神無日ーかんなにちー
英雄ヘラクレス
『英雄』
そう言われたとき、人は何を想像するだろう。才知や、武勇などが優れ、普通の人にはできないようなことを成し遂げる者。
そう言われても、何も浮かばない人も多いと思う。
そんな『英雄』だが、神話の世界にもいるということを忘れてはいけない。
例えば、だ。
ギリシア神話最大の英雄。
その英雄は、『十二の功業』を中心として様々な英雄伝が後世に語られている。
時には、どんな刃物でも貫くことができない獅子を素手で倒した。
時には、九つの頭を持つ水蛇を松明の炎で焼き殺した。
時には、最強とうたわれた怪鳥を倒した。
そんな話から、ギリシア神話最大の英雄と呼ばれているのだが・・・・・・。
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「冒険者カードは発行できません。お引き取り下さい」
「はぁぁっッ!?な、なんでっ!?」
一人の青年は奇声にも似た素っ頓狂な声を上げた。
「冒険者カードの発行には身分を証明するものが必要です。それをお持ち頂けない場合、残念ながら発行できません。お引き取り下さい」
「俺は俺だろ。それ以外に何が必要なんだよッ!」
「規則は規則ですので」
「そこを何とかッ」
「規則ですので」
「お願いッ」
「冒険者登録には手数料も必要なのですが」
「そこも何とかッ!!」
「・・・・・・・・・。」
今まで営業スマイルをまき散らしていた受付のお姉さん(機械が読み上げるが如く棒読み)の表情が変わった。相手が客ではないと思ったからか。高音の可愛らしい声から低音の声へと。表情に凄みが加わる。
「帰れ、異教徒めが。自分の故郷にでも行け」
蔑むように、そう言われる。
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「・・・・・・・・・」
ミズガルズのとある町にある冒険者ギルド。
その冒険者ギルドの受付でかつて『ヘラクレスの十二の功業』と呼ばれ、英雄視された半神半人の男ヘラクレスは、さながら神に懺悔する使徒のように、受付のお姉さんに手を会わせ懇願する。
最早その姿に英雄という二言は僅かすらも感じられない。
だが、受付のお姉さんは微動だにしない。とある神話の英雄だとでも知っていれば話は変わったかもしれないが、お姉さんは知らなかったのだ!こればっかりはヘラクレスの運が悪かったとしか言えない。
「俺だぞッ。ヘラクレスだよッ。英雄だよッ。知ってる・・・・・・ゲホゲホッツツ!!」
「はいはい、そこ邪魔でーす。他の冒険者の邪魔になりまーす。」
受付のお姉さんはヘラクレスの話に取り合わずに、箒払いを始めた。掃き上がった塵やごみが、意地で懇願するヘラクレスの顔面へと直撃する。咽る、咽る、とにかく咽る。
ヘラクレスはハウスダストアレルギー(重度)なのだった!
「・・・・・・くッ、一体、俺はどうすれば・・・・・・・・・」
「また、お越しください」
受付のお姉さんの表情は変わらない。
いったんその場から離れ、作戦を考える。
取り合えず、ヘラクレスは誰も座っていないテーブルへと座った。それから何か食べ物を・・・・・・と思ったが、ミズガルズでは何にでもお金が必要だったと気づく。(因みに、大抵の神様は無一文だ。)
「俺の道を憚るものは二つ。身分証明に登録手数料か・・・・・・。厄介だな」
「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・。」」」」」」」
「ン?何だよその目は、バカにしやがって・・・・・・こっち見んなよ」
ギルド中の冒険者がこちらを見ていたので、ヘラクレスは思いっきりガンを飛ばした。
英雄は一転して、ヤンキーに。
そして、周囲の視線は冷ややかな目に。
その場の誰もが思っているのだ。身分証明に登録手数料・・・・・・誰もそんなところで躓く奴はいない。怪しい奴だ、と。
だが、一人の冒険者が立ち上がった。その冒険者は其の儘、ヘラクレスのもとへと歩いて行った。
優しそうな老人だ。背中に携えている大剣からも、身に纏っている鎧の無数の傷跡からも、歴戦の冒険者であることがうかがえる。老人の名はぺロプスだった。
ぺロプスはゆっくりとした動作で、ヘラクレスの前に登録手数料分の硬貨をおいた。
「君、冒険者になりたいんだよね?手数料がないならそれ位ならあげるから。これで頑張んな、ね?」
「・・・・・・・・・あン?」
然れども、ヘラクレスはガンを飛ばす。元来から持つ神の性格強情からなのか、こんな所では頭は下げられないという自尊心が邪魔をしたのか、兎に角、親切にしていただいた冒険者の先輩にまでこのような暴挙。
当然、先輩冒険者に対する礼を欠いた振舞い。黙って見ている冒険者ばかりではなかった。
さらに、相手は数多のお尋ね者、村に損害を与えるモンスターを倒してきたある意味村の英雄のような存在だった。
性格も温厚でとにかく人に愛される。めでたく周囲の視線が冷ややかな目から殺気に満ちた目へとレベルアップ。マスターモードからナイトメアモードへと楽々転身。
忽ちにヘラクレスは屈強な戦士たちに取り囲まれた。けれども、ヘラクレスの態度は変わらない、否、悪化したのだった。
「・・・・・・何だ?何か用か」
ギルド内の空気が一瞬にして凍り付いた。
「これこれけんかはやめなさい。ギルドの中は中立場所じゃ」
ぺロプスはヘラクレスと男たちの間に入り、けんかの仲裁をする。
「止めないで下さいぺロプスさん。我々の限界は既に越えました。ここでできないなら、外で決着をつけます。そこの男、ちょっと外に出ろ」
その言葉に苛立ちを抑えきれないヘラクレスは返す刀で一言。
「出てもいいが、死ぬ覚悟はできてるの_______」
最後まで言う必要はなかった。話し終える前に、後ろを陣取っていた冒険者の槍がヘラクレスの位置を的確に貫いたからだ。
「ふんッ!!」
対して、ヘラクレスはさすが神としか言いようがない。自身の得意武器、弓でもって強引に槍をはじき返した。其の儘、弓の先端を槍の男の足へとむける。弦を引き、矢を放った。
「がッ、があああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっッッ!!!」
「弓の先にはヒュドラの毒が塗ってある。無事に生きられると思うなよ、じきに死ぬ」
「よくもッ、俺たちの仲間を!」
さらに、前方から『10t』と書かれたハンマーが振り下ろされた。書いてある内容からも可愛らしく感じるが、その威力は折り紙付き。下敷きになったテーブルと椅子が粉々に。小さな悲鳴が棒読み受付嬢の口から発せられる。
この攻撃も難なくかわしたヘラクレスは反撃にかかる。先ずはヘラクレスの得意武器、こん棒でもって、周囲の数人を強引に吹き飛ばした。
この神の使う武器一つ一つには、グングニルの敵を貫き、自動的に持ち主のもとまで戻ってきたりというような、何の特殊能力もない。
「なんッだッ!こいつはァ!!なぜ、こんなに強い!!冒険者でもないのに」
しかしながら、この神が強いのには単純に、この神自身の力が強いことが関係している。
そんな、時だった。
ギルドの扉が勢いよく開け放たれた。木扉が破壊され、近くにいくつかの破片が散乱した。これにもまた棒読み受付嬢の悲鳴が。
兎にも角にも開け放たれた木扉を蹴破って入ってきたのは重厚な黒兜鎧を身に着けた人間だった。否、人間なのかさえも分からない。その身から迸る邪悪なオーラは見るものすべてを、硬直させた。
神以外は、だが。
「我の名は大悪魔シャイターン様の十二衆が一人、『メフィスト・フェレス』!このような田舎村の冒険者などッ一瞬でぇぇぇぇぇぇえッッッ!!!???」
「邪魔だッっっ!!どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええ!!!」
勇んで走ったヘラクレスの飛び蹴りが、メフィストの顔面へとクリーンヒット。
メフィストの首が、まるでカートゥーンのように何回も回り、そのまま酒棚へと吹っ飛ばされた。くどいようだが棒読み受付嬢の悲鳴。
「・・・・・・・・・・・・。」
あまりの呆気ない悪魔退治、他の冒険者たちは言葉も発せない。ただ一人ぺロプスはいち早くこの状況を理解していた。理解しようと必死になって、ようやく理解できた。
(何、だ?・・・・・・大悪魔シャイターン?世界三大悪魔シャイターンなのか。その強さはたとえ幹部であっても大都市一つを潰すのに指一本で片付くと聞く。何だ?何があった、今その幹部がやられた?一発の飛び蹴りだけで・・・・・・あの悪魔の幹部がのびている!?これはッ・・・・・・何事かッ!!!???)
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この『大悪魔シャイターンの幹部を一発で倒した事件』はのちに世界を震撼させることとなる。
山を越え、海を渡り、その噂は人伝に一気に広まったのだ。
そんな大事件があった数日後の事であった。
場所はこれまた冒険者ギルド内。いつもの棒読み受付嬢を前にして、ヘラクレス。
「受付のおねーさぁん?・・・・・・俺さ、何日か前、悪魔の幹部倒したの覚えてる?俺を冒険者として認めたらぁ、きっとすごいと思うんだよねぇ。だから、ここはひとつ______________」
「致しません。規則は規則です。お帰り下さい!」
こうして、無免許冒険者ヘラクレスの冒険活動は始まった。
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