俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?

八神 凪

第七十二話 さらば、ヴァント王国



 「ちゃーす……」

 ティリア達は船の時間を調べに行き、俺はユーキの家へ訪れていた。それはもちろん、謝るためである。玄関で声をかけると、ノーラさんが招き入れてくれた。

 「……どうぞ」

 「お邪魔します。ユーキは?」

 「部屋でふて腐れていますよ。といってもあなたが悪いわけじゃないので気にしなくても大丈夫」

 おかしそうに笑うノーラさん。最初に会った時のような絶望した表情は無くなり、これが本来の姿なんだな、と感じた。

 「……私が悪いんですよ。あの子は父親が居なくなって、強くならないといけないと思い込んでしまって。体が弱いのを理由に何もしなかったから……。私がしっかりしていればあんな風にはならなかったと思うんです」

 「まあ、それはそうかもしれないけど、旦那を亡くしたノーラさんにはノーラさんの辛い想いもあるし。今から取り戻しても遅くは無いだろ?」

 「そうですね……あなたは不思議な人ですね。魔王だと言われていましたけどまったく怖くありませんし」

 「別に魔王だからって怖くする必要はないだろう……。それになりたくてなったわけでもない」

 「すいません、出過ぎたことを……ユーキを呼んできますね」

 ノーラさんが席を立ち、別の部屋へ行くのを見送りながら俺は首をコキっと鳴らして考える。

 ――結局アウロラが俺を魔王にした理由は分からずじまい。ティリアの目的は分からんでも無いけど、今、この瞬間に世界がどうこうなる訳でもないので悪いがパス。
 ただ、とりあえずは死ぬことも無いし、金も困らない程度には持っているから、師匠と再会した後にでも手伝うくらいでいいと思っていたりする。

 と、考えていた所でユーキがノーラさんに連れられて俺の目の前にやってきた。

 「おう、さっきぶり! 元気だったか!」

 「……」

 くっ……俺の渾身のギャグで眉一つ動かさないとは!? ……『先輩の狙って言ったギャグは面白くない』とハッキリ物怖じしないで言ってくれた削夜の言葉を思い出して少し沈んだ。
 
 それはさておき、尚もムッとした顔のユーキが口を開く。

 「……行っちゃうのか、兄ちゃん」

 「……ああ、悪かったな男と間違えて。よく見れば可愛い顔だよな」

 「バッ……バッカじゃねぇーの!? おおお俺が可愛いわけあるか! ……別にそこはどっちでもいいんだよ、まあ、ちょっとショックだったけど……でも俺は兄ちゃんが居なくなるのが嫌だなって思って……」

 「そうか、短い付き合いでそこまで信頼してくれるのは嬉しいよ。俺もお前と居て楽しかったしな」

 「な、なら一緒に……!」

 「それも面白いと思うけど、俺は冒険者で、さらに魔王という肩書もある。あまり知られてないけど。でも、知られたら騒ぎになるのは間違いないんだ、それでこの町まで逃げて来たんだしな。だから一緒には居られないんだよ」

 「じゃあ連れてってくれよ!」

 「ノーラさん一人残していくのか? 体が弱い母親を連れまわせないだろ?」

 「う……」

 ユーキはバツが悪そうな顔で俯いたので、無茶を言っている自覚はあるのだろう。頭をくしゃっと撫でてから俺は続けて言う。

 「だからあの屋台はお前にやるんだ。ノーラさんを大事にしろよ?」

 「うう……ひっく……うん……に゛ぃち゛ゃぁぁぁん゛!」

 ユーキが俺に抱きついて堰を切ったように泣き始めた……涙と鼻水でほんのり暖かい……。

 「……色々と、ありがとうございました。もう間違った道へ行くことはないと魔王様に誓っておきますね」

 「よせやい……魔王に誓うとか不吉だろうに。ま、ひと段落したら会いに来るさ。その時まで、逆に俺が追いかけたくなるくらい美人になっててくれよ」

 「ふぇ!? ……わ、分かった……頑張る……」

 「いや、冗談だからな」

 顔を真っ赤にしたユーキがもじもじしながら俺から離れたので、俺も移動することにした。

 「それじゃ、元気でな! 一応依頼しているから困ったらおっさんに言えば何とかしてくれるはずだ。明日から二人で頑張るんだぞ」

 「うん、また帰って来るの待ってるからな!」

 「いつでもいらしてください、カケルさんなら大歓迎です」

 「サンキュー、じゃあな!」

 「あ、ちょっと待って」

 俺がドアノブに手をかけると、ユーキが声をかけてきたので、俺は振り返る……すると……。

 チュ

 頬に暖かいものが触れた。

 「え?」

 「へへ、兄ちゃん変な顔してる! じゃ、じゃあな!」

 そういって顔を伏せたまま自室へ戻って行き、ノーラさんはクスクスと笑っていた。子供だと思っていたけどそういう気があったのか……近所の遊び友達の兄ちゃんくらいだと思っていたのだが……。

 「……行くか」

 「旅の無事を祈っていますね」

 そんなことを言ってくれるノーラさんに見送られ、俺は外へと出る。

 ユーキ達はこれで大丈夫だろう、次に会うのが楽しみになったな。

 と、気が軽くなった俺は、ティリア達を探すため船着き場を目指そうと、歩き出したところで……。


 「『よく見れば可愛い顔だよな』」

 「『逆に俺が追いかけたくなるくらい美人になっててくれよ』」

 「頬にキス……」


 「どわあ!?」

 何やら声がするので、振り返るとユーキの家の壁にべったりとティリア、ルルカ、リファの三人がくっついていて俺をジト目で見ていた。……いや、正確にはティリアは頬に手を当てて顔を赤くしていたのだが。

 「お前等なんでここに!?」

 俺が叫ぶと、ルルカがこちらに歩きながら答えてくれた。

 「いやあ、船の時間を調べるのは一瞬だからね。こうやって迎えにきたんだよ。おかげでいいものを見せて……いやぁぁぁ!?」

 「記憶から消せ!」

 「ああ!? ユーキだけでなく、ルルカにまで毒牙をかけようとしている! 流石は魔王様……!」

 「そんなわけあるか! ……で、フエーゴ行きの船はいつ出るんだ?」

 俺が尋ねるとティリアが口を開いた。

 「それなんですが――」

 

 ◆ ◇ ◆


 ――そして翌日


 
 「いらっしゃーい! 今日もじゃんじゃん焼くよ!」

 「お、やってるな。俺はから揚げをくれ」

 「あ、鍛冶屋のおっちゃん! 分かったよ、ちょっと待ってて」

 「今朝、ウチに来て新しい鉄板を持って行ったぜ。今頃は船ん中だろうな」

 「……そう」

 「変なヤツだったが、面白かったな。ああいう手合いは中々死なねぇ、また会えるさ」

 「うん! 兄ちゃんと約束したからな! それまでに俺……わ、わたし、は兄ちゃんを驚かせるために頑張るんだ! はい、タコのから揚げ」

 「サンキュー。ま、頑張りな!」

 「すいません、四パックください」 

 「お、客かすまね……」

 「四パックです、ね……」


 「は、はは、四パック、お願いします……」

 「え、あれ? 旅に出たんじゃないの?」

 「……無いんだ」

 「え?」

 「無いんだ、船。出航は三日後だって……」

 「……」

 

 そう、ティリア達が聞きに行ったところ、諸事情(教えてくれなかった)により、ドッグ入りしてメンテナンスをしなければならなくなったらしい。今日のお昼には出航だったはずがメンテナンスで三日かかる、そういう話を聞いて帰ってきたのだそうだ……。一日くらいなら、宿屋でゴロゴロして過ごそうと思ったけど、三日は長い。町で出くわして気まずい思いをするくらいなら先に顔を出しておこう、そう思った。

 「……き」

 「昨日の記憶を消してぇぇぇぇ!」

 ユーキの絶叫が快晴の空に響き渡った。



 ◆ ◇ ◆

 
 「今度こそ行ってくるぞー!」

 「もう帰って来るな……いや、ちゃんと帰ってこい……きて、ね!」

 「また面白いもん作らせてくれや!」

 「……お気をつけて!」

 
 あれから三日。

 ようやく俺達はフエーゴに向けて旅を開始することができた。日時が分かっているなら、と見送りに来てくれたのだった。

 「……いよいよ、か」

 「どうしたのです? 随分とおセンチな顔をしていますが」

 ティリアが俺の横に来て話しかけてくる。ルルカとリファは少し離れたところで海を見ているようだ。

 「おセンチって……いや、短い間だったけどこの国で色々あったなあってさ」

 「そうなのですね。私達と出会うまでのこと、聞いてもいいですか?」

 「そうだな……」

 何から話そうか、そう思っているとふいに頭上で影が差す。

 「行くのね、寂しくなるわあ」

 船の縁に立っていたのは……

 「ペリッティ……!?」

 レリクス付のメイド、ペリッティだった。

 「久しぶり。そちらは光翼の魔王様、ね。もう出会ったんだ?」

 「ああ、おかげさんでな。あんたはどうしてここに?」

 「お見送り、と言いたいけどレリクス王子から手紙を預かっているわ」

 スタッ、っと俺の前に着地し、ふところから手紙を出してくる

 「確かに渡したわよ」

 「……嫌な予感しかしないが……」

 するとペリッティは微笑みながら俺に言った。

 「当たらずとも遠からず、ってとこかしらね? それじゃ忙しいから私は帰るわね。楽しかったわ、また会いましょう♪」

 「あ、おい!? ここは海の上……」

 ふいに船から飛び降りるのを慌てて追い掛けると、下には小舟があり、そこに着地したようだ。

 「……できれば、早めに会いたい……いえ、帰ってきて欲しいわね」

 「なんだってー?」

 「気を付けてねって言ったのよ、じゃあね!」

 「……何だったのでしょう? 物凄い美人でしたね」

 何か呟いていたがそれは聞こえなかった。段々と小さくなっていくペリッティを、俺はティリアと共に見えなくなるまで見ていた。


 何となく最後に見たペリッティの表情が気にかかるが、それを確かめる術はもうない。

 こうして俺は最初に降り立った地、『ヴァント王国』を後にするのであった。

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