その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第67話 パルス・オーバー




合図と同時に地を蹴るハイルはいつの間にか腰の剣を抜刀し、真の胴体目掛け横凪いだ。

その間合いを寸分違わず目測しバックスウェーで躱す真。


そして暫しの沈黙と静止が暗黙の了解の様に二人の間で漂っていた。



「こぉれは目にも止まらぬ先制攻撃ッッ、準決で見せたハイル選手の居合!だがシン選手、これは辛うじて躱しますっ」




「……今のが見えた訳だ、流石」



そう言って薄っすらと笑みを浮かべるハイルはそこから体を空中で反転させながら今度は上段からの袈裟斬り、そしてそれを再び真が躱すとそこから下段の横凪ぎと完全に直撃を狙った剣閃の連続を繰り出してくる。



直撃は時間の問題であるほどの剣舞。気づけば真は石台の端まで追いやられていた。

それに気付き、ほんの刹那意識をそちらへ取られた瞬間真の頬に一筋の剣圧が迸る。
だがそれだけ。ハイルからの追撃は無い。



「……何故止める?」



頬に垂れる自分が人間なのだと再確認させる血液をグローブで拭きながら、余裕の笑みで静止するハイルに真はそう言葉を投げ掛けた。



「本気に……ならないのかなと」
「随分な言い草だな、当たってたら死んでる所だ」



相手を殺すのは違反だと言うこの試合で、先程からハイルは完全に致命傷を狙った攻撃を繰り返している。
実際首が飛べば真とて回復は不可能、それこそ地球であれば全身アンドロイドにされて復活となる事態だ。
と言っても真にしてもそこまでされるつもりはない。



「君なら当たら無いかと。本気でやろう」
「そっちこそ……その背中のは飾りか?」



真は試合中ずっと疑問であったハイルの背中に背負われる剣を指摘した。
ハイルは試合中一度たりとも背中に背負った剣を使ってはいない。全て腰に提げた他の選手より短めな剣一本のみで戦っているのだ。



「……君が本気になってくれるなら考えるよ」
「それは俺が決める」



真はいつまでも余裕の笑みを崩さないハイルに一矢報いようと、反発応力1.5倍の合金製ブーツで石台を蹴った。
ハイルへコンマ数秒で肉薄し、それに異常な反応で対応しようとしたハイルの筋肉の動きを真は見逃さない。


瞬時に体勢を変え、地に手を着くと死角からの足蹴りをお見舞いする。

いつかにシグエーが行った蹴り技を模倣した物、合金製ブーツによるその蹴りはとてつもないスピードに乗り最早鈍器をも上回る非情な凶器となってハイルを襲った。


ハイルはだがそんな真の動きに多少驚いた様子であったが、寸前剣の束でその蹴りを受けていた。
衝撃にハイルは不安定な体勢のまま数メートル背後へ弾き飛ぶ。
だがそれは衝撃を逃がす為の動きだろう、真は舌打ちしそのままハイルの腹に一撃入れて場外まで飛んでもらおうと再度石台を蹴ったそんな刹那。


「……っ、双刃の烈風ダブルウィングス!」
「くっ!?」



膝をついたままのハイルは突如背中の細剣を抜き放ち、同時に右手に持っていた剣とクロスさせる様にして振るった。
真は殺せない自分の慣性移動の中、咄嗟に危機を感じて体を僅かに傾けるが目に見えない圧力が真の右肩を襲う。



「ふう……もう抜く事になるとはね。それでそのマントだけか、中の服はどうなってるんだか……」



「ぅおおおっと!ここでハイル選手が初めて背中の剣を抜いたぁっ!!細身のそれはレイピアより少し太いかぁ、私は初めて見ます。しかしここに来て初の二刀流っ、どうなるシン選手ぅ!!」



見れば右肩からアリィが寄越したマントは切り裂け、ひらひらと緩やかな風に靡かれていた。
だが残念ながら地球のメッシュアーマーには傷一つ付けられていない様である。


それでも真は久しぶりの切迫した戦闘に心が踊っていた。
この世界に来てから初となる高レベルな戦い、一歩間違えば本当に首が飛ぶ様な攻撃をハイルは真の実力を見込んでか遠慮なく振るってくる。


だがそこへ死の恐怖等真には微塵もない。
あるのはただ戦闘への渇望と高揚。


真は左肩に辛うじて吊る下がる対魔のコートとやらを一旦取り外し場外へと投げた。



「二刀流か……そんな重い物を二つも持って分が悪くなるぞ?」


「ふふ……そんな柔じゃないよ、僕は?さぁ……行くよっ!」



ハイルが地を蹴る。
右の刺突、左の下段斬り上げ。中空回転から今度は右上段からの袈裟斬り、そして刃を返しまた右とハイルのそれはまさに剣の舞。
一手入れる隙さえも与えられないその剣閃を一つずつ丁寧にそして寸前で剣筋を見ながら躱す真だがこのままでは埒が明かないのもまた事実だった。



「斬る斬る斬る斬る!まさに剣舞魅惑の名に相応しい剣閃の応酬、だがシン選手これをギリギリの所で躱し続けているぞっ!一体どんな視力をしてるんだぁぁ」



躱しはしているものの確実に圧されつつあるこの状況。空中に飛ぶ隙もない、場外まであと数メートル。



「っ、凄いね……全く」


あと数撃で真を場外まで押しきれそうだった筈のハイルは、突如背後へ跳びずさり呆れ顔を真へと向けていた。



「……どうした?あと少しだったろ」
「ふぅ。悪いけど場外なんてつまらない勝ち方は御免だよ、シン……だったよね。覚えておくよ、終わりにしよう」


そう言うとハイルは前傾姿勢のまま両手に持つ剣の刃を返した。


恐らくはまた居合いが来る、刃を返したのは自分を殺さない為に剣の腹で打つ気なのだろうと真は判断していた。
元素収束を使い迎え撃つと言う訳にも行かない。

力を出し惜しみする訳ではないが、地球の科学改造はこの世界に於いて規格外過ぎた。


出来うる限り自分の鍛えた体と技によって乗りきりたい所ではあるが、ハイルもそこそこ本気で来る様である。
初撃の居合いも去ることながら今の時点で二人はほぼ互角、だとしたらここを打破するにはもう一手優位な何かが必要だった。



「……今度のは、疾いからね。双刃のツイン――」



真の勘が警鐘を鳴らした。何か、あると。


端末起動デバイスオンっ、神経信号拡張パルス•オーバー30!」
「――ショットッッ」



咄嗟に真はデバイスへ指令を送っていた。


パルスオーバー。
脳内神経に埋め込まれたチップへデバイスがSS速度の電波を飛ばし続け、真のあらゆる神経を過剰に働かせる物だ。

基本的に戦闘に必須となる脊髄、視神経、筋神経等への神経伝達が通常より速い物となる。


それは言わば体のギアチェンジと言った所。
だが真は反射的にあのデスデバッカー施設のアンドロイドキルラーと対峙していた時と同じ拡張率でデバイスを起動させてしまっていた。



(……そこまでする必要も無かったか)



案の定、次の瞬間には世界の時間がスローモーションとなった。

観客の声も一つ一つ聞き取れるがそれはあまりにもゆったりとしており何を言いたいのかすら分からない。
眼前には目を閉じたままのハイルが両手の剣をだらりと下げながら駆け足程度のスピードで一直線に此方へと向かって来る最中であった。


それでもハイルは一般の人間では考えられない程の速さに違いは無い。

アンドロイドキルラーならともかくとして、普通の人間と対峙して真が30%もパルスオーバーすればそれは時間が止まるのと相違無い物だからだ。
にもかかわらず駆け足程度の速さでこの時間軸を移動するハイル。


「この世界の奴等は……本当に人間か?」



真は自分の事を棚に上げ、ふとそんな言葉を呟きながらやがて少しずつ二本の剣を持ち上げるハイルの側面へと回る。


スローな世界でただ一人が自由に動ける、そんな感覚を真は意外にも気に入っていた。
だがこれは時間を止めている訳でも遅らせている訳でも無い。実際には真だけが人知を越えた、否機械兵器アンドロイドキルラーをも上回る速度で動いている事によって起こる現象でしかない。



「反則で悪いな、負けるのは嫌いなんだ」




先程まで真がいた場所へ何の迷いもなく猛進するハイル。
真はハイルの横でそう呟くと、後頭部へ軽く手刀を入れた。



端末強制終了デバイスオフ




「っがッ」




刹那、観衆の声が雑多な音へと変わる。
ハイルは石台へと派手に顔面から突っ込み、何とも滑稽な姿で場外まで吹き飛んだ。



「……ん、んの……のぉぉっとぉぉぉ!!こ、これは一体何が起きたのでしょうか!?わ、私には見えませんでした、気づけばハイル選手は場外にぃぃ!むむ、シン選手がいつの間にかリング中央にいる様な気がしますがこれは……」




(……くっ、久しぶりに来たか)



真は若干の目眩と頭の重さにこめかみを押さえながら下を向いた。
過去にもパルスオーバーを使用した際にこう言った事は起きたが毎回では無い為特に気にしてはいなかった。

痛覚がもしあればきっと頭痛か何かなのだろうとも思うが、人体改造をここまで施された今、その程度の事は仕方ないとも思う真である。




「しょっ、勝者……シィィン!!」




ただ今は観衆のざわめきとピエールの実況が嫌に耳障りだった。

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