その科学は魔法をも凌駕する。
第12話 束の間の仲間
なんやかんやと酒場で久し振りの食事をし、心身共に癒されたであろう真は再び昨日の森を彷徨い歩いていた。
ワイドの街の酒場の店主が言うこの国の都までは、馬車で夜遠し走り抜いて二日程の距離があるようだ。
対して南の国リヴァイバル王国の都なら歩きでも一日か二日で着くだろうと言う事もあり、真はとりあえずそこを目指す事に決めたのだ。
時刻はまだ夕刻にも満たず太陽の光が木々の合間から抜け幻想的な気持ちを抱かせる。
あまり人に踏み均されていないこの大森林はどこか静寂で清らかさすら感じさせる。ここが地球ではないと言われてもそれは素直に頷ける程だ。
ふと、何処からか獰猛な獣の呻き声にも似た音が真の耳に入り込んだ。
それは幾つもの数を成している様にも聞こえた。
同時に硬い物に何かを打ち付ける様な鈍い打撃音と怒声にも似た力強い人の声。
この森に入るのは二度目であるが村で聞いた獣とやらがいるのだろか、そんな事を思い出しながら真は何となく騒ぎの元へと足を向けた。
「っ、ハァァッッ!」
――グルルルルル
木々の合間に見えるのはあの時男が炎を纏わせていた物より細めの剣を振り回し、キレのある動きでステップを踏みながら奮闘する女の姿だった。
栗色の長髪を後ろで纏め上げ、軽量感のある銀色のプレートを胸と股に付けた西洋騎士風の女。
それは真が昼間に洞窟内で見た女と相違無かった。
荒れ狂う男達に怒声を放ち、一瞬でその場を収めた年若い女、名は確かフレイと言っただろう事を思い出しながら真は繁みを抜ける。
少しばかり開けた森の一角。
女の剣太刀によって細い木が斬り倒されたからか、それとも女を囲うように襲う普通の狼より二回りは大きいであろうその獣達によって周りを踏み均されたからか。
女は三匹の獣に対峙し、剣を構え直しては再び斬り込む動作を繰り返していた。
地には既に首根を切り裂かれ、舌を出して息絶えた同じ様な獣が転がっていた。
隙の無い剣捌きと身のこなしはまだ粗い所もしばしば見受けられるが、洞窟内で対峙したあの男達には及びも着かない程の腕前であろう事は、今まで戦いの渦中に身を置いていた真には容易くも理解する事が出来た。
「しかしまた変なのがいるな」
真は狼に似ても似つかぬその獣を見据え、こんな物はアマゾンにもいないだろうなと考えながら女と獣の戦闘を見つめていた。
やがて全ての獣がその息の根を止め地に転がった。女は剣先を自らの腰の鞘に収め、一息付くとふと真へ振り返る。
「……か弱い女が一人獣の大群に教われていると言うのに優雅に鑑賞か。誉められた趣味じゃないな」
「気付いてたのか。悪い、手を出すまでもないかと……思って」
真は突然そう声をかけてくる女に若干動揺した。
繁みからその成り行きを見ながら万が一にも危険と見たら助けに出ようかと考えていたのだが、その必要も無くこれ以上余計な争い事に巻き込まれるのも御免だった。
だが結局無駄な心配。
しかも真がそこにいることすら気付かれていたのだから何とも居心地が悪い。
「あんな殺気を出されていれば獣でなくとも分かる。それにグレイズウルフの連中も一瞬お前の殺気に怯えた様子を見せた、それでも私に向かって来たのは私の方が弱いと感じたからだろう……それは癪だがな、お陰で奴等の動きが鈍って思いの外早く片付いた」
そう聞いて真ははてと言った気持ちである。
確かに獣達が此方の存在に気付き襲いかかってきたら遠慮なく殺させて貰うつもりではいたが、そこまで自分は危険な存在でもない。
動物はそういった本能的な嗅覚は敏感だと言うが、同じ人間である目の前の女にそこまで分かるとは考えづらかった。
「で……どうだった?」
「どう……だったとは?」
女の不可思議な質問に対して疑問系で返す真。
「鑑賞するだけの余裕があったんだ。私の腕前はどうだったかと聞いているんだ、お前はあの時の冒険者だろう?うちの……いやワイドの街であの連中をまるで赤子の様にあしらっていた、それなりの手練れと見るが」
女にそう言われ、真はあの男達と目の前で獣五匹をその剣一本で倒して見せた動きを頭で比べてみる。
その違いは天と地だ、今目の前で話す女のようにあの男達にしてみろと言われてもそうはいかないだろう。
ただ、強いて言うなら――
「武器を構え直している時間が無駄じゃないのか?一太刀振ったら殲滅まで動きを止めるな…………と、言われた事がある」
真は過去に自分へ多対一を得意とする古武術剣技を指南してくれた男の言葉を思い出していた。
「……ふっ、瞬発的な動きを続けながら魔力結石に集中するのは中々大変なんだ。お前も魔力機を使うなら分かるだろ?」
真にはその女が何を言っているのか正直さっぱりであった。
遠く理解の及ばない物事。
見たことも無い化物に、異常にでかい獣達、不可思議な力と初めて耳にする言葉。
改めてここが地球上ではない星だと理解したが、同時にそれが何なのか……真は珍しくも知識欲と言うものに駆られていた。
◆
「魔力は大気に霧散するエネルギーだと言われている。それが自然に結晶化するんだ、それが魔力結石……お前も見ただろ、あの鉱山で採掘されていた物は水の力を持つ魔力結石だ。どうやら水源地に多くあるらしい」
森を何気なく肩を並べて歩きながら女から魔力結石について真は話を聞いていた。
自分は辺境の地から来たからそう言う物はなかったと女に伝えると、一瞬訝しげな表情を見せた物の女は親切に魔力とやらについて真に教えてくれた。
「……で、その魔力結石とやらを合成させた武器やら道具やらが魔力機か」
「そうだ、私のこの剣も魔力機だ。土の魔力結石が嵌め込まれている。強度、切れ味が段違いだ……まぁ普通の剣に比べてだがな。もっといい素材で作られた物に付ければ更に強度は上がるが何せ高値過ぎてな」
真は段々とこの不可思議な出来事を頭で整理できていた。
この世界では恐らく自然の力が結晶化するのだろうと、そして結晶化した物はそのまま近い形でその場にアウトプット出来る。
にわかに信じがたい話だが元素が結晶化しただけではこの様な現象は起き得ない、実際に目で見てしまったのだからそれはもう信じるしかない。
「あれだけの金貨でも買えない程高いのか?」
「……あれは、ギルド設立の為の資金だったからな。自分の物に金等を使ってはいられなかった。まぁ、今となれば少し惜しい気もするが金はまた稼げばいい」
そう言った女の表情は何処か寂しげで、強がりで発した言葉だと言うのは嫌にでも分かった。
「所でお前はこれからどうするんだ?手練れの……見た所無手流を使えるって事はリヴァイバル王国からの冒険者だろ?」
そう言えばと真はあの洞窟内で男達も言っていた南の冒険者と言う言葉に無手流と言う言葉を思い出す。
恐らく南にあるらしいリヴァイバル王国とやらには素手で戦う戦闘術が浸透しているのだろう。
「いや、まぁ……」
だがリヴァイバル王国から来ていると思われている自分がこれからリヴァイバル王国へ行くと言うのはおかしい。
冒険者とも思われている以上、この国の何処かへ向かっている事にしなければと咄嗟に真は考え付いた。
「都に、行くつもりだ」
最初に村で聞いた都と言う場所。
恐らくはこの国の王都であろう、こんな事になるなら最初からそこの場所を聞いておくべきだったと悔やまれる。
「そうか、私も都に戻るつもりだ。仲間もいなくなってしまった事だしな……とりあえず仕事に困らないのはあそこのギルドだ。だがお前、ここから都は遠いぞ?本当に何の用意もなく行くつもりだったのか?」
「……いや、何と言うかな。正直道も定かじゃない」
女は一声、真を見て笑うと呆れた様な顔で口を開いた。
「もう仲間はいいと思ったが……私の性だな。困っている奴を放っておけないんだ、私はフレイ、フレイ=フォーレスだ」
その言葉に真は女が都まで付いてこいと言っているのが理解出来た。
あまり自分の情報を出すのは拒みたかったが、このまま右往左往していても仕方ない。
それにこの女からこの世界の情報も得ることが出来るだろうと真は判断した。
「シン、だ」
何気無く差し出された手、真はフレイ=フォーレスと握手を交わしながらその手の温もりを感じ同じ人間なのだと思い直した。
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