プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す

笑顔

1話 路傍の石

   晴れ舞台……そう聞くとどんなイメージを抱くのだろう?


 これまでの努力の成果を示す大会を想像するだろうか?
 女の子なら結婚式で、綺麗なドレスに身を包む自分を想像するのかもしれない。


 少なくともそれはその人にとってキラキラした素敵なものなんだろうなと思う。
 そんな物を持てる人を羨ましく思い、しかしそれは自分には縁がないものだと割り切りながら、目の前にそびえたつ荘厳な扉を見上げていた。


 扉には王家の紋章である6枚羽に天輪が浮かぶ絵が彫刻されていて、良く言えば神々しい、悪く言えば仰々しい家紋を私が背負っているのかと思うと身が竦む思いだ。


「ナニィ? 体調でも優れないのですか?」


 そんな様子を見かねて、隣に立っていた姉が私を気遣うように覗き込んでくる。
 姉は妹の私から見ても気品に溢れた見目麗しい女性で、均整の取れたスラッとした長身に艶の良い銀髪を背中まで流すその立ち姿は多くの人間を魅了してやまない。
 思わず姉に心配をかけてしまったことを反省して、慌てて背筋を伸ばす。


「体調は大丈夫なんだけど、これからなんだなぁと思うと気乗りしなくて……エミィ姉様はどうですか?」


 そうですねぇと姉は綺麗な白銀の髪を細い指で撫でる。
 くるくると指に髪を纏わせ、思慮に沈む姿は実に色っぽい。


「緊張はありますけど、これも王族の務めですから」


「……ナニィ姉は緊張しすぎ、行事なんて肩の力を抜いて適当にやり過ごせばいいのに」


 適度な緊張を保つエミィ姉様と対照的に、肩の力を抜くどころか緩みまくってる妹のネミィがあくび交じりにそう呟く。
 妹は癖毛が酷く、くるくる回っている自分の髪の毛がお気に召さないのか、いつも獅子を模した被り物をつけていて、それがまた妹の持つ愛くるしさを見事に増長させているのだ。
 常時マイペースを崩さない妹は、ふわふわの枕に顔を埋めてご満悦の様子。
 確かに今日は気温も暖かく良い天気、何もなければ昼寝していてもおかしくはない陽気なので無理もない。


「ネミィは緩みすぎですよ。せめて着物くらいはきちんと着なさい」


「ナニィ姉助けて? エミィ姉がイジメてくる」


 妹はこれから式典だというのに、礼装ではなく普段着だった、おまけに左手に裾を通さず着崩すという傍若無人ぶりで、仮にこれを他の人間がやっていたら打ち首ものだ。
 エミィ姉様が注意しようとするが、ネミィちゃんはその手をスルっと躱して私の背に逃げ込んできた。


「まぁまぁエミィ姉様。もうすぐ呼ばれると思いますし、ね?」


 こういう小動物的な可愛さにほだされてついつい甘くしてしまうのが悪いことだとは思ってるんですけどねぇ。


「イジメてません。まったくネミィは困ったことがあるとすぐにナニィを盾にするんだから……ワロテリアの王女たるものそんなことではいけませんよ?」


「えへへ、ごめんね」


 エミィ姉様も、毒気を抜かれたのか小言で済ませた。
 ペロッと舌を出すネミィちゃんに反省する様子はないけど、妹は自由奔放な気性でこれが平常運転である。


『姫殿下のおなーりー』


 暇を持て余し、じゃれあう私達の耳に扉の向こうから兵士の声が聞こえてきた。


「やれやれようやくですか」


「ん、なんかえらい手間取ってたね」


 兵士の声を聞いて、二人が扉の前に立つ。
 慌てて私も姉妹の隣に並び立つと、扉がゆっくりと開かれて玉座の間が姿を現した。
 中には大臣や将軍達が列を作ってこちらを待ち構えている。
 その鋭い眼光に、思わず気後れしそうだ。


「さて、私達の晴れ舞台です。準備はいいですね?」


「……レッツラゴー」


 エミィ姉様の問いかけにネミィちゃんはコクリと頷いた。
 人の目はちょっと怖いけど、エミィ姉様の前で恥ずかしいところは見せたくないし、ネミィちゃんにも姉としての威厳を示さなければいけない。


「だ、大丈夫れふっ!」


 震えた唇が紡ぎ出した言葉は我ながら全然大丈夫ではなかったが、ここで立ち止まっている訳にはいかない。
 エミィ姉様が最初に入り、続いてネミィちゃんが、そして二人の後を追うように私が最後に玉座の間へと入ると、扉が重い音を立てて閉まった。


 もう後戻りはできない。


 ここから続くのは試練への道。


 これから始まるのは世界の女王を決めるため、各国の姫達が競い合う女王選抜試練。


 通称【プリンセスセレクション】と呼ばれる儀式の開幕式が始まるのだ。






☆ ☆ ☆ ☆ ☆






『どんな人間であろうと自分の人生では主人公である』


 昔の偉い人の言葉らしいが、私はこの言葉が嫌いだ。
 主人公というのは勇敢で誰からも愛される人間を指す言葉で、才能も何もない人間に主人公などという大役を押し付けようなんて無理がある。
 誰しも輝きたい訳じゃないし、そっとしておいてほしい人間だって存在するのだ。
 少なくとも、私は主人公なんて柄じゃないと自他共に認めている人間だった。


 そんな私が世界の女王を決めるための戦いであるプリンセスセレクションに参加するのは才能があるからでも人望があるからでもない。
 ただ、生まれた場所がワロテリアという国で生んでくれたのがワロテリアの女王だったというだけ。
 もちろんそんな人間が好かれる訳もなく、大臣や将軍達から投げかけられる視線に好意的なものは一つもない。
 被っていたヴェールを少し深くして視線から隠れるように歩く、入り口から玉座までそれほど長い距離ではなかったはずだが、無限の時間にも感じられた。


「……面を上げよ」


 ようやく絨毯の道を歩き終えると、上から威厳に満ち溢れた声が降ってきた。
 少しだけ目線をあげれば王冠を乗せた白髪の女性が玉座に座っているのが分かる。
 この人こそが私達のお母さまであり、私達が暮らすワロテリア王国の女王。
 とても三人の娘を生んでいるとは思えないほど若作りで美しいが、厳格で当たりがきつく、私はお母様が……苦手だ。


「お母様、ご機嫌麗しく……私、エミィ・ワロー・テールは招集に従い参上いたしました」


「……ネミィも来た」


 エミィ姉様の儀礼に沿った挨拶に続き、末妹のネミィが堂々とあくびする。
 その妹の無礼にも等しい態度にも関わらず、お母様は優し気な視線を注いだ。


「……ナニィ・ワロー・テール。同じく参上しました」


 その瞳は……しかし、私が口を開いた途端に冷めたものになる。
 ちらっとだけ私に視線を投げて、すぐに姉妹達に向き直った。


「今日、お前たちを呼び立てたのは他でもない。本日をもって行われる女王選抜試練プリンセスセレクションについてだ」


 お母様は持っている杖を支えに立ち上がると、高らかに宣言する。


「これより、この大陸全土の覇権を賭けて執り行う試練が始まる。お前たちはこの試練に参加し、他の候補者プリンセスを打ち破って見事女王の座を勝ち取ってみせよ」


 激励が姉妹に投げかけられる。
 試練の勝利条件は至って明確、他の候補者プリンセスを蹴落として最後の一人になること。
 勝利した者には栄光が約束され、勝者を輩出した国も多大な恩恵を受けることができる。
 どんな国でもこの女王選抜試練プリンセスセレクションにかける想い入れは強く、ワロテリアもまたその例外に漏れない。
 お母様は候補者プリンセスである私たちにありとあらゆる分野での英才教育を施した。


「エミィ。我が王立魔術学園を主席で卒業し、政治家としても目覚ましい活躍を示したその智謀、期待しておるぞ」


「ありがとうございますお母様。ご期待に沿うよう頑張りますわ」


 エミィ姉様は華麗な仕草で一礼する。その様はお姫様としての気品に溢れ、人を虜にする優雅さが漂ってくる、これで王立魔術学園を主席で卒業するぐらいに魔法の才能もあって、才色兼備とはまさにお姉様のためにある言葉だ。


「次いでネミィ。我が国の精兵さえ手玉に取るそなたの武を持ってすれば他の候補者に遅れは取ることはないだろうが、油断だけはするなよ」


「ふぁ〜……ま、その辺てきとーに」


 妹はお母さまの前でも変わらず眠そうにしている、しかしそのねぼけた顔に反して妹の剣の腕はワロテリアでも随一の腕前を誇る最強の武人だ。
 不遜ふそんな態度を、余裕として受け取ったのか叱責しっせきすることもなくお母様は話を続ける。


「エミィとネミィは試練開始後、速やかに合流して試練に当たるように、そして……ナニィ」


「は、はい」


「私が足手まといになるお前を試練に参加させるのは何故か……分かるな?」


 しかし何事にも例外はある。
 めきめきと頭角を現す姉や妹と違い、私にはこれといってめざましい功績を残すようなことはできなかった。
 お母様の期待に応えた姉妹は寵愛を受け、期待外れだった私は冷遇された。
 そんな私に期待される唯一の役割、それは……。


「……試練に持ち込むアイテムのためです」


「そうだ、試練に参加するにあたり、候補者プリンセスは強力なアイテムを1つ持ち込める。これは全員に対して与えられた権利であり、参加者の優劣には左右されない。アイテムをエミィもしくはネミィに渡して速やかに脱落せよ。お前は与えられた役割だけこなせ、他には何も期待しておらん」


「……はい、心得ております。お母様」


 見下ろすお母様の言葉に頷くしかなかった……そう、私はこの世界に必要とされていない。
 皆が期待しているのは賢明な姉と勇猛な妹。
 私は綺麗に咲き誇る姉妹の傍に生えてるだけの徒花あだばなだ。


「お前達には王家に伝わる三種の神器を与える、これらはどれも伝説級の秘宝であり、試練を勝ち抜くにあたって大きな助力となるであろう」


 号令に従って3つの品々が運び込まれてくる。
 長大な刃渡りがある素人でも一目見れば分かるであろう業物の剣。
 覗き込めばそこにありのままを映す魔鉱石で作られた鏡。
 最後にアレはなんだろうか? 今までの二つと明らかに違う薄汚れた硝子玉のようなものだ。


「では、私から選ばせていただきますね」


 エミィ姉様は3種の品々を手に取り、各品がどんな能力を持っているかを確認していたが、すぐに退場する予定の私には道具の使用方法なんて聞いていても仕方がないため聞き流す。


「分かりました。これを持っていきます」


 エミィ姉様は長い熟慮の末、魔鉱石の鏡を手にした。光を反射して綺麗に輝く鏡は、気品と知性に溢れるエミィ姉様にはよく似合っている。


「……? ナニィ姉、先にいかないの?」


 エミィ姉様が戻ってきても、身動きしない私に妹は怪訝けげんな瞳を向ける。
 その曇りない無垢な瞳に、思わず苦笑した。
 きっと妹はエミィ姉様が先に取りに行ったから、次は私の番だろうと思ってくれている。
 でも期待されているのは私じゃないから妹より先に選ぶ訳にはいかないのだ。


「ううん、先にネミィちゃんが選んで」


「でも……」


「私は残ったものでいいから……ね?」


「……ん、じゃあこれで」


 私が微笑みかけると妹は頷いて、エミィ姉様とは対照的に、即断で剣を取って戻ってくる。


「やっぱり……ネミィちゃんには剣が似合うね」


「えへへ、ありがと」


 大剣を引きずりながら戻ってくるネミィとすれ違う時にそっとささやけば、妹は照れたようにはにかんだ。


 最後に私が秘宝を安置していた場所に立つと、そこには宝石が入った箱が取り残されている。
 パッと見ただけでは何に使うかも全く想像できないただの石ころ、こんなものが一体何の役に立つんだろう?
 何の役にも立たない、見向きもされない路傍ろぼうの石。
 誰にも選ばれずに残った石ころに、まるで自分のようだと思ってしまった。


「何を突っ立っている? もう選ぶものなどないだろうに、さっさとそれを持って戻れ」


「ご、ごめんなさい」


 母の、いや女王の言葉に会場から失笑が沸き立つ。
 涙をこらえて宝石の入った箱を閉じ、そそくさと元の場所に戻る。


「っ!!」


「むぅ……」


 その途中、私の失態を嘲笑う声に、いつもは柔和な笑顔を浮かべるエミィ姉様の顔が憤怒に染まり、普段眠そうにしてるネミィちゃんが露骨に眉を歪めているのが見えた。


「二人ともごめんね? ありがとう」


 だが、こんな大事な祭典の途中に暴れてはエミィ姉様達の立場も悪くなってしまう。
 小声でお礼を言ってから元の場所に戻ると、二人もとりあえず体裁を繕ってくれていた。
 私が犯した失態なので、反省しなければいけないはずなのに怒ってくれる姉妹を見て少し嬉しい気分になってしまう自分は少しだけ……性格が悪いのかもしれない。


「全員選んだな? では行くがいい! ワロテリアの候補者プリンセスよ! 己が力量を天下に知らしめ見事王冠を掴んで魅せよ」


 アイテムを選んだ私たちは、お母様の号令に従って転送の間へと移動する。
 試練のため、王宮に作られたこの部屋には、世界を渡るための巨大な鏡と魔方陣が設置されていて、時間が経てば試練が執り行われる会場へと送ってくれる仕組みらしい。
 この魔方陣はルールに違反した物を持ち込むと弾かれる仕様になっているそうなので、入る前にドレスの中に変な物が入ってないか見ておこう。


「……ナニィ姉」


 声を掛けられて振り向くと、そこにはネミィちゃんが立っていた。


「あれ? どうしたの? もうすぐ転送時間だよ」


 不思議に思って問いかけるが、ネミィは返事もせず飛びついてくる。


「ネミィちゃん?」


「ん、えっと……しばらく会えなくなっちゃうからナニィ姉を堪能しておこうと思って」


 小さな声で恥ずかしそうに呟く姿があまりにも可愛くて、ぎゅっと抱き締める。




「ふぅ、この大きさにこの弾力……やっぱり、ナニィ姉のおっぱい枕は至高」




 すりすりと頬をこすりつけてくる妹を、私は静かに引きはがしていた……妹は軍部に出入りしてる関係なのか、発言が時々おっさん臭い時がある。


「ん? なんで離れちゃうの?」


「自分の胸に聞くといいよ」


「ネミィの胸、とても小さい。でも、部隊のみんなそこがいいって言ってた」


「よし、後でその兵士の名前を教えてね? すぐに処刑するから」


 なんてやつらだ、こんな幼い妹をどんな目で見ているのだろうか?


「ナニィ、転送前にお時間よろしいですか?」


 私がネミィとおしゃべりをしていると、背後から呼びかけられて飛び跳ねる。
 親しみを込めて私の名前を呼んでくれるのはこのお城には二人しかいない。
 一人は目の前で眠たげにしている、悪意とは無縁な妹のネミィ・ワロー・テール。
 そしてもう一人は……。


「エミィ姉様」


 柔和な笑みを浮かべるのは敬愛する姉、エミィ・ワロー・テール姉様だった。


「いよいよ始まりますね、女王選抜試験プリンセスセレクションが」


「私、応援してます。きっと勝てます! 私ってばエミィ姉様の妹なのが唯一の自慢なぐらいだし」


 あたふたする私は不意にぎゅっと抱き締められて、甘い花の香が私を包む。


「ごめんね、ナニィ。お母様を止められなくて」


「ううん、エミィ姉様が気にすることじゃないから。私は大丈夫だし、出来ることがなんにもないのも、本当だしね」


 そんな分かりきったことであるはずなのに、エミィ姉様はいつもやるせない顔をする。敬愛する姉様に申し訳なく思う反面、ほんのちょっぴり嬉しくもあった。


「もう少しの辛抱です。私は必ずこの女王選抜試練プリンセスセレクションを勝ち抜きます。そうすればもうお母さまを抑えることぐらいなんということもありません、その時は……誰の目も気にすることなくお茶ができますね?」


「はい、私もまた、昔みたいにエミィ姉様とお茶したいです」


 子供の頃、姉様とよく過ごした城の庭園で、花に囲まれながらお茶ができるかと思うと心が躍った。


「……向こうに行ったら、その箱にかけた探知の魔法を辿ってすぐに駆け付けます。私が行くまで、待っていてください」


「あはは、心配しすぎだよ。これ持って隠れてるだけだし、ゆっくりでいいから」


 箱を開けて中にある宝石を見せるが、それでもエミィ姉様の不安げな顔は晴れることがなかった。


「もしも、アイテムを狙って他の参加者に襲われるような事態になったなら、それを相手に渡してでも逃げるんですよ? 約束……してくれますね?」


 身を案じてくれる姉の優しさに喜びを感じ、それと同時に悪戯心が沸き上がる。


「うーん、どうしよっかな?」


「ナニィ、私は……」


 なおも言い募ろうとするエミィお姉様の唇へ指を置いた。


「じゃあエミィ姉様も約束してください。必ずこの勝負を勝ち抜いて、私の姉様は世界で一番の、最高の姉様なんだってことを……私に証明してください」


 ドヤッと決めて見せた私の台詞に、お姉様には珍しくきょとんとした表情を見せて私の頭を撫で回した。


「ええ、任せておきなさい」


 余裕の笑顔を見せて、私たちは約束を交わした。


「ところでネミィ」


「ん? なーに?」


「貴方の持ってるそれ、何ですか?」


「何ってマクラだけど。エミィ姉ぼけちゃったの? 大丈夫?」


 歯に衣着せぬもの言いにエミィ姉様の眉間みけんしわが寄る。


「その枕、確か特注品のマジックアイテムでしょ」


「そうだよー。ヒッポグリフの羽をむしり取って、サウザンドドラゴンの皮でくるんでね、キャタピルが吐き出した糸で作った布を合成したの……世界に一つだけのネミィの枕なんだよ!」


 どう? すごいでしょ? そう言って自慢げに笑う妹の枕を、姉様は無言で取り上げた。


「ちょ!? エミィ姉何するの!? 返して、ネミィの枕返して!」


「ここに置いてきなさい。それ持ってると魔剣持っていけませんよ」


「えっ? そうなの?」


 初めて聞いたと言わんばかりに驚くネミィに、私は苦笑しつつも首肯する。
 残念ながら持ち込めるアイテムは1人につき1個だけだ。


「あえて魔剣を置いていくという選択肢」


「あるわけないでしょ! いい加減にしなさい!」


 ネミィが先ほどもらった大剣を近くにいた兵士に預けようとして、エミィ姉様が怒りの声を上げる。
 パコンと小気味良い音が転送の間に響き渡り、愛しの妹は頭を抱えた。
 枕を悲しげに見つめ、この世の終わりを迎えたといわんばかりの表情で呆然とするネミィをなぐさめていると、兵士の声が広間に木霊する。


「転送始まります!」


 その声が反響するのと同時に、鏡が輝き出す。


 どうやらいよいよ試練が始まるようだ。
 青色の光が満ちあふれ、広間を満たしていく。
 その光は近くに居たエミィ姉様とネミィちゃんも飲み込んで、すぐに私をも飲み込み始めた。
 転送の影響なのだろうか?
 意識がゆっくりと薄れていく。
 次に目が覚める時はきっと試練が開始されたときだろう。
 私は上手く自分の役目を果たせるだろうか?
 そう不安に思う気持ちもあったが、この時の私はあまり深刻には考えていなかった。


 そう、難しいことなんて何もないのだ。


 だって私の役目は姉妹の引き立て役、仕事は石ころをただ運ぶだけ。
 成功してもそれぐらい出来て当然と言われ、失敗してもやっぱりなで済まされてしまう。
 私は誰からも期待されないし、見向きもされない。
 それは当然のことだ。それは当たり前のことだ。でも……。


『でも、一度くらい……思いっきり笑ってみたかったな』


 誰かの期待を、全力で成し遂げ、認められることが出来たなら。
 こんな私でも、胸を張って笑えるだろうか?
 期待してくれる人も、そんな実力もないけど……もしもそんなことが出来たのなら、それはとても……。


 最後の想いが言葉になる前に、私の意識は完全に闇に閉ざされた。



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