俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?

八神 凪

第二百十二話 決戦の地へ

 

 平原でカケルを見つけたファライディは一直線にカケルの元へ降下し、目の前に降り立った。

 暴走してから初めてカケルを見るが、予想以上にヤバイと動物的本能が告げる。だが、屋敷に乗りこんだ三人と一匹と一個を助けることができるのは恐らくカケルだけ。そう思い、ファライディは意を決してカケルへ話しかけることにした。


 【ガウウウ!(旦那! 旦那! あっしに乗れば速いですよ!)】

 「……」

 ビュ!

 【ガウ!?(うわ!?)】

 ズシンと、よろけながらカケルの拳を回避すると、何事も無かったかのようにカケルは歩きはじめる。どうやら目の前に立った相手を無条件に攻撃するような感じだ。

 【ガウガウ……(くそ、まったく聞きゃしねえ……待ってくれよ旦那!)】

 大きな手でカケルの体を抑え込もうとするファライディ。だが、カケルは即座に反応して払いのける。

 【ガウガ!?(いってぇ!?)】

 尚も無視して進むカケルに腹が立ってきたファライディがカケルの前に回り込むと叫びだした。

 【ガォォオ、オン!!(何やってんだアンタ!! あっしと一緒にクロウと戦った姿はなんだったんだよ! あの三人が勝てなかった相手なんだ、正気じゃないと無理なんじゃないのかい? ……ぐ……)】

 「ジャマ……ダ……」

 ファライディの足を手刀で貫き、出血させる。敵意が無いからか、激しい攻撃はしてこない。だが、ファライディはチャンスと見て、足を刺されたままカケルを握るように拘束した。

 【ガウガウ……ギャオォォォン!?(いてて……こうなったら力づくでも! ……ぎゃあああああ!?)】

 グググ、と手を広げ脱出し、ファライディの胴体へ拳を叩きつけるカケル。たまらず吐血し後ずさる。しかしそれでもファライディはカケルを捕まえることをやめず、幾度かの攻防の末に何とか体を捉えることができた。

 「……」

 両手は自由なので、カケルはファライディに魔法で攻撃したり、腕を振るって逃れようとする。

 【ガウウ……(お、大人しく掴まれってんだ! こ、このまま飛ぶ……!)】

 「!?」

 ファライディは握りしめたまま上昇を始め、手を出すと落下して無事ではすまないであろうところまで飛んだ。カケルはそれに気づき、ようやく攻撃を止めたのだ。

 【ガ、ガウウ……(へ、へへ……我慢勝ちだ……なあ、旦那……元に戻ってくれよ……クロウはあんたを尊敬して着いて来たんだろ? 賢者の子も、剣士も、光翼の魔王も……あの女の異世界人だって人のために笑ってたあんたが好きで一緒に居たんだろうが……た、ただ、何かを滅ぼすだけの魔王なんて旦那にゃ似合わない……げほ……)】

 「……」

 ファライディはカケルを背中に乗せると、カケルは黙ってそのまま背中に居座った。それに満足したファライディは少しだけ笑い、再びフラフラと飛び始めた。


 丁度そのころ、近くの地上では――


 「あ!? あれってファライディ!? 何でこんなところで飛んでるんだ?」

 馬車から上空を見ていたクロウが、飛び立ったファライディを発見して声を出した。芙蓉が険しい顔で目を細めてからグランツへ言う。

 「ファラちゃんケガをしているわ! それに背中に乗ってるの……カケルさんよ! でもどうしてフェアレイター達が居ないの……?」

 「嫌な予感がします! グランツさん、飛ばせますか?」

 「ああ、ちょっと無理をさせるから途中でへばったら勘弁してください! それ、お前達あのドラゴンを追うぞ!」

 ブルル!

 ブヒーン!

 二頭の馬に鞭を振るうと、激しく嘶き速度を上げる。森を抜けてからかなり寒くなってきたので、馬も体を温めたいのかもしれない。

 「この辺で戦ってたのかしら……」

 しばらく進むとファライディと思わされる血が点々と落ちており、エリンが呟いた。

 「あのドラゴンは気性が荒くないのでカケルさんが一方的に攻撃したのかもしれません。どちらにせよ、追いついて手当をしてあげないと危ないかもですね」

 「もどかしいわね……不老不死なんてこんな時、何の役にも立たない……!」

 「とりあえず追いつこう、話はそれからだよ」

 馬車の床を叩く芙蓉に、クロウがそう言うと頷いて座りなおした。

 そして戦いの場は再び影人の屋敷へと移ることとなる――




 ◆ ◇ ◆



 「フフフ、カケル美味しい?」

 「ああ、姉ちゃんの料理は最高だ!」

 <おいしいですー!>


 逢夢が向かいのテーブルで虚ろな目をしたカケルとミニレアを見て微笑みながらハンバーグの感想を聞いていた。それに満足した逢夢が次の料理を運ぶため席を立つと、扉付近で無数の手に拘束されたナルレアが口を開いた。

 <……カケル様を現実から切り離してどうしようと言うのですか? ままごとみたいなこの空間で縛り付けておくのですか?>

 すると、逢夢は笑みを消してナルレアの前に立ってから話しだした。

 「そうよ。ここで#懸__カケル__#はずっと私と一緒にいるの」

 <このまま月島影人が死ねば、世界は消滅するのですよ? それでもい――「いいわ」>

 ナルレアのセリフを遮り答える逢夢はそのまま続けた。

 「構わないわよ。懸はずっと辛い思いをしてきた。もういいでしょ? 母さんから殺されそうになるわ、私の死を目の前で見るわ、影人を自身の手で殺し、自分も殺された……辛いことは終わり。ここで私と、ミニレアと私で引きこもっていれば辛い目や悲しい目を見なくて済むわ。優しい懸に戦いは合わないし、ね」

 <カケル様がそう望んだのですか?>

 「もちろんよ。ねえ、懸?」

 「ああ、姉ちゃんの料理は最高だ!」

 「ね?」

 満足げに言う逢夢にナルレアは全力でツッコミを入れる。

 <明らかに違う返答じゃないですか!? それにカケル様はこんなに目が虚ろでアホっぽい顔をしていませ……していたかもしれませんが、心がありません!>

 「はははー」

 <うふふー>

 モグモグとハンガーグを咀嚼する二人を一度だけ見て、逢夢はまたナルレアに向き直る。

 「スキルの一部のくせに割と言うわね。……カケルの意思は関係ないわ。全て終わったら元に戻してもいいけど、ここで、大好きなお姉ちゃんと、ずっと一緒に暮らすのよ……!」
 
 はあはあと顔を赤くしてそんなことを言う逢夢へナルレアが激高する。

 <なんてことを……! それじゃ、芙蓉様を手に入れようとする月島影人と一緒じゃないですか!>

 「あれと一緒にしないで!」

 バチーン!

 <くっ……>

 「いい? これは懸のためなの。あなたもスキルの一部だし、大人しくしていれば消したりしないわ。私は寛大だから。そこでしばらく考えて決めるのね。消滅か、存命か……さ、それじゃお風呂にしましょう」

 「おう」

 <おっふろー!>

 <……>

 パタン……

 別の部屋があるのかは不明だが、逢夢はカケルとミニレアを連れて扉を閉めるとリビングは静かになった。そこに、黒い何かがずるりと現れて話しかけてきた。

 「あの女に逆らうと本当に消える。あの女の自我はかなり強力だ。取りこめば我等とて操られるかもしれないのでそのままにしている」

 <なるほど、とんだ臆病者だと言うことですね(魂の集合体がえり好みをする……?)>

 「なんとでも言え。む、どうやら目標に辿り着いたようだな」

 床がぶわっと消え、ナルレアの目に雪山に立つ要塞が見えた。カケルはファライディの背からそれを見ているのだろう。

 <影人と戦うつもりですか!?>

 「カケルはあの者を殺したいと願った。それを叶えるためにきたのだ、当然だろう」

 二人が会話をした直後、カケルがファライディから飛び降りた!

 <あ!?> 

 「さて、それではな――」

 黒い何かが消えると、床も元に戻る。


 ――ナルレアが最後に見た光景は、ファライディが墜落する姿だった――

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