プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

18話 蠢く影

 薄暗い部屋の中、笑い声が木霊する。
 狭い室内に反響した音は不快な気持ちにさせた。
 俺は目の前で狂ったように歓喜の叫びをあげる斬原をねめつける。


「素晴らしい! 素晴らしいわ神無君、実際目の当たりしても想像以上よ!!」


 俺の視線を無視して、斬原は両手を挙げてくるくる回る。
 良い年した大人が狂ったように躍る姿は異様としか言いようがなかった。


「何を……そんなに笑ってるんだよ?」


 豹変した斬原は控えめに言って大変気色悪い。病院で初めて会った時は不健康そうな外見でありながらもこのような狂気を感じることはなかったが、この姿が彼女の素の姿なのだろうか?


「何で笑っているのかですって? 今自分が何をしたかちゃんと分かってる? 自然治癒力それ自体は人間が生まれ持った機能に過ぎないけど貴方のそれは従来の物を遥かに凌駕しているわ。自己再生よ、自己再生! 手術・薬物を用いずにこの回復速度は脅威としか言いようがないわ。首を刎ねられても死なないんじゃないかしら? その場合、新しい頭が生えてくるのかしらね? うふふ、どこかのパン工場で乱造されるヒーローみたい!」


 素敵だわ、うっとりと呟く斬原を尻目に、床に転がる自分の生首と身体から新たに生えてきた頭が目を合わせる光景を空想して吐き気を催す。


「もちろん、こんなの人間に出来ることじゃないわ。貴方、プリンセスセレクションの関係者でしょ?」


 そしてその言葉を聞いた瞬間に驚愕が走った。


「……女王選抜試練プリンセスセレクションだって?」


 こいつは女王選抜試練プリンセスセレクションについて何か知ってる? いや、もしくは本人が候補者プリンセスなのか? でも女王選抜試練プリンセスセレクションが開始されたのは、ほんの2日前のはずだ。見たところ斬原は医者という仕事に就いていたことも含めてつい最近こちらの世界にやってきたというような印象は受けない。女王選抜試練プリンセスセレクションに参加するためにこちらへやってきたばかりの少女達と比較して世間ズレを全く感じないのだ。


候補者プリンセスの魔法か、秘宝アイテムの力で今の身体を手に入れた魔造人間サイボーグなんじゃないかってのが私の推理なんだけどどうかしら?当たらずも遠からずってところなんじゃない?」


 心当たりが全くないわけではなかった。いや、というか確実にアレだ。ナニィが自分の世界から持ち込み、そしてアクシデントもあって俺が飲み込んでしまった宝珠とかいう未知の物質の効果なのだろう。使い方も効果も正確なことなど知る由もないが、どうやら服用した結果異常な回復性能を獲得してしまったということらしい。


(二日前の夜、学園であの女に腸を抉り出されたはずなのに、生きていた理由がこれだった訳か……)


 おかしいとは思ってたのだ。腹部分の制服は破れて、血で濡れてるのに腹に何の傷跡も残っていなかったのは。でも、あの時は腹を貫かれて生きてる訳ないじゃん夢だったんだよみたいに思うことにしたんだ。気を失ってて治るところを直接みた訳じゃないし、気絶した時になんか変な夢みたいなのを見たから余計にそう思ってしまったのだ。まあ、過ぎてしまったことはしょうがないか。
 俺を無視して延々としゃべり続ける斬原を見ながら、どんな質問をするべきかと思考し、とりあえず斬原と女王選抜試練プリンセスセレクションとの関連性を問い質すことに決めた。


「……お前は、候補者プリンセスなのか?」


 俺の問いかけに、つい先ほどまで滑らかに舌を回していた斬原はきょとんとした表情と共に口を閉じて、今までの狂気を含んだ笑顔とは違う、恐らく失笑と呼ぶべきものを浮かべた。


「私が候補者プリンセス? ないない、私はお姫様プリンセスなんて高貴なる者じゃないわ。地球生まれの地球育ち、ちょっとだけ裕福な家に生まれただけの一般人……だった。そう、一月前にあの人に出会うまでは……」


「あの人?」


「私ね、内科としてここにいるんだけど本当は外科だったのよ……ここよりももっと大きな病院で、たくさんの手術を執刀して、たくさんの人の命を治してきたわ」


「へぇ、で? その医者の鑑みたいな人間だったあんたが何故こんなことしてるんだ?」


「私の腕を妬んだ他の医師達が病院で起きた医療ミスの責任を私に擦り付けてきたわ。私も一生懸命に弁明したけど信用してもらえないままにここへ左遷させられちゃったの、信用されなかったこととか、左遷させられたことについてはそんなに恨んでないのよ? でもね、内科に転属になったことだけはショックだったわ。私、外科医になりたくて医者になったはずなのに、メスも握らせてもらえない。メスを握れなくなった私にどんな価値があるのかしら?」


 不意に寂しそうに自嘲めいた声で呟くが、すぐに今までの狂気めいた顔に戻っていた。


「そんな時だったわ、鬱屈した日々を過ごす私の前に彼女が現れたのは……いつも通りにつまらない仕事を終えて帰える途中に、影のように彼女は立っていたわ。彼女は私を見るなりこう言ったの」


『君の願いを、叶えてあげるよ』



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