閉じる

プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

10話 マッチポンプ

 光ない黒より黒い暗闇の中を漂っている。
 しかし不思議と不快な気分ではなかった。
 何か暖かいものに包まれてふわふわ浮いてる感じだ。
 なんだろう、このすごく安心する感じ。


「……クロさん、起きて下さいムクロさん」


 優しい誰かを呼ぶ声に意識が浮き上がっていく。
 光の方へ、光の方へより眩しきところに。


「ん」


 頬に鈍い痛みを感じる。
 甘い香りが鼻孔をくすぐり、頭の下にむにむにとした柔らかい肉感があった。


「良かった。やっと目を覚めましたんですね」


 一体何だと思って目を開けると、ナニィの顔がすぐそこにあった。


「うわっ!?」


 驚きのあまり飛び上がる。
 その際に、頭にズキリとした痛みが走った。
 あれ、俺は……何かを忘れてるような?


「俺、何で寝てたんだ?」


 確かナニィと一緒に病院へ来て待ち時間の間にマルとかくれんぼをしていたはず。
 マルを見つけてナニィを探しにいったところまでは覚えているんだが。
 気が付いたらロビーでナニィに膝枕されていたようだ。


 周囲の見る目が何か暖かい物を見るようで気恥ずかしい。
 そりゃ、こんな場所で膝枕なんてされれば誤解されるか。


 俺は気恥ずかしさを誤魔化すように頬をかいた。


「え、えっとですね……かくれんぼが終わった後に待ち時間が暇で寝ちゃったんですよ」


「そうか?昨日の疲れでも残ってたのかね?」


 不自然にあたふたするナニィに首を傾げる。
 何をそんなに慌てているのだろうか?


「すごい、男を殴り倒して膝枕で落とすなんて……お姉ちゃん恰好いい!」


 しかし俺はそれを詰問するよりも先にマルの様子がおかしいことに気づいた。
 瞳をキラキラさせて憧れの存在を崇めるかのようにナニィを見ている。


「殴り倒す? なんだ、俺が寝ている間に喧嘩でもあったのか?」


「あはは、本当に何でもないですって」


 ナニィはマルの口を塞ぎながら首を横に振る。
 んーんーと息苦しそうに呻くマルにはお構いなしだ。


『神無骸様―、順番になりましたので医療室の方へお願いします』


 そうしている間に受付の人からコールを受けた。
 いけね、もうそんな時間なのか。
 結構長い間寝てたんだな。


「じゃあ、俺は診察受けてくるから」


「いってらっしゃい、私はマルちゃんと遊んでますね」


「お兄ちゃん、痛い注射されても泣いたらだめだよ?」


「誰が泣くか!」


「うわぁーお兄ちゃんが怒った、こっわーい」


 きゃっきゃ言いながら俺をダシにしてマルはナニィに抱き着く。
 少し前までの弄って遊んでやろうという類のものではなく
 お姉ちゃんに甘える弟のような親しみを感じて微笑する。


 ナニィも困ったなあと言いつつ、嫌がるような素振りはない。


 ついさっきまでそんな仲良いように見えなかったのに、俺が寝ている間に何があったんだか。
 とにもかくにも仲良きことは良いことである。


 俺は二人と別れてナースさんの案内に従って医療室に入った。
 医療室の中は病院独特の薬品臭が部屋に蔓延し、思わず鼻をつまみたくなる。
 そんなところでナースさん達が慌ただしくしている様子だったので頭が下がる思いだ。


「そこに突っ立ってないでとっとと椅子に座りなさい」


 その中でデスク上に散らばった資料に黙々とペンを走らせる女医さんがいた。
 ぼさっぼさの髪に暗そうな瞳、今にも死にそうな表情をした妙齢の女性は、着席を促す。


「どうも神無です」


「ああ、よろしく。早速だけど診察に移らせてもらうわよ」


 名乗りすらしない女医は受付に渡した診断表をパラパラ捲っては目で追っていた。
 俺はその間女医さんの首からぶら下がっているネームプレートを見る。


「斬原妖子」


 顔写真付きで、彼女の名前がそこに書いてあった。


「平熱、顔色が悪いようにも見えない、目立った外傷もなしか……で、君は何しにきたのかしら?」


「実は……」


 俺は、ナニィ関連の話をぼかして説明をする。
 ビー玉を誤って飲み込んでしまったことと、それで不安になって見てもらおうと思っていることなどを伝えた。


「はぁ、全く君はビー玉を飲み込んだって……赤ちゃんじゃないんだから」


「ぐっ、面目次第もない」


 本当は違うのに、違うと言えないジレンマ。
 クスクスと周りで作業していたナースさんが笑っているような気がして落ち着かない。


「じゃあとりあえず触診してみるからお腹出してみてくれる?」


 斬原女医さんの指示に従い、シャツを上にあげると斬原女医は右手で俺の腹に触れた。


「……ん?」


 ペタペタと触っていくにつれて斬原女医のただでさえ悪そうな表情が歪んでいった。


「どうかしましたか?」


「いいえ、良く鍛えられた腹筋だと思ったから。君は何かスポーツでもしているのかしらね?」


 そんな顔されると何か問題があるんじゃないかと心配になったが杞憂だったようだ。
 俺は質問に対して首を横に振った。


「スポーツはしてませんが、よく歩き回ったりしてるのでそのせいじゃないすかね」


 普段から妙な噂を聞けば飛んで行ったから、体力には自信がある。


「体力があるのはいいことよ。ご両親が丈夫な身体に生んでくれたことを感謝しなきゃね」


「……ええ、そうします」


 もっとも父親はいないし、母親は子供ほったらかしにしてる奴だけどな。


 その後、聴診器を当てられたりレントゲンなどをとって検査してもらった。
 しかし長い待ち時間の末の検査がものの数分とは涙が出る。


「……結果が出るのは明日になるわ。明日また来てちょうだい」


「え?すぐには分からないんですか?」


 普通、診断結果というのはすぐ分かるものだと思っていた。
 これまでも病院で診察を受けたことは何回かあるが
 その場で症状や、薬なんかも処方してもらっていたはずだが。


「正確に言うと、どう対処するかがかしらね?飲み込んだビー玉は運が良ければ1日くらいで排便されることもあるわ」


 なるほど、確かにそれなら何をするでもなく解決だ。


「便で出てこなければ?」


「下剤を飲んでもらうわ」


「……マジで?」


「マジよ」


 真剣な眼差しで下剤と書かれた錠剤の入ったビンを掲げる斬原女医に恐怖を覚える。
 それを知ってか知らずか斬原女医は気さくに俺の肩を叩く。


「便、出るといいわね?」


「……はい」


 そう言って頷くしか俺にはできなかった。
 俺は踵を返して薬品臭い医療室を後にしようとする。


「ああ、神無君ちょっと待ってもらえるかしら?」


 不意に、斬原女医に呼び止められる。


「……まだ、何かあるんですか?」


「ええ、血行良さそうだし、献血に協力していってもらいたいのよ」


「え?いやあ貧血気味なんでやめておきますよ」


 下剤で脅された上に、吸血されるとか嫌すぎるというのが本音だ。


「そっか、無理強いは出来ないからしょうがないけど」


 そこで斬原女医は妖し気にふふっと笑った。


「病院の中でかくれんぼは、先生感心できませんよ?」


 その言葉に俺の頬がピクピク震える。
 何が無理強いはできないだ。
 大人は嘘つきだよほんと。


 結局、俺はみっちり血を抜かれ……もとい献血していくことになった。



「プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く