プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

68話 転入生

 市立星見ヶ原学園は至って普通の教育機関である。特に際立った能力があるわけでもなく、家から近いというだけで入学できるようなどこにでもある普通の学園だ。
 俺や小太郎はこの学園の高等部の二年生である。
 市長が教育に景気良くお金を投入してくれるおかげで学園の設備は比較的整っていると言えるだろう。特にクーラーが教室にあるのが素晴らしいと評判が高い。


「ふー、ようやくついたか。久しぶりだと息があがるな」


「それは普通に運動不足なんじゃね?」


 俺たちは軽口を叩きながら教室への扉を潜る。
 教室の中は久しぶりに会う旧友との会話を楽しむ生徒達の姿があった。


「たわけ! 毎日家業で力仕事している! お前の方こそ……いや言うまでもなかったか」


「おう! 日々楽しく過ごすためには基礎体力は必須だからな!」


 最近バタバタしておざなりにはなってるが、日常的にトレーニングは欠かしていない。


「まったく暇人め」


 小太郎が理解不能とでも言いたげな口調で言うので思わずムッとする。
 こっちとしても別に考えなしで運動しているわけではないのだ。


「暇人とは心外だな。俺は俺の人生楽しむために毎日大忙しなんだが?良かったら今度一緒にランニングでもどうよ?」


「遠慮させてもらおう!朝はゆっくりしたい」


「そりゃ残念だな」


 小太郎と一緒に身体を動かすというのも楽しそうだったのだが、本人が嫌がるのを無理やり強要するわけにはいかない。


『日頃身体を動かすのは、いい事だと思いますよ?』


 そういって話しかけて来たのは学園指定の制服に身を包む少女だ、黒い艶やかな髪を肩まで伸ばし、頭に飾った星の髪留めが印象的な子である。
 敬語を使うせいかおとなしい印象を受けるが、かなり見目麗しい少女だ。一目見れば忘れることなどなさそうな美少女なのだが、何故か名前が出てこない。


「おはよう委員長、息災だったか?」


「おはようございます斎藤さん、今学期もよろしくおねがいしますね?」


「うむ、こちらこそだ」


 小太郎が少女としゃべっている間に思い出してきた。
 こいつは確か俺達のクラスの委員長を務めている少女だ。


「神無さんもおはようございます」


「お、おう、おはようさん」


「? 私の顔に何かついていましたか?」


 こてんと小首を可愛らしく傾げる委員長にややあと手を振る。


「ああ、悪い。休み明けのせいかな? まだちょっと頭がハッキリしてないみたいだ」


 どうにも頭がボーとする。なんだろなこれ? さっきまでこんなことなかったんだが。
 委員長は少し怪訝な表情を見せるが、すぐに笑みを作った。


「ふふっ、分かります。お休みの次の日はどうしても憂鬱になりますよね」


「へー、委員長でもやっぱり同じなんだな」


「もちろん、私も普通の女子高生ですから」


 冗談めかしておどける委員長に俺も笑みを返す。


「そうだ委員長ならば何か知っているか? 今日から転校生が来るそうだが」


「小太郎くん? 学園の一生徒に過ぎない私が転校生の個人情報なんて聞いていると思いますか?」


「ん、だが委員長なら……いや愚問だったな――許せ」


 小太郎は何か言いたげにしていたが、結局何も言わずに引き下がった。


「どんな子が来るのか。私も楽しみにしていますよ、可愛い女の子だといいですね?」


 委員長が分かっていますよと言いたげにウィンクする。
 俺達が思わず苦笑したところでHRのチャイムが鳴った。


「あら、予鈴ですね。席に座るとしましょうか」


 涼やかな仕種で委員長は一番前の席に座る。
 俺と小太郎の席は一番後ろなのでそのまま移動して着席した。


「よーし、全員揃ってるなー? 休み明けでだるいからってズル休みしてない! 先生はお前らのことを心から誇りに思うぞ! ちなみに俺は昨日しこたま飲んで二日酔いだぜガハハー」


 そんな教師にあるまじき豪快な態度で教室に入ってきたのは俺達の担任だ。
 服の上からでも分かるぐらい筋肉ムキムキでついたあだ名がきんにくん。
 ちなみにこんなガタイだが体育の教師ではなく、数学を受け持っている人だ。


「さて、休み明け早々で悪いが今日からこのクラスに新たな人員が加わることになった。お前ら喜べぇえええ! 転校生は可愛い女の子だぞおお!!」


 きんにくんの熱が伝播して主に男勢が歓声をあげる。
 女性陣はそれを冷ややかな目で見つめていた。


(あー、くそ。今日は俺のおごりかー……とほほ)


 頭の中で財布の残額を確認していると扉が開いて、一人の少女が入ってくる。
 その血がべったりついたような深紅の髪を見た時、俺の頭の中から計算がすっ飛んで行った。代わりに俺を襲うのは危険を知らせる警報だった。


「じゃあ自己紹介頼むぞ! 転入生だからって怯むことはない! ガツンと決めてやれ!」


『あー、そう? じゃあお言葉に甘えるぜ』


 獲物を狙う肉食獣を思わせる紅い瞳が俺を貫く。
 それを受けて思わず俺はガタリと音を鳴らして席を立ちあがっていた。
 奇異の瞳が俺に集まる中、転入生は黒板にガリガリと白いチョークを走らせる。


『俺様の名前はメチア・ブラッディー・スカーレット! よろしく頼むぜ?ご同輩!!』


 そこに立っていたのは忘れもしない。
 最初にナニィが戦った赤髪のプリンセスがそこに立っていた。



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