んでいるわ」



そんな突拍子も無い一言に再度の沈黙が場を支配したのだった。

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