琥珀の魔女

琥珀@蝶々

11.

ある夜、客も皆帰って、そろそろ戸締りでもしようかとケヴィンがマダムと話していた時。

ガランガラン!
扉が荒々しく開いた。
「すいませんけど、今日はもう…」

ケヴィンは言いかけて、その客の異常さに気付いた。顔は蒼白で、足元にはポタポタと赤い液体が滴っている。

それが血だとわかって驚く間もなく、その男はバッタリと倒れ込んだ。


血相を変えたボーイが魔女の家にやって来た。慌てて帽子を被る。

「大怪我してる人が転がり込んできたんだ!ドクターは今夜いないし、すぐに来てください!」

宿の一室に寝かされた患者を一目見て、魔女はこれは自分の手には負えないと感じた。

「すぐにお湯を沸かして。それから、清潔なタオルを何枚か。」

男に意識はない。腹部に刺されたような傷がある。
持ってきた薬品の中で使えそうなものはいくつかあるが、既に大量の血を失っている。

「こんな時に、なんであの男はいないのよ。」

薬の準備をしながら魔女が呟く。

「街に用があって、今夜は泊まってくるって言ってたんだよ。」

心配そうなマダムが返答した。


「いまに戻ってくるわ。」

患部を、薬を塗ったタオルで押さえて止血しながら、魔女は目を閉じた。
白いタオルはみるみる赤く染まっていく。

(サファイア。すぐに戻ってきて。)


魔女は出来得る限りの処置をした。
あとはこの男の運次第だ。

「頭は打ってないかしら。」
そう独り言を言って、患者の頭をゆっくり触る。

こうすることで魔女はこの男の記憶を視た。


カランコロン。

街へドクターを呼びに行ったケヴィンが戻って来るにはまだ早い時間である。

しかし、部屋に入ってきたのはケヴィンとドクターだった。

マダムとエイミーは驚いた。
「どうやってこんなに早く?」

質問には答えず、ドクターは、魔女に患者の容態を訊ねる。

ケヴィンは、息を切らしながら言った。
「迎えに、行く途中で、会ったんです。急に、帰る気になったって。」

「悪いけど、手術をするから、部屋から出ていてくれないかな。」

ドクターに促され、全員が部屋を出て行く。

「君は残って助手をして。」
魔女が指名され、エイミーはこんな時に役に立たない自分が嫌だった。


実際には手術などしない。
もう手遅れだ。
サファイアは永らく禁じてきた治癒魔法を使うつもりだった。

「いいの?この男、それほど助ける価値があるとは思えないけど。」
アンバーが言う。

「視たのか?」

「刺された状況を知りたかっただけだけど。この男は麻薬の密売人をしていて、売上の一部を懐に入れてたのが組織にバレて、制裁されたみたいよ。まだこれから追っ手が来るかもしれない。」

「厄介ごとにはもう巻き込まれてる。目の前の患者を、見殺しにすることはできない。」

サファイアの言葉に、アンバーは胸の奥がチリリと痛んだ。

「…あの人は、見殺しにしたじゃない…」

絞り出すような声だった。

「その話は、後でゆっくりしよう。」

サファイアは患者に向き合った。



魔法で傷は治ったが、サファイアは魔術師であることをこの村では明かしていない。ただの医者ということになっている。

大仰に包帯を巻き、点滴をつけて、さも普通の手術が行われたように装う。

時間も大手術をしたにしては早過ぎるので、しばらく話すことにした。

「麻薬組織の追っ手も来るかもしれないけど、ギルドも捜査に来るかもしれないよ。」

サファイアが言う。

「すぐにこの村を離れるわ。」

「アンバー。いい機会だから、このあたりで清算した方がいい。君は二年前に既に除籍処分になっているし、無断逃亡した以外は規律違反を犯してないから、罪に問われることはないはずだ。」

「空白の三年間を調査されるわね。それから、チャラにする代わり何か仕事を与えられるわ。それが嫌なの。」

「いつまでも逃げ隠れしてて、楽しい?何かに追われて、怯えて生きていくのは辛いと思うな。」

「それは、あなたの価値観でしょ。私はこれで満足しているの。」

「どうかな。」

「それより、あなたが見殺しにした人のことを話しましょうよ。…どうして、助けてくれなかったの?」

「死ねば良いと思ったから。僕は意志を持って殺したんだよ。嫌いだったからね。」

「何よ、それ…」

「予想してた通りでしょ?それとも、どうやっても助けられそうになかったから、って嘘をついた方が良かった?」

「本当に、最低だわ…!」

「君や、僕たち全ての魔術師のためにしたことでもあるんだよ。」

「あんなに、お世話になったのに。私たちを育ててくれた師匠に対して、よくもそんなことを。」

「君はあいつの本性をわかってなかった。」

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