琥珀の魔女

琥珀@蝶々

15.

あれからさらに二年。サファイアはとうとうアンバーとの再会を果たした。もう少し関係を修復してから、王都に連れて帰るつもりだったのに、何故ギルドに嗅ぎつけられたのか。しかも、よりによってルビーと黒曜を派遣してくるとは。
苦々しい気持ちもあるが、それよりサファイアはこの状況をどう自分に都合よく説明づけられるかを瞬時に考えついていた。

4人は部屋に入って、サファイアはアンバーを促して並んでベッドに腰掛けた。黒曜は窓際の椅子に座り、ルビーは扉の横に立ったまま背をもたれた。

筋肉の浮き出ている腕を組んだルビーが、尋問を始める。
全てサファイアが答えた。アンバーがこの村に来てから今に至るまでの経緯を、知られたくないことは適当に省きながら。

ルビーは不快感を露わにしていたが、アンバーの顔と見比べながら、我慢して聞いていた。黒曜は調書のようなものに記録している。

「だいたいわかった。何か訂正や、付け加えることはねぇか?アンバーよぉ。」

ルビーに問われて、アンバーは微かに首を横に振った。
アンバーが寡黙なのは、昔からだ。
ルビーは魔術師学校時代と戦場で、多少関わりがあったので、知っている。

「じゃあ次の質問だ。アンバー、何故この村に来た?その前はどこにいた?」

アンバーはやや思案してから、口を開いた。
「また今度にしましょう。何か来るわよ。」

「あ?」
ルビーの言葉と同時に、部屋の扉が勢いよく開いた。アンバーの魔法だ。
「お店にいる人たちが危ない。」

逃亡するための嘘かもしれないが、念のためルビーは部屋を出て階下の様子を見た。
3人も後に続いた。

来た時と同じように客が多く、ザワザワしていたが、眼光鋭いルビーの視線に気付いて皆お喋りをピタッとやめた。

「姉さん、僕とも遊んでよ。」
沈黙を破ったのはボーイの声だった。

先程まで忙しく店の手伝いをしていたが、少し様子がおかしい。ボーイが魔女を「姉さん」などと呼んだことは一度もない。

「今行く。」
アンバーは手すりを軽々と乗り越えて、フロアに飛び降りた。

ボーイは彼女を待たずに、近くにいたエイミーの腕をぐいっと引っ張って、床に思い切り投げつけた。
「きゃあ!」

「やめなさい。」
アンバーが言った。3人のジュエリストも降りてきている。

ボーイは倒れ込んだエイミーの髪を掴んで、嬉しそうにアンバーを見た。
「この女だよ、ギルドに密告したのはさぁ。『ドクター』が大好きなんだもんだねぇ。身の程知らずのブスが、姉さんに張り合おうなんて。」
小さなナイフをエイミーの首に突き付けている。

ボーイが身体を乗っ取られているのは確かだった。しかし、操られているとしても魔術師は人間を攻撃することは出来ない。それはやむを得ない場合の最終手段だ。極力誰も傷つけないように、保護しなくては。

「ルイ。私の目をご覧。」
ボーイはビクッとして、アンバーと目を合わせた。
ルイというのは、ボーイが母親にもらった本名だ。

「ルイ。あなたはとても強い子よ。自分で悪魔をやっつけられるわ。」

「…魔女さん、助けて。」
ボーイはガタガタ震えながら、それでもエイミーを離せない。何故こんなことをしているのか、怖くてたまらなかった。

意識を取り戻したことを確認したアンバーは、呪文を教えた。
「私の言う通りに、唱えて。」

通常、普通の人間が呪文を唱えたところで、何の効力もない。

しかし、アンバーの口にした呪文は、黒曜ですら聞いたことのないものだった。

ボーイが復唱すると、パァっと全身が光に包まれ、彼は気を失って倒れた。
エイミーもひどく狼狽しているが、ひとまず無事だ。

アンバーは近寄り、床に膝をつくと、エイミーの目を見つめ、「ごめんなさいね。」と呟いた。そして、横たわるボーイの上体を抱き上げると、魔法をかけた。彼の中から完全に邪悪なものを追い出し、清めて、彼が二度と餌食にされないよう加護を与えた。

眩しいほどキラキラと、無数の光の粒に包まれるその様子は、神々しかった。

一同は、息を飲んでその光景を目に焼き付けた。アンバーはそっとボーイを降ろすと、立ち上がって、ルビーに言った。

「私は、ここに来るまで各地の薬草を調べて回り、魔力の強さに関係なく誰が作っても同じ効果を発揮できる薬の作り方を研究していた。もうほぼ終わって、いつでもギルドに提出できる。そのついでに、人間でも魔術から身を守る程度の魔法を使える呪文も編み出した。これがさっきの質問の答えよ。」

ルビーは戸惑いを隠せなかった。
ギルドの製薬部門は、アンバーがいなくなって非常に困っている。
彼女は材料さえ揃えば、一瞬で大量の薬に変えることが出来た。それまで長い間研究されていたのに実現不可能だった種類の薬も、彼女にはまるで造作ないことのようだった。
アンバーは、詳しい配合バランスや、かける魔法の呪文や術式など、丁寧に所員に説明し、記録も残っている。それでも誰も彼女と同じ効果の薬を作ることは出来ない。

しかし、だ。「魔力の強さに関係なく誰でも」作れてしまっては、面白くない上級の魔術師がいるだろう。それはそれで面倒なことになる。

そのように考えられるのはアンバーも承知で、こう付け加えた。
「あなたは一旦王都に戻り、元老院の判断を仰ぎなさい。私を連れ戻すのが本当に得策かどうかをね。ま、野放しにすることはないでしょうけど、予め伝えておいてもらった方がいいわ。その間に私はちょっと、近くに弟がいないか探してみる。」

ルビーは破顔した。
「お前、そんなに喋れるようになったんだな!ちゃんと自分で考えて動けるじゃねぇか。なんだ、良かったな。じゃあ俺は戻る。サファイアがいるから、逃げようがないだろうが、黒曜も念のため残って、手伝ってやれ。手のかかる『弟』探しをさ。」

黒曜は「御意。」と答えた。
ルビーは上機嫌で店から出て行こうとしてドアに手をかけたが、ふと振り返って人々に告げた。

「そうだ、お前らよく聞け!調査を依頼されたその魔女は、このルビー様が知る限り最も強くて善良な魔女だ。見ての通り、必ず人間を守ってくれるから、何も心配ない。むしろ、サファイアの方に気をつけろ!そいつはペテン師だぞ。」

衝撃的な出来事と魔法と捨て台詞に、しばらく茫然とした店内の人々は、一体何がどうなっているんだと、口々に囁き合った。

マダムが、「今日はもう閉店にするから帰ってくれ。」と言ったが、皆帰り支度をしながら、すぐには出て行く気配はなかった。

「私は黒曜と森に行ってくるから。サファイアは、ボーイとエイミーのことをよろしくね。」

「あぁ。そうだな。ところで、今夜からは君も黒曜もここに滞在しなよ?マダム、いいですよね?」

アンバーとサファイアの会話の後に、急に話を振られたマダムは、腹を決めた。
「全く、しょうがないね。」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品