その科学は魔法をも凌駕する。
第33話 新たなる刃
「でもよく無事だったな」
「あぁ、分からないが……奴はあの三人を食って満足だったらしい。私も既に動けなかったから、奴に食われて終わりだと思っていた……皮肉なもんだな」
泣きじゃくるルナを落ち着かせ、一通りの事情をフレイから聞いた。
あの男、ブレイズと言うらしいギルドに一人逃げ込んできた男がフレイ達を見捨てた後もフレイは一人バジリスク相手に健闘していた様だった。
フレイ優勢かと思われたが、ついにフレイの全身にもフッ化水素の影響が回り動けなくなった。
だがバジリスクは他に倒れる人間を三人も丸飲みにした所で腹を満たしのか荒野の奥へと引き返していったのだとか。
皆を助けるつもりだったフレイはそんな自分だけが生き残った事を恨めしく思っている様だ。
真はそんな話を聞き、改めてフレイのお人好し加減に夏樹を被らせていた。
「不幸中の幸いか……まあ、とにかく無事でよかった。依頼も棄却されてたみたいだし王都に戻るか?」
「ふ、そうか……あいつ棄却したんだな。まだ生きてるかどうか」
「シン、さ……ま」
自分と他のメンバーをほっ放って逃げた男まで心配するフレイの気はしれないが今は戻る事が先決だろう。
フレイも真の酵素によって回復しているだろうが真も医師ではない。この世界に薬師とやらの医師がいるのなら一度診て貰った方がいいと考えていた。
「どうだろうな、この世界の治療がどの程度か俺には分からないしな。それよりそのなんだ魔力とやらか、それは治癒とか出来ないのか?」
この世界には不思議な魔力マナと言う物がある。フォースハッカーのオカルトメンバーはよく魔法が医療の最先端だとか言っていた事からシンももしかしたらそう言う不思議な何かがあるのかもしれないと考えるようになっていたのだ。
「この、世界?治癒の魔力か……ははっ、そんな物があったら人口が増えて大変だろ?それこそ皆不老不死じゃないか?」
「……それも、そうか」
「シン、様」
何でも治る様な治癒の魔法、そんな物があれば確かにそれはそれで問題があるかと真は考えを改めて地球に戻れたら例のメンバーに教えてやりたくなっていた。
「シン様ぁっ!」
「何だよさっきから!」
真はいい加減声を荒げて自分を呼ぶルナに思わず強めの口調で聞き返してしまった。
フレイとの会話の間でちょくちょく聞こえてはいたが正直聞き流していた所もある。
「しっ、……うぅ、シン様……何か光ってます……って言おうとしただけなのに……」
ルナの指差す方、真の丁度背後。
真はそちらを振り返り、フレイもまたそれにつられてそちらへ目を向ける。
「……まさか、戻って来たのかっ!?」
点滅するように光る二つの光球。
真は視界は素早く調整された光量によってその100メートル程先の暗闇を歩く物体を捉えていた。
まるで巨大な鳥……過去にディアトリマと言う生物がいたのを何かの資料で見た事を真は思い出すが、目の前の生き物はそれとも違う背に大きな翼を持ちながら尾は大蛇の様、それは最早生物兵器さながらだった。
「これは」
何だと真が口にしようとした所でフレイはバジリスクだと声を上げると、腰に差し直した剣の束に手を添えた。
ルナは怯える様に体を縮こませるがその目は光る球体に釘付けだ。
二人には暗闇であまりよく見えていない距離にいるはずだが、フレイがバジリスクだと言う辺り真はその視界に見える奇怪な生き物がフッ化水素と思われる気体を出した張本人なのだと理解した。
「フレイ、ここはいい。ルナを連れて先に帰っててくれ」
「シン!?」
「……シン様!」
真の一言に二人は真が一人でバジリスクの相手をするつもりだと理解し声を上げた。
逃げてもいいが、バジリスクと言う生物がどれ程早く、いつ走って追いかけて来るとも限らない。
ならばここで始末してしまう方が手っ取り早いと考えたのだ。
「お前一人では危険だっ!分かってるだろう?奴は訳のわからない毒を出すんだ」
「……分かってるだろう、俺には毒なんて何の意味もない……まぁ、それは今となればお前もだけどな」
BPP-4によって開発された酵素を持つ真には毒などそれほど驚異にならない。
それはあくまで地球上で確認されたものだけではあるが、恐らくフッ化水素ならば大丈夫であろうと判断していた。
無論それは真の酵素を今や持つフレイも同じだ。
「そ、そうか……!なら、二人で――」
「駄目だ、ルナは違う。こいつは言っても聞かないからな、頼むぞフレイ……」
「おい、シンっ!」
「シン様ッッ!」
遠慮無く歩みを進め、着実に距離を詰めてくるバジリスクの元へ真は少ない言葉を残して走り寄った。
声紋認証により辺りにバトルフィールドを展開させる。
直後真の鼻孔に嗅ぎ慣れた臭いが突き抜けた。
(塩素の臭い……どうやら本当に撒き散らしてるらしいな)
フッ化水素ガス、その気体は無圧下であればほぼ無色。刺激臭と言ってもそれは濃塩酸の比ではないが塩素に近い臭いを持つ。
真はそんな大気を遠慮無く吸い込みながらも手元に元素を収束させようと試みた。
「カーボナイズドエッヂ」
真の声を認識したデバイスが辺りのC粒子を安定結合させる。
――スシャァァァァ!!
鰐のような口を開け掠れた雄叫びを上げるバジリスク。
臭気が一層増す中、真はバジリスクを視界に捉えながら側面へ軽く飛び上がりその後ろ首筋を狙いながら強制収束されたカーボナイズドエッヂを振り下ろす。
ステンレスに拳を叩き付けた様な衝撃と鈍い音が真にその刃が通らなかった事を知らしめた。
「っ!」
(硬ぇ……鱗か、超合金じゃないだろうな)
バジリスクの表皮は思いの外強固であった。
原子を強制結合させた刃は刃こぼれや折れると言った事こそ無いものの、刃が通らなかった場合その衝撃はそのまま自分の元へと反作用する。
元素を収束させた手元も同じく同元素で覆われている為、反作用力で手指が飛ぶ事は無いものの衝撃だけはどうしようもない。
かつてアンドロイドキルラーと初対戦した時にその胴体をカーボナイズドエッヂで切り飛ばそうとした事があった。
その時は胴体に傷、へこみ一つ付けられずに反動で手首を骨折したと言う過去がある。
それから稼働部分を狙うようにしていた真は今回もその癖でバジリスクの首筋を狙ったが、どうやらこの鱗の様な表皮はあのデスデバッカー施設の最深部にいたアンドロイドキルラーと同じく稼働部分もしっかりと守られている様であった。
真は拡張オーバフローによってCを追加収束させようとしたが、そこである事を思い付いたのだった。
それは地球では出来る事の無い未知なる領域、だが予想通りならそれはバジリスクに対して最高の意趣返しともなりうる物。
(吸収される……って事は無いよな)
「……F、収束、結合……安定……と」
此方を見据えるバジリスクから一旦距離を取りフィールドの元素一覧にFがある事をデバイスから確認し、選択、手元に透き通る様な黄色の刃が出来上がった。
「これはなかなか……」
バジリスクが放つ異臭、恐らくはHFガス。
それが真の周りの大気に高濃度である事により地球では収束させる事の無いFの元素から構図通りの刃を作り上げる事に成功した。
それはダイヤモンズドエッヂとはまた違う美しさを持って真の童心を揺さぶった。
ただ危惧する事は、体内でHFを作り出せる可能性があるバジリスクにこのFから成り立つ刃が効果を発揮するかと言う事だ。
体内にFを持っている以上そちら側に真の刃が持っていかれる恐れがある。
地球科学の結合力が強いか、それとも異星の獣の体内に何故か単体で存在するFの結合力が強いか、勝負はそこにかかっていた。
(……くっ、こりゃ俺の手が持たねえな……余計な事をしたか)
そしてそれ以上に真は予想だにもしなかった事態に見舞われていた。手元が収束させた元素で覆われたと同時に掌が焼けるような感覚に襲われる。
それでも真は確信を持ってそのFによって収束された刃を手に持ち、バジリスクへ肉薄した。
「とっとと決めるぞ、フローリン……エッヂ!」
自ら命名したその刃のネーミングセンスに笑みをこぼし、後でデバイスのショートカット認証に入力してみようか等と考えながら真は向かい来るバジリスクの首筋目掛けその刃を振るった。
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