俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?

八神 凪

第五十五話 それぞれの思惑と交錯



 ――急げ! まだ遠くには行っていないはずだ!

 ――なんだこりゃ!? 魔王でも襲撃しに来たのかよ!?


 カケルとメリーヌが逃げ去った後、城は混乱を極めていた。先代国王は気絶し、その妻は見知らぬ男に殴られて白目を剥いているのだから仕方のないことでもあった。

 先代夫婦は即座に治療のため奥へと連れて行き、生誕祭に参加していた客人は庭へ避難させた後、屋外でのパーティへと切り替えた。どよめきが起こっていたが、国王の一声ににより何とか場がおさまったのは人徳の成せる業だったと考えて良いだろう。

 「……とんだ生誕祭になってしまいましたな」

 「ジルベンか」

 テラスから客人の様子を伺っていた国王の横に、歳は60代といった小柄で白髪の男性が並びながら呟くと、国王は、宰相であるジルベンへと尋ねた。

 「あの話、どう思う?」

 「ほとんど黒、それで間違いないでしょう。あの狼狽えようと、だまし討ちは見ていて不快でした。おっと、これは失礼……」

 「……構わん。父上穏やかであるが、母は苛烈な人だ、有り得ない話ではない。レリクスも嫌っておるしな……。母のことはとりあえず置いておこう、今更裁くのは難しいしな。それより、あの女とレリクスの友人のことだ。城の壁を破壊したあの魔法……どう見る?」

 国王がジルベンに再度尋ねると、今度は少しだけ考えた後に自分の考えを述べ始めた。

 「あのレベルの魔法となると、魔王クラスと呼んで然るべきですな。ただの冒険者が、しかもあの若さであれほどの魔法を習得しているとは考えにくいですが……それに回復魔法も使っていましたが、あれほどのケガを瞬時に治すなどハイヒールの性能ではありません」

 「そうか……レリクスが珍しく友人といい、さらに庇う素振りまで見せたところを見ると、よほどの人物なのかもしれんな。捕えたら話がしたい、殺さないよう通達してくれ」

 「かしこまりました。レリクス様はいかがいたしましょう?」

 「今は何もしなくていい。彼を追いかけないようきつく言っておいたから、流石に動きはすまい。あやつが何かを企んでいるのは間違いないが、正体が掴めん。泳がせておく方が尻尾を掴みやすかろう」

 「もしかすると、逃げたご友人がカギだった、ということもありますが?」

 「その時はその時だ。父の様子を見てくる」

 ジルベンに伝えるべきことを告げた国王は身を翻してテラスを後にした。一瞬、視線を合わせた先には、レリクスと燃える瞳、そして婚約者候補の二人がいることをジルベンが発見する。


 ◆ ◇ ◆


 「ほら、トレーネ。泣くんじゃない」

 「うぐ……ぐす……」

 「まさかカケルさんが魔王だったなんて……」

 「あなた達は知っていたんですの?」

 妹を慰めるグランツに、顔を青ざめさせて呟くソシア。魔王と聞いて特に気にした風もないレムルが、エリンにカケルのことを聞いて来た。

 「うん。レリクス王子が暴露したのを横で聞いていただけなんだけどね。それで異世界人で魔王のカケルさんは光翼の魔王様に会いに行くって言っててさ、本当ならこのパーティが終わった後、パーティを組んで皆で旅をするつもりだったの」

 「それで大泣きを……」

 「あ、あのー笑いもツッコミ、どっちかがないとちょっと寂しいんですけど……」

 エリンの嘆きはスルーされ、レリクスが口を開いた。

 「……光翼の魔王に会う、そう言っていたのかい?」

 「ええ、元々俺達はエリンのお父さんの病気を治すために冒険者になったようなものでして、そのお金もボーデン様からいただいた報酬で払うことができたので、一緒に旅に出ようかと思っていたんです」

 「(なるほど、元から僕の誘いを受ける気は無かったということか。それならこの騒ぎはお祖母様を辺境へおいやる口実ができたと前向きに考えるべきか。さて、そうなるとカケル君が手配されているのは美味しくないか。騎士達に見つかる前にグランツ君達に確保してもらうのが得策か?)」

 グランツの説明で考えを巡らせるレリクス。カケルがいることにより国の戦力バランスが自分に傾けば、後々即位した際に有利にことを運ぶことができると考え、燃える瞳を使うことを決断した。

 「それじゃあ、カケルの行き先は分かっているってことになるから、グランツ君、援助はするから君達はカケル君を追い……「それはなりませぬぞ」」

 レリクスの言葉を遮ったのは、宰相のジルベンだった。

 「……どういうことかな?」

 「言葉どおりです。国王より、かの者には関わらぬようにとお伝えに参った次第。そこの冒険者達も話を聞くためしばらくこの城に留まってもらうことになっております」

 「……(やられた、ただの指名手配だと思ったけど、あの魔法だけでカケルの重要さに気付いたか)」

 笑みを崩さないまま、レリクスは心の中で舌打ちをする。宣言されたからには「聞いていなかった」が通じない。もし燃える瞳をこっそり逃がしでもすれば何かしら処罰が下るのは明白で、それも燃える瞳だけに与えられるだろうとレリクスは考える。

 「(ソシア君は僕の手元に置かなければならない……となると後はレムル君、か。まだチャンスはある。気になるのはカケル君の持っていたメダリオン……女神アウロラの崇める聖華の都アウグゼストの神官が持つ証……それがどうして誘拐犯の屋敷に?)」

 レリクスが考えごとをしていると、ジルベンの言葉でそれを遮られてしまう。

 「それでは、確かに伝えましたぞ。ソシア様、レムル様。王子をよろしくお願いします」

 「……ええ」

 「承りましたわ」

 二人がジルベンに応えると、ニコリと笑っておじぎをして去って行った。近くで聞いていたトレーネがレリクスへ状況を尋ねた。

 「私達……どうなるの?」

 「悪いけど、しばらく城で生活してもらうことになりそうだね」

 「……!? カケルを追わないといけないのに……!」

 「トレーネ、仕方がない。恐らく逆らえば……ですよね?」

 グランツの久しぶりに神妙な顔を目にしたトレーネが、ここで暴れることは死を意味することを悟り、その場にへたり込んだ。

 「(でも私はあきらめない……)」


 「王子、わたくし達は戻っても?」

 「君達は立場が立場だから問題ないと思う。もし何かあるなら、几帳面なジルベンがそのことを言わないはずがない」

 「わかりました。私はお父様と屋敷へ戻ります。婚約の件は少し保留でお願いします」

 「そうだね。レムル君は?」

 「わたくしの意思は変わりませんわ。いつでも結婚してくださって結構ですが?」

 「(カケル君に惚れていそうだったけど違うか? ……いや、父上の面子を考えてのことだろうな……なら、やはりここはレムル君に……後は僕の手の者をカケル君の探索に出すか……)」


 レリクスとソシア、レムル達から離れ、燃える瞳の三人……特にエリンが不安げな表情でグランツの服を掴みながら聞く。

 「……ねえグランツ、あたし達どうなっちゃうのかしら……」

 「分からん……カケルさんは心配だけど、今は大人しくするしかないな。動けるようになったらユニオン経由で調べてもらうとかもアリかもしれない。逃げるにしろ、目的を果たすにしろ港に行かないといけないからな」

 「あ! そっか、なら王子に……」

 エリンが口を開こうとしたところでグランツは指を唇に押し当てながら耳元で喋る。

 「(……あまり王子を頼るのは止めておこう。良い人のように見えるが、俺には少し違和感があるんだ。俺達は俺達だけでカケルさんを追うべきだと思う)」

 「(そう……グランツが言うなら、間違いないかもね。あなたの勘は当たるし。なら拘束が解けるまで待ちますか!)」


 グランツの懸念は当たっており、レリクス本人も気づいていないが、カケルを利用する、という自己欲で動いていることを何となくグランツは感じ取っていたのだ。

 そして、先代と祖母であるジャネイラが目を覚ますことにより、事態は転換を迎えることになる。

 だが、それはまだ誰も知る由がなかった。

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