俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?

八神 凪

第百三話 後味の悪い結末

 

 「どこから話したものか……そうだな、俺は割と普通の暮らしをしていてな。クロウのように苦労をしていなかったんだ。なんてな」

 「……」

 「あ!? 冷っ!? 無言で水をかけるのは止めてくれませんかね!?」

 「うるさい、さっさと話すんだ」

 「ったく、せっかちなヤツめ。小粋な冗談一つ言えないとは……まあ、それで俺がお前より少し小さいころ、親父が事故で亡くなったんだ」

 あの世界ではよくあること。

 交通事故なんてのはもっともポピュラーで簡単に死んでしまう事故としてはナンバーワンだろう。親父はそれに巻き込まれた。即死だったらしい。

 「それからだ、母親がおかしくなりはじめたのは。毎日、親父の仏壇……って言っても分からないか、まあお墓にぶつぶつとひとり言をする生活に変わってな……幸い、俺には姉ちゃんが居たからその日を境に面倒は全部姉ちゃんが見てくれるようになった。あの時点で高校一年だったっけ?」

 「コウコウイチネン……? 壊れたの、かい?」

 「ああ、高校は気にするな。母さんは親父を相当好きだったみたいだから壊れたというのも間違いじゃないかもしれない。もしくはそう思いたくなかったか……で、親父の遺産もあったし、蓄えもそれなりにあったから、金は不自由しなかった。それでも不安だと、姉ちゃんは働きに出ていたけどな。しばらくはそれで良かったんだが、ある日妙な団体が家に来た」

 「妙な団体?」

 そう、妙な団体。

 クロウのようにあからさまな格好をしている訳ではないが、やれ『旦那さんに会いたくないですか』とか『お助けしますよ』といった言葉を投げかけていたのは覚えている。

 「気が付けば母さんはその団体と行動を共にすることが多くなり、お布施だと言って家からお金を持ち出すことも多くなった。俺達はまったく相手にすることもなくな」

 「はは! 最低な母親じゃないか、子供を見捨てて現実を逃避するなんて!」

 「まったくもってその通りだ」

 「……それで?」

 笑うところじゃなかったと思ったのか、湯船に半分顔をつけて話を聞く体勢に戻るクロウ。

 「そんな生活が長く続くわけもなく、ある日それは訪れたよ」


 ◆ ◇ ◆


 「ただいまー」

 「――!!」

 俺が学校から帰ってくると、姉ちゃんの怒号が聞こえてきた。相手は母さんだろう、ここ最近はずっとこんなことが続いていたので俺はため息を吐きながら家へ入ると、姉ちゃんがどこかへ行こうとする母さんを止めているところだった。

 「いい加減にしてよ! またお布施とかいってお金を持ち出して! あんな胡散臭い連中と付き合うのは止めてよ!」

 「……お父さんに会うためだから……我慢して? あなた達も会いたいでしょう?」

 「会えるわけないでしょ? 死んだら人はそれでおしまい……お父さんはもういないけど、思い出は残ってるじゃない……それを思い出して、そうやって他の人は頑張るんでしょ? 生きている私達にも目を向けてよぅ……」

 「でも、死んだあとも幸せになりたいじゃない。教祖様がお布施をすればお父さんと……」

 そこで姉ちゃんの何かに火がついたらしく、カッと目を見開いて捲し立てた。

 「お父さんお父さんって、死んだ人をいつまでもうじうじと未練がましくして! お母さんはそうやって毎日フラフラと過ごしていればいいわよ! でも私は? 懸だって大人になる。そのお金を持ち出してどうするつもり? 親の義務を果たさないでつまらないことをいつまでも……!」

 「つまらないこと、ですって……?」

 そう呟いた母さんは部屋の奥へと消えて行く。その間、姉ちゃんは泣いていて、俺が声をかけようと思った瞬間、母さんが戻ってきた。

 「か、母さん……!?」

 驚いて涙が引っ込んだ姉ちゃん。それも無理はない、母さんの手には、キャンプ好きだった親父が薪を割るのに使っていた……鉈が握られていた。

 「つまらないことなんかじゃない……! お布施をすれば、お父さんに会えるの! お父さんに会うため、あの方にお金が必要なのよ……! やっぱりあの方の言うとおり、子供は悪魔なのね……!」

 「悪魔!? ちょ……どうかしてる! 正気に返ってお母さん! 騙されているのよ! 死んだら何も残らないのよ! ……あぐ!?」

 「姉ちゃん!?」

 「この親不孝者!」

 「懸!? うぐ……」

 俺が声をかけたのがまずかった。最初はガードした手を切られただけだったけど、次は肩をばっさりと斬られ、姉ちゃんがうずくまる。そのまま攻撃するのかと思えば、俺に向かって菩薩のような顔で語りかけてきた。

 「懸はお父さん、好きだったわよね? 懸もお母さんと一緒にお父さんのところへいきましょう」

 「あ、あああ……」

 姉ちゃんの血がついた鉈を持ち、若干返り血を浴びた母さんに恐怖し、俺は一歩も動けなかった。この後、俺は殺されるのか? そんなことばかりが頭の中を渦巻いていた。だが、その時、姉ちゃんが母さんの足を掴んで俺に叫んだ。

 「逃げて懸! お母さんはおかしくなってる! 誰か、助けを……! きゃあ!?」

 「うるさい!」

 姉ちゃんの腕を斬りつける母さんを見て、俺は咄嗟に『姉ちゃんが殺される』と思い、母さんに体当たりを仕掛けた。

 「あ……! 懸……あんたも邪魔をするのね……! もういい……お父さんにはお母さんに一人で会うわ……!」

 ブン!

 「うわあ!?」

 「お母さんやめて! 本当に殺す気!?」

 「うわああああ! 邪魔をするなあぁぁぁ」

 半立ちで母さんの腰を掴んで俺の元に向かわせないようにしたが、半狂乱の母さんの鉈が、姉ちゃんの首筋に、ヒットした。

 「あ……」

 ずるり、と母さんから腕を放す姉ちゃんの首からは血が流れていた。そのまま母さんは俺に襲いかかってくる。

 「ああああああ!」

 「ひ、ひぃぃ!? だ、誰か! 誰か助けて!?」

 俺は踵を返して玄関へと向かおうとするが、母さんが一歩早い。このまま鉈を振り降ろされれば頭に直撃して間違いなく死んでしまうだろう。

 しかし、そうはならなかった。

 ブン!

 ズブシュ……

 「うああああああ!? ……う、うう……」

 「はあ……はあ……に、逃げて……誰か……早く……ごほ……」

 姉ちゃんが這いながらも、母さんの足を引っ張り、バランスを崩してくれたおかげで俺は背中をばっさり斬られるだけで済んだ。しかし、親父がしっかり手入れをしていたのと、母さんの半狂乱の力で、姉ちゃんの首と俺の背中は重傷といえるほどの傷になってしまった。

 「う、ぐ……姉ちゃん……」

 「離しなさい、逢夢(あいむ)!」

 「行って……!」

 「う、うん! すぐ助けに帰ってくるから!」

 俺は全力で立ち上がって、玄関へと走った。これで姉ちゃんを助けられる! 玄関から出た瞬間……

 「きゃあああああああ!」

 家の中で姉ちゃんの一際大きい声が聞こえてきた。



 ◆ ◇ ◆


  バシャ!

 「そ、それで! それでお姉ちゃんはどうなったのさ!」

 「その後は酷いもんだった。近所のおばさんやおじさんが背中に傷を負った俺を見て、色々察してくれたおかげで、警察に連絡してくれたり俺と一緒に家に戻ってくれたりした」

 家へ戻ると、頭を潰された姉ちゃんがだらりと、腕を母さんの足を掴んだまま絶命していた。死後硬直と言うやつだろう。それを引きはがせず、母さんは宙を見ながら奇妙な笑い声をあげていた。

 それの光景を見た俺は……

 「落ちていた鉈を拾って、母さんをこの手で殺した」

 「……!?」

 「不幸自慢をするつもりはないけど、孤児だからとか傷があるからとかで、そう気に病むんじゃないぞ? ……生きているだけ良かった、と思うからな、俺は」

 「……その後は? ここに来るまで、何も無かったのかい……?」

 酷く悲しい顔をしたクロウが俺にそんなことを言う。もちろん、無かった訳じゃない。

 「ま、長湯になっちまうから簡単にな。俺はそれから三年後、復讐をした。母さんがハマった宗教の教祖もこの手で殺したんだ」

 「……」

 「そこそこ事件になったけど、どうも教祖とやらが暗示やら催眠術、薬の類で人を狂わせるのに長けていたらしくてな。保険金を自分に掛けさせて、家族を死なせるように仕向けていた、という話もあった。で、俺はその被害者ということと精神的にまいっていた、という同情を買ったからそれほど重い罪にはならなかった。そいつさえいなければ母さんはその内元に戻っていたかもしれないと思うと、殺して後悔は無い。だけど、母さんを含めて、殺してしまったという思いはずっと残っているよ」

 『信者』と書いて『儲』かる。教祖は莫大な財産を持っていたはずだが、死ねばみな同じ。姉ちゃんの言うとおり、何も残らないのだ。

 「そう、だね……僕でも、きっと同じことをするよ……だから君は殺さないんだね。凄い回復を持っているのも、分かる気がするよ」

 「ああ、そう言われたらそうかもしれないな。正直そこまで考えてなかったな……姉ちゃんが生かしてくれたんだから、簡単には死ねないってアウロラに回復魔法を頼んだだけだったし、まああっさり死んでこの世界に来たんだけどな」

 「アウロラ様は封印を解いたら、僕を助けてくれるかな……?」

 「さあな。白か黒か。それを確かめに俺は行くつもりだ」

 「……うん……」

 「やけに素直だな? 気持ち悪いぞ」

 「……! 馬鹿なことを言うな、仲間と合流したら君達を一網打尽にしてやるつもりだ、覚悟しておけ!」

 「その元気があれば大丈夫か。さて、そろそろ上がるかね」

 クロウが湯船で憤慨しながら叫んでいるのを尻目に俺は脱衣所の扉を開ける。

 するとそこには……!

 「うっうっ……カ゛ゲル゛さぁぁぁぁん!」

 「そんな過去があったなんて……異世界からきただけでなく苦労したんだな……」

 「ボク、興味本位でカケルさんの異世界知識を欲しがったりしてごめんなさい……」

 ティリアとルルカとリファが脱衣所でお通夜みたいなテンションで泣いていた。というか全部聞いていたのか!?

 「私に出来ることがあったら、何でも言ってくださいね」

 涙を溜めながらティリアは俺に微笑む。なら、早速一つ頼むとしよう。

 「ティリア、ルルカ、リファ……お願いだ」

 「「「何?(ですか?)」」」

 「俺達はまだ裸だ! 出てけぇぇぇぇ!」

 けぇぇぇ
 
 けぇぇ
 
 けぇ――

 夜の闇に、俺の叫び声が響き渡った。 

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