俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?
第百十九話 アヒルの村
――アウグゼストから出立し、てくてくと草原を歩いていると数時間したところで到着した。クロウの言うとおり夕方に差し掛かるかどうかというくらいの陽の傾き具合である。
村は外から見る限り、魔物で困っていると言う感じはせず、のんびりとした印象を受ける。ここに師匠がいるのだろうか……?
「おかしなところはありませんね……のどかな感じですが」
町の外から出て合流したティリアが上空から様子を伺ってくれていた。中に魔物がいてすでに村が全滅している可能性もあったからだ。
ちなみに村には高めの柵があり、入り口は強固な門を備えているようで、そこからしか入ることはできないようだ。すると、こちらを確認した男が歩いて来た。
「あんたら、ここらじゃ見ない顔だな?」
「おえ……!?」
「ど、どうしたのカケルさん!?」
くっ……忘れたころにトラウマを出してくるとは……! ルルカに支えられながら俺は口を開く。
「……人を探しているんだ。メリーヌという女性で、見た目はこの子を変わらないくらいで、金髪なんだ。ユニオンで依頼を受けてこの村に来たと職員から聞いている。村長と一緒にな」
「……ここじゃ危ないな、入れ」
ギギギ……と門を開けてくれ、中へと誘導される。入ってみると、それほど子供たちが元気に遊んでいたり、洗濯物を取り込んでいる女性や家畜の世話や農作業をしている人達も見えた。それよりも気になるのが……
「ガア」
「ガアガア」
「ガ」
「グワ」
「何かアヒルが多くないか? ニワトリも混ざっているが、8割くらいアヒルだぞ」
リファの言うとおり、村にとてつもなくアヒルが多いのだ。あちらこちらに放し飼いになっており、ガアガアと鳴き声がやかましい。
「グア」
「かわいいですね」
足元に擦り寄ってきたアヒルを撫でながらティリアが顔を綻ばせる。
「……まったく、お恥ずかしい。産めや増やせやでこんなになっちまったんだ。食べごろになるまで辛抱だけどな」
「グア!?」
「あ!」
ドタドタドタ……
アヒルは一目散にどこかへ走り去って行った。食べる、というのが分かったのだろうか……? 遠巻きにアヒルの視線を感じながら、俺達は村長の家へと案内された。
「村長ー! 冒険者さんがいらっしゃった、入っていいか?」
男が声をかけると、中から中年の男の声で返事があった。
「おお、そうか。ご苦労さん、入ってもらってくれ」
「というわけだ。俺は入り口に戻らなきゃならねぇ、後は村長に話を聞いてくんな」
「ありがとう、助かったよ」
男はすたすたと戻って行き、俺達は中へと入る。
「初めまして。私がこのラウの村の村長マルタです。何もない村ですが、ゆっくりしていってください。ご用はなんでしょうか? 魔物退治の依頼、ですかな?」
白髪交じりの人の好い笑顔で歓迎してくれ、目的を聞いてくる。慌てて依頼をしてくるほど窮していたはずなのに、今はそんな様子は微塵も無い。そんなことを考えていると、レヴナントが喋りはじめた。
「さっきの男にも話したけど、私達は人を探していてね。悪いけど、魔物退治の依頼とは無縁なんだ。メリーヌ、というあなたと一緒にこの村にきた娘なんだけど、今はどこに?」
「おお! あの方の! ……残念ですが、行き違いですな。メリーヌ様が魔物の巣を発見したということで、北へと向かいました。洞窟が怪しいと。しばらくすればもどって来るでしょう」
「……北には確かに洞窟があるけど、そんな話は聞いたことがないぞ」
クロウが前へ出て村長へ尋ねると、にこやかな顔のまま冷や汗を流し始めた。
「こ、これはこれは! デヴァイン教の神官様ではありませんか! は、はい……確かに以前はそうでしたが、ここの所、魔物が多くなり、冒険者へ依頼をかけていたのですよ。そこにメリーヌ様が来てくれた、というわけです」
「しかし、村は……」
クロウが追求しようとしたところで、俺はそれを遮った。
「そうか、なら今はここに居ないんだな?」
「カケル!」
「(シッ! 訳は後で話す)」
「う、うむ。戻って来るまで滞在なされるといい。簡易な宿なら提供できます」
「分かった、お言葉に甘えよう。みんなもそれでいいか?」
「ボクは大丈夫」
「私もだ。できればメリーヌ殿を追いかけておきたいところだが……」
村長はリファの言葉を聞いて首を振る。
「いけません! 先ほども申し上げた様に、魔物が多くなっていて、特に夜は活発に動くのです。もし行かれるのでしたら早朝がよろしいかと思います」
「そうか。じゃあ申し訳ないけど、宿を貸してくれ」
「それではこちらへ」
村長が先に外へ出て、村の中心近くにある大きな建物へと向かい始める。それに着いて歩いていると、突然一羽のアヒルがけたたましく鳴いた。
「ガ、ガアア!」
「何だ?」
ドタドタドタ!
「こっちに来るよ? ……カケルさんを目指してる?」
「アヒルに知り合いはいないが……」
しかし、ルルカの言うとおり俺に向かって突撃してくる。バッ! っと、飛んだかと思うと、俺の腕のなかにすっぽりと収まった。
「ガ! ガアア! グア!」
「……さっぱり分からん……」
それを見ていた村長が俺に近づき、アヒルの首根っこを掴んで持ち上げた。
「このいたずらアヒルめが! 申し訳ない、ちょっとアヒルが多いもので……」
「ガア! グア!」
ポイっと小屋の中へ入れられ、鍵をかけられる。
「グア! グアア……」
ゴツゴツとくちばしを叩きながら段々弱々しい声になっていくアヒルを横目に、俺達は宿へと到着したのだった。
◆ ◇ ◆
後で夕食を届けにくると言って去って行った村長。それを見届けた後、クロウが声をかけてきた。
「……それで、どういうつもりだい? 明らかにこの村は怪しいと思うけど?」
「分かっている。恐らくここに居る全員がそう感じているはずだ」
「メリーヌ女史の行方は分からずじまい……村長の話を信じるなら北へ向かうのが正解だと思うけど?」
レヴナントがベッドの上で手を上げながら言うが、クロウは首をひねって反論する。
「しかし、魔物の巣がある、なんて話は聞いたことが無いんだ。突発的にならあると思うけど、姿を消したカケルの師匠といい、できすぎな気がするんだ」
「それは俺も思う。だけど、手がかりもないし一度足を運んでみる必要はあると思うんだ」
「村長はどうしますか? 何かを隠していそうな雰囲気がぷんぷんしますけど……」
ティリアは村長が気になるようだが、こっちも確証が無い。調べたい所だが、この村に留まるのは危険だと勘が告げているのだ。
「とりあえず北へ向かってみよう。そこでやっぱり何も無ければ村長を締め上げる。これでいいか?」
異議なし、ということでまとまり、明日の準備もそこそこに各々ゆっくりすることにした。
「ちょっと出てくる」
「もうすぐ夕飯だけど?」
「すぐ戻る」
「気をつけてくれよ?」
俺はすっかり陽の落ちた村の外へと出て歩き出す。目指すのは……あのアヒルの所だ。どうもあの慌てっぷりが気になったので、会いに行こうと思った。
<仲良くなれば話せるかもしれませんしね>
「ナルレアか。もういいのか?」
<ご心配をおかけしましたが、大丈夫です! 眠りながら話を聞いていましたの状況は把握しています>
「オッケー助かるよ。さて、まずはアヒルだが……」
檻の前に来ると、昼間みたアヒルがしょぼんとして寝ていた。
「おい、起きてるか?」
「……? ガ!」
バタバタと俺の所に駆け寄ってきて、くちばしを隙間から出してガアガア鳴く。それを撫でていると、がっくりとうなだれていた。
「何だ、凄くがっかりしているな」
背を向けたので背中を撫でてやる。すると……
「ガ……グア……(むう……カケルが来たと言うのに……この姿では何にも伝わらん……)」
声が聞こえてきた。どうも仲良くなれたらしい。
しかし、どこかで聞いたような……?
「グア……ガア……(このアヒルの姿がわしだと気付いてくれれば……いや、気付くことはないか。わしはこのまま料理されて真相は闇の中……ああ、困った!)」
この喋り方……ま、まさか……!?
「し、師匠!? メリーヌ師匠なのか!?」
「ガ、ガア!?(な、何!? カケル、わしが分かるのか!?)」
「分かるっていうか、言葉が伝わるんだ。俺のスキルで。それより一体なにがあったんだ?」
「グアグア!(ハッ! そ、そうじゃ! お主、村長から食べ物をもらわなかったか!)」
「え? いや、夕食は今からだけど?」
「ガア!(それを食べてはならんぞ! どうも特殊な魔法がかかった食べ物でな、食べるとこのようにアヒルの姿にされるのじゃ!)」
俺は師匠の言葉ではたと気づく。
「まずい、残ったみんなが……!」
「グア!(早く戻るのじゃ! わしはまだ大丈夫!)」
「分かった!」
俺は駆け出そうと腰を上げる。しかし、時はすでに一歩早かった。
「きゃあああああああ!」
惨劇はすでに起こってしまったのだ。
誰が食った……! 全員か……?
宿に戻ったそこには――
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