二律背反のドッペルゲンガー

紅染 ナナキ

影に呑まれる

「どうしたらいいのかな」

わたしは1人、屋根の上で膝を抱えていた。
わたしがもう1人の自分の存在に気づいて、数年が経ち、小学生も半ばに差し掛かっていた。
その間に、記憶が途切れて周囲が態度を変えた事が多々あった。
それは大概、自分が羽目を外して、相手に不快な思いをさせたというもの。
それから、とある男の子が好きだと公言していた事だろか。
それは同じクラスの男の子で、名をハヤトくんと言った。背が高めで、運動神経が良く、スポーツクラブに入って日焼けしたせいか、笑うと白い歯が印象的だった。
でもね、その子からかうときに叩いてくると、それがとっても痛かったりするの!
どこがいいのって、わたしは思うの!
それこそ、近所の同じ年のタロウくんの方が叩いてきたりもしないし、全然いいと思うのだけど……まあ、昔叩いたらしいという件で、話すこともあまりなくなってしまったのだけど。
その子に
「お前、ハヤトが好きなんだろ?」
と不意に言われて、思わず固まってしまった。
けれど、ややあってもう1人の自分の発言かと気づいて「うん、そう。そうね」とブンブンと首を縦に振って肯定した。
だってそうしないと、わたしがおかしい子だとバレてしまう。
みんな、変な子は嫌いだって。お行儀よく、まじめに、正しくなくては仲間外れにされてしまう。
前にお父さんが見ていたテレビがつけっぱなしになっていて、そこで魔女裁判というものがあったのだと言っていた。
誰かが告げ口すると、とても恐ろしい拷問が待っているのだそうだ。
ーーわたしは、変だ。
周りを眺めていて、そう思った。
みんな自分は一人きりで、記憶も全部一人きりで足りてるみたい。
ーーじゃあ、わたしはなんだろう?
もう1人の自分が好き放題して、それに便乗することで自分のおかしさを必死に隠す。
それがとても苦しい。
タロウくんに言われた言葉が脳裏によぎる。
「お前、ハヤトが好きなんだろ?」
違うと言いたかった。
なんだか言われてモヤモヤした。
他の子に言われるのと、何か違うような、小さな違和感があったような気がした。
「どうしたらいいのかな」
わたしはわたしに問いかける。
もう1人の方が、とても鮮明に生きている気がする。
毎日が楽しいって、無茶して失敗してーーその責任を何故かわたしがとらされて、もう1人の自分が日々を楽しく生きれば生きるほどに、わたしの毎日が翳っていくようだ。
楽しくなくて、嬉しくない。
とてもつまらない。
もう1人が本物だっていうなら、わたしは要らない。いなくていい。
自分の失敗は自分で受け入れて学んでいくべきだ。同じミスをあの子は平然と繰り返す。とても嫌だ。
「……消えたいなあ」
ポツリと呟いて、屋根の淵から覗く地面を眺めた。
自分の部屋の窓から這い出した屋根はそこそこに高いが、そこそこに低い。
飛び降りたところで、足の骨を折って痛い思いをしたり、顔に消えない傷跡が出来るのがせいぜいで、わたし個人が消えるわけではないのだろうと思えた。
「ああ、でもそれじゃ無理心中か」
ニュースにたまに流れる言葉を使って、少し大人びたつもりで部屋へと戻る。
同じ体にいるのなら、もう1人も道連れになる。
でも、なんだかとっても、それは違っている気がした。
きっと、神様が間違えて一つの器にもう入っているのに、もう一個余分に魂を入れてしまったのだ。
そして、その余分が、きっとわたし。
「消えたいなあ」
間違いを直したい。
あるべきものは、あるべき場所へ。
わたしが例えば使えない、灰や動物の排出物であったとしても、ちゃんと場所によっては必要とされる。
例えば、お母さんの花壇の土とか、何か、手違いでも誰かにとってのゴミでも、救いがあればいいのに。
そっと部屋の窓をしめた途端、ポタリ、雫が落ちた。

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