プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す
5話 忘却せし記憶の泉
俺の名前は神無骸。
私立星見ヶ原学園に通う生徒だ。
誰も見たことのない未知を探して夜の学園を探索中に、鏡から現れたナニィと名乗る少女を保護し、家に連れて帰ったのだが……。
「馬鹿よせ止めろ、しょうがないだろ? 脱がせなきゃ怪我の治療ができないんだよ、そんでもって脱がせたんだからそりゃ見えちまうのも不可抗力だ」
「§°±ΔΘΣΞΩ!!」
俺は今、その助けたはずの少女と取っ組みあいの喧嘩を繰り広げていた。
傷の手当をする時に裸を見てしまったのが許せないという理不尽極まりない話だ。
「いい加減にしろ! 人の親切をなんだと思ってやがる。感謝しろと言うつもりはねえが文句を言われる筋合いはねえ!!」
「うっ、そ、それはそうですけど……でも!」
なおも言い募ろうとするナニィの肩をつかんで抱き寄せる。
「俺の目を見ろ、これが下心を持った人間の目に見えるか?」
「えっと、鼻血の跡が残ってるんですけども!」
「おっとこりゃ失礼」
いかん抱き寄せた時に胸の谷間が見えて昨日のことを思い出してしまった。
こんな小柄なのに出るところは出てるもんだから健全な男子高校生には目の毒だ。
ごしごしと鼻をこすって誤魔化す。
「とにかくだ。俺達は他にもっと話すべきことがたくさんあるんじゃないか? 例えばあれだ、あの鏡みたいなやつとか……あれは何で出来てるんだ? お前はどうやってあの鏡から出てきたんだ? 俺にも使えるもんなのか?」
一息に気になったことを問い質す。
あれは実に壮観だった。
今まで抱いてきた自分の常識が音を立てて崩れていくような衝撃があった。
この珍妙な少女を家に連れ帰ったのも、つまるところ自分の好奇心を満たすためといっても過言じゃない。
「あれは世界鏡というもので、鏡を重ね合わせて並行世界を作り出して、無数にある世界の一つに経路を繋ぎ合わせて移動するんです。神無さんが使用することも出来ますけど、経路を繋ぐために極めて高純度の水晶石で打ち出した鏡が必要になるから用意するのは無理ですよ」
まだまだ言い足りない様子だったが、ナニィは憮然とした表情でそう言い放った。
「そんな仕組みなのか。だが道具がいるなら帰る時はどうするつもりなんだ?」
「私はその経路を辿ってこちらの世界に留まっている状態なんです。だからほら」
「なんだこの黒いカード」
ナニィが懐から取り出したのは漆黒に塗られた一枚のカードだった。
大きさはトランプぐらいで一見何の変哲もないカードだが、真ん中に『157:34』と刻印されている。
「これがさっき言った世界鏡と私を繋ぐ経路の役目を果たしているんです」
「つまりビザみたいなもんか。んで、この数字は何を意味してるものなんだ?」
「……試練の残り時間です。この時間内に与えられた条件を達成できなかったり、カードが機能不全に陥ったりすると元の居た場所に強制送還されちゃうんです」
「試練ねえ、そういえば初めて会った時になんかそんなこと言ってたな。あの赤髪野郎もその手合いか?」
「あ、そうだ。えっとあの後は」
「お前があっさりぶっ飛ばされた後のことか?」
「そんなはっきり言われるとちょっと傷つくんですけど……」
「事実を言っただけなんだがなぁ」
「もっと真実を覆い隠すようなぼかした感じでお願いします」
がっくりと肩を落として項垂れるので、さっさと話を戻す。
「結論から言えば、殴り飛ばして帰ってきたぞ」
そういや、あいつ校舎に置きっぱなしにしといたままだけど大丈夫か。
「ふぅん、ムクロさんって強いんですね」
「ふっふっふ、昔ちょっとな」
「まあ別にそんな興味ないんですけど」
「おい!?」
「え? どうかしたんですか?」
何かおかしなことを言ったのかといいたげに小首を傾げるナニィを指差す。
「いいか、男が過去を匂わせる時ってのはな。突っ込んで聞いて貰いたいときなんだよ」
「ムクロさんって面倒臭い人だって言われませんか?」
「生憎と友と呼べる奴なんて一人しかいねえしな。赤の他人に言われても気にならんし」
「一人居ればいいじゃないですか、羨ましい」
「なんだお前、友達いないのか?」
「い、いないんじゃないです作らないだけなんです。ほら、私ってば王族の末席に名を連ねる由緒正しきワロテリアの姫ですし? 誰かに利用されないように孤高でいるだけなんです。
断じて、だーんじーてぇ人付き合いが苦手な訳じゃないんで、そこを勘違いしないように」
爪を噛みながらキーっと唸る様が実に嗜虐心を刺激するので、ニマニマしながら揺さぶりを掛けると、ナニィは図星だったのか急にあたふたしながら言い訳を重ねる。
「とまあ、ぼっち姫の言い訳はさておいて」
「ぼっちの意味は分からないけど馬鹿にされたのだけは分かりますからね!?」
「話を戻すがお前とあの赤髪はその試練? とかで互いに対立してる訳なんだろ」
「そうです。戦って最後の一人になるのが最終目標な訳ですから」
「その割には、あいつお前を放っておいてこっちに襲い掛かってきたぞ」
おかしくないか? 仮にこれが試練で競い合ってるなら部外者の俺を襲ってる場合じゃないだろうに。
しかし、そんなことはお構いなしにあの赤髪は俺を狙ってきた。
どうもナニィの説明と状況が嚙み合わないような気がしてならない。
「それは貴方が宝珠を飲み込んで……」
そこでナニィはハッと何かに気づいたように俺の体をペタペタと触りだす。
「おい、突然どうした? あ、あと近くに寄られると色々とヤバイ感じなんでもっと離れろ」
ナニィが来ている純白のドレスは、ベアトップという肩部分が存在しないタイプのデザインで、おまけに幼い外見に不相応な豊かな胸の谷間がちらちら見えて目のやり場に困る。
これが体を触るために至近距離にいるものだからすごいことになっているのだ。
俺はたまらず天井を見上げ、シミを数えることにした。
「そんなことより! ムクロさん、身体にどこか異常はありませんか? 吐き気があったり、気分が悪いとか」
「た、体調か? それならすこぶる元気だ。特に下半身がやばい、今にも走り出しそうだ」
「は? 何を言って……」
ナニィはついっと視線を下に移し、ある一点を見て頬を染めた。
「へ、変態っ!?」
「ふ、不可抗力だ。俺は悪くねえ」
「あほ、ばか、さる、狼男!」
ひどい、俺は気絶した女の子を前にしても紳士だったのに。
「人がせっかく心配してるのに……」
「それで? 俺が飲み込んだのはそんなやばい代物だったのか?」
今は既に治ってしまったそうだが、ナニィの背中の怪我も見てもらおうと思ってので、今日は病院には行く予定だった。
その時に検査してもらおうと思ってただけにこの反応は心配になる。
「ごめんなさい、その宝珠に関しては……私もよく知らないんです」
「分からない? 俺が飲み込んじまったのはお前の物だったんだろ?」
「このゲームにはいくつかルールが定められていてその中には『アイテムを1つだけ持ち込める』というルールがあるんですが」
「ルールに持ち込みができる特殊アイテムか。こりゃまた興味をそそる単語が出てきたな……とりあえずそのルールとやらから教えてくれ」
そうして俺はナニィから試練の概要を聞き出した。
ナニィの世界を統べる女王を選定するための試練という名のサバイバルゲーム。
最後の一人になった候補者が覇者となるゲームの概要を。
「候補者が最後の一人になるまで戦う、カードを紛失したりすると負け……んで、全員が何かしらのアイテムを持ってると」
要約するとこんな感じか。
「私はアイテムを持ち込むための支援要員として試練に参加したんです。私の役目は宝珠を姉妹に渡して、カードを捨てて試練から脱落すること。だから宝珠がどんなアイテムなのかは私も聞いてなくて」
「なるほど、合点がいった。つまりあの赤髪が俺に襲い掛かってきたのは、宝珠とかいうアイテムを強奪して試練を有利に運べるようにするためか」
「間違いないです。私は戦力外通告を国から申し伝えられるほどの、出来損ないで知られてましたからね。だから私の脱落よりも先にアイテムの確保を優先したんでしょう」
「てことは、これからこの腹の中にある宝珠を狙う輩が襲い掛かってくるのか?」
「で、でも流石にお腹の中にアイテムがあるなんて想像しないと思うし、あの赤髪の子は別にしても」
「いや、一人に知られてるってことは情報を拡散されるリスクってのは常にあるし、そもそもこんな広い場所で不特定多数の相手を探すことが前提だったんだぞ?」
「はぇ? どういうことです」
「アイテムを探知するアイテムみたいな類の品物……あるんじゃね?」
じゃないとどうやって争うんだって話だ。
アイテムを持ち込むためだけの駒が用意できるなら
そういう類のアイテムを事前に準備しないというのは考えにくい。
「あ、安心してください!宝珠が入っていた箱にはエミィお姉様が魔法でマーキングしてるんです。
エミィお姉様が来てくれればもう怖いものなし、ムクロさんが飲み込んじゃった宝珠も、ちょちょいのちょいって感じで摘出してくれると思いますので!」
「箱? 箱ってあれのことか?」
熱っぽく語るナニィを尻目に俺は部屋の隅で残骸とかした箱だったものを指差す。
「一応回収はしておいたが、気づいた時には箱がぐしゃぐしゃだった」
「んなぁ!? なんであんなことに?」
ふらふらとした足取りで箱だった物を拾い上げるナニィ。
ペタペタと箱を触って調べていたが、すぐに断念したように取りこぼした。
「だ、だめです。組まれた術式が跡形もなくぺしゃんこになってました」
なんでこんなことにと項垂れるナニィの肩をポンポンと叩く。
「終わってしまったことを悔やんでもしょうがない、前を向いて行こうぜ」
「ム、ムクロさん……そうですよね。くよくよしててもしょうがないですよね」
「というわけで出来ることからやるぞ! さっき魔法って言った? たった今、魔法って言いましたよね?」
「えっとはい、魔法ですよってなんですかその食いつき」
「全く焦らしプレイとは感心しないな。そういうことはもっと早く言ってもらわないと」
そうだよこれだよこれ。こういうのがなくちゃダメですわー。
ナニィさん超分かってるわー。
「は、はぇ? ちょ、ちょっと急にどうしたんですか? 目がキラキラしてちょっときもいです」
ジリジリと後退するナニィを壁際まで追い詰めて逃げ場を塞ぐ。
「その魔法っての、俺も見たい! とにかく見たい! 超みたい! 可及的速やかに見たい!」
「見せます。見せますからちょっと離れてくださいってば、大声出しますよ!」
溢れんばかりの熱意でナニィの首を縦に振ることに成功した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ギシリとベッドが軋む音が響く。
魔法を実演して見せるといったナニィが出した指示は、リラックスした状態で、ベッドに腰掛けることだった。
どんな魔法を見せてくれるんだ?
やっぱりあれか……ファイアボールみたいな手から火が出るやつ。
いや、火事になっても困るし実害が出そうにないのは氷雪系あたりだろうか?
「魔法は見たいが家が壊れるみたいなのは困る。その魔法は大丈夫か?」
「私に建物を吹っ飛ばすような破壊力のある魔法は使えませんよ。そもそも私が使える魔法って1個だけで、滅茶苦茶地味なやつなのでご期待には沿えないかもしれませんけど」
「魔法なのに地味って逆に新鮮だな」
「ふっふっふー、まあやってみてのお楽しみというやつですよ」
ナニィは腰を下ろして膝をつくと、俺の手を両手で包み込むように取って胸元にまで引き上げた。
「それでは始めます。まず、目を瞑って下さい」
おうと相槌を打って瞼を閉じる。
暗闇が広がる中で、手のぬくもりだけが印象に残った。
しかし女の子と手を繋ぐなどいつ以来だろうか?
「では、なんでもいいので好きなことを思い浮かべて下さい」
そうだ、確か小学校の頃に思いを寄せていた女の子と手を繋いだ時以来だ。
初恋の相手で、心臓の音が繋いだ手を通して相手に聞こえないかと焦ったものだ。
『汝の根幹を成す記憶の枝葉よ、汝が心を渦巻く茨の棘よ』
思い出す彼女と撮った一枚の写真を、笑顔を浮かべる少女が直視できなくて、照れくさくて顔を逸らした恥ずかしい記憶を。
『燃え尽きて灰となり、朽ち果てて土へと還れ』
そう、俺の初恋の少女の名は。
『忘却せし記憶の泉』
心を揺さぶるような声が耳膜を揺さぶり、次の瞬間には甘酸っぱい初恋の記憶は、暖炉にくべられた薪の様に燃え尽きていた。
「どうです?これが唯一使える私の魔法、特殊系列の忘却魔法です!」
ドヤ顔で大きな胸を張る少女を信じられない顔で見つめる。
「どうしたんですかムクロさん、そんな変な顔して?」
「……忘却魔法、だって?」
「対象の記憶領域に干渉する光を生み出して記憶を忘却させる魔法なんです。ああ、言いたいことは良くわかります地味ですよねやっぱり」
私も火とか水とか出してみたいなーと呟くナニィを無視して記憶の糸を手繰る。
しかし遠い昔に思いを馳せてみても初恋の少女の顔も名前も思い出せない。
ピンぼけした写真のように少女の顔が霞んでしまう。
「その魔法で消した記憶ってのは元に戻せるのか?」
「はぇ? 何を変な言ってるんですかムクロさん。地面にひっくり返した水を瓶の中に戻せるわけないじゃないですか」
天使と見紛うほどの清々しい表情でナニィは無慈悲な現実を告げる。
その笑顔には一片の悪意なく、一片の思慮もなかった。
この笑顔には純真無垢な光が満ちている。
言ってみれば夏場に蟻塚がせっせと餌を運ぶ様を見て喉が渇くだろうからと、水を入れてあげようとしたのと同じ類のアレだ。
そんな真っ白白助な行動の結果がこれだったというだけの話だ。
俺はHAHAHAと笑いながら魔法の行使のために繋いだままの手を引っ張り、ナニィをベッドに押し倒した。
「いだだだ、ちょ、やめ、やめてぇえええ!!」
「はっはっは、よいではないかよいではないか」
ナニィの悲鳴をBGMに、関節技を決めて現実逃避することにした。
私立星見ヶ原学園に通う生徒だ。
誰も見たことのない未知を探して夜の学園を探索中に、鏡から現れたナニィと名乗る少女を保護し、家に連れて帰ったのだが……。
「馬鹿よせ止めろ、しょうがないだろ? 脱がせなきゃ怪我の治療ができないんだよ、そんでもって脱がせたんだからそりゃ見えちまうのも不可抗力だ」
「§°±ΔΘΣΞΩ!!」
俺は今、その助けたはずの少女と取っ組みあいの喧嘩を繰り広げていた。
傷の手当をする時に裸を見てしまったのが許せないという理不尽極まりない話だ。
「いい加減にしろ! 人の親切をなんだと思ってやがる。感謝しろと言うつもりはねえが文句を言われる筋合いはねえ!!」
「うっ、そ、それはそうですけど……でも!」
なおも言い募ろうとするナニィの肩をつかんで抱き寄せる。
「俺の目を見ろ、これが下心を持った人間の目に見えるか?」
「えっと、鼻血の跡が残ってるんですけども!」
「おっとこりゃ失礼」
いかん抱き寄せた時に胸の谷間が見えて昨日のことを思い出してしまった。
こんな小柄なのに出るところは出てるもんだから健全な男子高校生には目の毒だ。
ごしごしと鼻をこすって誤魔化す。
「とにかくだ。俺達は他にもっと話すべきことがたくさんあるんじゃないか? 例えばあれだ、あの鏡みたいなやつとか……あれは何で出来てるんだ? お前はどうやってあの鏡から出てきたんだ? 俺にも使えるもんなのか?」
一息に気になったことを問い質す。
あれは実に壮観だった。
今まで抱いてきた自分の常識が音を立てて崩れていくような衝撃があった。
この珍妙な少女を家に連れ帰ったのも、つまるところ自分の好奇心を満たすためといっても過言じゃない。
「あれは世界鏡というもので、鏡を重ね合わせて並行世界を作り出して、無数にある世界の一つに経路を繋ぎ合わせて移動するんです。神無さんが使用することも出来ますけど、経路を繋ぐために極めて高純度の水晶石で打ち出した鏡が必要になるから用意するのは無理ですよ」
まだまだ言い足りない様子だったが、ナニィは憮然とした表情でそう言い放った。
「そんな仕組みなのか。だが道具がいるなら帰る時はどうするつもりなんだ?」
「私はその経路を辿ってこちらの世界に留まっている状態なんです。だからほら」
「なんだこの黒いカード」
ナニィが懐から取り出したのは漆黒に塗られた一枚のカードだった。
大きさはトランプぐらいで一見何の変哲もないカードだが、真ん中に『157:34』と刻印されている。
「これがさっき言った世界鏡と私を繋ぐ経路の役目を果たしているんです」
「つまりビザみたいなもんか。んで、この数字は何を意味してるものなんだ?」
「……試練の残り時間です。この時間内に与えられた条件を達成できなかったり、カードが機能不全に陥ったりすると元の居た場所に強制送還されちゃうんです」
「試練ねえ、そういえば初めて会った時になんかそんなこと言ってたな。あの赤髪野郎もその手合いか?」
「あ、そうだ。えっとあの後は」
「お前があっさりぶっ飛ばされた後のことか?」
「そんなはっきり言われるとちょっと傷つくんですけど……」
「事実を言っただけなんだがなぁ」
「もっと真実を覆い隠すようなぼかした感じでお願いします」
がっくりと肩を落として項垂れるので、さっさと話を戻す。
「結論から言えば、殴り飛ばして帰ってきたぞ」
そういや、あいつ校舎に置きっぱなしにしといたままだけど大丈夫か。
「ふぅん、ムクロさんって強いんですね」
「ふっふっふ、昔ちょっとな」
「まあ別にそんな興味ないんですけど」
「おい!?」
「え? どうかしたんですか?」
何かおかしなことを言ったのかといいたげに小首を傾げるナニィを指差す。
「いいか、男が過去を匂わせる時ってのはな。突っ込んで聞いて貰いたいときなんだよ」
「ムクロさんって面倒臭い人だって言われませんか?」
「生憎と友と呼べる奴なんて一人しかいねえしな。赤の他人に言われても気にならんし」
「一人居ればいいじゃないですか、羨ましい」
「なんだお前、友達いないのか?」
「い、いないんじゃないです作らないだけなんです。ほら、私ってば王族の末席に名を連ねる由緒正しきワロテリアの姫ですし? 誰かに利用されないように孤高でいるだけなんです。
断じて、だーんじーてぇ人付き合いが苦手な訳じゃないんで、そこを勘違いしないように」
爪を噛みながらキーっと唸る様が実に嗜虐心を刺激するので、ニマニマしながら揺さぶりを掛けると、ナニィは図星だったのか急にあたふたしながら言い訳を重ねる。
「とまあ、ぼっち姫の言い訳はさておいて」
「ぼっちの意味は分からないけど馬鹿にされたのだけは分かりますからね!?」
「話を戻すがお前とあの赤髪はその試練? とかで互いに対立してる訳なんだろ」
「そうです。戦って最後の一人になるのが最終目標な訳ですから」
「その割には、あいつお前を放っておいてこっちに襲い掛かってきたぞ」
おかしくないか? 仮にこれが試練で競い合ってるなら部外者の俺を襲ってる場合じゃないだろうに。
しかし、そんなことはお構いなしにあの赤髪は俺を狙ってきた。
どうもナニィの説明と状況が嚙み合わないような気がしてならない。
「それは貴方が宝珠を飲み込んで……」
そこでナニィはハッと何かに気づいたように俺の体をペタペタと触りだす。
「おい、突然どうした? あ、あと近くに寄られると色々とヤバイ感じなんでもっと離れろ」
ナニィが来ている純白のドレスは、ベアトップという肩部分が存在しないタイプのデザインで、おまけに幼い外見に不相応な豊かな胸の谷間がちらちら見えて目のやり場に困る。
これが体を触るために至近距離にいるものだからすごいことになっているのだ。
俺はたまらず天井を見上げ、シミを数えることにした。
「そんなことより! ムクロさん、身体にどこか異常はありませんか? 吐き気があったり、気分が悪いとか」
「た、体調か? それならすこぶる元気だ。特に下半身がやばい、今にも走り出しそうだ」
「は? 何を言って……」
ナニィはついっと視線を下に移し、ある一点を見て頬を染めた。
「へ、変態っ!?」
「ふ、不可抗力だ。俺は悪くねえ」
「あほ、ばか、さる、狼男!」
ひどい、俺は気絶した女の子を前にしても紳士だったのに。
「人がせっかく心配してるのに……」
「それで? 俺が飲み込んだのはそんなやばい代物だったのか?」
今は既に治ってしまったそうだが、ナニィの背中の怪我も見てもらおうと思ってので、今日は病院には行く予定だった。
その時に検査してもらおうと思ってただけにこの反応は心配になる。
「ごめんなさい、その宝珠に関しては……私もよく知らないんです」
「分からない? 俺が飲み込んじまったのはお前の物だったんだろ?」
「このゲームにはいくつかルールが定められていてその中には『アイテムを1つだけ持ち込める』というルールがあるんですが」
「ルールに持ち込みができる特殊アイテムか。こりゃまた興味をそそる単語が出てきたな……とりあえずそのルールとやらから教えてくれ」
そうして俺はナニィから試練の概要を聞き出した。
ナニィの世界を統べる女王を選定するための試練という名のサバイバルゲーム。
最後の一人になった候補者が覇者となるゲームの概要を。
「候補者が最後の一人になるまで戦う、カードを紛失したりすると負け……んで、全員が何かしらのアイテムを持ってると」
要約するとこんな感じか。
「私はアイテムを持ち込むための支援要員として試練に参加したんです。私の役目は宝珠を姉妹に渡して、カードを捨てて試練から脱落すること。だから宝珠がどんなアイテムなのかは私も聞いてなくて」
「なるほど、合点がいった。つまりあの赤髪が俺に襲い掛かってきたのは、宝珠とかいうアイテムを強奪して試練を有利に運べるようにするためか」
「間違いないです。私は戦力外通告を国から申し伝えられるほどの、出来損ないで知られてましたからね。だから私の脱落よりも先にアイテムの確保を優先したんでしょう」
「てことは、これからこの腹の中にある宝珠を狙う輩が襲い掛かってくるのか?」
「で、でも流石にお腹の中にアイテムがあるなんて想像しないと思うし、あの赤髪の子は別にしても」
「いや、一人に知られてるってことは情報を拡散されるリスクってのは常にあるし、そもそもこんな広い場所で不特定多数の相手を探すことが前提だったんだぞ?」
「はぇ? どういうことです」
「アイテムを探知するアイテムみたいな類の品物……あるんじゃね?」
じゃないとどうやって争うんだって話だ。
アイテムを持ち込むためだけの駒が用意できるなら
そういう類のアイテムを事前に準備しないというのは考えにくい。
「あ、安心してください!宝珠が入っていた箱にはエミィお姉様が魔法でマーキングしてるんです。
エミィお姉様が来てくれればもう怖いものなし、ムクロさんが飲み込んじゃった宝珠も、ちょちょいのちょいって感じで摘出してくれると思いますので!」
「箱? 箱ってあれのことか?」
熱っぽく語るナニィを尻目に俺は部屋の隅で残骸とかした箱だったものを指差す。
「一応回収はしておいたが、気づいた時には箱がぐしゃぐしゃだった」
「んなぁ!? なんであんなことに?」
ふらふらとした足取りで箱だった物を拾い上げるナニィ。
ペタペタと箱を触って調べていたが、すぐに断念したように取りこぼした。
「だ、だめです。組まれた術式が跡形もなくぺしゃんこになってました」
なんでこんなことにと項垂れるナニィの肩をポンポンと叩く。
「終わってしまったことを悔やんでもしょうがない、前を向いて行こうぜ」
「ム、ムクロさん……そうですよね。くよくよしててもしょうがないですよね」
「というわけで出来ることからやるぞ! さっき魔法って言った? たった今、魔法って言いましたよね?」
「えっとはい、魔法ですよってなんですかその食いつき」
「全く焦らしプレイとは感心しないな。そういうことはもっと早く言ってもらわないと」
そうだよこれだよこれ。こういうのがなくちゃダメですわー。
ナニィさん超分かってるわー。
「は、はぇ? ちょ、ちょっと急にどうしたんですか? 目がキラキラしてちょっときもいです」
ジリジリと後退するナニィを壁際まで追い詰めて逃げ場を塞ぐ。
「その魔法っての、俺も見たい! とにかく見たい! 超みたい! 可及的速やかに見たい!」
「見せます。見せますからちょっと離れてくださいってば、大声出しますよ!」
溢れんばかりの熱意でナニィの首を縦に振ることに成功した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ギシリとベッドが軋む音が響く。
魔法を実演して見せるといったナニィが出した指示は、リラックスした状態で、ベッドに腰掛けることだった。
どんな魔法を見せてくれるんだ?
やっぱりあれか……ファイアボールみたいな手から火が出るやつ。
いや、火事になっても困るし実害が出そうにないのは氷雪系あたりだろうか?
「魔法は見たいが家が壊れるみたいなのは困る。その魔法は大丈夫か?」
「私に建物を吹っ飛ばすような破壊力のある魔法は使えませんよ。そもそも私が使える魔法って1個だけで、滅茶苦茶地味なやつなのでご期待には沿えないかもしれませんけど」
「魔法なのに地味って逆に新鮮だな」
「ふっふっふー、まあやってみてのお楽しみというやつですよ」
ナニィは腰を下ろして膝をつくと、俺の手を両手で包み込むように取って胸元にまで引き上げた。
「それでは始めます。まず、目を瞑って下さい」
おうと相槌を打って瞼を閉じる。
暗闇が広がる中で、手のぬくもりだけが印象に残った。
しかし女の子と手を繋ぐなどいつ以来だろうか?
「では、なんでもいいので好きなことを思い浮かべて下さい」
そうだ、確か小学校の頃に思いを寄せていた女の子と手を繋いだ時以来だ。
初恋の相手で、心臓の音が繋いだ手を通して相手に聞こえないかと焦ったものだ。
『汝の根幹を成す記憶の枝葉よ、汝が心を渦巻く茨の棘よ』
思い出す彼女と撮った一枚の写真を、笑顔を浮かべる少女が直視できなくて、照れくさくて顔を逸らした恥ずかしい記憶を。
『燃え尽きて灰となり、朽ち果てて土へと還れ』
そう、俺の初恋の少女の名は。
『忘却せし記憶の泉』
心を揺さぶるような声が耳膜を揺さぶり、次の瞬間には甘酸っぱい初恋の記憶は、暖炉にくべられた薪の様に燃え尽きていた。
「どうです?これが唯一使える私の魔法、特殊系列の忘却魔法です!」
ドヤ顔で大きな胸を張る少女を信じられない顔で見つめる。
「どうしたんですかムクロさん、そんな変な顔して?」
「……忘却魔法、だって?」
「対象の記憶領域に干渉する光を生み出して記憶を忘却させる魔法なんです。ああ、言いたいことは良くわかります地味ですよねやっぱり」
私も火とか水とか出してみたいなーと呟くナニィを無視して記憶の糸を手繰る。
しかし遠い昔に思いを馳せてみても初恋の少女の顔も名前も思い出せない。
ピンぼけした写真のように少女の顔が霞んでしまう。
「その魔法で消した記憶ってのは元に戻せるのか?」
「はぇ? 何を変な言ってるんですかムクロさん。地面にひっくり返した水を瓶の中に戻せるわけないじゃないですか」
天使と見紛うほどの清々しい表情でナニィは無慈悲な現実を告げる。
その笑顔には一片の悪意なく、一片の思慮もなかった。
この笑顔には純真無垢な光が満ちている。
言ってみれば夏場に蟻塚がせっせと餌を運ぶ様を見て喉が渇くだろうからと、水を入れてあげようとしたのと同じ類のアレだ。
そんな真っ白白助な行動の結果がこれだったというだけの話だ。
俺はHAHAHAと笑いながら魔法の行使のために繋いだままの手を引っ張り、ナニィをベッドに押し倒した。
「いだだだ、ちょ、やめ、やめてぇえええ!!」
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