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プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

31話 判断保留



 ひとしきり泣き喚いたあと、ナニィをなだめた俺たちは衣装室から来客用の応接室に通された。上等そうな黒革のソファーに腰掛けると、目の前には蜂蜜色の髪が緩やかにウェーブした妙齢の女性がニコニコしながら座っている。なんというかそこにいるだけで空間が華やかになり、人の目を惹きつけるオーラを纏っていた。


「あの、粗茶ですけど」


「あ、これはどうもご丁寧に」


 目のやり場に困っている俺に差し出されたのはお茶と菓子だった。お盆を持つ細い腕を辿れば蜂蜜色の髪をウェーブさせた女の子がいる。ただ華やかさ、外見の愛くるしさ以上におとなしい印象を受けるのはその瞳が自信無さげに揺れているからだろうか?


「あんた、確かあの時にいた片割れだよな? 」


 その少女は船で出会った一人だ。自分と掴みあっていた奴とは違う方、途中で気を失ってナニィに介抱されてたのが印象に残っている。


「えっと、その節はどうも」


 少女は表情に怯えを滲ませながら、そういって足早に向こうのソファーへと戻っていく。ちょっと、いや、かなり距離感を感じる対応に心が傷つく。とはいえ、それも無理からぬことかもしれない。彼女にとって俺は自分の連れと組み合った相手なのだから。


「ほら、お菓子でも食べて落ち着けよ」


「うう、いただきます。」


 傷心を誤魔化すように差し出された茶菓子を隣に座っているナニィに勧める。
 先ほど情け無いところを見せたせいか顔を真っ赤にして所在なげに項垂れるナニィだったが、おずおずとクッキーを手にとって口に運んだ。


「あ、美味しい……」


 小さな口でリスのようにクッキーを頬張る姿に、場の緊張感がいくらか緩和される。


「さて、それじゃあそろそろ自己紹介でも始めちゃいましょうか?」


 和んだ空気を好機と捉えたのかいよいよ話し合いが始まるようだ。
 背筋を伸ばして姿勢を正す。


「お初にお目にかかります。私、この有栖院プロダクション星見ヶ原支所の支部長を務めております有栖院凪と申します。この度は、うちの娘が大変失礼をしました」


「初めまして、神無といいます」


 肩書にそぐわぬおっとりとした口上に少し気が抜ける。


「事情は既に聞いていると思っていいんですかね?」


「はい、娘から聞き及んでおります。」


 凪さんからの視線を受けて、隣の少女はびくりと肩を震わせるとたどたどしく口を開いた。


「えっと、娘の四葉と申します。さっきは助けてくれてありがとうございました」


「四葉? 三葉って呼ばれてなかったか?」


「あは、は……すみません本名だと色々と問題があるから偽名で」


「問題?」


 歯切れの悪い返答に首を傾げていると横からついついとつつかれた。


「ほら、この人ですよ。私達が渡されたチケットの」


 ナニィの指摘され、思い巡らせること数瞬、眼前の少女とライブで見た少女の姿がようやく重なった。


「あ、え? 有栖院四葉!? あのアイドルの?」


 今更ながら気づいて、狼狽する。どうしてもっと早く気づかなかったのか? まあ一年以上前のことだし遠目で着ている服も違うからしょうがないかもしれないが。道理で既視感があるはずだ。


「お恥ずかしながら」


 目を伏せて、蚊がなくような声量で呟く。
 コホンと脱線しかけている話を戻すように凪さんが咳を払った。


「それでうちも祭の準備で人手が足りず今、娘を留置所に入れられると困るんです。厚顔無恥を承知でお願いします。この度の件を示談にさせてはいただけないでしょうか? もちろん謝礼は弾ませてもらいますし、……私に出来ることなら何でもさせていただきます」


「何でも……」


「なに鼻の下伸ばしてるんですか? しっかりしてください!」


 ゴクリと生唾を飲み込むと、ナニィに肘で小突かれる。
 いかんいかん色仕掛けに惑わされる訳にはいかない。


「それで? それは謝罪の一環というわけですか?」


 今まで見ないようにしてきたものに目を向ける。
 ソファー近くのフローディングされた床に敷かれた三角板の上に手足を縛らされ、口に布のようなものを噛まされて正座させられている。その首元には反省中の板がぶらさがっていた。


「あの馬鹿、失礼あのクズも反省しております」


 んーんーと、荒い声をあげ烈火の如き怒りに染まった瞳で睨みつけてきた。目だけで人を殺せそうなほどの強い視線が発せられている。石抱にされて元気なことだと逆に感心する。


「あらアリス、膝に乗せた重石が足りなかったかしら?」


「ふ、ふぐぅ」


 その穏やかな目尻が豚を見るような冷ややかなものに変わる。今にも暴れようとした猛獣がその瞳に射抜かれて、萎縮する。力関係は明白のようだ。そのやりとりに若干、心がすく思いがする。


「言い直さないほうがマシだったし、反省しているようには見えないんですが」


 内心でざまぁと思いつつも、表面上は取り繕っておく。
 猛獣を檻で囲って鎖で繋いでも、攻撃性が消えるわけじゃないしな。


「主催者側の身内がこの時期に問題を起こしたとなると、最悪祭の進行に影響が出るかもしれねぇんだ。みんなが楽しみにしてるところに水は刺したくねえ」


 ここで今まで黙って静観していた黒部が口を開く。


「なるほど、黒部さんが言ってたもうひとつの理由はそういうことだったんですね」


 ここには祭の準備の関係で足繁く通っていたと言ってたし、黒部は四葉達とは顔見知りだったのだろう。その主催者側の人間がトラブルになったと知れれば、加害者か被害者かに関わらず問題になる。だからそうなる前に俺を取り押さえる必要がこの人にはあったのだ。


「理解はしましたけど、それと納得できるかどうかは別の話です」


 こっちは冤罪で痴漢呼ばわりまでされたのだ。そうそう丸く収める気にはなれない。


「分かってる。だが、お前だって掴みかかったのは事実なんだ。明るみに出ればタダで済むとは思わない方がいい」


「むぅ」


 黒部の脅しめいた言葉に考える。楽しみにしていた祭を台無しにされた時の感情を考えると確かに怖い。だが、一方でこうも思う。これはチャンスじゃないか?


「ムクロさん?」


 ここで大騒ぎすれば、祭の中止まではいかずとも有栖院四葉のライブは見送られる可能性は充分にある。そうすれば事件を未然に防ぐことも可能なのかもしれない。


「ムクロさん!」


 その思考は大声をあげるナニィによって遮られた。


「どうした?」


「なんかうまく言えないんですけど、怖い顔してたから……」


 その指摘に思わず顔に手を当てる。表情に出ていただろうかと思ったが、ナニィ以外の人間は首を傾げていたことに胸を撫で下ろした。


「いや、大丈夫だ。問題ない」


 頭を振って、暗い考えを振り払うと、凪さんを見つめてこう言った。


「ちょっと、考えさせてもらってもいいですか?」


 そうして、俺が下した決断は……とりあえず保留にすることだった。



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