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プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

48話 太陽の王様

 とある控え室の一室、少女が一人頬杖をついて物思いに耽っていた。
 少し癖っ毛のある金髪を指に巻きつけながらチクチクとゆっくり進む秒針を見て時間を過ごしていたが、やがてそれにも飽きると机に身体を倒すとひんやりした冷たさが頬に伝わってくる。


「はぁー、アリスちゃんまだ帰って来ないのかなー?」


 足をぶらぶらさせながらアリスちゃんの到着を心待ちにしているが、待ち人が扉の向こうから入ってくる気配はない。


「もうっ、私の気も知らないで……」


 本番を前にして不安と重圧が私の気分を重くする。
 こんな時、いつもならアリスちゃんが側に居てくれて、その自信に満ち溢れた声で私を励ましてくれるのに。


「私……思ってたよりずっとアリスちゃんに頼り切りになっちゃってたかなぁ?」


 太陽が沈んでこれから夜が来る夕暮れのような不安感が両の肩にのしかかってくる。


「こんなことじゃ駄目だ。もっとしっかりしないと」


 気合を注入すべくパンパンと頬を叩くと、席を立った。
 ここでじっとしていると弱気になりそうだし、ちょっと外に出て気晴らしして来ようかな?
そんなことを考えていた時だった。
 トントンと扉がノックされる音が聞こえた。


「ん? 誰だろ?」


 一瞬アリスちゃんかなって思ったけど、それならノックせずにそのまま入ってくるよね?
 そう思って扉を見つめてもそこから来訪者が入ってくる様子はない。
 もしもスタッフの人ならノックしておきながら立ち惚けているのも変だし。


「はーい、今開けまーす」


 気になってしょうがなかった私は扉の取手に手をかける……すると私の手に、ピリッと何かが走った。


「いたっ!?」


 静電気かな? 夏なのに珍しいなあと思いながら気を取り直して手を伸ばす。


「あ、れ?」


 しかしその手はドアノブを掴むことなく虚空を切った。
 自分がどこにいるのか立っているのかもわからない、目に移る世界がぐにゃりとねじ曲がってどんどん遠ざかって行く。


「アリス......ちゃん」


助けを求める声を発することが出来ないまま、私の意識はそこで途絶えた。






☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆






「ハァハァ、ようやくたどり着いたわよ」


 息を上がらせながら見上げる部屋には控え室と書かれたプレートが下げられている。
 ジャウィンを見送ってすぐに、私は四葉の元に行くために会場へと駆け出していたのだが……。


「人多すぎなのよ全くもう、間に合わなかったら承知しないわよ」


 周囲を囲む観客達を押しのける訳にもいかず、立ち止まったり迂回したりしながら移動してきたのでかなりギリギリになってしまったのだ。


「大分遅くなっちゃったけど、四葉は大丈夫かしら?」


 四葉は本番を控えて、今頃緊張でガチガチになってるかしら? 
 もしもそうなら私が勇気づけてあげないと。


 なんて言って励まそうか思案しながら扉を開けると、そこには私が想像したものとは全然違う光景が広がっていた。


「四葉っ!?」


 扉を開けたすぐそこに四葉がうつ伏せで倒れている。
 すぐさま駆け寄り抱き起こすと、明らかに尋常じゃない青白い顔色をしているのが分かった。


「しっかりなさい四葉! 目を開けて」


「うぐっ、アリス...ちゃん?」


 薄っすらと目を開けて、くぐもった声を出す。


「よかった! 意識はあるわね? 気分が悪いとかどこか痛いとかある?」


 四葉は身体を動かさそうとするが、身じろぎするのが精一杯の様子だった。


「ごめ……身体に力入らなくて、痛いとかはないんだけど」


「いいのよ、それよりも医務室に行きましょう。身体を看てもらわないと」


 床から起してお姫様抱っこで抱えると、四葉が悔しそうに胸の中で震えていた。


「あれ? 私……なんで? 確かお客さんが来て、ドア開けようとしたらパチってなって」


「ドア?」


 医務室に行くため、今まさに開けようとしているドアノブに触れると、パチっとした音が鳴って……。


「痛っ!?」


 頭をハンマーで殴られたような感触が身体を覆う。
 視界がぐらぐらするが根性で踏みとどまった。


「アリスちゃん?」


「大丈夫よ、安心して」


 心配する四葉を安心させるため、努めて平静に応えた。
 だが、その内心には怒りが今にも溢れ出しそうだ。


(何よこれ? 対象者を酩酊状態にする罠じゃない!?)


 四葉が先に術式に掛かったせいか効果が大分減衰してるけど、対魔力も持たない一般人である四葉が平気な訳ない。
 そして、未だ試練が始まってない段階でこの犯行を行えるのは自分と同じ選定官の人間だけ。
 これを事故や偶然で片付けられるほど、私の頭の中はお花畑ではなかった。


(私のせい……よね? 選定官を抜けたから、その罰則を与えに来たんだわ。それも……私本人じゃなくてよりにもよって四葉にひどいことするなんて……許せないッ!)


 自分の不始末で四葉に危害を加えてしまった。
 その事実に自責の念と憤怒が容赦なく私を責め立ててくる。


「アリスちゃん、私もう大丈夫だから……下ろしてもらっていいかな?」


「はぁ? 何言ってるのよ四葉……全然大丈夫じゃないでしょうが!」


「だめだよ、お客さんが待ってるもん。こんなところで倒れてなんかいられないもん」


 そう言って四葉は自分の足で立とうとするが、あんな状態で身体に力が入る訳がない。
 倒れそうになる四葉の身体を慌てて支えた。


「ほら見なさい! 言わんこっちゃない、今の四葉は歌ったり踊れる身体じゃないの! いいからおとなしくしてなさい」


 フラついている四葉を抑えて椅子に座らせようとするが、パシッと手で振り払われた。


「……絶対に、やだっ!」 


 キッと鋭い目つきで私を見る。
 それはいつも優しく穏やかで、自信なさげにしている普段の四葉からは想像できない姿だった。


「聞き分けのないこと言わないでっ! そりゃチャンスは棒に振ることになるかもだけど、そんなのこれからだっていくらだってあるじゃない!?」 


 八つ当たり。
 そう自覚しながらも、声を荒げるしかなかった。
 こんな状態の四葉をステージにあげるなんて最悪命に関わってくる。


「そんなこと……言ってるんじゃない!」


 絶対に、行かせる訳にはいかない。
 例えどんなに嫌われたとしても私は四葉を止めなきゃいけない。
 なのに……。


「将来のことなんて私、馬鹿だからよく分かんないよ……でもね、私はこんなでもアイドルなんだよ? 上がり症だし、自信なんかどこにもないし……そんな私がこんなこと言うの、もしかしたらおこがましいのかもしれない、だけど!」


 ああ、そうやって意地を張って立つ姿があまりにも眩しくて……。


「私が歌うのを、待っててくれるお客さんがいるの。だから、私……歌いたいんだよ? 歌って期待に応えたいんだよ?」


 そこには私が思い焦がれてついぞ見つけられなかった王様が居た。
 みんなを優しく温かく照らす太陽の王様、私がこの手で支えたいと願った日輪の姿だ。


「ふぅ……初めて見た時から、四葉は何も変わらないわね?」


「……? オーディションの時のこと?」


「ううん、実は私ね、事務所のオーディションを受ける前に四葉の歌を聞いたことがあるの」


 それは私がこちらの世界に来てまだ間もないころ。
 ちょうど、試練に向けての準備でとりあえず拠点を構えようと思っていた時のことだ。
 ある時、小さな野外会場のステージで一生懸命に歌ってる四葉のことを偶々見つけた。
 自分の顔と瓜二つの人間を見つけて、最初は社会に溶け込むのに何かと都合が良さそうだと思って観客席に紛れ込んだのを覚えている。


「貴方の歌を聞いてる人は、みんな幸せそうな顔してたわ」


 歌や踊りそのものはまだまだ拙い技量だったが、ステージに渦巻く熱量はたまらなく熱かった。
 私にこれと同じことが出来るだろうか? 
 母国では興行が盛んなこともあって私もよく民衆の前で歌うことは日常茶飯事だったし、自分の能力に関して自信も実績もあった。
 だが、ここまで人の心を震わせるものがあっただろうか? 
 仮にあったとしても私にそれを誉と感じる心があっただろうか?
 嫉妬と羨望が混ざった気持ちで四葉を見続け、そして歌を聞き終わるころには、私もすっかりその魅力の虜になっていた。


「きっと、貴方が真剣に想う心がみんなに伝わったのね」


 それから私は任務そっちのけで自分を見つめ直し、四葉のいる事務所のオーディションを受けたのだ。
 まさか住まいまで提供してくれるとは思ってなかったが、四葉の傍にいるようになってから益々熱を上げるようになっていった。
 今までプリンセスとして誰にも仕えたことのない私が、初めて立場も役割も関係なく応援したいと思った人間……それが有栖院四葉という少女なのだ。


「そんなことないよ。私なんてまだまだだし、これからだってもっと頑張らなきゃいけないんだから」


「そうね、貴方はまだまだ未完成。だからこそ……今の貴方をステージにあげる訳にはいかないわ」


 四葉の首元に手刀を叩き込む。
 元々術式の影響で意識が曖昧だったのもあり、すぐに気絶してしまった。


「ファンのみんなが見たい貴方はそんなボロボロじゃないはずよ。だから今は無理をせずに養生なさい?」


 気を失った四葉をテーブルの上に寝かせると、部屋に置いてあった予備の衣装に着替える。
 そして部屋に人避けの魔方陣を仕掛けて、事が終わるまで誰もここに入ってこないように細工しておく。
 手早くやるべきことを終えると、バッグからタオルを取り出して四葉に掛けた。
 すやすやと穏やかに眠りに入っている四葉の髪を撫でると、くすぐったそうにしていた。


「安心しなさい四葉……私も覚悟を決めたわ。私の命を賭して貴方を支えて見せる。貴方の夢を、こんなところで終わらせたりなんかしない!」


 私は、こちらに来る前に持ち込んだ一つだけの私物。
 向こうの世界のマジックアイテムであるマイク型の魔力増幅器を取り出していた。
 本来なら詠唱をサポートするためのアイテムだが、これには声音・音程を変える機能が備わっている。 


「立派に、有栖院四葉を務めてあげる。いつの日か、今日の私なんかよりももっとすごい姿を見せてね?」


 そうして私は、四葉に変装してステージに登り……誰にも悟られることなく乗り切った。
 この日を契機に、有栖院四葉の名前は一気に世間へと名を知られることになる。









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