その科学は魔法をも凌駕する。

神部大

第28話 真の怒り



ファンデル王国城下町に存在する白塗りの二階建て建造物。
獣、魔物を狩り、植物を採取し、稀に人助け等を行い対価を貰って日々の生活を生きる人間達が犇めく場所。

ギルド 。


日も落ちきり、すっかり人気も無くなったギルドには幾ばくかのラベール花を詰めた女物のポーチを手に持つ男と何処か辛辣な表情で俯く青髪の少女が受付へと顔を出している所だった。



「すいません、依頼にあった……ラベール花を集めて来たんですが」
「え、あ、はい。こんな遅くまで御苦労様です」



受付にいたのはフレイの知り合いであり、あの時真のギルド登録を担当した女とは別の女である。
横でしょぼんと気を落としたルナには構わず、真はルナのポーチから水気を失い萎みかけたラベール花を取りだして受付へと提出した。



「……えと、ラベール花の定期採集、ですよね?その……ギルドのご利用は?」


その言葉に真は自分が何も知らなかった事を改めて認識させられた気になった。


「あぁ……登録したばかりで彼処の掲示板に張ってあったんで。受付不用と……」
「そうでしたか。分かりました、ではまずギルドカードをご提出ください」



真はポケットから昨日出来たばかりの自分のシンと言う名前とD-Ⅲと刻印されたそれを受付へと提出する。


「はい、お預かりいたします……因みなんですが、採取品の買取りは日が落ちる前までにお願い致します。彼方の部屋で買い取り、清算となります。此方では依頼書を持ってきて頂いてその依頼を達成される又は棄却される際に行う手続きのみとなっております」
「それは、今日はもうこれは買い取り出来ないと?」


「そう……ですね、清算は出来かねます。ただ依頼の達成は成績として既に記録させて頂きました。今回は初めてと言うことですし此方のラベール花も預からさせて頂きます。明日の朝一番で買い取り担当に連絡しておきますのでまた明日以降に直接買い取りカウンターへお越し頂けますか?」



これもギルドの決まりなのであろう、てっきり真はギルドが日夜常に稼働していると認識していたがそうでは無いらしかった。
一応こうして受付だけ開いていると言うのはきっと緊急時の対応の為だろうと推測したシンは、とりあえずラベール花を受付の女へと預けまた明日の朝にでも出直そうと思い直した。



「……すみませんシン様、また私のせいで」


「別に仕方ないだろ、それにすっかり遅くなったな。腹は減ってないか?」



既に魔力の暴走に関して真へと負い目を感じていたルナは、自分が泥沼に嵌まり時間を取ってしまった事でこうした事態を招いたのだと更に落ち込んでいた。

真にしてみれば別にそこまで重大な事だとは捉えておらず、それよりも空腹を感じない真は共に何も飲まず食わずでいるルナが大丈夫かとそちらの方が気になった。


「水は……たっぷり飲みましたから……でも、何か食べたいですね。宿屋でもまだ夕食はやってるでしょうか?」
「そうだな――」



とりあえず宿屋に戻って何か食べ物を出してもらうかダメなら何処かの店を店主に聞こう、そう言おうとした矢先の事だった。
突如開かれたギルドの扉、静けさに満ちる室内はその慌ただしい音と今にも倒れそうな足取りで受付へと向かう男の足音に掻き乱された。


その男は真も一度見た顔、灰色の西洋甲冑を身につけ背には大きな両刃の斧。
今朝方フレイを自らのパーティに入れてバジリシクの討伐とやらに向かった人物であった。



「……い、依頼を……棄却する!パ、ティ、ブレイズ……あ、後……薬師、呼んれくえ」


「えっ、ちょ、ちょっと待ってください!大丈夫ですか!?……はっ、ハイライトッッ!ちょ、ちょっと来て!!」



場は騒然としていた。
あれだけ固い態度を崩さなかった受付の女は焦ったようにカウンターを飛び出し踞る男の元へ駆け寄り、真も知った名前を口にする。


間もなくして以前試験を受けた方の廊下から緑の髪を片手で掻きながらカツカツと靴音を鳴らす試験官ハイライト=シグエーの姿が見えた。
ハイライトは面倒くさそうな表情を浮かべ男と受付の女に一瞥くれ、その後真とルナの存在に気付くなり頬を綻ばせる。



「シンじゃないか。……で、これは一体どういう状況だい?」


「わ、分からないわよ!突然来ていきなり依頼を棄却するって言って倒れたのよ、薬師って……今日の当直にいた!?」



ハイライトは俯せになって倒れる男の首筋に指を当てると、ふむと何やら頷き顔をしかめた。


「発熱は無いが不整脈……発赤に流涙……毒か?」
「……へっ、ハイライトあんた分かるの?」


「僕を誰だと思ってる、元A階級ギルド員だ。今じゃこんな所で飼い殺しだがそれぐらいは分かるさ……しかしユーリのその口調は宜しくないな、もっとネイルちゃんを見習ったらどうだ?」
「う、うるっさいわね。仕事の時はちゃんと喋るわよ!」



今もまだ仕事中だろ、とハイライトは真を見て受付のユーリと呼ばれた女へそう言った。



しかしこの男は一体どうしたというのか。
依頼を棄却すると言いに来た様だったが一緒だった筈のフレイと他の仲間とやらの姿も一行に見られる気配がない。
あの様子とハイライトの発言から恐らく何かにやられたのだろうが、それでリタイアするために帰ってきたのなら一人と言うのはおかしかった。



「……シン、こいつとパーティを組んでいたのか?」


ハイライトは徐に立ち上がると身体中を抑え痛がる様な男を見下ろしながらそう言った。



「いや……俺じゃない、俺の仲間が今朝こいつらとバジリシクだったか?の討伐に向かった筈だ」


「……バジリシク?そんな依頼あるのか、ユーリ?」
「え、え?わ、分からないわよ。私だって全部把握してる訳じゃないものっ」


「はぁ……君は受付だろ、ネイルちゃんなら把握できてる筈だ」



言い争うハイライトと受付のユーリ。
どうやらハイライトはフレイと知り合いであるあのピンク髪のネイルの方がお気に入りらしいが、今はそれよりも聞きたい事がある。


真は踞る男の元へ歩みより、しゃがんで視線を近づけると自分で思っているよりも低い声で男に詰め寄っていた。



「……おい、フレイはどうした」


「……ぇぇ"ぁ、あ、はは……し、らね"ぇ……なァァァァいてぇ!!は、は"やく薬、しぉぉ」


男は痛みを堪え、しかし嘲笑うような顔で口角を上げたと思えばそのまま再びの痛みに絶叫した。




その瞬間、真は頭の中で何かがスッと下がる感覚を覚えた。
寒気、そして怒りが込み上げる。



真は理解したのだ。
フレイ達が危険な状況に陥った事を。


それは毒かもしれないし、獣だか魔物だかに殺され兼ねない状況かもしれない。
ただ一つ、この男が仲間を置き去りにして一人逃げ帰ってきたと言う紛れもない事実が真の脳裏を過った。




久し振りに誰かを殺してやりたい衝動に駆られる。

こんな気持ちはいつぶりだろうか。
だが今の真は復讐の鬼ではない、もう、止めたのだ。



「ファンデル荒野はどっちだ」
「へっ?え……」


誰と無しに放たれた真の言葉にユーリがおどおどした様子で反応する。


「ファンデル荒野は何処にあると聞いてる、川を背にしてどっちだ」


「し……シ、ン、さま……」
「シン……一旦落ち着こうか」



真のただならぬ雰囲気を感じたのかルナとハイライトが真を心配そうな表情で伺うが、真には既に二人の言葉など聞こえてはいなかった。



「……え、えと……ファンデル荒野は、ほ、北西です!えと、川を背にして山脈側へ真っ直――――」


「シン様っ!」
「おい、シンっ!」



真はユーリの言葉を瞬時に理解するなりギルドを飛び出し、ルナの存在を思い出してぼんやりとオレンジ色の光で照らされる街道で一度立ち止まった。
ギルドの横にはあの男が一人で乗ってきたのであろう馬が一頭所在なさげに鼻を鳴らす。



「しっ、シン様!」



ルナが真を追ってギルドから飛び出してくる。



「……ルナ、お前は先に宿に行ってくれ、俺はフレイを探してみる」
「そんなっ!外はもう暗いです、それに行くなら私も!」



真はこの世界に来て初めて焦りを覚えていた。
フレイがどうなっているかは分からない、だがあの男の状態を見る限り他の連中はもう手遅れかかなり危険な状態である事に違いはないだろう。

ましてや朝から出ていってここへ戻って来たのが真夜中だ。
聞いていたより早い戻りだとは言え事態は一刻を争うかも知れなかった。



「……お前じゃ追い付けない、悪いが宿で待て、いいな!」


「そんな、シン様っ――――」
端末起動デバイスオン、加速システム!」


ルナの言葉を聞き終る前に真は声紋認識からデバイスを起動させ、加速システムによって城壁を越える程の勢いで一気に上空へと飛び上がった。






(川があそこか……ならこっちの方角)


上空で重力操作を行い、向かう方角を見定めて地表に降り立つ。
そのまま加速システムの設定を2倍までに引き上げ高速を越える正に瞬速の早さで草原を走り抜いた。


この世界では重力か地場が地球と違うのか、加速システムがおおよそ地球の20倍程の効果で発動する。
つまり地球上で移動する40倍の速度と言う事だ。


息が苦しい。
だが薄暗い闇に関して言えば、それは真にとって何の弊害にも成り得なかった。


真の網膜の裏側には光源反射板が移植されており、それを調節する事で僅かな光さえあれば昼間と何ら変わらない視野が確保できる。


切る風が耳をつんざく中、何処かで風切り音とは少し違う笛の音が響いている様に聞こえた。




(……フレイ)



真はフレイの無事を祈りながら、地球での忌々しい過去を思い出して心を抉られる様な気持ちになった。

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