その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第44話 ラベール花の使い道




「……分から、ないんです。自分が、ハイ、いやシグエーに人の命と言われてもピンと来ないし。だからといって身近な人間の命までは奪う気もない。ただそうしたくなる時がふと、来ると言うか……」



真は自身の考えを確かめるように一つ一つ男へと伝えていった。
だがやはり整理がつかない。
どういう人間は殺して良くて、どういう人間は殺してはいけないのか。

獣は良くて人間は何故駄目なのか。そんな基本的な所からも真には論理的に説明出来なかった。



「……ふむ、ワシも正直言えばお前さんの気持ちはわからんでもないんだ」
「ハイライトさん!?」



シグエーがそんな男の突拍子もない発言に驚きを見せる。
真自身もそんな答えが帰ってくるとは思わず、少し拍子抜けした気分だった。
てっきり批難されるとばかり思っていたからだ。



「まあ、待てシグエー。お前は正義感の塊だからな……ワシはな、今まで生物の解剖やら何やらに長年携わって来て一つ思う事がある。獣も魔物も人間も……全ては同じ生物で同じ命であるとな。人間は獣を食うだろう?自分の欲を満たす為に……では自分の欲情に合わせて人間が人間を殺す事では何が違うと思う?」


「え……いや、それは……生きる為に仕方なく……人間を殺すのは……」



「今回はその娘が生きる為に仕方なく……なんじゃないのか?」




本物のハイライトだと言う男の言葉に次の反論が出てこないシグエー。
真には男の言う事が理解出来た。
それは真の考える事と良く似ていたからだ。



「……ふう、まあいい。シンとやら、シグエーはいつからか正義感に溢れていてな。まぁ元々そう言う奴だったんだろうが……と、それはいい。それより問題は主、お前さんがその衝動を抑えたいかどうかにある。抑えたいのに抑えられないとなればそれは体の何かに異常があると言う事だ」


「異常……?」


「そうだ、お前さんはどうしたい?殺したい時はその力を持って殺すか。このシグエーを組伏せたと言ったな?こいつはこう見えてなかなか腕の立つワシの教え子だ、それをねじ伏せるだけの力があれば生物を殺める事など容易いだろう。お前さんはそんな力でどうしたい?」




欲望は際限が無い。
欲すれば与えられん去れど破滅と身の丈を知れ。
いつかに教えられ、そしてフレイに自分が言った言葉。
それを再び考えさせられた真。



だが分からない、人を殺したい欲望等は真には無いのだ。
ただいつのまにか、真がそれを潜在意識下で敵と認識した瞬間にはもう体が勝手に動いている。


それを欲望かと言われても答えは見つからなかった。



「分かり……ません。気付いたら勝手に……そうなって。でも殺さない時もあった。その判断も自分の意思でやっているのか分からない……」



ワイドの街では盗賊にデバイスを盗まれ、襲われたが殺しはしなかった。
だが今回はあのブルーオーガと出会した時と同じ、ただ反射的に体が動いていた。
シグエーに自分の意思を揺れ動かされ何かおかしな感覚にとらわれたが結果は殺していたのだ。


その後にも何かもやもやする高揚感と、ここ数日のそわそわした落ち着かない気持ちをどう説明したらよいか真は考えあぐねていた。



「ふむ……最近何か変わった事はあったか?住む場所、普段とは違う行動、もしくは毒」
「毒?」



最近変わった事等挙げればキリがない。
そもそもこの世界は真が居るべき場所ではないし、会う人間、環境が全て初めて見るものなのだ。
そのストレスかと言えばそれもあるが、毒と言う単語に真はバジリスクのフッ化水素を思い出していた。


だがそれは真の活性酵素によって既に分解されているはずである。



「バジリスク……とやらの毒は吸ったかもしれませんけど……それはあまり関係ないかも――――」
「バジリスクだとっ!?」



男は驚き声を上げて椅子を背後へ勢い良く倒した。
そこへシグエーが慌ててその経緯を本物のハイライトへと伝える。



真達が恐らくはバジリスクを討伐し、その眼球を持ち帰った事。


そして男に渡したのがそれだと言うような事を言っていたが、真には何の話だかさっぱりと分からなかった。



「なるほど……バジリスクの眼球を取って来たのは主だったのか。まぁやりかねんかもしれないがしかし……その毒を吸って平然としているか……治療はワシなら出来なくは無いが」


「その毒のせいで俺はおかしくなったと……?」



「んや、それは関係ないだろう。バジリスクの毒を吸って異常が出るのは主に骨格、骨と言われる生物の稼働基礎部分だ。激しい傷みを伴い死に至る、だがお前はどういう訳かその様子なら問題ない程度の量を吸ったんだろう……他に何か毒に見舞われたりはしたか?」



今までの数日で考える限りその様な事はない。
あのブルーオーガとやらの血液が毒ならその限りではないが、近くにいたルナも無事な事からそれも可能性が薄いだろう。
となればやはり環境の違い、地球とは違う何かが原因と考えるのが妥当であった。


地球でやっていて、今は違う事。だがそれも挙げればキリがない。
睡眠方法から食べる物、気中に含まれる成分濃度の違いから人間関係と特定するのは困難だった。


だがふと真は此処へ来てから疑問であったある物。今やクセになりつつある一つの飲み物が脳裏に浮かんだ。



「カフェイン……最近飲むようになりました」


「……カフェインか。あれはまぁそこまで心身に影響を及ぼす物では無いがな……実をそのまま百個位食ったと言うなら……いやだがあれも神経を興奮させる成分があるな……だとすればあれか……」



男は一人そうぶつぶつと呟きながら椅子から立ち上がると、廊下の方で積み上げられた箱を開けながら何かを調理し始めていた。
真はただその様子を立ち竦んで見詰める事しか出来ない。



「ハイライトさんは……薬の事になるとこれだ。話しかけても聞かないから待ってやってくれ、多分何かしら君の事で解決法を見出だしたのかもしれない」


「……あぁ」



まるで一人の世界に入り込んだかの様に動く男、だがそれが自分の為にやってくれていると思えば特に真も何か余計な口出しをするつもりは起きなかった。











暫くして男は何やら湯気の立つ陶器と、白い小さな包み紙を持って真とシグエーの元へと足早に戻ってくる。



「これはラベール花と言ってな、清流に咲く花を湯で煮だした物だ。これの匂いを嗅いでみろ」



ラベール花、それはルナと一緒に初めて行ったギルドの仕事で採集した花の名だ。
ハーブティの様な物なのだろうか、これを飲むのではなく匂いを嗅げと言うのに若干の疑問を感じたか真はとりあえずその指示に従う事にした。



温かい蒸気に乗って爽やかとも仄かに甘いとも言える香りが鼻腔から脳天に向かって突き抜ける。
ふと何か懐かしい気持ちにもとらわれ、真はその香りに心が洗われる様な気分にさせられた。




「ラベール花には心を落ち着ける効果のあるセロトニンと言う成分が含まれていてな、まぁ言っても分からんだろうが……それは熱で気化するからその方法が一番だ。それとこれはラベール花を乾燥させて粉にした物、即効性は無いが持続性はある。その湯で飲んでおけ」



真はラベール花の湯の匂いを嗅ぎながら、男から手渡された白い包み紙を見つめた。



「正直に言えばまだ原因ははっきりとはわからん。お前さんのその気持ちは個性かもしれんし、病気かもしれん……とりあえず今してやれる事はそれぐらいのもんだが、何か気持ちがそわそわする様ならその湯を作ってみる事だな。もしくはワシの所に来てもいい、バジリスクの眼球……その礼とでも思え」


「ハイライトさんがそんな事を言うなんて珍しいですね……よっぽどそのバジリスクの眼球とやらは凄いんですか?」



「そう言えば話が途中だったな。バジリスクの眼球から作られる薬、治療出来る物は多岐に渡る。正に生ける伝説とも言われる生物、それがバジリスクだ。ただ一時期それを求め大手の薬師館がこぞって捕獲に走ってからはあまり見られなくなっていた……と言ってもその情報を流してしまったのはワシ自身だから何とも言えんがな。まぁ、今じゃその情報も秘伝としてお伽噺扱い。薬師館も随分と堕ちた物だ……」



真はそんな男の話を耳に入れながら、意を決して白い包み紙の中にある薄紫色の粉をそれと同じ原料で煮出されたと言う湯で咽頭へ流し込んだ。



「バジリスク……聞いた事ぐらいしかないですね。ハイライトさんの調薬なら凄いんでしょうが。で、それが何に効くんです?」
「そりゃぁ何たって一番は先天性免疫不全骨障害だな。あれは治療が不可能と言われ諦められていた物だ、薬剤調合当初はかなり怪しまれたが……あれが成功してからは薬師館がワシの元に殺到した。まぁ、言うなればワシの名をも伝説にしてくれた物とも言えるな……ただ莫大な高値にしたもんで市場には出回らんかった」



シグエーはそんな男の言葉をはてと言った顔で一人呟きながら何やら考え込んでいる様子だった。



先天性免疫不全骨障害、真には聞いた事もない病名ではあるが言葉の意味が大体地球と一致していると仮定すればそれなりの推測は出来る。


要するに生まれ持った免疫障害による骨の異常だろうと。



「……ハイライトさん、もう少し分かりやすくお願いします」
「ん、なんだシグエー?お前はそれでもワシの弟子か……全く今まで何を見て聞いて来たんだか」


「……要するに生まれ持っての骨の異常が治るって事じゃないのか?」



未だ湯気の立つ陶器を持ったままそんな口を挟む真に、二人のハイライトは唖然とした様子で振り返ったのだった。

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