琥珀の魔女

琥珀@蝶々

14.(2人の過去)

ギルドには、所属する全魔術師の1%にも満たない「ジュエリスト」と呼ばれる特権階級がある。宝石の名を称号として与えられた最上位の魔力を持つ者だ。適任者がいなければ空位となる。
ギルドの管理や運営を司っているのは、大昔の名残で「上院」という機関だが、現在は協会長をトップとした理事たちで構成される。

ジュエリストは上院のメンバーではないが、一目を置かれる存在だ。ほぼ全ての魔術師たちが目指す憧れの地位だ。

中でも、3年前の大戦で活躍したサファイアとアンバーは人間からの知名度も人気も高い。国王からも功績を称えられ勲章を賜ったとか。

通常、魔術師は戦争に関わらない。しかしあの時は、敵国がドラゴンのような魔物を使って攻め込んで来たため、人間の力では到底太刀打ちできるはずもなく、国境付近のいくつかの町が壊滅した。民間人の大虐殺を恐れ、ギルドは協力することを採択した。
王家に恩を売り、国民からの評価も上げたいという下心もあっただろう。魔法で人間を殺したり傷つけたりすることはご法度だが、魔物相手ならば問題ない。

しかし、実際に戦地へ赴いた魔術師たちは驚いた。話を聞いて想定して以上の最悪な事態になっていたのだ。敵国には黒魔術を操る者が与しているらしく、魔物はいくら消しても無限に湧いてきて、死んだはずの自国の人間すら襲いかかってくる。多くの魔術師も犠牲となり、途中からは防戦一方となって、人々を逃す時間を稼ぐだけにだった。疲弊するばかりで勝ち目はない。そこで、魔術師学校の生徒たちからも志願者を募った。当時はまだジュエリストではなかったアンバーとサファイアに参戦しない選択肢はなかった。

学校の中でも特に期待されていたのだ。琥珀色の瞳は非常に稀で、数百年に一人くらいだが、「本物」は必ずと言って過言でないほど最上級の強い力を宿している例が過去にある。見たことのない者は薄茶色のことと勘違いしがちだが、実物のアンバーの瞳は明らかに黄色く、透明な金色なのだ。
逆に青い瞳は、有する人数が多い分ライバル競争が激しい。常に力を品定めされていた彼らは「君たちの実力を示す絶好の機会だ」などと言われ、拒否権もなく他の志願者共々戦地へと送り込まれた。

初めは後方支援として、上官の指示通りに民間人の逃亡の手助けや、怪我人の手当てなどをしていた。しかし、ある時2人は命令を無視して魔物を撃退した。攻撃すると更なる反撃を食らって被害が拡大すると禁じられていたが、そんなことは意に介さなかった。しばらくの間おとなしく状況を観察していたので、もう戦略は出来上がっていた。

「戦わずに逃げ回って何になる!!」
サファイアとアンバーはたった2人で、次々と襲い来る魔物を駆逐し、黒魔術の術式の上に、自らの術式をかけて破り、清い精霊を呼び出して土地を守護させた。
開戦以来、初めての勝利だった。

面目を潰された上官の魔術師は、まぐれだと言い、調子に乗るなと激怒した。しかし、国王軍の幹部たちは、この若い2人の魔術師の卵が、国家存続のために残された唯一の希望と判断し、人間の兵士まで託した。
魔術師は防衛に徹すると言って誰もついて来なかったが、2人は一部隊のみを率いて戦い、一気に戦線を押し戻し、数日後に黒魔術師の一味を捕らえた。
魔物が消えたので、ギルドは全魔術師に帰還命令を出したが、2人はまたもや逆らった。戦闘には加わらなかったが、怪我人の治療や、行方不明者の捜索、瓦礫の山と化した町での生活をサポートし、人々を勇気付けた。
彼らの活動に賛同する魔術師もやって来て、壊滅的な被害を受けた地域の再建に尽力した。

そして数ヶ月後に、歴史的な逆転大勝利となって終戦した。
終戦後も、しばらく巻き込まれた民間人の支援を続けていたが、行政も機能し始め、あとは任せても大丈夫というタイミングを見て、2人は王都に帰還した。

度重なる命令無視は咎められたが、それ以上に功績が評価され、2人は上院の全会一致でジュエリストの仲間入りをした。
アンバーは長らく空位で、前任のサファイアは、「たまたま」大戦で殉死してしまった。

サファイアの地位を狙っていた者たちは、アンバーの力を借りただけで実力のない卑怯者のくせにと、不満でならなかった。

しかし、ジュエリストになって初めての仕事を任された時、皆は思い知った。
サファイアは1人でも、わざと難易度の高い任務を立派に全うしたが、アンバーの方は大失敗だった。力を制御できず竜巻を起こして無関係なものまで派手に吹っ飛ばした。人間が怪我をしなかったのは不幸中の幸いだった。
その後も何度かの機会があり、アンバーには常に誰かしら高位の魔術師をサポートにつけたが、結果はいつも同じだった。雷を落として地面をヒビ割れさせたり、川の水を寄せ過ぎて洪水を起こしかけた。

充分に実力を証明したサファイアは、「アンバーとペアで任務につきたい」と元老院に訴えた。
もうアンバーは地味に薬を調合する以外では、加減が効かず破壊するばかり、未熟で使えない魔術師だと思われ始めていた。
元老院では意見が割れた。サファイアはいつの時代にも欠かせない大事なジュエリストだ。しかしそれと同時に、ポストを巡って足の引っ張り合いがあるので、元老院としては扱いが難しいのだ。せっかく認められてきた若き新サファイアに失敗されては、他のサファイア候補の付け入る隙となってしまう。しかし、貴重なアンバーの能力を使いこなせず飼い殺しにするのも惜しい。
そもそもジュエリストは強力な魔術師なのだから、助手や供を連れることこそあれ、基本的に単独行動。互いに対抗意識を持っていることも多いので、ペアを組むなど前例がない。

最終的に協会長の判断で、サファイアとアンバーは久しぶりに2人で任務に当たった。その様子をじっくりと複数の魔術師が観察していた。

結果は大成功だった。
何度か色々な種類の任務で試したが、アンバーはサファイアと一緒なら決して力加減を間違えることはなかったし、通常の魔術師には真似のできないような魔法をいとも容易く、あるいは何倍もの威力で起こせるのだ。

一年ほどペアで仕事をしてきて、ある時協会長は2人を元老院に招き、「そろそろ単独行動にしても大丈夫ではないか」と問うた。協会に所属する一部の有力者からそのような意見が上がっているのだ。

即座にサファイアが、ペアを解消する気はないと答えた。
アンバーは、しばし黙って考えているようだった。そして、一人でももう何も問題はないだろうが、サファイアが迷惑でないなら一緒の方がいいと言った。

2人が恋仲なのは周知の事実だったし、力を合わせれば向かう所敵なしなのも確かだ。

いつの世もジュエリストに媚びを売る連中は大勢いて、ジュエリスト同士でも派閥争いがあるのだが、この2人は弟子も召使いもパトロンも一切寄せ付けず、あらゆる派閥からの執拗な勧誘も、大御所の圧力に負けず断り続けている。

協会長は思案した。無理に引き離したとして、サファイアはともかくアンバーはどこかの派閥に引き込まれる可能性がある。そうなると今の勢力図が変わり、最悪の場合アンバーとサファイアが別々の派閥で対立するようなことがあったら一大事だ。元老院の危機管理として、2人がこれまで通りにペアで動くというなら、そうさせておくことにした。

ペアと言っても、必要に応じて2人は役割を分担している。
戦闘なら、アンバーが広域に仕掛けて雑魚を蹴散らし、サファイアは親玉を仕留める。
医療なら、アンバーは麻酔や痛み止めなどの薬を作り、サファイアは治癒魔法を使う。
一見、サファイアの方が華やかで優れているように見えるが、実際のところアンバーの魔法の方が遥かに難易度が高く、彼女以外にそれらを使える現役の魔術師はいない。

今後もペアのままということで話が終わり、帰ろうとする2人に協会長は冗談めかして、「結婚の予定はないのか?」と訊いた。

アンバーは、きょとんとしていたが、サファイアは少し口の端を持ち上げた。
「もちろんいずれはそのつもりです。然るべき時期に、きちんとご報告しますよ。」
と、いつも通り自信と余裕たっぷりな様子だった。

2人が去った後、協会長は一抹の不安を拭えなかった。

魔術師同士であっても、魔法を使った私闘は厳禁。もちろん呪いも。
魔法を許可された範囲で適切に使うよう取り締まるのがギルドの役目。魔術師の範たるジュエリストが、痴話喧嘩ごときで規則を破るなど、あってはならいことなのだ。醜聞で済めばまだいいが、最強の2人が本気で戦ったら必ず何かしらの損壊が発生する。止めに入れる者もいない。いや、協会長かダイアモンドなら仲裁できるかもしれないが、無傷では済まないだろう。
「そんな役は御免だ。」と協会長は思った。

2人のサポート兼監視につけている上院配下の魔術師の話では、アンバーは基本的にサファイアの言いなりらしい。かと言って上下関係ではなく、サファイアはいつもアンバーのことを第一に考えて動くとか。2人が言い争うところなど一度も見たことがないと聞いている。
だが正直なところ、協会長は2人が本当に愛し合っているのかどうか疑わしかった。

どちらも謎が多い。利害の一致で手を組んでいるのか。あるいは、一番そうであって欲しくないが可能性が高いのは、アンバーがサファイアに利用されているということだ。アンバーは恋と勘違いさせられているだけかもしれない。もしいつか、そのことにアンバーが気付いたら、きっと厄介なことになる。


そしてその数ヶ月後、危惧はあながち間違いではなかったことを協会長は知ることになる。

2人はケンカをしたわけでもなく、何の被害も出なかったが、アンバーが突然姿を消した。
サファイアは心当たりがない、の一点張りで、早く彼女を見つけたいと捜索に必死だった。しかし、いくら手を尽くしてもアンバーの行方は全く不明。足取りも、魔法を使った痕跡すら見つけられなかった。
一年が経ち、職務放棄として除籍処分になった。
それと同時にサファイアは王都を離れ、自らの力で彼女を捜しながら、遠方各地の仕事を請け負うということになった。

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