神無日ーかんなにちー

アルナ

大切なもの

北欧神話の主神にして全知全能の神といえばだーれだ。
ブッブー、時間切れ。正解はオーディンでした!
とまあ、只今一人であることを利用して、傍から見たら物凄く鬱陶しい自画自賛をしているオーディンは神殿の外にある楽園(テーブルと椅子があるだけで、その他に何もない場所)にて優雅にティータイムを楽しんでいた。
クリスマスや正月で忙しかったので、久しぶりの心安らぐひと時である。
だった筈なのに。
......だった筈なのに、そんな時に限ってあの悪魔ゼウスはやって来る。私の貴重な日常を壊しに。
チェ、やだなー何で来るのかなー。アイツが来るとろくでもないことしか起きないからなー。


老人の容姿にチラリと見える筋骨隆々の筋肉に、腕にはきらびやかな宝石の数々が散りばめられた腕輪、白髪はまるで生き物のようにうねうねと絶えず動き続けている。
そんなゼウスは何かから隠れるようにしながら、オーディンに向けて、こんな事を言ったのだった。




「頼みたいことが......」


「やだ」




しばしの沈黙の後。




「何でッ!何でなんだ我が友よッ!少しぐらい話を聞いてくれてもいいじゃないか」


「五月蠅いわ!急に友達呼ばわりとか気持ち悪いんだよッ。......あとその手を離せ。紅茶が、紅茶がこぼれる!」




そうして、オーディンの顔面に熱々の紅茶がかかり、また一悶着起こった後。ゼウスは勝手に話し始めた。




「俺ってさ、神話きってのプレイボーイな訳じゃん」


「......は?」




オーディンの疑問を無視してゼウスは話し続ける。




「女の子と遊んだりするんだけど、俺も歳だし名前とか思い出せなくなってきて、ほら最近の子は名前間違えただけで怒ったりするから......で、何とかならない?」


「それは、君の浮気発見を未然に防げ、と言っているのかい?」




ゼウスは自由奔放で猪突猛進を神格化したようなやつだ。
まあ、バカと天才は紙一重とも言われるが、案外そういうところが上に立つ者に必要な要素なのかもしれない。断言しよう。私がゼウスと似た者同士だというなら、即刻、自分の地位を誰かに献上しよう。
絶対こんな男と一緒にされるのだけは勘弁願いたい。切実な願いである。




「お願いッ」




ゼウスはさらに顔を近づけてきて。いや、近い。何で、ジジイの顔が目の前にあるなんて状況になるんだよ。新年早々最悪だな。




「お願い、何でもするからさ!」


「いや、できない訳じゃないんだよ」




何も意地悪している訳ではない。別にゼウスを毛嫌いしている訳ではないし(どうでもいいだけ、っていうのはもっと酷いか)
それは自分の経験からいっているのだ。オーディンも遥か昔、今のゼウスに似た過去があった。より多くの知識を求めて、代償として片目を犠牲にして、今思うと何であんなことをしたんだろうと後悔せざるを得ない。......冬とか、超スースーするよ、片目だけ。目の内側がドライアイになる。
いくら眼帯で風を防いでも、顔の彫りの深いから横から入ってくるんだよね。黄砂とか目に入ると超痛い。
だが、ゼウスはその願いを叶えてもらうまで、諦めないだろう。オーディンは覚悟を決める。




「大切なものがなくなるかもしれない、本当にいいのかい?」




そのオーディンの問いに、




「勿論!」




と、笑顔でゼウスは答えるのであった。




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そんなオーディンの記憶力手術はゼウスの推定時間よりも思いのほか早く終わった。というか、ものの十分程で終わったので、拍子抜けしていた。もっとこう、儀式とかあるのかと思っていたからだ。




「オーディン、本当にありがとう。感謝するよ」




オーディンはこちらを振り向こうとはしなかった。ただ、下を向いてうつむいていた。
やはり、魔力を激しく消費するものだったのか。疲れているのではないか。
そう思っていると、微かにオーディンの肩が動いた。そして、一呼吸。




「何処にも、異常はないかい?」


「ああ、全然ないって言ったら嘘になるが、少し身体がかるいような」


「......うん、それが正常だと思うからそれなら大丈夫かな」


「そうなのか?何か分からないがオーディンが言うなら心配なさそうだな。本当にありがとう!」


「いいよお礼なんて、別に大したことじゃない。但し」




オーディンは真っ直ぐ此方を見つめる。




「強く生きろよ」




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ゼウスがオーディンの言葉の意味を知ったのは、その日の夜のこと。
風呂に入ろうと、脱衣しかけたゼウスは今年一の(いや、この人生で一の)絶叫をあげた。
プレイボーイには、とてもきつい犠牲だった。




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と、夜中に自室でゼウスの絶叫を聞いたオーディンは、ふとあることを思った。
今回、ゼウスは股下の大事なものを代償に、浮気発覚防止(但し、完全ではない)を手に入れた。(今考えると、等価交換どころか、ほぼ詐欺まがいのような交換だ)
そして、私、オーディンは、遥か昔片目を代償に魔術の知識を手に入れた。




......似た者同士じゃん。

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