神無日ーかんなにちー

アルナ

神の再誕

いつもの日常。いつもの神殿。


ミズガルズでの時間、十一時の時。ゼウスが就寝する直前にただ一言叫んだ。


「あれ!?なんか俺の体消えかかっていない!?」


こうしてまたいつもの日常が始まる。




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それはミズガルズでは日を越した二時の事だった。
最初の時間から三時間が経っているのは気にしないでもらいたい。あまりに焦ったゼウスが転び、頭を打ち気絶していただけである。


「き、聞いてくれっ。腕が、両腕が消えてきてるんだ!!」


叫び声に駆け付けたオーディンとゼウスに無理矢理起こされたマスターは眠い目をこすりながら、事の次第を聞いた。
老人と店の開店が朝早いウサギにはハードな所業であろうが、ゼウスもゼウスで相当焦っているらしく、そんなことにまで気が回っていない様子だ。
ちなみに、腕が消えているので足で蹴り起こされたことをマスターはいつか仕返ししてやろうと決心した。


「どうすればいい!マスター」


「どうすればいい、と言われましても・・・・・・透明マントでも被っているとか」


「俺は青いたぬき型ロボットでも、空飛ぶ車に乗って魔法学校に行くやつでもない」


そこに、オーディンの真面目な考察が入る。


「消えると言われれば、古代ギリシアの哲学者プラトンの著作『国家』に登場するギュゲースの指輪。それかオリンポス十二神にも冥界の神ハデスの『ハデスの兜』があったはずだよね。」


オーディンの言葉にゼウスは苦悩するように低いうなり声をあげた。こういう時のオーディンは強い。豊富な知識から的確な意見を出してくれるからだ。


「確かにハデスの事はとっさに考えたが記憶はないな。息子のペルセウスは使ってたらしいが・・・・・・」


「それ以外に昨日思い当たる節はなかったんですか?・・・・まさか、両腕が消えるようなほど、悪いことしたんじゃ・・・・・・」


「・・・・・マスターは俺のことを何だと思っているんだ?そう毎日悪行なんてしない」


私の冗談交じりの問いかけにもどこか弱弱しい。そして再び、ふりだしに戻ったというわけだ。
「他となると、信仰者の減少かな・・・・・」


「それはどういうことです?」


オーディンの些細なつぶやきの意味をマスターは尋ねた。


「神というのは実に人間任せの存在でしかないんだ」


オーディンはそう言い初めて、乱暴に身を椅子に放り出して、足を組んだ。


「信仰されていた神が時代や革命などの大ごとに見舞われたとき、人は信仰を変える場合
がある。古代ギリシアの神学者アウグスティヌスもマニ教からキリスト教に信仰を変更している。日本でいうと、少し異端だがキリシタンが其の例かな」


「なるほど・・・・・・宗旨替えみたいなものですか」


「いや、違う」


おぉう、そうですか・・・・・・・・・・・そうですかそうですか。即座に否定されたのでマスターは毒気を抜かれた。チキショウ、なんか腹立つ。


「兎に角そのような者たちの中には無神論や運命論など・・・・・簡単に言うと、『神はいない』と唱える者たちが出てくる。そうすると困るのが古来からあった忘れ去られる方の神だ。信仰者が減るとその分、神としての力も落ちる。信仰者がゼロになると人々から忘れ去られ、その神は消失するんだ」


「自分の力だと思い込んで調子に乗って破綻する神もいる」


そう最後に付け加えたとき、一瞬オーディンが儚げな顔をしたのに気付いたが、ここでは取り上げません。オーディンの過去には興味がありません。


マスターの近くで物音が聞こえた。先程からその場をウロウロとしていたゼウスだろうが、オーディンが話始めてから一言も話していないのだ。
見るとゼウスは座っていた椅子を足で押しのけ、はるか上の虚空を見る。


そして一言。


「・・・・・・・・ちょっとミズガルズ行ってくる」


「いやいや、待って!絶対その無神論者、殺しに行こうとしているやん!それはさすがにまずいって!!オーディン様も助けてください!」


マスターが後ろを振り向くと、


「うん?」


「いやあんたも、グングニルを構えるな!やる気満々か!」


「まぁ、これは冗談として______」


「全然冗談の顔じゃなかったんですけど・・・・・・」


それは戦神と呼ばれた神の顔だった。


「それよか、殺すのはあまり得策じゃないな。最悪の場合今よりももっと信仰者が減ることになるぞ。・・・・・だけど、安心するがいい諸君」


オーディンはここで息を整え、カッコいい__________と思っているらしい正直言ってイタイとしか思えない格好をして、叫ぶ。


「私に任せたまえ!この全知全能の神にな!!」


全知全能の神ゼウスの存在を踏み倒した発言をする。


「この場合は地道に信仰者を増やすしかないんだ。だから、名付けて!信仰者の好感度上げてゼウスを助けよう作戦!だ!それじゃあ開始」




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「チッ!リア充滅びろや」


突如として、リア充カップルの周囲にだけ突発的な雨が降り出した。さすがのリア充も困惑している。悲しき独り身の性である。


「ちょっとオーディン様!いきなり何やってんの!それじゃあ______」


「ぎゃあああ!!腕が消えかかっている!?」


リア充カップルは臨機応変に相合傘をし始めた。オーディンの歯ぐきから血がにじみ、ギリギリと歯ぎしりが聞こえる。
ゼウスもゼウスで
「ちまちまと天啓するのめんどくせぇな、これ。エロスに弓でも貸してもらうか」


「恋愛対象にしてどうするんですか!?」


マスターはため息をついた。まったくもう、真面目に物事をすることができないのか・・・・・・と真剣に考えてしまう。その間にも、ゼウスのあちこちが消えかかっているというのに。


とそんな時、マスターは肩に重圧を感じた。振り向くとおばあさんだ。


「なぁんて可愛いウサギさんだこと。どこから来たんだい?」


「えっとあの、もう少し待っていただいてもよろしいでしょうか」


マスターの言葉はおばあさんに届かなかった。マスターが話すのを聞いておばあさんは閉じかけていた目を開けた。


「あら、あなたしゃべれるの!?」


「いやその・・・・・・おばあちゃん」


更におばあちゃんの声を聴いた町の人が集まってきた。どうやらこのおばあちゃんは町の有名人らしい。集まってきた人にマスターが人語を話すことを告げている。更に聞いた人がまた別の人に話し、あちこちに広まっていく。あれ、あそこにいるのはゼウスとオーディン?助けてくれないの?


「なんと、ウサギが人語を操る、とな」


「そんなことがあり得るのか」


口々にそんな声が聞こえてくる。しまいには、教父の格好をした人まで現れて。


「このウサギは神が送った使いに違いない!!ウサギ様、神は何とおっしゃられているのか!」


教父のこの言葉に周囲の人々は一瞬にして静まり返る。しょうがない、マスターは深く深呼吸をして、こう言い放った。


「神は、信仰の怠惰を憤激しておられます」


一瞬、人々の間でざわめきが起こった。顔を真っ赤にした一人の青年が躍り出る。


「神は一体何を御考えなのか!この町は一か月前に大火事が起こって住民の三分の一が被害にあいました!その者たちのほとんどが、礼拝堂にこもって神が助けてくれるから、と逃げずに神に祈りを捧げていた者たちです!ですがッ!神は一向に助けには来なかった」


すぐには、何も、言い返せなかった。自分たちの行為があまりにふざけていたんだと痛感させられる。
青年は後ろにいた大人たちに黙って連れていかれた。その後どうなるのかは、私には分からない。
非難の目が向けられる。どうしたらいいのか分からない。何と言ったらいいのか分からない。


そんな時だった。


雲の切れ間から日が街を照らす。


「おい、誰かいるぞ!」


誰かが叫んだ。人々はそれを見上げてこう言った。


「ゼウス様だ・・・」「救世主ソテル


マスターも上を見上げる。日が差した道から舞い降りてきたのは、間違いなくゼウス様だった。


「その、今回の大火事の件誠に済まなかったと思っておる。いや違うな・・・・・・」


ゼウスの行動にそこにいた誰もが息をのんだ。それはオーディンも同じだったはずだ。もちろん私も。


「本当にッ、申し訳ありませんでしたっッッ!!」


神が、謝っている。それも頭を下げて。失礼な話だが、神は涙なんて流さないと思っていた。
だけれど、目の前では神が泣いていて。号泣していて。それだけが何よりの真実でしかない。


終始、そんな状況が続いた。


「頭を上げてくださいませ、我らの神よ」


教父が声をかけた。その目は慈愛に満ちているように見えた。


「我らはいつだってゼウス様に全てを捧げるつもりでございます」


ゼウスが顔を上げる。そんなゼウスの顔はここにいる人々の顔と変わらない。


「ありがとう・・・・・・」


ゼウスはそう言って、教父の差し出した手を握った。


「・・・・・・!?腕が、治ってる」


かくして、ゼウスの一騒動はとりあえずのところ、落ち着いた。

















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