琥珀の魔女
16.
アンバーと共に森を歩きながら、黒曜は、彼女の義理の弟、ユシリスという魔術師についての情報を思い出していた。
たしか、ゆくゆくは「アメジスト」になるのではないかと嘱望されていたはずだ。
紫色の瞳も比較的珍しく、予知や千里眼の能力がある。直接話したことはないが、5年ほど前に見かけた印象は、女の子のように華奢で可愛らしい少年だった。
彼も大戦の折、志願したが当時18歳に満たなかったため、許されなかった。
そして、次第におかしくなってしまったのだ。恐らく、遠く離れた戦場で起こっていることを視ていたのだろうか。情緒不安定になり、しょっちゅうトラブルを起こし、ギルドの管轄する施設に入院させられたが、脱走し、それ以来行方不明。
無言で前を行くアンバーに、黒曜は声をかけた。
「どこかへ向かっているのですか?」
「べつに。」
素っ気ない返事だった。
辿り着いたのは、いつもアンバーが休憩している泉のほとりだった。
木陰に腰下ろしたアンバーは黒曜にも、座るよう目で促した。
「あの、ここで何を?」
「夜に備えて休憩。」
「はい?」
黒曜には意味がわからなかった。
「お腹空いてる?木の実でも持ってきてもらおうか。」
遠慮しようとしたが、アンバーは返事を聞く気はなさそうだった。
どこからともなく森の小動物たちや鳥が集まってきて、果物を彼女に渡し、ご褒美に撫でられて嬉しそうにしていた。
黒曜は所在無げに、アンバーから渡された果物を手で弄んでいた。
しばらく互いに黙ったまま、泉の水面を見るともなく眺めていた。
「あなたは、私の弟をどう思ってる?」
不意に問われて、黒曜は言葉に詰まった。
独り言のように、アンバーは話し始めた。
「私と弟はね、血が繋がっていない。幼い頃は、全く別の場所に住んでいたわ。私達の里親は金持ちの人間で、魔術師にとても興味があって、あちこちの孤児院やなんかを回っては、瞳の色が珍しい子を引き取って魔法学校に通わせた。」
黒曜はその手の話を何度か聞いたことがあると思った。
人間が、不思議な力を持つ子どもを養い、魔術師に仕立てて、ギルドの動向を探らせたり、ギルド内に対立を起こさせて自分たちに有益に働かせたりしようとする。
そのため、魔法学校から全寮制の魔術師学校に進学する際に、人間の親とは縁を切るという規則がある。
そもそも、人間同士の夫婦から生まれた子どもが魔力を持っていることは非常に稀であり、ギルドに加盟している魔術師が親なら孤児になることはそうそうない。
そのような多少の力を持つ人間の子どもや養子が魔法学校に入学しても、途中でほぼリタイアする。義務教育として普通の学校に転校させられるし、仮に卒業は出来ても、魔術師学校の入試には多くの実技科目がある。いくら努力して勉強をしたところで、魔力は生まれ持った血に大きく左右されるのだ。
現に、あのサファイアは魔術師の中でも古くからの由緒が正しい名家の生まれだ。
アンバーは子ども時代の回想していた。
「広くて綺麗なお屋敷には、たくさんの拾われてきた子がいたけど、私を怖がらずに仲良くしてくれたのは、ユシリスだけだった。あの子のおかげで生きてこれた。私にとってはかけがえのない、大切な弟なのよ。」
彼女の言葉を聞きながら、黒曜の胸には疑問が湧いていた。
「里親となられた方は普通の人間なのですか。いくら養子を取っても、ジュエリスト候補を二人も見つけ出せるとは、にわかには信じ難いです。」
アンバーは、少し間を空けてから答えた。
「あの人たちは本当にただの人間。そして欲しいのはジュエリストの育ての親という名誉だけ。ユシリスは、親交のあった魔術師から預かった子だそうよ。そして、ユシリスが夢で私を見つけて、引き取るようにお願いしてくれたのだとか。」
黒曜は内心、激しく動揺した。
「それは、いくつくらいの時のことですか。」
「私が10歳だったから、ユシリスは7歳ね。」
7歳でそんな予知夢を見るとは、やはりユシリスも、ただ者ではなさそうだ。
「今度はあなたの番よ。ギルド内ではユシリスは今どのように思われているのかしら。」
黒曜は、答えに窮した。
「言いたくないならいいわ。あまり良く思われていないのは知っているし。近年頻発する黒魔術関連の事件に関わっているという噂も聞いたわ。」
そこまで知っているのなら、と黒曜は観念して話した。
「まだ捜査の段階です。あくまで、あのような大きな魔法を扱えそうな所在不明の魔術師の一人として、居場所を特定しようと動いています。」
ふうん。と気のない相槌をしただけで、あとは何も喋らなかった。
たしか、ゆくゆくは「アメジスト」になるのではないかと嘱望されていたはずだ。
紫色の瞳も比較的珍しく、予知や千里眼の能力がある。直接話したことはないが、5年ほど前に見かけた印象は、女の子のように華奢で可愛らしい少年だった。
彼も大戦の折、志願したが当時18歳に満たなかったため、許されなかった。
そして、次第におかしくなってしまったのだ。恐らく、遠く離れた戦場で起こっていることを視ていたのだろうか。情緒不安定になり、しょっちゅうトラブルを起こし、ギルドの管轄する施設に入院させられたが、脱走し、それ以来行方不明。
無言で前を行くアンバーに、黒曜は声をかけた。
「どこかへ向かっているのですか?」
「べつに。」
素っ気ない返事だった。
辿り着いたのは、いつもアンバーが休憩している泉のほとりだった。
木陰に腰下ろしたアンバーは黒曜にも、座るよう目で促した。
「あの、ここで何を?」
「夜に備えて休憩。」
「はい?」
黒曜には意味がわからなかった。
「お腹空いてる?木の実でも持ってきてもらおうか。」
遠慮しようとしたが、アンバーは返事を聞く気はなさそうだった。
どこからともなく森の小動物たちや鳥が集まってきて、果物を彼女に渡し、ご褒美に撫でられて嬉しそうにしていた。
黒曜は所在無げに、アンバーから渡された果物を手で弄んでいた。
しばらく互いに黙ったまま、泉の水面を見るともなく眺めていた。
「あなたは、私の弟をどう思ってる?」
不意に問われて、黒曜は言葉に詰まった。
独り言のように、アンバーは話し始めた。
「私と弟はね、血が繋がっていない。幼い頃は、全く別の場所に住んでいたわ。私達の里親は金持ちの人間で、魔術師にとても興味があって、あちこちの孤児院やなんかを回っては、瞳の色が珍しい子を引き取って魔法学校に通わせた。」
黒曜はその手の話を何度か聞いたことがあると思った。
人間が、不思議な力を持つ子どもを養い、魔術師に仕立てて、ギルドの動向を探らせたり、ギルド内に対立を起こさせて自分たちに有益に働かせたりしようとする。
そのため、魔法学校から全寮制の魔術師学校に進学する際に、人間の親とは縁を切るという規則がある。
そもそも、人間同士の夫婦から生まれた子どもが魔力を持っていることは非常に稀であり、ギルドに加盟している魔術師が親なら孤児になることはそうそうない。
そのような多少の力を持つ人間の子どもや養子が魔法学校に入学しても、途中でほぼリタイアする。義務教育として普通の学校に転校させられるし、仮に卒業は出来ても、魔術師学校の入試には多くの実技科目がある。いくら努力して勉強をしたところで、魔力は生まれ持った血に大きく左右されるのだ。
現に、あのサファイアは魔術師の中でも古くからの由緒が正しい名家の生まれだ。
アンバーは子ども時代の回想していた。
「広くて綺麗なお屋敷には、たくさんの拾われてきた子がいたけど、私を怖がらずに仲良くしてくれたのは、ユシリスだけだった。あの子のおかげで生きてこれた。私にとってはかけがえのない、大切な弟なのよ。」
彼女の言葉を聞きながら、黒曜の胸には疑問が湧いていた。
「里親となられた方は普通の人間なのですか。いくら養子を取っても、ジュエリスト候補を二人も見つけ出せるとは、にわかには信じ難いです。」
アンバーは、少し間を空けてから答えた。
「あの人たちは本当にただの人間。そして欲しいのはジュエリストの育ての親という名誉だけ。ユシリスは、親交のあった魔術師から預かった子だそうよ。そして、ユシリスが夢で私を見つけて、引き取るようにお願いしてくれたのだとか。」
黒曜は内心、激しく動揺した。
「それは、いくつくらいの時のことですか。」
「私が10歳だったから、ユシリスは7歳ね。」
7歳でそんな予知夢を見るとは、やはりユシリスも、ただ者ではなさそうだ。
「今度はあなたの番よ。ギルド内ではユシリスは今どのように思われているのかしら。」
黒曜は、答えに窮した。
「言いたくないならいいわ。あまり良く思われていないのは知っているし。近年頻発する黒魔術関連の事件に関わっているという噂も聞いたわ。」
そこまで知っているのなら、と黒曜は観念して話した。
「まだ捜査の段階です。あくまで、あのような大きな魔法を扱えそうな所在不明の魔術師の一人として、居場所を特定しようと動いています。」
ふうん。と気のない相槌をしただけで、あとは何も喋らなかった。
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