プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す
22話 ただひとつできること
道化師を守り、走り去ったマルちゃんを追わせまいと病院の廊下をよろつきながら歩くナースの群れ、その手にもつ各自の武器をもって襲いかかってくる彼女達を私は仕方なく迎え撃った。
「せいっ! はぁ!!」
襲い掛かる鉄パイプを避け、投げかけてくる注射器をしゃがんで躱し、突き出してくるメスを持った手を取って投げ飛ばす。ジャウィンがけしかけて来たナースの数は多かったが、誰も彼も動きは鈍い。
(これなら私でも対処できる!)
そう思ったのも束の間、投げ飛ばしたナースさんが幽鬼を思わせる動きで立ち上がった。背中からまっすぐ落ちてしばらくは身動きが取れないと思ったけど、操られて鈍化したのは動きだけでなく痛覚もらしい。一人一人は大したことないけど、これだけの人数に不死身の如く動き回られると、いつか物量で押しつぶされる。
「ほらほらぁ、さっきまでの威勢はどうしちゃったの? 早くマルくん達を助けにいかなくていいのかなぁ?」
クスクスと高みの見物を決め込む少女。自分は戦わず操る人間に戦わせるなんてと、卑劣な行為を行うジャウィンを怒りを込めて思い切り睨みつけるが、彼女はどこ吹く風とばかりに腕を頭の後ろで組んで呑気に口笛まで吹き始めた。その隙だらけのところにきついの一発入れてやりたいけど、その道を自発的に阻む肉の壁があって拳が届きそうにない。
(あの子が何もしてないのに、この人たちの操作が解けないのは半永久的に魔法の効果が持続するタイプだから? ただ、細やかな指示を与えられる訳じゃなくてかなり大雑把な指向性だけ持たせてるみたい……そういえばさっき感情を媒体にして魔法をかけてるって言ってましたっけ?)
ジャウィンとのやりとりを思い出しながら、少しでも敵の動きを遅らせるために足を払って寝転がせる。起き上がるまでに少しでも時間を稼げればいい。でも、このままではジリ貧になるのも事実で何とかして彼女たちを突破してマルちゃんを追い、ムクロさんを助けないといけない。
そのためには彼女達の無力化は必須となる。そのために何をするべきなのか? 何が出来るのか? 例えばエミィ姉様ならここからでもジャウィンだけを魔法で狙撃することが可能だっただろう、例えばネミィちゃんならこれだけの人数を相手にしても真っ直ぐ正面突破でジャウィンに剣を届かせることができたに違いない。だが、自分には姉様のような火力の高い魔法も、妹のような剣技や体力もない。出来損ないに過ぎない自分に一体何が出来るというのか? そんな弱気な考えが首をもたげる。
「ねぇ、一つだけ聞いていいかな?」
敵の攻撃を捌きながら、どうするか思案していると少女が不思議そうに聞いてくる。
「ぶっちゃけた話、どうしてそんな必死なの? 彼らは君と関係ない赤の他人でしょ? 試練とは何も関係ないよね? 見捨てて逃げたって誰も責めやしないのに、そんな奴らのために何だって君がしんどい思いをしなきゃいけないのかな?」
そんな問答をしているような余裕はないため無視しようとするけど、相手はそんなことはお構いなしとばかりにまくしたてる。
「貴方は『お前なんかいなかったら良かったのに』って誰かに言われたこと……ありますか?」
確かに二人は直接的に関係している訳じゃないかもしれない。でも、そもそも勝ち抜く気がない私にはそんなことは関係なかった。そんな私が、何で戦ってるのか?
「んー?」
「私は、いっぱいあります。指を差して笑われたことも、見下されて、馬鹿にされて、とても悔しい、やりきれない思いをたくさんしました」
ワロテリアに居た頃は母様から、先生達から、使用人ですら陰で悪口を言っていたのを知ってる。例外は敬愛する姉と大好きな妹だけ。でも、何もない私にとっては優秀で才能溢れ、誰からも愛される二人はほんのちょっとだけ、眩しすぎた。
「はぁー、不幸自慢なら他所でやってくれないかな? こっちまで気が滅入っちゃうよ。大体、そんなの弱いのがいけないんでしょ? 弱い奴や不出来な奴が馬鹿にされて搾取されて利用されるのなんて当たり前じゃないか」
道化師の呆れを含んだ呟きは弱肉強食の理、強い者が弱い者からすべて奪っていく理不尽で、でも覆しようもない現実。
「そうですね。普通はそうなんだと思います。誰も、私みたいな奴と仲良くしてくれる人なんていない。好きこのんで落ちこぼれと居てくれる人なんてきっといない。でもムクロさんは、違った! そんなの関係ないって私がドジしても、私がミスしても、怒りはしても見捨てようとはしませんでした! マルちゃんはこんな私とも仲良く遊んでくれた! 私はそんな二人と過ごす時間が、本当に楽しかったです……」
ほんの数日間の、しかし暖かい思い出が胸を満たし……つー、と私の目から涙が溢れて頬を流れる。
「それが、そんな何でもないことが、私にとってどれだけ嬉しいことだったのか! 貴方みたいに……他人を足蹴にして笑う人には理解できない!」
『ナニィ、俺はお前の口から何がしたいかをまだ聞いてないぞ』
不意に、ムクロさんの言った言葉を思い出した。にっとどこか挑発するような笑みに苦笑する。昨夜投げかけられたその問いに心から笑ってみたいと答えた自分。あの時はそれがどういうことなのかうまく言えなかったけど、今なら分かる気がする。
「そこをどいて下さい!試練なんて関係ありません!私は、私の友達を助けに行くために貴方を倒します!!」
初めて出来た友達が、窮地に立っている。戦う理由なんてそれだけで十分だった。
「理解できないな……でも分かってるのかい? 君が今置かれてるこの状況を。この圧倒的な戦力差を! 口でいくら勇ましいことを言って見せても、行動が伴わないなら絵に描いた餅だ!」
ジャウィンの指摘に、私は袖で目元を拭うと再び構える。そんなこと言われるまでもない。
少し前までの自分ならきっとここで諦めてしまっていたかもしれない。でも、今の自分には助けにいかなければいけない友達がいるのだ。そう考えて笑みが零れる。
「何がそんなに可笑しい?」
突如含み笑いを浮かべた私にジャウィンは怪訝な顔をして尋ねてきた。私はジャウィンの問いかけに対してふるふると首を横に振って否定する。
「いえ、何をするべきか? 何が出来るのかと考えていてふと思ったんですけど」
ぐっと腰を下ろして右手を引き絞る。そこには何度も見てきた青い魔力光が右手を彩っていた。
「そもそも私に出来ることなんて、これしかなかったんですよね! 忘却せし記憶の泉!!」
エミィ姉様から教えてもらった私が唯一扱える魔法。
それを一番近くにいたナースの肩に触れて魔法を発動させる。私の魔法は右手で触った対象の記憶を忘却することができるというとても地味な魔法だ、消し去る記憶の鮮度や重要性に従って消費魔力と対象に触れる接続時間が比例して必要になってくるが、恐らくこの人たちが記憶しているジャウィンの記憶はまだ新しいはず。ならばこの状況で消し去るべき記憶は一つしかない。
(この人たちからジャウィンの記憶だけを消し飛ばす!)
柔らかい魔力光はナースさんに吸収されて、糸の切れた人形のように床に倒れ伏した。
「おっと、何の魔法か知らないけど、それでどうにかできるほど彼女達は柔じゃないよ? なんといっても痛覚が遮断されてるからね。知ってるかい? 人間ってのは行動を制止する痛みがなければ結構動けるんだ、ドーパミンだばだばの状態だと大怪我のやつでも動いてたりするだろ? 一種のゾンビみたいなものさ」
そういって余裕の笑みを絶やさぬジャウィンを尻目に、気絶したナースさんを足場の確保するために壁際へ蹴り飛ばす。どうやらジャウィンは私が使っている魔法が何の魔法なのかは知らないらしい、流石誰も使わないマイナー魔法と揶揄されるだけのことはある。
(でも、これは好機です!)
何をしようとしているか悟られないうちに敵の戦力を削り切る!
「忘却せし記憶の泉! 忘却せし記憶の泉! 忘却せし記憶の泉!」
魔法の連続発射。
振り向きざまに襲い掛かってきた3人にも流れる様に右手を押し付けていく。触れた掌から伝わってくる彼女たちが持つジャウィンの記憶はやはり相当若く、浅い。大した消費魔力もなく、短い接続時間で軽く触るだけで魔法の効果である忘却が発動する。
バタバタと倒れていくナースを置き去りにし、次の獲物を狙い定めて駆け抜ける。
これならこの場にいる全員に魔法を使っても余裕で持つし右手で触れるだけでいい私が、痛みを感じない代わりに動きまで鈍化した彼女達に劣る道理はない。ジャウィンの魔法『扇動する愚者の言霊』はしぶとく動き続けるゾンビのような怪力と耐久性を保持した人間を多く動かせるのが強みなのだ。
それが一瞬で無力化されてしまうのならこんなものはただの的以下になり下がる。
「……おかしいな? 何で起き上がってこない?」
倒されたナース達が起き上がってこない様を見て初めてジャウィンにこれまでのどこか作られた表情ではない生の表情が浮かんだ。それを見てしてやったりと頬が緩む。
(やっぱり予想通りです。扇動する愚者の言霊の詳細な効果は分からないけど、彼女の魔法が他人の感情を由来とするものなら、その感情に干渉した元凶の記憶を根絶してしまえば、魔法は効力を発揮することはできません!)
例えば悪口を言われて不愉快な気持ちになるとする。その不愉快な気持ちが影響して他の人に悪口を言ったり、暴力を振るうというプロセスがあったとして、ここから元凶の記憶を排除してしまえば不愉快な気持ちも発生せず結果として生じるはずだった愚痴や暴力を振るうことをしなくなる。
ジャウィンが異常事態に気づいた時には既に大勢の手駒が私の魔法で無力化した後。動いているジャウィンの手駒であるナース達はもう数えるほどしかいない。ここに来て数の不利は一気に解決した。
「私ができることは今も昔もたったこれだけ--誰かの記憶から何かを忘れさせるだけの役立たずな魔法だけど……それでも私はこの魔法で、私が望む未来を切り拓いて見せます!」
そもそも考える必要さえどこにもなかった。どれだけ渇望しても私には強力な力なんてない。私は天才なんかじゃない。だから今ある手札で、自分の全力をただぶつけてやればそれでいい。
ジャウィンを前にして啖呵を切ると、少女の顔から嘲りの表情が消えた。
「へぇ、これだけの人数を無力化できちゃうのか……何の魔法なのかよく分からないけど、どうやら君が僕の扇動する愚者の言霊に対抗する力を持っているのは認めないとだめみたいだね」
「あちゃあ、これは相性最悪だよ」とうそぶくジャウィンを他所に、ついに最後に残っていたナースさんのどてっぱらに忘却せし記憶の泉を突き刺して倒す。
これで正真正銘、ジャウィンとの一騎打ちの場が整った。
「さぁ、そんなところで観戦なんてしてないで今度は自分で戦ってはいかがですか? それとも手品のタネはもう品切れでしょうか? ねえ、道化のジャウィンさん?」
他人を操る能力を持つジャウィンと、その操られたという記憶を忘却させることができる自分。全く戦闘向きでないはずの忘却せし記憶の泉がここに来て、道化師を打ち倒すための切り札となる。
「ふふっ、あはははは!! いやあ、全く期待してなかったけど、これは良い感じで穴馬が出て来ちゃったねぇ。うん、そうこなくちゃゲームが面白くない!」
その運命の皮肉に道化師は高らかに笑った。彼女の魔法の一つを破って見せても状況は未だ有利とは言えない。本当の勝負はここからだ。
(ムクロさん、マルちゃん! 待っていてください。この人を倒してすぐに助けに行きます)
ナニィは道化師の背に見える下へと続く階段を睨みながら拳を構えた。
「せいっ! はぁ!!」
襲い掛かる鉄パイプを避け、投げかけてくる注射器をしゃがんで躱し、突き出してくるメスを持った手を取って投げ飛ばす。ジャウィンがけしかけて来たナースの数は多かったが、誰も彼も動きは鈍い。
(これなら私でも対処できる!)
そう思ったのも束の間、投げ飛ばしたナースさんが幽鬼を思わせる動きで立ち上がった。背中からまっすぐ落ちてしばらくは身動きが取れないと思ったけど、操られて鈍化したのは動きだけでなく痛覚もらしい。一人一人は大したことないけど、これだけの人数に不死身の如く動き回られると、いつか物量で押しつぶされる。
「ほらほらぁ、さっきまでの威勢はどうしちゃったの? 早くマルくん達を助けにいかなくていいのかなぁ?」
クスクスと高みの見物を決め込む少女。自分は戦わず操る人間に戦わせるなんてと、卑劣な行為を行うジャウィンを怒りを込めて思い切り睨みつけるが、彼女はどこ吹く風とばかりに腕を頭の後ろで組んで呑気に口笛まで吹き始めた。その隙だらけのところにきついの一発入れてやりたいけど、その道を自発的に阻む肉の壁があって拳が届きそうにない。
(あの子が何もしてないのに、この人たちの操作が解けないのは半永久的に魔法の効果が持続するタイプだから? ただ、細やかな指示を与えられる訳じゃなくてかなり大雑把な指向性だけ持たせてるみたい……そういえばさっき感情を媒体にして魔法をかけてるって言ってましたっけ?)
ジャウィンとのやりとりを思い出しながら、少しでも敵の動きを遅らせるために足を払って寝転がせる。起き上がるまでに少しでも時間を稼げればいい。でも、このままではジリ貧になるのも事実で何とかして彼女たちを突破してマルちゃんを追い、ムクロさんを助けないといけない。
そのためには彼女達の無力化は必須となる。そのために何をするべきなのか? 何が出来るのか? 例えばエミィ姉様ならここからでもジャウィンだけを魔法で狙撃することが可能だっただろう、例えばネミィちゃんならこれだけの人数を相手にしても真っ直ぐ正面突破でジャウィンに剣を届かせることができたに違いない。だが、自分には姉様のような火力の高い魔法も、妹のような剣技や体力もない。出来損ないに過ぎない自分に一体何が出来るというのか? そんな弱気な考えが首をもたげる。
「ねぇ、一つだけ聞いていいかな?」
敵の攻撃を捌きながら、どうするか思案していると少女が不思議そうに聞いてくる。
「ぶっちゃけた話、どうしてそんな必死なの? 彼らは君と関係ない赤の他人でしょ? 試練とは何も関係ないよね? 見捨てて逃げたって誰も責めやしないのに、そんな奴らのために何だって君がしんどい思いをしなきゃいけないのかな?」
そんな問答をしているような余裕はないため無視しようとするけど、相手はそんなことはお構いなしとばかりにまくしたてる。
「貴方は『お前なんかいなかったら良かったのに』って誰かに言われたこと……ありますか?」
確かに二人は直接的に関係している訳じゃないかもしれない。でも、そもそも勝ち抜く気がない私にはそんなことは関係なかった。そんな私が、何で戦ってるのか?
「んー?」
「私は、いっぱいあります。指を差して笑われたことも、見下されて、馬鹿にされて、とても悔しい、やりきれない思いをたくさんしました」
ワロテリアに居た頃は母様から、先生達から、使用人ですら陰で悪口を言っていたのを知ってる。例外は敬愛する姉と大好きな妹だけ。でも、何もない私にとっては優秀で才能溢れ、誰からも愛される二人はほんのちょっとだけ、眩しすぎた。
「はぁー、不幸自慢なら他所でやってくれないかな? こっちまで気が滅入っちゃうよ。大体、そんなの弱いのがいけないんでしょ? 弱い奴や不出来な奴が馬鹿にされて搾取されて利用されるのなんて当たり前じゃないか」
道化師の呆れを含んだ呟きは弱肉強食の理、強い者が弱い者からすべて奪っていく理不尽で、でも覆しようもない現実。
「そうですね。普通はそうなんだと思います。誰も、私みたいな奴と仲良くしてくれる人なんていない。好きこのんで落ちこぼれと居てくれる人なんてきっといない。でもムクロさんは、違った! そんなの関係ないって私がドジしても、私がミスしても、怒りはしても見捨てようとはしませんでした! マルちゃんはこんな私とも仲良く遊んでくれた! 私はそんな二人と過ごす時間が、本当に楽しかったです……」
ほんの数日間の、しかし暖かい思い出が胸を満たし……つー、と私の目から涙が溢れて頬を流れる。
「それが、そんな何でもないことが、私にとってどれだけ嬉しいことだったのか! 貴方みたいに……他人を足蹴にして笑う人には理解できない!」
『ナニィ、俺はお前の口から何がしたいかをまだ聞いてないぞ』
不意に、ムクロさんの言った言葉を思い出した。にっとどこか挑発するような笑みに苦笑する。昨夜投げかけられたその問いに心から笑ってみたいと答えた自分。あの時はそれがどういうことなのかうまく言えなかったけど、今なら分かる気がする。
「そこをどいて下さい!試練なんて関係ありません!私は、私の友達を助けに行くために貴方を倒します!!」
初めて出来た友達が、窮地に立っている。戦う理由なんてそれだけで十分だった。
「理解できないな……でも分かってるのかい? 君が今置かれてるこの状況を。この圧倒的な戦力差を! 口でいくら勇ましいことを言って見せても、行動が伴わないなら絵に描いた餅だ!」
ジャウィンの指摘に、私は袖で目元を拭うと再び構える。そんなこと言われるまでもない。
少し前までの自分ならきっとここで諦めてしまっていたかもしれない。でも、今の自分には助けにいかなければいけない友達がいるのだ。そう考えて笑みが零れる。
「何がそんなに可笑しい?」
突如含み笑いを浮かべた私にジャウィンは怪訝な顔をして尋ねてきた。私はジャウィンの問いかけに対してふるふると首を横に振って否定する。
「いえ、何をするべきか? 何が出来るのかと考えていてふと思ったんですけど」
ぐっと腰を下ろして右手を引き絞る。そこには何度も見てきた青い魔力光が右手を彩っていた。
「そもそも私に出来ることなんて、これしかなかったんですよね! 忘却せし記憶の泉!!」
エミィ姉様から教えてもらった私が唯一扱える魔法。
それを一番近くにいたナースの肩に触れて魔法を発動させる。私の魔法は右手で触った対象の記憶を忘却することができるというとても地味な魔法だ、消し去る記憶の鮮度や重要性に従って消費魔力と対象に触れる接続時間が比例して必要になってくるが、恐らくこの人たちが記憶しているジャウィンの記憶はまだ新しいはず。ならばこの状況で消し去るべき記憶は一つしかない。
(この人たちからジャウィンの記憶だけを消し飛ばす!)
柔らかい魔力光はナースさんに吸収されて、糸の切れた人形のように床に倒れ伏した。
「おっと、何の魔法か知らないけど、それでどうにかできるほど彼女達は柔じゃないよ? なんといっても痛覚が遮断されてるからね。知ってるかい? 人間ってのは行動を制止する痛みがなければ結構動けるんだ、ドーパミンだばだばの状態だと大怪我のやつでも動いてたりするだろ? 一種のゾンビみたいなものさ」
そういって余裕の笑みを絶やさぬジャウィンを尻目に、気絶したナースさんを足場の確保するために壁際へ蹴り飛ばす。どうやらジャウィンは私が使っている魔法が何の魔法なのかは知らないらしい、流石誰も使わないマイナー魔法と揶揄されるだけのことはある。
(でも、これは好機です!)
何をしようとしているか悟られないうちに敵の戦力を削り切る!
「忘却せし記憶の泉! 忘却せし記憶の泉! 忘却せし記憶の泉!」
魔法の連続発射。
振り向きざまに襲い掛かってきた3人にも流れる様に右手を押し付けていく。触れた掌から伝わってくる彼女たちが持つジャウィンの記憶はやはり相当若く、浅い。大した消費魔力もなく、短い接続時間で軽く触るだけで魔法の効果である忘却が発動する。
バタバタと倒れていくナースを置き去りにし、次の獲物を狙い定めて駆け抜ける。
これならこの場にいる全員に魔法を使っても余裕で持つし右手で触れるだけでいい私が、痛みを感じない代わりに動きまで鈍化した彼女達に劣る道理はない。ジャウィンの魔法『扇動する愚者の言霊』はしぶとく動き続けるゾンビのような怪力と耐久性を保持した人間を多く動かせるのが強みなのだ。
それが一瞬で無力化されてしまうのならこんなものはただの的以下になり下がる。
「……おかしいな? 何で起き上がってこない?」
倒されたナース達が起き上がってこない様を見て初めてジャウィンにこれまでのどこか作られた表情ではない生の表情が浮かんだ。それを見てしてやったりと頬が緩む。
(やっぱり予想通りです。扇動する愚者の言霊の詳細な効果は分からないけど、彼女の魔法が他人の感情を由来とするものなら、その感情に干渉した元凶の記憶を根絶してしまえば、魔法は効力を発揮することはできません!)
例えば悪口を言われて不愉快な気持ちになるとする。その不愉快な気持ちが影響して他の人に悪口を言ったり、暴力を振るうというプロセスがあったとして、ここから元凶の記憶を排除してしまえば不愉快な気持ちも発生せず結果として生じるはずだった愚痴や暴力を振るうことをしなくなる。
ジャウィンが異常事態に気づいた時には既に大勢の手駒が私の魔法で無力化した後。動いているジャウィンの手駒であるナース達はもう数えるほどしかいない。ここに来て数の不利は一気に解決した。
「私ができることは今も昔もたったこれだけ--誰かの記憶から何かを忘れさせるだけの役立たずな魔法だけど……それでも私はこの魔法で、私が望む未来を切り拓いて見せます!」
そもそも考える必要さえどこにもなかった。どれだけ渇望しても私には強力な力なんてない。私は天才なんかじゃない。だから今ある手札で、自分の全力をただぶつけてやればそれでいい。
ジャウィンを前にして啖呵を切ると、少女の顔から嘲りの表情が消えた。
「へぇ、これだけの人数を無力化できちゃうのか……何の魔法なのかよく分からないけど、どうやら君が僕の扇動する愚者の言霊に対抗する力を持っているのは認めないとだめみたいだね」
「あちゃあ、これは相性最悪だよ」とうそぶくジャウィンを他所に、ついに最後に残っていたナースさんのどてっぱらに忘却せし記憶の泉を突き刺して倒す。
これで正真正銘、ジャウィンとの一騎打ちの場が整った。
「さぁ、そんなところで観戦なんてしてないで今度は自分で戦ってはいかがですか? それとも手品のタネはもう品切れでしょうか? ねえ、道化のジャウィンさん?」
他人を操る能力を持つジャウィンと、その操られたという記憶を忘却させることができる自分。全く戦闘向きでないはずの忘却せし記憶の泉がここに来て、道化師を打ち倒すための切り札となる。
「ふふっ、あはははは!! いやあ、全く期待してなかったけど、これは良い感じで穴馬が出て来ちゃったねぇ。うん、そうこなくちゃゲームが面白くない!」
その運命の皮肉に道化師は高らかに笑った。彼女の魔法の一つを破って見せても状況は未だ有利とは言えない。本当の勝負はここからだ。
(ムクロさん、マルちゃん! 待っていてください。この人を倒してすぐに助けに行きます)
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