神無日ーかんなにちー

アルナ

創造神と白ウサギ



「おいお前、大丈夫か?」




白ウサギの長い耳に確かに鳥のさえずる音が聞こえた。
その直後に、右足にズキンッという激しい痛みを感じた。白ウサギは思わず顔をしかめる。




「聞いてんのか?生きてるよな?」




それは人間の声だった。そして、ウサギ語ではなく人語だったことが白ウサギの意識の覚醒を促した。
まず先に、周囲を見渡した。


どこまでも広がる広大な大地。その大地の上を煌めいた草花が咲き乱れていた。蝶や鳥が歌い、そこが白ウサギにとって全く知らない場所であることを指し示していた。


そして、今度こそ声の方に顔を向ける。そこには二人の人間がいた。
その人間は二人とも人間というにはあまりにも相応しくない大男で、化け物というにはあまりにも人間っぽかった。
一人は上半身は何も羽織っておらず、その筋骨隆々の筋肉がガッツリと見えている。それに対して、下半身には随分と凝った服飾の布を纏っている。腰巻には煌びやかな宝玉が、茶色の髭が顔の輪郭をなぞるように覆っている。
もう一人は魔女のコスプレをしたような男だった。黒いとんがり帽子に黒いローブ、白い髭を胸の辺りまで伸ばし、左目は眼帯で隠されていた。容姿からも察せるように老人らしく木の杖を突いている。




「やっぱり生きてる、大丈夫かお前」


「呼吸はしているようだよ。生きてはいるんじゃないかな」




人間が、目の前にいる。そしてその人間が、言葉とともに、私に向かって手を伸ばしていた。
そう思った瞬間、頭の中で逃げなきゃと思った。
私の運命はとにかく人間に滅茶苦茶にされた。親も友達も、恩師も全てを殺され、全てを壊され、全てを失った。だから、そこから逃げ出してきたのだ。頭のおかしい人間がいるところから逃げてきた。
ここで捕まったらまたあの生活に戻されるかもしれない。何としてでも、逃げ切ってやる!
大男を背に、白ウサギは全力で足を延ばす。最初のスタートダッシュで人間との距離のかなり引き離した。




「あぁちょ、待てって!」




「そんなこと知るか!」と、走りながら叫んだ。以前は和んでいた草木が今には視界を遮り、鬱陶しく感じる。前は草木は友達だったのに。
そんな性格の変化にも、人間が関わっている。
だから、何としてでも、逃げ切らなければならなかった。
そんな時だった。
白ウサギが空中に飛んだ瞬間、体が宙に止まった。




「・・・・・・ッ!?!?」




まるで白ウサギの体の周囲だけ時が止まったように、空中に制止する。なぜだか唯一動かせる顔を下に向けると、微風に揺れる草木が見えた。




「離せっッッ!!私に何をした!」




必死に手足をじたばたと抵抗するが、あの大男二人組に掴まれてもいなければ、ましてや近づかれてさえいない。
大男はただ白ウサギに向けて手を伸ばしているだけだ。
よって、無意味な抵抗は宙を切る。急にむなしくなって、疲れただけだった。




「そう睨むなよ。俺はこういう助けは好きじゃないんだ。ただでさえ苦手なのに恨まれてると二度としたくなくなる」




上半身裸の男が口を開いた。




「今助けたって言ったか?」


「あぁ、言ったよ」


「よくもそんな見え透いた嘘を平気な顔で言えるなっ。お前ら人間に殺されるのはごめんだっ!近づいたらこの前歯で噛みちぎってやるっッッ!!」




そんな白ウサギの威勢を受け、大男は渋い顔をした。同時にもう一人の魔女コスの顔を向く。
そして言ったのだった。




「「人間だと?俺たちは人間じゃねぇ。神だ」」


「・・・・・・は!?」




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世界を創造し、生き物を創造し、圧倒的な力を有し、森羅万象を網羅する、それが神だ。
というのは誰の中でも容易に考え付く範囲での知識だと思う。私も咄嗟には思いつかない。
だからこそ、「俺は神だ」と言われてもはっきりとした感情には至らなかった。
一瞬白ウサギの思考が止まっただけで、その後には「何だ此奴」と、一種不審者を見た時のような、関わりがたい雰囲気がそこにはあった。
兎に角、動物的本能が此奴には近づくなと言っていた。




「・・・・・・・・・っ」


「さてはその顔、俺が神だって信じてないな。お前、今自分の状況分かってる?飛んでんだよ?もう一寸驚いても良いんじゃない?何なのロボットなの?」




そう言って大男は手を急に下ろした。




「うっわわわわわっッッ」




途端、重力が戻ったように白ウサギの体が地面へと落ちる。四肢でうまく着地して、即座に体勢を整えた。逃げようとしたが、ふと足が止まった。




「どうした、逃げないのか」




この大男がどうしても危険な人物には見えなかったのだ。
関わり難いとは言っても、今まで出会って来た人間とはどこかが違った。今までの人間は見つけるや否や、鉄檻にぶち込まれる。そんな人間たちだった。
その違いが、人間とはどこか違かった。
いや・・・・・・あぁ、そうか。これが神だってか。




「あんたら・・・・・・名前は」




白ウサギのその言葉に大男は瞳を輝かせた。そう、まるで親犬が子犬を生んだ瞬間を目撃した少年のように。




「俺の名前はゼウス。世界を支配する神々の王ゼウスだ!」上半身裸の男が言った。


「私の名前はオーディン。世界を支配する神々の王だ!」魔女コスの男も言う。


「「てめぇ、なんだとッ!!」」




この後、殴り合いのけんかが五分ほど続いた。




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挨拶を済ませた後、ゼウスとオーディンに連れてこられた場所は、広大な草原の中に神々しく建つ石神殿だった。
コリント式の秀麗な建築様式オーダーで彫刻された装飾エンタブラチュアを中心に、本殿の壁には全長五メートルの壁画があり、最上基壇スタイロベートの湾曲だとか、黄金長方形だとかまくしたてるように説明するオーディンには申し訳ないが、あまりそういう系統には明るくないので、よく分からなかった。
そうして神殿内の説明があらかた終わった後、やっと白ウサギが求めていた説明が始まった。




「今いる世界はユグドラシルという世界樹に支えられた一つの世界に住んでいるにすぎなくて、今いる神々が住む世界アースガルズ、お前等が住んでいた人間やその他生き物の世界ミズガルズ、巨人の住む世界ヨトゥンヘイム。その他合計九つの世界があるんだ」




魔女コスの男、オーディンが説明を加えた。




「フーン、初めて聞きましたよ。そんな話」


「疑心の目で見るなよ。お前等、ミズガルズに住んでいる種族以外は当たり前のことだぞ。自分の無知を自慢するな」




そう言って、ゼウスは白ウサギの頭をコツンと叩いた。白ウサギはそれを振り払って答える。




「そもそも私はまだあなたたちのことを信じてはいません。自分が神だなんて、そんな非現実的な・・・・・・」




ゼウスがため息をついた。




「・・・・・・何ですか」


「いや、言い難いんだけどお前が言うなよ。喋るウサギが何を言ってんだ」


「そりゃあそうですけど・・・・・・私も喋りたくて喋れるようになったわけじゃないですし・・・・・・」




実際に、生まれた時には既に備わっていたものであった。




「そうか、そんなに信じられないなら、俺が神っぽいことしてやるよ」




そう言って立ち上がったゼウスはニッコリと笑った。




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大理石でできた階段を上がってすぐ横にある部屋に連れてこられた白ウサギは、部屋の中を見て思わず声を上げた。




「どうだ、すごいだろ。俺のお気に入りなんだ」




その部屋は縦に長く、白を基調とした部屋だった。輝く大理石が床に敷き詰められ、左右の大型の窓には重厚な窓掛がかかり、天井からは豪華絢爛なシャンデリアが垂れ下がっている。さらにその奥にはかなり大型の玉座が見えた。おそらくゼウスの玉座だろう。
如何にもなその部屋に白ウサギは足を踏み入れた。




「こっちだ、白ウサギ」




先を歩いていたゼウスが玉座前でこちらに手招きをしている。後ろにいたはずのオーディンはいつの間にかいなくなっていた。
足の裏から神聖な雰囲気が伝わってくる。ゆっくりと足を踏みしめるようにゼウスのもとまで歩いた。




「この鏡を見ろ」




玉座の上には大きな鏡が立て掛けられていた。
ゼウスに言われるが儘、さらに近づいた白ウサギはその瞬間一歩退いた。




「これって・・・・・・」


「良く見えるだろ。お前がつい今しがたまで住んでいた、否、生きていた町だぞ」




屋根にかかる洗濯物、活気に溢れる市場、中心に聳える王宮までどれも一つ一つが白ウサギには見慣れたものであった。白ウサギにとって恨みの種で、恐怖の根源であった。




「確か此処は港町だったよな。丁度いいな、今からこの町を津波が襲う」


「どういう意味ですか?」


「いいから見とけって、きっと面白いぞ」とゼウスは歯を見せて笑った。


次の瞬間だった。
地の底から響いてくる地鳴りが聞こえる。耳のいいウサギにはその音がどこから発生しているのかがすぐに分かった。
突如として起こった高波が、活気溢れる港町を襲ったのだ。




「ちょ、一寸止めて下さい!何てことッ、何てことするんですか!」




事の意味がやっと分かって、白ウサギはゼウスを止めに掛かる。
体を引っ張るがビクともしない。その間にも、高波によってまるで発泡スチロールのように脆い家が破壊され、流されていく。鏡から断末魔が聞こえる。まさに、地獄絵図に相応しい。




「此れで分かったか?俺が神だって」


「そんな事の為にっ、あなたはあんなにも多くの人をっ、殺したんですか!」


「ゼウス様って」


「ゼウス様!」


「分かった」




鏡が光った。次の瞬間には鏡に映る見慣れた町は元通りになっていた。




「死んだ人間は元に戻しておいた」




白ウサギは何度目か分からないため息をついた。




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「最後にはなるんだが・・・・・・」




とオーディンは話をまとめ始める。




「白ウサギも怖い思いをしたとは思うが、ゼウスに悪気はないんだ。このように神として生まれたから、人間やその他ミズガルズで住む生き物の常識とは大きくかけ離れている」


「ごめんなさぁい・・・・・・」


シュンとするゼウスを尻目に、白ウサギはオーディンへと視線を再度向ける。あの件については怒っていないといえば嘘になる。事は人の命なのだから。




「今後の事にはなるが、君が此処に来たからには尋ねておきたいと思う。君はあっちとこっち、ミズガルズとアースガルズ、どっちに住む?」


「お前のように喋れるうさぎなんて世界中の何処を探しても見つからない。至極当然のように人間はお前を見世物にする為、近づいてくる。今までと同じように、或いは今まで以上に」




ゼウスの目にも真面目な色が加わった。キリッとした顔立ちからか、その力を知っているからか、強大な迫力を感じた。




「この世界には私やゼウスのように、ありとあらゆる世界の神話で活躍する神たちが住んでいる。今日のように気分を害さないとは保証はできない。神も人間と同じく十人十色。まだ私が知らない神だっている」




途方もなく賢いものフィヨルスヴィズ、とさえ呼ばれる神が真っ直ぐ白ウサギを見つめていった。


「だから私たち神は君に提案する。君さえ良ければ此処に住んでもらって構わない。部屋はたくさん余ってるからね」


「訳アリだけどね」


「ん?ゼウス様今何か言いました?」




言ってない言ってないというジェスチャーをするゼウス。




「どうかな?」


「・・・・・・、私は・・・・・・」




その提案はすごく嬉しいものだった。だがそう易々と肯定できるものでもない。住む国を変えるぐらいならまだいい。これは住む惑星を変えるものと等しく、その分考えなきゃいけない事も多い。
かといって、帰ればまた同じような生活が待っているかもしれない。
白ウサギは痣があったはずの腕の付け根をさすった。それはミズガルズで人間につけられたものだった。
ここに来た時にはそれが消えていた。




「此処に、住みますっ!住ませてください!」




二柱が笑った。白ウサギも笑った。
これが白ウサギの第二の始まりの物語だった。









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