その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第39話 魔法な科学の追跡術は



「確かこの辺りで見失ったんだ……と言うか一瞬だったからその、なんだ」
「イルネだ」


「そう、そのイルネって娘こかどうかは分からないぞ?」



真とハイライトは寂れた街並みから外れ、四又に分かれる街道からうろ覚えの裏道を覗き見ていた。


「いや、確証は無くても万が一なら危険なんだ……しかも此処か、どうやら君の見た男達はまさに嫌な予感的中と言った所かもしれない」
「どういう意味だ?」



ハイライトは真の言葉を聞き入れながらも苔むした裏道へと足を進める。
真もただその何も無かった筈の裏道をハイライトに着いて進んでいた。



「ここには地下水路への道があるんだ。あまり知られてはいないが、かつて魔物の侵攻に備えて過去に作られた非常口みたいな物らしいが。今でこそ閉ざされている筈だが…………開いているか」


ハイライトは暗がりに壁と同化する一角を手で押し込む。
どうやらそこは内開きの扉になっている様だった。


そこまで壁に注意を向けていなかった真はそんな所に扉がある等考えもつかない事である。
だがあの三人が真の僅かな思考時間の間に消え去ったのもこれで納得がいった。



「こんな所に……」
「不味いな……まさかここから王都外へ……リヴァイバル王国へ行く気か」


「おい、さっきから一体何の話をしている?」



ハイライトは真の事など気にする様子もなく、一人何かを呟きながら地下へと続く暗がりの階段を降りていく。
ここまで来て今更引き返すのも気が引けた真は、ただそんなハイライトに着いて行くしかなかったのだった。





やがて排水路か、人工的に作られた横幅一メートル程の溝を流れる水。地球の地下水路も恐らくこんな感じなのだろうかと考えを巡らせながらその脇の通路をひたすら駆け足で進む。


言葉少ないハイライトの話ではこの水路がどうやらファンデル王都外の海へと続くと言う。
ここを経由して外に出れば、例のファンデル王都を見守る城壁門番に会わずして他国へ渡る事も出来るだろうと言う事だった。



「で……ここが人拐いに使われるってのか?」
「分からない、だが無理矢理に誰かを外へ連れ出すとなれば城壁入り口はあり得ない。でもここの水路をリヴァイバル王国の人間が知っている筈は……くそ、遅かったのか」



やがてその人工的な水路は終わりを見せ、開かれた鉄格子の先には広大な海原が広がる。
波は穏やかで水路から流れ出る水はゆっくりとその海へ飲み込まれていった。
ハイライトはそんな開かれた鉄格子を見て事態は確実に悪い方へ向かっていると判断したのか悪態をつく。



「なぁ、いい加減詳しく話してくれ。状況が読めない」


真は途切れ途切れのハイライトから出る言葉の情報についに業を煮やしていた。
イルネと言う獣族の少女が拐われ、それに使われたのがこの水路と言う事だけは理解したが、それにどんな目的があると言うのか。
そしてそれがどうしてリヴァイバル王国の話に繋がるのか、項垂れるハイライトに真は説明しろと問い詰める。



「あぁ……イルネは元々リヴァイバル王国にいた獣族の子だ、まぁ僕もだが。と言うか君も知っているだろ?リヴァイバル王国で獣族と言うのは階級が低い、そんな中で獣族を使って奴隷商を立ち上げようとする連中がいたんだ。僕達はそんな奴等から半ば逃げるようにしてこのファンデル王都へ来た、この国では何かを奴隷にすると言う風習は無いから奴隷商も認可されないだろうしね」



奴隷、そんな実態が未だある世界。
過去の地球でもそう言った歴史は確かにあったし、奴隷とは言わずとも身分の高い低いで多少の人権無視は真のいた時代でもままある事だ。
公に人間が人間を好き勝手自由にしていいと言う法律規制こそ無かったが似たような事態は起こり得るのが世の常である。


ハイライトとイルネと言う娘はそんな奴隷制度が認められているリヴァイバル王国出身と言う事であった。
無手流が浸透し、奴隷がいる国。
ハイライトが試験時に同胞と言っていた辺りから真もその国出身と言う前提で話してくるが、今はそれを否定するつもりもなかった。


「……それでリヴァイバル王国の奴隷商とやらがこの水路を使ってそのイルネを拐った、って言う話になる訳か」
「分からないけどその可能性は捨てきれないって話さ。こんな水路が明らかに使われている形跡、君の話と突然いなくなったイルネにその過去……想像したくはないけど、嫌な予感がする」



どちらにせよ真の見た三人組がおかしな組み合わせだったのは確かである。
そして本来なら閉ざされている水路が開いている事からそれだけでもこの事態を調べる価値はあるのではないか、真はそう考えていた。



「まぁそれで……人間を奴隷にするとしたらリヴァイバル王国なんだな?」


「……人間と言うか獣族だけどね、まぁそうなる。北のノルランドにもそう言った物は無い筈だし北東の島国は僕もあまり知らないけど、もし本当にイルネが拐われたとしたら」
「リヴァイバル王国が濃厚だと」



真の言葉にハイライトは低い声でただ一言、ああとだけ言うと眼前に広がる海原を見詰めた。



「……まだ、間に合うかもしれない」
「どうするんだ?」


「リヴァイバル王国に行くのならここから城外の陸へ一旦向かい、馬車でも待たせていたと考えるのが妥当……」



「何でそう思う?船とやらでそのままそのリヴァイバル王国へ行ったかもしれないだろう」



真の反論にハイライトは開いたままの鉄格子を指差し、ただ一言見ろとだけ言った。
開かれた鉄格子、その幅はそこまで広くはない。水路の幅が一メートル程ならそれよりも狭く、よくこんな所から船など出せる物だと思う。
そもそもどうやってこんな水路に船を持ち込んだのかも謎だ。


「船でリヴァイバル王国へ廻るにはファンデル河川の水流を乗り越えられる程の大型船が必要だ、そんな物を許可もなしにこんな所へ待たせる事は出来ないだろう。だとすればシン、君が見たと言う男が手持ち式の折り畳み船でここから出たと言う方が利に叶う、あれなら丁度人が三人程度で限界の筈」


つまりは畳める程の小さなゴムボートか何かでこの水路からこっそり門番に会わずして城外へと出る事により人拐いが完成すると言う訳である。
そしてその程度の船では海を越えるのは無理であるから王都近くの陸地で予め用意してあった馬等でリヴァイバル王国を目指したと推測するのが自然の様であった。


ハイライトの考えにはこの世界の常識が前提としてある為、真には何とも理解のし難い事態ではあるが今はハイライトの言葉に身を任せるしかない。



「なら急ぐか、俺が見た三人組は確かにおかしな組合せだった。ここが普段開いていない場所だと考えるだけでもお前の言う万が一あるかもしれない」
「……ああ、城下町周囲の海岸沿いで馬の痕を見るしかないだろうな。あれから随分時間も経っている……くそっ、風力車の申請なんてしてる時間は無いのに……馬で間に合うか……」




ハイライトの言う風力車、どうやらこの世界にも地球で言う所の動力車の様な物があるらしかった。
風の魔力結石を動力として走る魔力機の一種だと言う。船の原理も同じ様で地球で過去に主流だった自動車と同じ原理なのだろうと真は考えていた。
だがそれを緊急で用いるにはギルドに申請が必要との事、真が例の三人組を見てからおおよそ二時間以上は経過している今、これ以上悠長に事態を構えている余裕は無さそうに思えた。




フレイとルナを宿に待たせている状態の一方で、宿に戻って状況を説明してからもう一度ハイライトに手を貸すと言う時間すらも惜しいと思われるハイライトの焦燥。


真は今の状況をどう収めるべきか悩んだ結果一つの答えを弾き出していた。




「俺一人で……って訳にもいかないか。ハイライト、面倒だがこれから起こる事は気にしないで俺に道案内を頼む」


「は、何を……ってぉ、お!?」



真は肩を貸す様な形でそのままハイライトを背負うと、設定を2倍にした反発応力によって水面へと着水し、そのまま着水の反動を利用して水面を一気に突き進んで海原へと飛び出したのであった。



「ハイライトっ、どっちの陸だぁっ!?」
「どッ、どぉぉなってるんだこれわぁぁッッ」


「馬鹿っ暴れるな!バランスが崩れる、いいからどっちか言えぇ!」



水面をジェットスキーさながらの勢いで跳び走る地球の男とそれに必死で掴まる魔法を操る世界の男、それは最早どちらがオカルトファンタジーか等と考えるのは野暮とも言える光景であった。

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