プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す
一章 エピローグ
背の高いビルの上で、悠然と佇む影がいた。道化の化粧を目元に施した少女が夜のスポットライトに照らされた街並みを見下ろしていて、その手の中に大アルカナ『愚者』の意匠が入ったカードを弄んでいる。流れる夜風に身を任せているところにざっざっと足音が近寄ってきて背後を振り返った。
「やぁ、1年ぶりだったかな?」
道化師がしゃべりかけたその影は無言のまま見つめ返す。
紫のフードを被った少女だ。
エメラルドに輝く瞳はやがて道化師から興味を失ったように水晶を覗き込んだ。
『貴方が獲物を仕留め損ねるとはね、相手はそれほど大物には見えなかったけれど?』
「ありゃ? やっぱりどこかから盗み見てたんだね。選定官No.X予言者のメウルファちゃん」
『この大地は私の庭のようなもの、ここから見えないものは私には何もないわ』
メウルファと呼ばれた少女は悪びれることもなく答える。
悪びれもしない予言者に対して、盗み見はよろしくない趣味だと思うけどねぇと肩を竦めた。
「能力は……ぶっちゃけ大したことない。全く戦えない訳じゃないみたいだけど平均値以下と言って差し支えないだろうね」
ちょっと変わった魔法が使えるみたいだけどほんとそれだけさ。
ジャウィンは交戦したナニィに対する評価をそう定めた。
恐れるに足らない相手だと。
『へぇ、その大したことない相手に同志を売り払ったのかしら?』
若干棘を含んだ預言者の物言いにジャウィンは微かに眉を潜めた。
「いやぁ、妖子のこと言ってるなら最初に裏切ったのは向こうだよ? 僕は人質なんてのは不安要素にしかならないからさっさと始末しろって言ったのにねぇ」
斬原はなんやかんや理由をつけて人質を監禁するという行動に出た。それを見てジャウィンは斬原を捨て駒にしたのだが、おかげさまで斬原に預けていたアイテムは回収することができなくなってしまった。
『貴方は本当に話をはぐらかすのが上手いわね。私が言っているのはそんな有象無象のことではないわ、我らが同志……太陽のことよ』
しかし目の前にいる奴が愚痴を聞いてくれる訳もない。
全てお見通しだぞと訴える預言者に対して降参するように両手を挙げた。
「同志っていうけどさ。太陽はもう候補者どころか選定官としての役目すら果たす気もないよ? そんな府抜けた奴がうろちょろしててもうざいだけでしょ?」
『だから猟犬を差し向けたの? 貴方たちは親友同士だったと認識していたのだけどね』
「……そんな大昔の話を掘り返されても、知らないよ」
忌々しいとばかりにジャウィンは手を振って話題を中断した。
『ふぅ、まあいいわ。それよりも問題が発生したのよ』
幸いなことに預言者は深く追求してくるようなこともなく、むしろここからが本題だと話をつづける。
『先日、同志である塔が元の世界へと送還されたわ』
その告白にジャウィンは少なからず驚愕した。
「へぇ、あの戦闘狂を屠るなんてね。おつむの出来は残念な奴だったけど実力だけはあったのに。罠にでも嵌められたのかい?」
考えられるとすれば油断したところを搦め手で落とされたなどだが。
『いいえ、叡智の魔術師にちょっかいをかけにいって……正面から散々に打ち破られたようね』
「おいおい喧嘩を売る相手は選びなよ……っていってももう遅いんだっけ?」
ジャウィンは爆弾を残して早々に退場した仲間に悪態をついた。
「女王選抜試練開始からまだ三日だよ? もう僕らの存在を嗅ぎつけられたの? やめて欲しいよねぇ」
おまけに考えられる限りで一番面倒そうな奴を引き連れて来たのだから文句の一つも言いたくなるというものだ。
『そんな事情もあって、貴方にはそちらの抑えを頼みたいの』
「分かったよ。後で合流するから先に行っていてくれ」
『頼りにしているわよ……我が同志、道化のジャウィン。我らが真なる主のために』
「はいはい、我らが真なる主のためにね」
やがて予言者が立ち去った後、不意に道化は自分のカードへと目を落とした。
「ほんと、こんな条件さえ引き当ててなかったらねえ」
道化の瞳に映された課題の項目には『候補者に直接触ってはならない』という記述が刻印されていた。
「僕だけ条件厳しすぎじゃなーい。こんなのほとんど何もできないじゃん」
禁止系の課題だが、どこもかしこも敵だらけのため意外と頭を悩ませる課題だ。
「案外、運だけは見どころがあるのかもね」
誰に聞かせるでもなく、道化師は白の少女を思い出しながらそう呟いた。
物思いに耽る道化師を満月だけが優しく照らす。
女王選抜試練は未だ、始まったばかりだ。
「やぁ、1年ぶりだったかな?」
道化師がしゃべりかけたその影は無言のまま見つめ返す。
紫のフードを被った少女だ。
エメラルドに輝く瞳はやがて道化師から興味を失ったように水晶を覗き込んだ。
『貴方が獲物を仕留め損ねるとはね、相手はそれほど大物には見えなかったけれど?』
「ありゃ? やっぱりどこかから盗み見てたんだね。選定官No.X予言者のメウルファちゃん」
『この大地は私の庭のようなもの、ここから見えないものは私には何もないわ』
メウルファと呼ばれた少女は悪びれることもなく答える。
悪びれもしない予言者に対して、盗み見はよろしくない趣味だと思うけどねぇと肩を竦めた。
「能力は……ぶっちゃけ大したことない。全く戦えない訳じゃないみたいだけど平均値以下と言って差し支えないだろうね」
ちょっと変わった魔法が使えるみたいだけどほんとそれだけさ。
ジャウィンは交戦したナニィに対する評価をそう定めた。
恐れるに足らない相手だと。
『へぇ、その大したことない相手に同志を売り払ったのかしら?』
若干棘を含んだ預言者の物言いにジャウィンは微かに眉を潜めた。
「いやぁ、妖子のこと言ってるなら最初に裏切ったのは向こうだよ? 僕は人質なんてのは不安要素にしかならないからさっさと始末しろって言ったのにねぇ」
斬原はなんやかんや理由をつけて人質を監禁するという行動に出た。それを見てジャウィンは斬原を捨て駒にしたのだが、おかげさまで斬原に預けていたアイテムは回収することができなくなってしまった。
『貴方は本当に話をはぐらかすのが上手いわね。私が言っているのはそんな有象無象のことではないわ、我らが同志……太陽のことよ』
しかし目の前にいる奴が愚痴を聞いてくれる訳もない。
全てお見通しだぞと訴える預言者に対して降参するように両手を挙げた。
「同志っていうけどさ。太陽はもう候補者どころか選定官としての役目すら果たす気もないよ? そんな府抜けた奴がうろちょろしててもうざいだけでしょ?」
『だから猟犬を差し向けたの? 貴方たちは親友同士だったと認識していたのだけどね』
「……そんな大昔の話を掘り返されても、知らないよ」
忌々しいとばかりにジャウィンは手を振って話題を中断した。
『ふぅ、まあいいわ。それよりも問題が発生したのよ』
幸いなことに預言者は深く追求してくるようなこともなく、むしろここからが本題だと話をつづける。
『先日、同志である塔が元の世界へと送還されたわ』
その告白にジャウィンは少なからず驚愕した。
「へぇ、あの戦闘狂を屠るなんてね。おつむの出来は残念な奴だったけど実力だけはあったのに。罠にでも嵌められたのかい?」
考えられるとすれば油断したところを搦め手で落とされたなどだが。
『いいえ、叡智の魔術師にちょっかいをかけにいって……正面から散々に打ち破られたようね』
「おいおい喧嘩を売る相手は選びなよ……っていってももう遅いんだっけ?」
ジャウィンは爆弾を残して早々に退場した仲間に悪態をついた。
「女王選抜試練開始からまだ三日だよ? もう僕らの存在を嗅ぎつけられたの? やめて欲しいよねぇ」
おまけに考えられる限りで一番面倒そうな奴を引き連れて来たのだから文句の一つも言いたくなるというものだ。
『そんな事情もあって、貴方にはそちらの抑えを頼みたいの』
「分かったよ。後で合流するから先に行っていてくれ」
『頼りにしているわよ……我が同志、道化のジャウィン。我らが真なる主のために』
「はいはい、我らが真なる主のためにね」
やがて予言者が立ち去った後、不意に道化は自分のカードへと目を落とした。
「ほんと、こんな条件さえ引き当ててなかったらねえ」
道化の瞳に映された課題の項目には『候補者に直接触ってはならない』という記述が刻印されていた。
「僕だけ条件厳しすぎじゃなーい。こんなのほとんど何もできないじゃん」
禁止系の課題だが、どこもかしこも敵だらけのため意外と頭を悩ませる課題だ。
「案外、運だけは見どころがあるのかもね」
誰に聞かせるでもなく、道化師は白の少女を思い出しながらそう呟いた。
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