プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す
16話 お薬出しておきますね
俺達は時雨さんの告白に、息を飲む。
マルに連れられてお見舞いに同行してきたが、そこで出会ったマルの母親――時雨さん――がひと月ほど前に現れた通り魔に襲われた被害者であると告げられた。
その突然の告白に当惑する俺達の様子を見ながら、時雨さんはお茶をすすって喉を潤すと、話を続ける。
「私は仕事終わりに買い物をして、マルと一緒に手を繋ぎながら帰り道を歩いていた時でした。道を曲がると、突然飛び出してきた黒いフードを被った人にマルがぶつかって、その人は薄ら笑いを浮かべながら持っていたナイフでマルを刺そうとしたんです、私はマルを守ろうとして代わりにいっぱい刺されてしまいました……不幸中の幸いと言っていいのか命だけは助かったんですけど、それも多分相手が殺す気がなかったからなんだと思います」
「殺す気がなかった?」
「はい、彼女が差した場所の多くは手や足でした。致命傷を避けて刺されていたそうです、他にももう一人襲われた人がいたそうなんですけど、その人も私と同じようにメッタ刺しにされて、それでも命に別状はなかったそうです」
「じゃあ強盗目的だったのか、お金とかは取られたりしなかったんですか?」
「いえ、お財布も荷物も……手付かずで放置されていました」
殺しが目的ではない、しかし金銭目的でもない。
通り魔という一般的?なイメージからは少しズレた印象を抱く。
まあ、変わってない通り魔なんていないとは思うが。
「殺さない、盗みもなし、なんか変わった通り魔ですね。こっちの世界の通り魔ってみんなそんな感じなんですか?」
「いや、多分お前のところと大して変わりはしないと思うが」
まあ、ナニィのいる世界の通り魔とかすごい強そうな武器とか魔法とかぶっ放してるイメージあるけど、大本の性質的な意味で言うなら大差はないように思う。
「それで……マルは、私が刺されたのを見てて、ショックで落ち込んでしまったんです。お母さんを守ってあげられなかったなんて言って、あの子のせいなんかじゃないのに……」
目の前で、自分の母親がひどいめに合わされれば自分の無力ってやつを嘆いて、気に病むのも無理ないかもしれないな。
でも、あんな子供に異常者に立ち向かえなんて言えないし、言うべきじゃないが悔しいって気持ちは本人の心から出てきてしまうからどうにかできる話じゃない。
時雨さんからはそんな歯がゆい気持ちが伝わってくるようだった。
「あのっ……」
そんな落ち込む時雨さんに、ナニィが声を掛けようとしたときガラリと扉がスライドする音が聞こえた。
『僕のせいだよ……』
振り返るとそこにはマルが立っていた。
先程トイレに行くと席を立ってからまだそんなに時間は経過していない。
一番近い廊下の突き当りにあるトイレまで行って用を足して戻ってこれるような時間ではなかったはずなのに。
「マル、トイレから戻ってきてたのね」
どこか気まずそうに時雨さんはマルに話しかけるが、マルは首を横に振る。
「ごめん、トイレには……行ってないんだ」
マルはそういって椅子に載せられた鞄に目線をやると、そこにはクマの可愛らしい刺繍が入ったハンカチがはみ出していた。
どうやらマルは途中でハンカチを忘れたことに気づき、それを取りに引き返したところでさきほどの時雨さんの独白を聞いてしまったらしい。
「僕が、僕が何もできなかったからお母さんひどいめにあったんじゃないか、どうしてそんなウソつくの? ぼくが子供だから? 子供で、力がないから期待もしてないって……そういう話なの?」
「マル、ここは病院だからそんな大きな声を出したら駄目よ? ほかの患者さんにも迷惑でしょ?」
目に涙を止めて、大声を出すマルに時雨さんが抑えようとするが聞くを持つ様子はない。
大声を出して、時雨さんを困らせてしまったのがいたたまれなくなったのかマルは踵を返して今度こそ病室から出て行ってしまう。
「おい、待て! どこに行く気だ?」
「マル、待って! うっ……」
走り去るマルを追いかけるために、ベッドから身を起こそうとした時雨さんだったが、まだ刺された足が治っていないようで、痛みに表情を歪めていた。
「時雨さんっ!?」
苦痛に表情を歪めて脂汗を流す時雨さんを心配して、ナニィが駆け寄ろうとするが、時雨さんは手を上げてそれを制した。
「私は大丈夫です! それよりも骸さん、ナニィさん、マルをお願いします。私の口から言ってもあの子を傷つけてしまうから」
その様子を見て、ナニィは意を決した様に頷いた。
「ムクロさん、マルちゃんを追いかけましょう!」
「ああ! 時雨さんはここで待っててください、ビシッと連れ戻して来てやりますから」
「マルちゃんのことは私達にお任せ下さい!」
俺達は走り去ったマルを追うために病室を飛び出したが、その時には既に長い廊下には小柄な人影は一つも見当たらない。
その健脚ぶりに舌を巻くばかりだ。
「ムクロさん、マルちゃんはどっちへ行きましたか?」
「チラッとだが、階段の方に行ったように見えたぞ」
「こっちですね、急ぎましょう」
「走ってコケるなよ。いいか? 絶対コケるなよ!」
「やめてください! 念を押されると逆にコケそうです」
廊下を滑るように進めば階段が見えてくるのはすぐだった。
上って屋上に行くのか、降りて下の階を探すのか。迷ったのは一瞬だった。階段をナースさんが上がってきているのが見えたからだ。
「すいません、さっきこっちの方へマルちゃんが走ってきませんでしたか?」
「マルちゃん? こっちには誰も来てないけど」
「そうですか……ムクロさんどうしましょう。見失っちゃったみたいです」
「あぁ……」
モノクルに手を当てて思案する。
階段を下りてないとすると、マルはそのまま直進していったということだからこの先にあるものといえばなんだろうか?見取り図を頭の中に思い浮かべて、マルがいきそうな場所を考える。
「ムクロさん? 何か心当たりがあるんですか?」
「多分この奥にあるリネン室だ。昨日かくれんぼをしていたときにマルはそこに隠れてたんだが今度も、そこにいる可能性が高い」
「この奥ですね! 了解です」
再び走り出そうとする俺達だったが、突如伸びてきた手に腕を掴まれた。
その白く細い腕の先にはナースさんがいる。
「神無さんどこに行くんですか? もう次は神無さんの番ですよ。つっかえてるだから急いだ急いだ」
「ちょっ、待ってください。今それどころじゃ」
背中をぐいぐい押してくるナースさんに抵抗するも、構わず力を込めてくる。
タイミングが悪いどころの話ではない。
「ムクロさん、行ってください」
「ナニィ?」
「マルちゃんのことは私がなんとかします。ムクロさんは構わずに診察を受けてきてください」
意外なことに、そんな俺を急かしたのは白銀の少女だった。普段の温和な表情が消えてキリッと引き締まった表情を作る少女に、思わず息を飲む。
「……任せていいんだな?」
俺の問いかけに、ナニィはコクリと短く首を縦に振った。
トントンと肩を叩かれて振り返ると、ナースさんが怒りマークを額に浮かべて微笑んでいる。
「あのぅ、早くしてもらいたいんですけどー、30を前にした未婚女性の前でいちゃくとか火刑に処されても文句言えないと思うんですけどー、夜道に気をつけろよお前らコラ」
「ほら、早く行ってください。宝珠を取り出すことも大切なんですからね?いつまでも下剤に尻込みしてる場合じゃないですよ」
「わ、分かったよ、行けばいいんだろ行けば。下剤ぐらい飲み込んでやらあ」
こうなった以上もはや腹をくくるより他にないようだ。
俺はナニィと階段で別れ、ナースさんに付き従って診察室へと足を運んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ズンと冷たくも重い空気、戦場がそこにはあった。
緊張で溢れ出す汗を拭いとると、目の前の仇敵を睨みつける。
ネームプレートを首から下げたぼさぼさの頭を後ろで括り目の下に、生気のない死んだ魚のような目でこちらを見つめてくる。そのまぶたには大きなくまがくっきりと残されていて、医者なんて職業についている癖に自己管理などしてるようにはとても見えない。
なんとなしに医者の不養生という言葉が脳裏に浮かんだ。
「さて、昨日ぶりね、神無さん」
「……できることなら、あんたには二度と会いたくなかったぜ」
うっそりと呟く女医に、俺はそういって切り返す。
強がっていなければとてもこの状況に耐えられそうにない。
「それで? 例のブツはどうなったかしら?」
「残念ながら」
「……そう、それはとてもとても悲しいことね」
「待ってくれ、あと一日! あと一日だけ待ってもらえば必ず出るはずなんだ」
俺は必至に嘆願するが、女医はふるふると首を横に振ると、スッと何かしらの錠剤のようなものを出してきた。これが噂に聞く下剤という奴なのだろうか?
「くっ……」
「さぁ、何も恐れることはないわ。これを飲めば一発で昇天できる魔法の薬よ」
「嘘だ!俺、知ってる……その天国、トイレって名前なんだろ? そうだよなぁ、トイレは良いよなぁ、狭くて個室で鍵も掛けれる素敵空間だもんなー。そりゃ妖怪だって住みたくなるぜ」
学校の怪談とかの話やたらトイレ周りのお話多いよね。
「大丈夫、死にはしないわ。死なないだけとも、言うのかしらね?」
ふっふっふと女医が含み笑いを浮かべる
怖いなおい! 医者がこれから薬飲もうとする患者を不安にさせること言わないでくれよ。
しかしここまできて尻込みをしている訳にもいかない、賽は投げられたのだ
俺は手渡された錠剤タイプの薬を受け取って飲み込む。
ゴクリと異物が喉を通って胃袋へと落ちていった。
「……どれくらいで効果が出るんですか?」
「即効性の高いものだから、すぐよ」
「じゃあ今からトイレでスタンバってたほうがいいんですかね?」
ぎゅるぎゅるとお腹を下してから間に合わなかったとなれば社会的な死は免れないだろう。恥ずかしさのあまり、もう昼間から近所を出歩けなくなってしまう。
「あら、そんな必要ないわよ?」
「……え? 何で、ですか?」
女医の不思議そうな顔に違和感を覚える。
下剤を飲んだのだから、出るものが出てくるはず。そのために、トイレに陣取ることは至極普通な発想のはずだ。
「むぅ」
しかし先程から妙にまぶたが重い。目がしょぼしょぼしてきて頭がフラフラする。
夜更かしなんてしてるわけでもないのに、急に眠気が襲ってきた。
「何でって、そりゃあ私が渡したそれ、下剤じゃないし……」
なんだそれは? 飲み込んだものを排出するために必要な薬ではなかったのか?
その浮かんだ疑問を俺が口に出すことはなかった。
視界が霞んで、ガタリと座っていた椅子から落ちて床に転がる。
次第に意識が遠のいていく中、俺が最後に見たのは邪悪に笑う女医の姿だった。
マルに連れられてお見舞いに同行してきたが、そこで出会ったマルの母親――時雨さん――がひと月ほど前に現れた通り魔に襲われた被害者であると告げられた。
その突然の告白に当惑する俺達の様子を見ながら、時雨さんはお茶をすすって喉を潤すと、話を続ける。
「私は仕事終わりに買い物をして、マルと一緒に手を繋ぎながら帰り道を歩いていた時でした。道を曲がると、突然飛び出してきた黒いフードを被った人にマルがぶつかって、その人は薄ら笑いを浮かべながら持っていたナイフでマルを刺そうとしたんです、私はマルを守ろうとして代わりにいっぱい刺されてしまいました……不幸中の幸いと言っていいのか命だけは助かったんですけど、それも多分相手が殺す気がなかったからなんだと思います」
「殺す気がなかった?」
「はい、彼女が差した場所の多くは手や足でした。致命傷を避けて刺されていたそうです、他にももう一人襲われた人がいたそうなんですけど、その人も私と同じようにメッタ刺しにされて、それでも命に別状はなかったそうです」
「じゃあ強盗目的だったのか、お金とかは取られたりしなかったんですか?」
「いえ、お財布も荷物も……手付かずで放置されていました」
殺しが目的ではない、しかし金銭目的でもない。
通り魔という一般的?なイメージからは少しズレた印象を抱く。
まあ、変わってない通り魔なんていないとは思うが。
「殺さない、盗みもなし、なんか変わった通り魔ですね。こっちの世界の通り魔ってみんなそんな感じなんですか?」
「いや、多分お前のところと大して変わりはしないと思うが」
まあ、ナニィのいる世界の通り魔とかすごい強そうな武器とか魔法とかぶっ放してるイメージあるけど、大本の性質的な意味で言うなら大差はないように思う。
「それで……マルは、私が刺されたのを見てて、ショックで落ち込んでしまったんです。お母さんを守ってあげられなかったなんて言って、あの子のせいなんかじゃないのに……」
目の前で、自分の母親がひどいめに合わされれば自分の無力ってやつを嘆いて、気に病むのも無理ないかもしれないな。
でも、あんな子供に異常者に立ち向かえなんて言えないし、言うべきじゃないが悔しいって気持ちは本人の心から出てきてしまうからどうにかできる話じゃない。
時雨さんからはそんな歯がゆい気持ちが伝わってくるようだった。
「あのっ……」
そんな落ち込む時雨さんに、ナニィが声を掛けようとしたときガラリと扉がスライドする音が聞こえた。
『僕のせいだよ……』
振り返るとそこにはマルが立っていた。
先程トイレに行くと席を立ってからまだそんなに時間は経過していない。
一番近い廊下の突き当りにあるトイレまで行って用を足して戻ってこれるような時間ではなかったはずなのに。
「マル、トイレから戻ってきてたのね」
どこか気まずそうに時雨さんはマルに話しかけるが、マルは首を横に振る。
「ごめん、トイレには……行ってないんだ」
マルはそういって椅子に載せられた鞄に目線をやると、そこにはクマの可愛らしい刺繍が入ったハンカチがはみ出していた。
どうやらマルは途中でハンカチを忘れたことに気づき、それを取りに引き返したところでさきほどの時雨さんの独白を聞いてしまったらしい。
「僕が、僕が何もできなかったからお母さんひどいめにあったんじゃないか、どうしてそんなウソつくの? ぼくが子供だから? 子供で、力がないから期待もしてないって……そういう話なの?」
「マル、ここは病院だからそんな大きな声を出したら駄目よ? ほかの患者さんにも迷惑でしょ?」
目に涙を止めて、大声を出すマルに時雨さんが抑えようとするが聞くを持つ様子はない。
大声を出して、時雨さんを困らせてしまったのがいたたまれなくなったのかマルは踵を返して今度こそ病室から出て行ってしまう。
「おい、待て! どこに行く気だ?」
「マル、待って! うっ……」
走り去るマルを追いかけるために、ベッドから身を起こそうとした時雨さんだったが、まだ刺された足が治っていないようで、痛みに表情を歪めていた。
「時雨さんっ!?」
苦痛に表情を歪めて脂汗を流す時雨さんを心配して、ナニィが駆け寄ろうとするが、時雨さんは手を上げてそれを制した。
「私は大丈夫です! それよりも骸さん、ナニィさん、マルをお願いします。私の口から言ってもあの子を傷つけてしまうから」
その様子を見て、ナニィは意を決した様に頷いた。
「ムクロさん、マルちゃんを追いかけましょう!」
「ああ! 時雨さんはここで待っててください、ビシッと連れ戻して来てやりますから」
「マルちゃんのことは私達にお任せ下さい!」
俺達は走り去ったマルを追うために病室を飛び出したが、その時には既に長い廊下には小柄な人影は一つも見当たらない。
その健脚ぶりに舌を巻くばかりだ。
「ムクロさん、マルちゃんはどっちへ行きましたか?」
「チラッとだが、階段の方に行ったように見えたぞ」
「こっちですね、急ぎましょう」
「走ってコケるなよ。いいか? 絶対コケるなよ!」
「やめてください! 念を押されると逆にコケそうです」
廊下を滑るように進めば階段が見えてくるのはすぐだった。
上って屋上に行くのか、降りて下の階を探すのか。迷ったのは一瞬だった。階段をナースさんが上がってきているのが見えたからだ。
「すいません、さっきこっちの方へマルちゃんが走ってきませんでしたか?」
「マルちゃん? こっちには誰も来てないけど」
「そうですか……ムクロさんどうしましょう。見失っちゃったみたいです」
「あぁ……」
モノクルに手を当てて思案する。
階段を下りてないとすると、マルはそのまま直進していったということだからこの先にあるものといえばなんだろうか?見取り図を頭の中に思い浮かべて、マルがいきそうな場所を考える。
「ムクロさん? 何か心当たりがあるんですか?」
「多分この奥にあるリネン室だ。昨日かくれんぼをしていたときにマルはそこに隠れてたんだが今度も、そこにいる可能性が高い」
「この奥ですね! 了解です」
再び走り出そうとする俺達だったが、突如伸びてきた手に腕を掴まれた。
その白く細い腕の先にはナースさんがいる。
「神無さんどこに行くんですか? もう次は神無さんの番ですよ。つっかえてるだから急いだ急いだ」
「ちょっ、待ってください。今それどころじゃ」
背中をぐいぐい押してくるナースさんに抵抗するも、構わず力を込めてくる。
タイミングが悪いどころの話ではない。
「ムクロさん、行ってください」
「ナニィ?」
「マルちゃんのことは私がなんとかします。ムクロさんは構わずに診察を受けてきてください」
意外なことに、そんな俺を急かしたのは白銀の少女だった。普段の温和な表情が消えてキリッと引き締まった表情を作る少女に、思わず息を飲む。
「……任せていいんだな?」
俺の問いかけに、ナニィはコクリと短く首を縦に振った。
トントンと肩を叩かれて振り返ると、ナースさんが怒りマークを額に浮かべて微笑んでいる。
「あのぅ、早くしてもらいたいんですけどー、30を前にした未婚女性の前でいちゃくとか火刑に処されても文句言えないと思うんですけどー、夜道に気をつけろよお前らコラ」
「ほら、早く行ってください。宝珠を取り出すことも大切なんですからね?いつまでも下剤に尻込みしてる場合じゃないですよ」
「わ、分かったよ、行けばいいんだろ行けば。下剤ぐらい飲み込んでやらあ」
こうなった以上もはや腹をくくるより他にないようだ。
俺はナニィと階段で別れ、ナースさんに付き従って診察室へと足を運んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ズンと冷たくも重い空気、戦場がそこにはあった。
緊張で溢れ出す汗を拭いとると、目の前の仇敵を睨みつける。
ネームプレートを首から下げたぼさぼさの頭を後ろで括り目の下に、生気のない死んだ魚のような目でこちらを見つめてくる。そのまぶたには大きなくまがくっきりと残されていて、医者なんて職業についている癖に自己管理などしてるようにはとても見えない。
なんとなしに医者の不養生という言葉が脳裏に浮かんだ。
「さて、昨日ぶりね、神無さん」
「……できることなら、あんたには二度と会いたくなかったぜ」
うっそりと呟く女医に、俺はそういって切り返す。
強がっていなければとてもこの状況に耐えられそうにない。
「それで? 例のブツはどうなったかしら?」
「残念ながら」
「……そう、それはとてもとても悲しいことね」
「待ってくれ、あと一日! あと一日だけ待ってもらえば必ず出るはずなんだ」
俺は必至に嘆願するが、女医はふるふると首を横に振ると、スッと何かしらの錠剤のようなものを出してきた。これが噂に聞く下剤という奴なのだろうか?
「くっ……」
「さぁ、何も恐れることはないわ。これを飲めば一発で昇天できる魔法の薬よ」
「嘘だ!俺、知ってる……その天国、トイレって名前なんだろ? そうだよなぁ、トイレは良いよなぁ、狭くて個室で鍵も掛けれる素敵空間だもんなー。そりゃ妖怪だって住みたくなるぜ」
学校の怪談とかの話やたらトイレ周りのお話多いよね。
「大丈夫、死にはしないわ。死なないだけとも、言うのかしらね?」
ふっふっふと女医が含み笑いを浮かべる
怖いなおい! 医者がこれから薬飲もうとする患者を不安にさせること言わないでくれよ。
しかしここまできて尻込みをしている訳にもいかない、賽は投げられたのだ
俺は手渡された錠剤タイプの薬を受け取って飲み込む。
ゴクリと異物が喉を通って胃袋へと落ちていった。
「……どれくらいで効果が出るんですか?」
「即効性の高いものだから、すぐよ」
「じゃあ今からトイレでスタンバってたほうがいいんですかね?」
ぎゅるぎゅるとお腹を下してから間に合わなかったとなれば社会的な死は免れないだろう。恥ずかしさのあまり、もう昼間から近所を出歩けなくなってしまう。
「あら、そんな必要ないわよ?」
「……え? 何で、ですか?」
女医の不思議そうな顔に違和感を覚える。
下剤を飲んだのだから、出るものが出てくるはず。そのために、トイレに陣取ることは至極普通な発想のはずだ。
「むぅ」
しかし先程から妙にまぶたが重い。目がしょぼしょぼしてきて頭がフラフラする。
夜更かしなんてしてるわけでもないのに、急に眠気が襲ってきた。
「何でって、そりゃあ私が渡したそれ、下剤じゃないし……」
なんだそれは? 飲み込んだものを排出するために必要な薬ではなかったのか?
その浮かんだ疑問を俺が口に出すことはなかった。
視界が霞んで、ガタリと座っていた椅子から落ちて床に転がる。
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