プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す
二章 エピローグ
月明かりが優しく照らす夜、とあるビルの屋上で私は水晶を覗き込んでいた。
硝子玉の中で一つの戦いが決着を迎え、その顛末を見届けて私は静かに溜息をつく。
「負けたか」
仲間が力及ばず敵に倒された。
苦労して集めた味方がいなくなってしまうのはいつも虚しい気持ちにさせる。
(こんな戦い、早く終わってしまえばいいのに)
プリンセスセレクションなど爺婆が保守し続けているカビの生えた古の風習に過ぎない。
こんな悪習のために生まれた悲劇、犠牲となった者たちのことを考えると心が痛む。
(我が主が万全であったのなら、このような茶番に参加することもなかったのに)
そう内心でごちるが現実とはいつだってままならないもの。
結局矮小な自分に出来ることは、取り得る選択肢の内から少しでもマシなものを選ぶことしかない。
(そのために用意した精鋭もこの予選で2つも失ってしまった)
マジックアイテムである水晶に遠目の魔術を使って行うメウルファの固有魔術、千里眼で力のある者達を四苦八苦して勧誘してきたというのに本戦を目前にして早くも『塔』と『月』が脱落してしまっていた。
(それに『太陽』をはじめとして、こっちの指示を無視して動くやつらも少なくないし)
脱落者に離反者を想定より多く出してしまっている。
それがメウルファのいらいらを増大させていた。
(これも全部あの女が悪いのよ!私達の計画を台無しにしてくれちゃって〜!?)
メウルファは手元にある水晶を親の仇でも見るように憎らしげに睨む。そこに映し出されているのは白銀に輝く美髪を二つに括り、緑衣の麗装に身を包んだ長身の女性。そのキレ目の長い蒼玉には叡智が滲んでいる。
一目見たものをたちまち虜にしかねない色香を放つ女性を、メウルファは組織に致命的な損害を与えかねない人物として警戒していた。
「エミィ・ワロー・テールめ、私達に何の恨みがあるって言うのよ!?」
『塔』が返り討ちにあって以降、何故かエミィは執拗にこちらの拠点を襲撃してくるので、メウルファの頭痛の種になっていた。
『それに関してはこっちからちょっかいかけた訳だし彼女に文句をつけるのも筋違いじゃないかい?』
メウルファの独り言に返事が返ってくる。
一瞬身構えたが、その声の持ち主が敵ではないと分かって緊張を解いた。
「やっと戻ってきたわね!この役立たず!!」
「そうカリカリするなよ?今回ばっかりは相手が悪い」
誰もいない空間がぐわんと歪曲して中から一人の少女が出てくる。
赤いマントに王冠があしらわれたシルクハットを目深に被り、不敵な笑みを浮かべるのはこの組織で『道化師』を演じる少女だ。
「しっかし、随分と派手にやられたわね」
ピエロを思わせる衣装がところどころ切れたり焦げたりしている。
逃げ足だけが取り柄のこいつも流石に今回ばかりはかなり苦戦したようだ。
「意地悪言わないでくれよ?僕は僕なりに頑張ったんだぜ?」
どうせ見てたんだろ? とジャウィンは水晶を指差す。
「言い訳は結構よ、エミィの条件も教えて援軍まで派遣してあげたのにすごすご逃げ帰ってくるなんてね」
「あー、あー、聞こえない聞こえなーい」
「ほら、見なさいよ!『女教皇』はエミィの軍門に下ったわよ!あんたが囮にした『女教皇』がね!」
都合の悪いことは聞こえませんとばかりに耳を塞ぐジャウィンに水晶玉を突きつけてやる。
今まさにエミィの説得に応じた『女教皇』が差し出されたエミィの手の甲に忠誠の口づけを捧げようとしていた。
その幼い横顔は熱を帯び、瞳を潤ませながら相手を見上げるその姿はまさに自分の心を預けるに足る相手を見つけたとでも言わんばかりの姿だ。
(こいつはもうこっちには戻ってこないわね)
メウルファは頭の中で、自分が動かせる手札から『女教皇』のカードを除外した。
「いやー、それにしてもこれ便利な魔法だよね? 見るだけなら世界中どこにいても水晶で映せるんだろ? 索敵能力で君の右に出る奴は世界中探しても一人もいないだろうね」
「んなことはどーでもいいのよ! そんなことよりもせめて敵の目的ぐらいは調べてきたんでしょうね?」
これだけの損害を出したのだ、手土産の一つもないと我慢できない。
「うん、だからこれだってさ」
「……は?」
こつんこつんと水晶を叩くジャウィンが意地悪く嗤う。
道化師の言葉に思わず我を忘れて呆然となった。
「いやね、彼女何か探し物があるみたいだよ?『塔』が君の能力について口を滑らしたんだってさ、君を捕まえて無理矢理にでも能力を使わせるって息巻いてたよ?」
おめでとう、狙いは君だってさと普段の軽口で肩を叩いてくる。
あの強力なプリンセスに自分の身が狙われてると知り、血の気が引いた。
「ーー私、しばらく姿を隠そうかしら?」
「それなら『隠者』に協力を要請するといい、彼女なら隠密行動に優れているし、最悪戦闘になっても君一人逃がすぐらいのことはできるだろうからね」
ジャウィンの助言に素直に頷く。
あんなのに狙われてはいくら命があっても足りそうになかった。
「ところで、アリスちゃんの方はどうなったんだい?」
「た、『太陽』なら『月』を返り討ちにしたわよ? まったく『月』もお笑い種よ! 自分から仕掛けた癖に、最後は『太陽』と仲直りするなんてね。お友達ごっこは他所でやって欲しいもんだわ!」
私なら自分を裏切った相手なんて絶対に信用しない。
それなのに太陽は結局月を許した。
自分にはとても理解できない所業だ。
「仲直り? ふーん、なるほどそう来たか」
「あんたが差し向けた猟犬のせいかしらね? こんな温い結果になったのは」
「ふふっ、それはそれは……賭けた甲斐もあったってもんだよ」
「何よ。あんた嫌に上機嫌じゃない」
「まぁね、正直今回ばっかりは彼女に感謝だ。アリスちゃん達の問題は僕も頭を痛めてたもんだから。なんていうのかな? 肩の荷が下りた心地だよ」
いつも人を喰ったようなジャウィンが珍しく楽しそうにで笑っている。
そこそこ長い付き合いになるが、こんなジャウィンを見るのは初めてだ。
「……そうなるとこれからの本選を前にして今の戦力だと流石に貧弱すぎるかな?」
「何ぶつくさ言ってるのよ?」
「ああ、いやこっちの話さ。気にしないでくれ」
ジャウィンは手を振りながら詮索を拒んでくる。
その飄々とした態度は腹立たしいものだ。
(ちっ、あまり裏でこそこそ動き回るのはやめてほしいものね)
裏切られたくないので口出しては言わないが、目の前の『道化師』は信用するにはあまりにもきな臭すぎる。
「とはいえ、当面はエミィの対処に追われそうだね。あれは流石に骨が折れる相手だよ」
「え、ええ、何か手はないかしら?」
あの怪物には是非とも対策を立てておきたい。
主に私の保身のためにも……
「ふむ、なら僕に一つ考えがあるんだけど聞いてくれるかい?」
「アイデアがあるんならさっさと教えなさいよ!」
急かすように言う私を楽しむように、じっくりともったいぶってからジャウィンは口を開く。
「エミィの妹の片割れ、眠り獅子の場所を教えて欲しいんだ」
道化師はニヤニヤとその口元を三日月のようして嗤っていた。
硝子玉の中で一つの戦いが決着を迎え、その顛末を見届けて私は静かに溜息をつく。
「負けたか」
仲間が力及ばず敵に倒された。
苦労して集めた味方がいなくなってしまうのはいつも虚しい気持ちにさせる。
(こんな戦い、早く終わってしまえばいいのに)
プリンセスセレクションなど爺婆が保守し続けているカビの生えた古の風習に過ぎない。
こんな悪習のために生まれた悲劇、犠牲となった者たちのことを考えると心が痛む。
(我が主が万全であったのなら、このような茶番に参加することもなかったのに)
そう内心でごちるが現実とはいつだってままならないもの。
結局矮小な自分に出来ることは、取り得る選択肢の内から少しでもマシなものを選ぶことしかない。
(そのために用意した精鋭もこの予選で2つも失ってしまった)
マジックアイテムである水晶に遠目の魔術を使って行うメウルファの固有魔術、千里眼で力のある者達を四苦八苦して勧誘してきたというのに本戦を目前にして早くも『塔』と『月』が脱落してしまっていた。
(それに『太陽』をはじめとして、こっちの指示を無視して動くやつらも少なくないし)
脱落者に離反者を想定より多く出してしまっている。
それがメウルファのいらいらを増大させていた。
(これも全部あの女が悪いのよ!私達の計画を台無しにしてくれちゃって〜!?)
メウルファは手元にある水晶を親の仇でも見るように憎らしげに睨む。そこに映し出されているのは白銀に輝く美髪を二つに括り、緑衣の麗装に身を包んだ長身の女性。そのキレ目の長い蒼玉には叡智が滲んでいる。
一目見たものをたちまち虜にしかねない色香を放つ女性を、メウルファは組織に致命的な損害を与えかねない人物として警戒していた。
「エミィ・ワロー・テールめ、私達に何の恨みがあるって言うのよ!?」
『塔』が返り討ちにあって以降、何故かエミィは執拗にこちらの拠点を襲撃してくるので、メウルファの頭痛の種になっていた。
『それに関してはこっちからちょっかいかけた訳だし彼女に文句をつけるのも筋違いじゃないかい?』
メウルファの独り言に返事が返ってくる。
一瞬身構えたが、その声の持ち主が敵ではないと分かって緊張を解いた。
「やっと戻ってきたわね!この役立たず!!」
「そうカリカリするなよ?今回ばっかりは相手が悪い」
誰もいない空間がぐわんと歪曲して中から一人の少女が出てくる。
赤いマントに王冠があしらわれたシルクハットを目深に被り、不敵な笑みを浮かべるのはこの組織で『道化師』を演じる少女だ。
「しっかし、随分と派手にやられたわね」
ピエロを思わせる衣装がところどころ切れたり焦げたりしている。
逃げ足だけが取り柄のこいつも流石に今回ばかりはかなり苦戦したようだ。
「意地悪言わないでくれよ?僕は僕なりに頑張ったんだぜ?」
どうせ見てたんだろ? とジャウィンは水晶を指差す。
「言い訳は結構よ、エミィの条件も教えて援軍まで派遣してあげたのにすごすご逃げ帰ってくるなんてね」
「あー、あー、聞こえない聞こえなーい」
「ほら、見なさいよ!『女教皇』はエミィの軍門に下ったわよ!あんたが囮にした『女教皇』がね!」
都合の悪いことは聞こえませんとばかりに耳を塞ぐジャウィンに水晶玉を突きつけてやる。
今まさにエミィの説得に応じた『女教皇』が差し出されたエミィの手の甲に忠誠の口づけを捧げようとしていた。
その幼い横顔は熱を帯び、瞳を潤ませながら相手を見上げるその姿はまさに自分の心を預けるに足る相手を見つけたとでも言わんばかりの姿だ。
(こいつはもうこっちには戻ってこないわね)
メウルファは頭の中で、自分が動かせる手札から『女教皇』のカードを除外した。
「いやー、それにしてもこれ便利な魔法だよね? 見るだけなら世界中どこにいても水晶で映せるんだろ? 索敵能力で君の右に出る奴は世界中探しても一人もいないだろうね」
「んなことはどーでもいいのよ! そんなことよりもせめて敵の目的ぐらいは調べてきたんでしょうね?」
これだけの損害を出したのだ、手土産の一つもないと我慢できない。
「うん、だからこれだってさ」
「……は?」
こつんこつんと水晶を叩くジャウィンが意地悪く嗤う。
道化師の言葉に思わず我を忘れて呆然となった。
「いやね、彼女何か探し物があるみたいだよ?『塔』が君の能力について口を滑らしたんだってさ、君を捕まえて無理矢理にでも能力を使わせるって息巻いてたよ?」
おめでとう、狙いは君だってさと普段の軽口で肩を叩いてくる。
あの強力なプリンセスに自分の身が狙われてると知り、血の気が引いた。
「ーー私、しばらく姿を隠そうかしら?」
「それなら『隠者』に協力を要請するといい、彼女なら隠密行動に優れているし、最悪戦闘になっても君一人逃がすぐらいのことはできるだろうからね」
ジャウィンの助言に素直に頷く。
あんなのに狙われてはいくら命があっても足りそうになかった。
「ところで、アリスちゃんの方はどうなったんだい?」
「た、『太陽』なら『月』を返り討ちにしたわよ? まったく『月』もお笑い種よ! 自分から仕掛けた癖に、最後は『太陽』と仲直りするなんてね。お友達ごっこは他所でやって欲しいもんだわ!」
私なら自分を裏切った相手なんて絶対に信用しない。
それなのに太陽は結局月を許した。
自分にはとても理解できない所業だ。
「仲直り? ふーん、なるほどそう来たか」
「あんたが差し向けた猟犬のせいかしらね? こんな温い結果になったのは」
「ふふっ、それはそれは……賭けた甲斐もあったってもんだよ」
「何よ。あんた嫌に上機嫌じゃない」
「まぁね、正直今回ばっかりは彼女に感謝だ。アリスちゃん達の問題は僕も頭を痛めてたもんだから。なんていうのかな? 肩の荷が下りた心地だよ」
いつも人を喰ったようなジャウィンが珍しく楽しそうにで笑っている。
そこそこ長い付き合いになるが、こんなジャウィンを見るのは初めてだ。
「……そうなるとこれからの本選を前にして今の戦力だと流石に貧弱すぎるかな?」
「何ぶつくさ言ってるのよ?」
「ああ、いやこっちの話さ。気にしないでくれ」
ジャウィンは手を振りながら詮索を拒んでくる。
その飄々とした態度は腹立たしいものだ。
(ちっ、あまり裏でこそこそ動き回るのはやめてほしいものね)
裏切られたくないので口出しては言わないが、目の前の『道化師』は信用するにはあまりにもきな臭すぎる。
「とはいえ、当面はエミィの対処に追われそうだね。あれは流石に骨が折れる相手だよ」
「え、ええ、何か手はないかしら?」
あの怪物には是非とも対策を立てておきたい。
主に私の保身のためにも……
「ふむ、なら僕に一つ考えがあるんだけど聞いてくれるかい?」
「アイデアがあるんならさっさと教えなさいよ!」
急かすように言う私を楽しむように、じっくりともったいぶってからジャウィンは口を開く。
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