琥珀の魔女
10.
週に一度、マダムの店に魔女は来る。
品物と代金を受け渡して、数分で去るのがいつものことだ。
しかし、この日は違った。
帰ろうとする魔女にドクターが声をかけた。
「ねえ、薬湯を淹れてくれないかな。」
ゆっくりと振り返る魔女は冷たく言い放つ。
「朝飲んでないの?ケヴィンに頼んで。」
「せっかく君がくる日だから、君に淹れてもらおうと思ってね。」
しばし沈黙したあと、魔女はカウンターの奥に入っていった。
「ケヴィン、彼女にロイヤルミルクティーをお願い。蜂蜜多めで。」
そのやりとりを店中の客が、あからさまな好奇心を隠しきれずに注視していた。
ややあって、魔女が薬湯をドクターの前に置く。
「座って?もうすぐ君のミルクティーも来るから。」
魔女はうんざりした様子だったが、渋々向かいに座る。
ケヴィンが不思議そうに運んできたロイヤルミルクティーにゆっくり口を付けながら、魔女は気まずい心地がしていた。
たくさんの視線を感じる。
話すべきこともない。
一体この男は何を考えているのか。
「この薬湯を飲み始めてから随分調子が良いよ。さすがだね。」
皮肉を言われているように感じられた。
「そう。じゃあもう必要ないんじゃない?」
「いや?健康維持の必需品だよ。」
「そのうちまた別の所に行くんでしょう?なくても死にはしないわ。」
「そうだね、当分予定はないけど。それでもここにいる間くらいはせめて、このくらいのことはしてくれても良いんじゃない?」
魔女が目深に被った帽子の下から睨みつけたのを気配で感じたが、ドクターは不敵に微笑むだけだった。
「ところでその帽子、いい加減脱いだら?」
「何て?」
「帽子、ここでは必要ないと思うけどな。僕の薬湯よりずっと。」
「顔を見せるつもりはないわ。」
魔女はキッパリと言った。
「でももう三ヶ月もいるんだし、みんなのこと信用しても良い頃だと思うよ。」
確かに、ここの人達は自分のことをギルドに通報しようとは思わないだろう。一番見つかりたくなかったサファイアには既にバレてしまっている。しかし、
「そういう問題じゃないの。怖がらせるし、不快にさせるだけよ。」
魔女は自分の醜い顔を見せるのが恥ずかしいのだ。魔物のような金の瞳は、きっと奇異の目で見られて、今までと同じようには接してくれない。
「あなたのように綺麗だったら、堂々と顔を出せるけどね!」
そう言い捨てて席を立つ。
一度扉を開けた魔女だったが、にわかに踵を返してマダムに近寄ると小声で話しかけた。
「マダム、なにか不吉な予感がする。トラブルに気を付けて。」
「トラブル?どんなことだい?」
「わからない。でも、妙な客は入れないことよ。」
それだけ言い置いて去っていた。
ずっと魔女の話を聞き耳を立てて聞いていたロバートとボーイは、彼女の素顔についてのいくつかの噂を思い出していた。
片目が潰れているとか、ひどい火傷の跡があるとか、大きな痣があるとか。
「お前、病気治してもらった時、チラッとでも魔女の顔見れなかったのかよ?」
ロバートがひっそりボーイに訊く。
「死にかけてそれどころじゃなかったよ。でも、天使みたいだった。」
「見たのか見てないのかどっちだよ!」
「うーん、天使みたいだなって思ったけど、夢だったかもしれない。」
「まったく使えねーな。」
「ロバートさんはどう思う?もし帽子の下が想像してるような美人じゃなかったら、どうするの?」
ボーイは興味津々で訊いてくる。
「そん時は一人で失恋パーティでもするよ。」
「ああ、ヤケ酒ってやつね。」
地獄耳のエイミーには、そんな二人の会話も全部聞こえていた。
そして今日、彼女は確信した。魔女の帽子の下は、決して美人ではないことを。
そうでなければ、ドクターにあんなことを言う訳がない。
幻想を抱いている男たちに、魔女が醜い女だということを突きつけてやりたくなった。
なんとかして、あの帽子を脱がせてやれないものかしら。偶然を装って、みんなの前で。
品物と代金を受け渡して、数分で去るのがいつものことだ。
しかし、この日は違った。
帰ろうとする魔女にドクターが声をかけた。
「ねえ、薬湯を淹れてくれないかな。」
ゆっくりと振り返る魔女は冷たく言い放つ。
「朝飲んでないの?ケヴィンに頼んで。」
「せっかく君がくる日だから、君に淹れてもらおうと思ってね。」
しばし沈黙したあと、魔女はカウンターの奥に入っていった。
「ケヴィン、彼女にロイヤルミルクティーをお願い。蜂蜜多めで。」
そのやりとりを店中の客が、あからさまな好奇心を隠しきれずに注視していた。
ややあって、魔女が薬湯をドクターの前に置く。
「座って?もうすぐ君のミルクティーも来るから。」
魔女はうんざりした様子だったが、渋々向かいに座る。
ケヴィンが不思議そうに運んできたロイヤルミルクティーにゆっくり口を付けながら、魔女は気まずい心地がしていた。
たくさんの視線を感じる。
話すべきこともない。
一体この男は何を考えているのか。
「この薬湯を飲み始めてから随分調子が良いよ。さすがだね。」
皮肉を言われているように感じられた。
「そう。じゃあもう必要ないんじゃない?」
「いや?健康維持の必需品だよ。」
「そのうちまた別の所に行くんでしょう?なくても死にはしないわ。」
「そうだね、当分予定はないけど。それでもここにいる間くらいはせめて、このくらいのことはしてくれても良いんじゃない?」
魔女が目深に被った帽子の下から睨みつけたのを気配で感じたが、ドクターは不敵に微笑むだけだった。
「ところでその帽子、いい加減脱いだら?」
「何て?」
「帽子、ここでは必要ないと思うけどな。僕の薬湯よりずっと。」
「顔を見せるつもりはないわ。」
魔女はキッパリと言った。
「でももう三ヶ月もいるんだし、みんなのこと信用しても良い頃だと思うよ。」
確かに、ここの人達は自分のことをギルドに通報しようとは思わないだろう。一番見つかりたくなかったサファイアには既にバレてしまっている。しかし、
「そういう問題じゃないの。怖がらせるし、不快にさせるだけよ。」
魔女は自分の醜い顔を見せるのが恥ずかしいのだ。魔物のような金の瞳は、きっと奇異の目で見られて、今までと同じようには接してくれない。
「あなたのように綺麗だったら、堂々と顔を出せるけどね!」
そう言い捨てて席を立つ。
一度扉を開けた魔女だったが、にわかに踵を返してマダムに近寄ると小声で話しかけた。
「マダム、なにか不吉な予感がする。トラブルに気を付けて。」
「トラブル?どんなことだい?」
「わからない。でも、妙な客は入れないことよ。」
それだけ言い置いて去っていた。
ずっと魔女の話を聞き耳を立てて聞いていたロバートとボーイは、彼女の素顔についてのいくつかの噂を思い出していた。
片目が潰れているとか、ひどい火傷の跡があるとか、大きな痣があるとか。
「お前、病気治してもらった時、チラッとでも魔女の顔見れなかったのかよ?」
ロバートがひっそりボーイに訊く。
「死にかけてそれどころじゃなかったよ。でも、天使みたいだった。」
「見たのか見てないのかどっちだよ!」
「うーん、天使みたいだなって思ったけど、夢だったかもしれない。」
「まったく使えねーな。」
「ロバートさんはどう思う?もし帽子の下が想像してるような美人じゃなかったら、どうするの?」
ボーイは興味津々で訊いてくる。
「そん時は一人で失恋パーティでもするよ。」
「ああ、ヤケ酒ってやつね。」
地獄耳のエイミーには、そんな二人の会話も全部聞こえていた。
そして今日、彼女は確信した。魔女の帽子の下は、決して美人ではないことを。
そうでなければ、ドクターにあんなことを言う訳がない。
幻想を抱いている男たちに、魔女が醜い女だということを突きつけてやりたくなった。
なんとかして、あの帽子を脱がせてやれないものかしら。偶然を装って、みんなの前で。
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