プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す
24話 ありがとう
腹に冷たくて固い異物が、めり込んでいるのを感じる。痛みを超越した熱のようなものが全身を駆け巡った。
「……ごふっ」
マルの持つメスが腹に食い込み血を吐き出す。吐血して流れ出た血が零れ落ちて、マルへと降りかかる。
「あっ……違う、僕そんなつもりじゃあ」
斬原ではなく、骸にメスを突き立てて怪我をさせてしまったマルはその血を見て顔を蒼白にする。持っていたナイフが手から滑り落ち、足腰を支える力も抜けたのかぺたりと床に座り込んだ。
「ごめん、お兄ちゃん、ごめん。すぐに救急車呼ばなきゃ!!」
混乱して謝罪と狼狽を呟くマルに、俺は頭突き――拳骨にしたかったが、腕は縛られていて使えないため代わりに――をお見舞いしてやった。ゴチンと硬い音が鳴り響いて、その痛さにマルは頭を押さえてうずくまる。
「ふぅ、ふぅ……落ち着け、馬鹿……俺はピンピンしてるぞ。よく見ろ」
「そんな強がり言って!! ……あれ? 本当に怪我してない? さっきの吐血はなんだったの?」
「お前がぶつかってきたときに舌噛んだんだよ。メスが刺さった訳じゃねえから安心しな」
嘘だった。メスは確かに自分の身体に突き刺さったが、マルが狼狽してる間に例の現象が発動して怪我を治療してしまった。いちいち説明するのも面倒だったし、余計な気を使わせたくなかったので嘘をつく。幸い、メスは斬原を切りつけた時には既に真っ赤に返り血が付着していたので、うまく誤魔化せるだろう。服に空いた穴も斬原につけられたことにすればいい。
「なんで……こんなことしようとしたんだ?」
いくらか落ちついたところで、そんな疑問が口をつく。マルは何の理由もなく人を傷つけるような奴じゃない。そんなマルを凶行に走らせた理由とはなんだ?
「……お兄ちゃんは知らないかもだけど、そいつは僕のお母さんを襲った通り魔なんだ!」
激情を解き放つようにマルは斬原を糾弾する。その言葉になるほどと納得すると同時にきな臭も感じた。当事者さえ知らない情報を持つもの、それは果たして目撃者なのだろうか? いや、むしろ裏から舞台を操る意図、共犯者なのではないだろうか?
「ああ、そうらしいな」
「知ってたの!?」
「そんなわけねえだろ。ついさっきそいつがペラペラ自白したよ、聞いてもねえのにな」
ともあれ、しぐれさんを襲ってマルの心に消えない傷をつけた奴は斬原であることはもう疑いようがない。
「じゃあ分かるでしょ? 僕はそいつを倒してお母さんを守らなきゃいけないんだよ!」
「ふぅ、倒すってなんだ? 守るってなんだ? こいつをぶっ殺すことか」
「それは……」
怒鳴り散らすマルに、水をかけてやれば言い淀んだ。
「守るだなんだと上面で綺麗ごと並べてみても、やってることがそいつと変わらん」
「っ!? 同じじゃないよ、全然違うもん」
「違わねえよ、なんだかんだ理由つけて殺そうとしてるだろ? 違うっていうなら何故警察を呼ばない? 何故自分の手でケリをつけようとする? こいつは誰の目から見ても分かる歴とした犯罪者で、警察ってのはこういう奴を取り締まるために安くない税金を持っていく奴らなんだぜ? こき使ってやらなくてどうするよ」
子供の癖に何も分からないままメスを振り回す姿に苛立ちを隠せない。
「だって、証拠も何もないんだよ? 信じてくれるわけないじゃん」
「じゃあ、俺達を頼ればいい」
「え?」
「警察がお前を信じなくても、俺やナニィだってお前を信じる。困ったら頼ってくれよ、友達じゃねえか」
「でも、僕は……そいつが憎くてたまらないんの、そいつを傷つけたくてしょうがないの。なんか黒いものが僕の中から湧き上がってくるの、僕はおかしくなっちゃったのかなあ?」
「そんなことねえよ。俺の知ってるマルは明るくて元気が有り余ってて、何より母親想いの優しい奴だ。なぁ、お前も……そう思うだろ?」
まるで自分が自分じゃないみたいなんだと頭を俺の胸にうずめながら苦しむマルを抱きしめたく思う。しかし、椅子に腕が縛り付けられている状態では残念ながらそれはできない。だから、その役目は目の前にいるやつにお願いしよう。
「はい、私も……マルちゃんは誰かを好んで傷つけようとするような子じゃないと思います」
そこには白銀の髪をなびかせて優しく微笑みナニィが立っていた。ところどころに小さな傷を作って、買ってやった服も破れた個所が目立つ。息を切らしながらも膝を折ると、後ろからマルを抱きしめる。
「ナニィ……お姉ちゃん?」
「……やっと、追いつけました」
ナニィはポンと、右手でマルの頭を撫でると、小さく忘却せし記憶の泉と呟く。青白い光が輝いた。
「お姉ちゃん、ごめんね? 僕は……お姉ちゃんにひどいこと」
「大丈夫ですよ、全部終わりましたから」
だから安心してください。その涼やかな言葉と共に、マルの表情から憎しみが嘘のように溶けて消えていく。子供ながらに気を張ったのだろう、すぐにうとうとして瞼を閉じて寝息を立て始めた。
「ふぅ、それにしてもムクロさんってば面白い恰好になってますね?」
「馬鹿……こっちにも色々あったんだよ察しろ」
ナニィが椅子に括りつけられた状態でいる俺を見て苦笑する。
俺は憮然としながら事の元凶を顎で指し示すと、そこには痛みで気絶した斬原が無様にも白目を剥いて転がっていた。
「そっちも何事もなくって訳じゃなかったみたいだな?」
「あはは、分かりますか? マルちゃんを追いかけたところで選定官とかいう変な候補者に襲われました。その子は人を操る魔法を使える子だったみたいで病院のナースさんをけしかけてきたのから抜けるのに時間がかかりましたけど、どうにか間に合って良かったです」
まあ詳しい話は後で話しますよと安らかな寝顔を見せるマルの髪を優しく梳く。
「そうか、助けに来てくれたんだな。自分がそんな状況だったのに」
「何言ってるんですか? 当然じゃないですか」
「当然か、あはは」
ナニィが不思議な顔をして小首を傾げる様が今ばかりは愛おしい。自分の窮地を押して助けに駆けつけてくれたのだ。嬉しくないはずがない。斬原は候補者とは決して相容れることが出来ないと言っていたが、そんなことは決してない……その答えが今、俺の目の前にある。
「なぁ、ナニィ」
「何ですか?」
だから俺は感謝を込めて、彼女に告げよう。
「ありがとう」
俺は最大の感謝を目前の少女に捧げる。
ナニィは最初何を言われたのか分からなかったようで、目をきょとんと瞬かせて……。
「はいっ!」
やがて、その豊かな胸を張ってそう答えた。
巷を沸かせた一か月に及ぶ通り魔事件はこうして静かに幕を閉じる。
「……ごふっ」
マルの持つメスが腹に食い込み血を吐き出す。吐血して流れ出た血が零れ落ちて、マルへと降りかかる。
「あっ……違う、僕そんなつもりじゃあ」
斬原ではなく、骸にメスを突き立てて怪我をさせてしまったマルはその血を見て顔を蒼白にする。持っていたナイフが手から滑り落ち、足腰を支える力も抜けたのかぺたりと床に座り込んだ。
「ごめん、お兄ちゃん、ごめん。すぐに救急車呼ばなきゃ!!」
混乱して謝罪と狼狽を呟くマルに、俺は頭突き――拳骨にしたかったが、腕は縛られていて使えないため代わりに――をお見舞いしてやった。ゴチンと硬い音が鳴り響いて、その痛さにマルは頭を押さえてうずくまる。
「ふぅ、ふぅ……落ち着け、馬鹿……俺はピンピンしてるぞ。よく見ろ」
「そんな強がり言って!! ……あれ? 本当に怪我してない? さっきの吐血はなんだったの?」
「お前がぶつかってきたときに舌噛んだんだよ。メスが刺さった訳じゃねえから安心しな」
嘘だった。メスは確かに自分の身体に突き刺さったが、マルが狼狽してる間に例の現象が発動して怪我を治療してしまった。いちいち説明するのも面倒だったし、余計な気を使わせたくなかったので嘘をつく。幸い、メスは斬原を切りつけた時には既に真っ赤に返り血が付着していたので、うまく誤魔化せるだろう。服に空いた穴も斬原につけられたことにすればいい。
「なんで……こんなことしようとしたんだ?」
いくらか落ちついたところで、そんな疑問が口をつく。マルは何の理由もなく人を傷つけるような奴じゃない。そんなマルを凶行に走らせた理由とはなんだ?
「……お兄ちゃんは知らないかもだけど、そいつは僕のお母さんを襲った通り魔なんだ!」
激情を解き放つようにマルは斬原を糾弾する。その言葉になるほどと納得すると同時にきな臭も感じた。当事者さえ知らない情報を持つもの、それは果たして目撃者なのだろうか? いや、むしろ裏から舞台を操る意図、共犯者なのではないだろうか?
「ああ、そうらしいな」
「知ってたの!?」
「そんなわけねえだろ。ついさっきそいつがペラペラ自白したよ、聞いてもねえのにな」
ともあれ、しぐれさんを襲ってマルの心に消えない傷をつけた奴は斬原であることはもう疑いようがない。
「じゃあ分かるでしょ? 僕はそいつを倒してお母さんを守らなきゃいけないんだよ!」
「ふぅ、倒すってなんだ? 守るってなんだ? こいつをぶっ殺すことか」
「それは……」
怒鳴り散らすマルに、水をかけてやれば言い淀んだ。
「守るだなんだと上面で綺麗ごと並べてみても、やってることがそいつと変わらん」
「っ!? 同じじゃないよ、全然違うもん」
「違わねえよ、なんだかんだ理由つけて殺そうとしてるだろ? 違うっていうなら何故警察を呼ばない? 何故自分の手でケリをつけようとする? こいつは誰の目から見ても分かる歴とした犯罪者で、警察ってのはこういう奴を取り締まるために安くない税金を持っていく奴らなんだぜ? こき使ってやらなくてどうするよ」
子供の癖に何も分からないままメスを振り回す姿に苛立ちを隠せない。
「だって、証拠も何もないんだよ? 信じてくれるわけないじゃん」
「じゃあ、俺達を頼ればいい」
「え?」
「警察がお前を信じなくても、俺やナニィだってお前を信じる。困ったら頼ってくれよ、友達じゃねえか」
「でも、僕は……そいつが憎くてたまらないんの、そいつを傷つけたくてしょうがないの。なんか黒いものが僕の中から湧き上がってくるの、僕はおかしくなっちゃったのかなあ?」
「そんなことねえよ。俺の知ってるマルは明るくて元気が有り余ってて、何より母親想いの優しい奴だ。なぁ、お前も……そう思うだろ?」
まるで自分が自分じゃないみたいなんだと頭を俺の胸にうずめながら苦しむマルを抱きしめたく思う。しかし、椅子に腕が縛り付けられている状態では残念ながらそれはできない。だから、その役目は目の前にいるやつにお願いしよう。
「はい、私も……マルちゃんは誰かを好んで傷つけようとするような子じゃないと思います」
そこには白銀の髪をなびかせて優しく微笑みナニィが立っていた。ところどころに小さな傷を作って、買ってやった服も破れた個所が目立つ。息を切らしながらも膝を折ると、後ろからマルを抱きしめる。
「ナニィ……お姉ちゃん?」
「……やっと、追いつけました」
ナニィはポンと、右手でマルの頭を撫でると、小さく忘却せし記憶の泉と呟く。青白い光が輝いた。
「お姉ちゃん、ごめんね? 僕は……お姉ちゃんにひどいこと」
「大丈夫ですよ、全部終わりましたから」
だから安心してください。その涼やかな言葉と共に、マルの表情から憎しみが嘘のように溶けて消えていく。子供ながらに気を張ったのだろう、すぐにうとうとして瞼を閉じて寝息を立て始めた。
「ふぅ、それにしてもムクロさんってば面白い恰好になってますね?」
「馬鹿……こっちにも色々あったんだよ察しろ」
ナニィが椅子に括りつけられた状態でいる俺を見て苦笑する。
俺は憮然としながら事の元凶を顎で指し示すと、そこには痛みで気絶した斬原が無様にも白目を剥いて転がっていた。
「そっちも何事もなくって訳じゃなかったみたいだな?」
「あはは、分かりますか? マルちゃんを追いかけたところで選定官とかいう変な候補者に襲われました。その子は人を操る魔法を使える子だったみたいで病院のナースさんをけしかけてきたのから抜けるのに時間がかかりましたけど、どうにか間に合って良かったです」
まあ詳しい話は後で話しますよと安らかな寝顔を見せるマルの髪を優しく梳く。
「そうか、助けに来てくれたんだな。自分がそんな状況だったのに」
「何言ってるんですか? 当然じゃないですか」
「当然か、あはは」
ナニィが不思議な顔をして小首を傾げる様が今ばかりは愛おしい。自分の窮地を押して助けに駆けつけてくれたのだ。嬉しくないはずがない。斬原は候補者とは決して相容れることが出来ないと言っていたが、そんなことは決してない……その答えが今、俺の目の前にある。
「なぁ、ナニィ」
「何ですか?」
だから俺は感謝を込めて、彼女に告げよう。
「ありがとう」
俺は最大の感謝を目前の少女に捧げる。
ナニィは最初何を言われたのか分からなかったようで、目をきょとんと瞬かせて……。
「はいっ!」
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