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プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

26話 星見ヶ原アリーナ

 青い空、白い雲。
 俺、神無骸は鳥達がその羽をいっぱいに伸ばして気持ち良さそうに飛んでいく光景を船の上から見上げていた。
 自由にこの青の世界の最果てまで飛んでいけたらどれほど気持ちいいだろうか? それは人間の身で翼を持たない者からすれば想像することしかできない。
 案外、白鳥が水面下では一生懸命にバタ足を続けているように外敵に狙われ続ける空の旅は鳥達からすれば面白くもなんともないことなのかもしれないが、隣の芝とは青いものだ。
 俺は空に浮かぶ自由を鑑賞しながら物思いに耽る。
 押し寄せる波が船体に当たり、少しだけ船が揺れた。
 潮の香りをその肌に感じながら、俺は大海原を睥睨へいげいする。


「ムクロさん、ムクロさん見てください。外、すっごく綺麗ですよ!」


 そんな中、手すりから身を乗り出しかねない勢いで外を見てはしゃいでいる奴がいた。
 サファイアのように蒼く澄んだ瞳を見開き、丸みを帯びた美しいというよりも可愛らしい顔立ちを蒸気させている。小柄な体躯と幼さを感じる外見に反してその胸元は豊かに実った膨らみが服の上からでも見て取れる。
 何よりも人目を引くのは、その白銀に輝く長い髪の毛。絹のようにさらさらと風に揺れてなびく銀線は日光を反射して更に艶やかに輝いていた。


 少女の名前はナニィ・ワロー・テール。
 ワロテリアという異世界にある国の第二王女らしい。
 そんな異様な経歴を持ち、やんごとなき身分の少女とどこにでもいるような学生という一般人の俺が一緒にいるには訳がある。
 事の始まりはGWが始まる一日前の4月28日に起こったことだ。
 ナニィの世界では、一定周期おきに女王選抜試練というものが行われる。
 これは各国の姫君達が世界の覇権を賭けて競い合うゲームのようなものだ。
 ナニィはこの女王選抜試練に参加するためにこちらの世界へ来たが、この転送時に思いもよらないハプニングが起こる。
 それは転送地点に俺、神無骸がたまたま居合わせてしまったことだ。
 結果、接触事故が起きて、その時に少女の持ち物を俺が飲み込んでしまうのだが、この飲み込んだアイテムが宝珠というワロテリアの家宝の一つであったためにナニィは俺と行動を共にすることを余儀なくされてしまった。
 その後、身体に異常がないか病院に診察を受けにいったところで女王選抜試練絡みの事件に巻き込まれた俺達だったが、辛くもこの事件を解決することに成功する。
 その事件の首謀者である選定官を名乗る少女、道化のジャウィンを取り逃がしたことだけは痛手だったのだが、その少女が去り際に犯行予告と招待状を遺していったのだ。
 これ以上、被害を拡大させるわけにもいかず、俺達は、罠と知りつつ招待状を受けた。
 その招待状に記された場所が俺達の目の前にある孤島という訳だ。


「すげえだろ? あれが、隔絶型娯楽施設。周囲を海で囲われた天然の会場。星見ヶ原アリーナがある場所だ」


 船に揺られること数時間、ようやく見えて来た島を指差して俺はそう答えた。


 星見ヶ原アリーナ。
 それは星見ヶ原市が保有する離島に建設されている。
 この離島はかつて本土と陸続きだったのだが、近年地球温暖化の影響を受けて水位があがり本土と別れてしまった。
 未だ潮が引けば歩いて渡れる場所もあるが、格段に不便になったことを当時の住民は大変悲しんだらしい。
 しかし当時の星見ヶ原市長はこの天然の要害と化した離島に娯楽施設を増設し、リゾート地として売り出した。
 外界と隔絶された場所で、進入経路が著しく限定されているため治安も良好。
 潮が引けば本土へと徒歩でいけるモーゼ海道を始めとした景観麗しい観光資源の数々は富裕層の心を鷲掴みし、セカンドハウスとして人気を集めるこの島は星見ヶ原市のかけがえのない収入源となった。
 特に星見ヶ原アリーナに設置されているライブ会場には多くの人気バンドを招聘するなど、一種のステータス的な会場になるほどの盛り上がりを見せている。
 招待状として渡されたのは今、売り出し中の有栖院四葉のライブペアチケットであり、GW中には、他にも多くの出演者がいるそうだが、有栖院四葉はこのイベントの目玉ともいえる存在だ。
 そんな大勢が集まる場所で、問題が起こるようならどれだけの被害が出るのか。
 考えるだけでも身震いする。


(中止できればもちろんその方がいいんだろうが)


 残念なことに、俺達はジャウィンにその旨を一方的に言い渡されただけで証拠らしいものは何一つとして持ち合わせていない。
 これだけ大きなイベント、まさか証拠もなしに危ないから止めてくれといっても聞き入れられないことは明らかだった。


「絶対、やめさせないと……私達の世界の問題で関係ない人に危害を加えるなんて許せないです」


「ああ、お前の言うとおりだ。マルやしぐれさんみたいな人たちを出さないためにも、俺達が頑張らなきゃな」


「はい! あ、でもムクロさんだって無茶したらダメですからね? 宝珠の影響で身体の傷が治ると言っても条件も判別しないし、上限だって分からないんですから」


「分かってるよ、別に俺だって死にたい訳じゃないんだから」


 心配する少女の頭をポンポンと叩くとくすぐったそうに目を細めた。


「ならいいですけど……後、何で私の頭を撫でるんですか?」


「なんか撫でやすいところにちょうど頭があったから、嫌だったか」


「別に嫌って訳じゃないですけど、子ども扱いされてるみたいで釈然としません」


 ぷいっと首を振る少女に思わず苦笑する。


「そんなにはしゃぐと子供以外の何にも見えないけどな」


「こ、これぐらい普通です。私なんかよりもはしゃいでる人だっているじゃないですか」


「そんなやつどこにいるんだよ?」


「え? あそこにいますけど」


 今時、海程度でここまではしゃげる奴などそういる訳ないだろ。
 そう言外に伝えるが、ナニィの指差した場所を見て考えを改め直すことになった。
 人差し指が指示した場所は船の先端、いわゆる船首という奴だ。
 麦わら帽子を被った海賊が羊顔の船首に腰掛けてるあの場所付近に二人の少女が立っていた。
 蜂蜜色の緩やかなウェーブのかかった髪をした小柄な少女達は、強い日差しを警戒しているのか色の濃いサングラスをかけている。
 そんな色んな意味で目立つ少女たちが船首で大はしゃぎしているのが見えた。


「三つ葉! 見なさいよ海よ海! 広いわね〜」


「アリスちゃん駄目だよ。船首で両手あげたらフラグだよ? 船が沈んじゃうよ?」


 大きく手を広げた少女の腰を、もう一方がひしっと掴む。その様はまさにタイタニックのあれだった。


「大丈夫よ。オカルトなんてこの世にある訳ないじゃない。よつ……三つ葉ももう中学生なんだからいつまでも夜、トイレに1人で行けないから付いてきてなんて言ってちゃ駄目よ?」


「ほわぁ!? な、なんで今そのこと言うの? 誰かに聞かれたらどうするの?」


 私、恥ずかしくてもうお外歩けないよ〜と涙声でポカポカと叩いてじゃれ合っている。


「ね? 私なんかよりもよっぽどはしゃいでると思いませんか?」


 ナニィの勝ち誇った顔に今回ばかりは俺も苦笑しながら頷くしかなかった。
 少女達の外見も相まって、目を引く少女達のじゃれ合いをなんとなく眺めていると不意に強い風が吹いた。


「……きゃっ!?」


 その時、風の影響か船が大きく揺れた。その揺れでバランスを崩したのかタイタニックごっこで遊んでいた片割れ――腰を掴んでた方――が、たたらを踏んで船から投げ出される。


「四葉!?」


 慌てて、もう片方の女が手を掴んだが、咄嗟の出来事だったせいで極めて不安定な体勢だ。


「ちょっ!?」


「ムクロさん!?」


 たまたまそれを見ていた俺は咄嗟に駆けだした。それに半歩遅れてナニィもまた追走してくる。


「うぎぎ、こんちくしょー。私は腕力には自信ないのにぃ~」


「あわわ、このままだとアリスちゃんまで落ちちゃうよ!? お願い、手を放して!」


「はぁ? ざっけんじゃないわよ! 誰が親友の手を放すもんですか! ……ってか四葉あんたまた太ったでしょ? レッスンをさぼるから天罰が当たったのよ、ばーかばーか」


「ふぇええごめんなさぁああい!!」


 涙目で謝罪を繰り返す少女だったが、謝って済めばダイエットなどいらない。
 少女は顔を真っ赤にしながら引き上げようと試みるがその細腕に加えて不安定な態勢からでは人ひとり引き上げるのは無理のようだった。


「も、もう駄目……私も、んっ……落ちちゃう!?」


 抵抗虚しく限界を超えた少女はつるっと足を滑らせて仲良く海へと落ちていく。
 もう駄目だと少女達が歯を食いしばるが、その落下は海に落ちる前に止まった。


「おい!大丈夫か?」


 少女達が海の藻屑となる前に、俺はなんとか少女の胸を掴むことに成功する。


「ちょ? え? なに? この私の胸に当たってるゴツゴツしたのは」


「……引っ張り上げるぞ、手を離すなよ!」


 当惑する声を無視して、危機一髪間に合ったに安堵の溜息をつくと、少しずつ引っ張りあげる。横ではナニィが先に落ちた方の手を掴んで引き上げるのを手伝ってくれていた。
 やがて、なんとか二人を船上に引っ張り上げると疲れで四人とも座り込んでしまった。


「あ、ありがとうございます! 貴方は私の命の恩人です! 本当に、本当にありがとうございます!」


「え、えっと頭とか下げなくていいですから! 本当に大丈夫ですから!」


 先に落ちた方の少女が感謝の言葉と共に何度も頭を下げるが、ナニィは感謝されることに慣れていないのか逆に恐縮していた。


「そっちは大丈夫だったか? 怪我とかないか?」


 俺はもう一人の少女に話しかけるが、少女はわなわなと肩を震わせながら胸元を隠すように抱き締めている、そして不意に立ち上がるとキッとサングラスの上からでも分かる鋭い目で睨んでくる。


「こ、この変態!!」


 パシンと渇いた音が静かな海の上に木霊する。
 それが、頬を叩かれた音だと気づくのには……少しだけ時間が必要だった。



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