プリンセスセレクションー異世界からやってきたお姫様は王様を目指す
4話 夢と思い出と初めての魔法
夢を見た。
何をやってもうまくいかない自分が一人いじけている夢を。
今から、およそ一年ほど前。いよいよ目前に控えるようになった試練のために教育が厳しさを増してきたころだったと思う。
授業や訓練でうまくいかなくて、いつも家庭教師に怒鳴られては、一人この庭園の片隅で人目を憚りながら落ち込んでいた。
私の家庭教師を務める人達への母の信頼は厚い。
それも無理のない話で、彼らはいずれも名家の出身であり、優秀な成績を収めた人間であり、何よりも姉である天才エミィ・ワロー・テールの教鞭を執った、実績を持つ選りすぐりの教師陣だ。
高い実力を持つが故に自尊心も高く、故に彼らは弱さを決して赦さない。
彼らの口癖はこうだ。
『エミィ様に比べてどうしてお前は』
教師たちの言葉が茨のように巻き付いて離れない。
耳に響く言霊は消えることなく、私もその言葉を当然の物として受け取っていた。
とにかくすごいのだ私の姉様は……魔法は言うまでもなく、武術や他の習い事をとっても何一つ足元にさえ及ばない。
生まれついた素質が、才能が違うのだと思うよりほかはないし、それ以上に大好きな姉がすごい人なんだと誇らしい。
だから比べられても仕方がないというのは物心がついた時から分かっていた。
それでも少しでも姉のようになりたいと努力をしてみても空回りするばかり。
自分はどうしてこうなのだろう?
容量が悪く、物覚えも良くなくて、失敗を繰り返しては隅っこでウジウジするばかり。
弱くて、惨めな自分が嫌になる。みんなが姉を誉めそやすのも当たり前だ。
容姿端麗、才色兼備、人当たりもよく周囲から愛されるエミィお姉様と、方や、何をするにもどん臭く頭も悪ければ運動も苦手で、周囲からはワロテリアの無能姫とまで言われている私を比較して、一体誰が私を選ぶというのか?
ネガティブな感情に支配されていることを自覚し、頭を振る。
自分の浅ましさと惨めさに涙腺が緩み、しかし曲がりなりにも由緒正しいワロテリア王家の末席を汚すものが人前で泣いてはいけないという思いで耐え続けた。
そんな私を慰めてくれるのは庭園に咲く甘い花の香だ。
この庭園は姉様が好きな場所だった。
姉様自身が育てた色とりどりの花壇は色鮮やかに咲き誇り、甘い蜜の香が充満したこの小さな世界だけが私の救いだった。
「子供の頃はここでお姉さまとお茶を楽しんだっけ」
焼き菓子と紅茶を楽しみながら花を愛で、他愛のない話に興じたものだと思う。
あの頃が一番楽しかったと思ってしまうのは失くした時間を惜しむからだろうか? 姉様と一緒にいる時間は時間が経つにつれて減って行ってしまった。
エミィ姉様は多忙な人だからしょうがないことではあるが、今ではお姉さまの花壇は私がお世話をするようになっている。
だから、本来の主がほとんど来れなくなった今でも昔と変わらずに美しいままだ。
「ナニィ、ここにいたのですね」
そんな独りの世界に浸っていると、琴の音のように澄んだ声が上がった。
もしやと思って振り返ると、そこに立っていたのはエミィ姉様だった。
「エミィ姉様っ!? 今日はお仕事大丈夫なんですか?」
「ええ、今日は面会予定だった相手が体調を崩されたらしく暇ができたんですよ」
にこやかに笑うエミィお姉様はそう言って銀のトレーを持ち上げると、その上にはティーポットとお菓子が乗っていた。
「ところでお茶でも、いかがですか?」
エミィお姉様は微笑みながら私をお茶に誘ってくれた。
もちろんお姉様とのお茶をこの私が断るはずもなくて、二つ返事で受けると、お姉様はすぐにお茶の支度を始めた。
テキパキと要領よく席を整えるお姉様に恐縮する。
「あ、あのエミィお姉様。お茶の支度なら私が」
「いえいえ、たまにはお姉ちゃんらしいところを見せて恰好つけたいので」
そう言われては口を出す訳にもいかず、手持無沙汰だった私は庭園のお花を適当に見繕ってテーブルに添えた。
「あら? これはこれは」
「えっと適当に活けてみたんだけど」
「とても上手ですよ。素敵な花をありがとう」
「そ、そうかな? ……良かった」
「では最高のお茶で返礼させてもらいますね、さぁ席へ座って」
「う、うん!」
促されるままに席へ慌てて座る。
その対面でエミィお姉様が優雅に腰掛けるのを見て、こういう細かなところでも全然敵わないんだよなあと辟易した。
手元を見ると鮮やかに色づいた紅茶が湯気を立てているので、試しに一口飲んでみると落ち着いた爽やかな味がした。
「……すごくおいしい」
「喜んでもらえて良かった」
「おいしいだけじゃない! この紅茶、あえて香りが立たないように淹れてる……お花の近くで飲む紅茶は香りが濃いものだと花の香りと喧嘩しちゃうから」
紅茶は香り高く入れるのが定石で、普通はこんな淹れ方はしないしそもそもしようと思わない。
状況次第で邪道も取り入れてくる。
頭の良い人はその正しさ故に正しい淹れ方しかしないものだけど、姉のこういう一面が普通のすごい人とは違うところなんだよね。
「ナニィは細かい工夫にも気づいてくれるから凝らしがいがあるんですよね。焼き菓子もあるのでたくさん食べて下さいな」
「うん! あー、おいしそうだけどあんまり食べ過ぎると太っちゃいそうで怖いよね」
そう言いながら、私はタルトに手を伸ばす。
これまたサクサクとした生地に新鮮な果物の甘味がよく合う絶品だった。
「ナニィはいいじゃないですか。食べても栄養が胸に行くんですから、私なんて横腹に来ちゃうんですよ……ほんと嫌になってしまいます」
エミィ姉様はじと目で自分の横腹を摘まむ。
そんなことしなくても姉様のくびれた腰はすごく綺麗なのに。
「うーん、私はもっとエミィ姉様みたいにスラッとした感じになりたいんだけどなぁ」
胸の方は成長著しいのだが胸が大きくても、肩凝りがひどくなるだけでいいことなんて何一つない。
「一番羨ましいのはネミィちゃんだよ。あれだけ食べても一向に太る気配ないもん」
妹のネミィはミレニアムと呼ばれる千年に一人が持つ特別しなやかな筋力を持つ体質で、常人には及びもしない出力を持つ一方、燃費が非常に悪い。
そのため人より多くの食事を必要として、常時睡魔に襲われるのだが副作用としてダイエットなどしなくても脂肪がつくようなことは決してないのだ。
「あれだけの食事がネミィのどこに収まってるかは興味が尽きませんね。今度、透視の魔法でどういう消化プロセスを辿っているのか、見せてもらいましょうか? もしかしたらより効率的なエネルギー消費について、論文が書けるかも知れません」
「えっと可哀そうだからやめてあげてね?」
「もちろん、冗談ですよ」
本当かなあ? 目が本気だった気がするんだけど。
紅茶を楽しんでいると不意にエミィ姉様と二人っきりになるのって珍しいなと思った。
普段はエミィ姉様の傍に幾人かの侍女がいるのだが、今日は珍しく誰もいない。
こんな好機は滅多にないし、悩み事を聞いてもらいたいなぁ、エミィ姉様なら悩みを解消する知恵を貸してくれるかもしれないし。
「あ、あのエミィ姉様。相談があるんですけど、聞いてもらっていいですか?」
意を決して一息に要件を伝えると、姉様はティーカップを置いて頷いた。
「ええ、私などで良ければ。もちろん誰にも他言などはしないと誓いましょう」
エミィ姉様は小さく手を挙げて何かに誓うように祈りを捧げる。
私は自分の中にあるモヤモヤを、不出来な頭で言語化し、拙くも懸命に紡いだ。
「私、何をやってもうまくいかなくて。剣も使えないし、魔法も初級魔法だって満足に唱えられない。
頭だって悪いし、特技なんて何もない」
「……果たして本当にそうなのでしょうか?」
てっきり何か助言のようなものをもらえると思っていただけに、エミィ姉様が小首を傾げて不思議そうな顔をするのは意外だった。
「仮に、仮にですよ? ナニィが言ったことが全て事実だと仮定しましょう。でも私は、ナニィの素晴らしいことをいくつも知っています」
「私の良いところ?」
「綺麗に花を活けて見せたり、細やかな工夫に気がつくとかね」
「でも、そんなの出来たって何の意味もないよ」
敵を倒すこともできなければ味方を守ることさえできないし、何より地味だ。
力というのは魔法みたいにドバーって敵をやっつけるものだと信じて疑わない。
「少なくともナニィにも出来ることはあるという証明にはなりますよね?」
目から鱗が落ちるとはこういうことを言うのだろうか?
確かに剣や魔法は使えないかもしれないが、花の面倒を見たりするのは得意だ。
これ自体は確かに役には立たないかもしれないけど、他の分野で役に立つスキルを習得できる余地はあるかもしれない。
「そもそも人の本質というのは加点しなければ見えないのですから、出来ないことを嘆く暇があったらどんなことなら出来るのかと考えなさい」
「むぅ、そうかもだけど……私だって魔法の一つぐらい格好良く扱ってみたいなぁ」
「じゃあこんな考え方はどうでしょう? 初級魔法さえ扱えないというのなら、他系統の魔法を取り扱ってみるというのは」
「そんな魔法があるの?」
自分にも使える魔法があるかも。そう聞いて私の姿勢は前のめりになる。
そんな私が可笑しかったのかエミィお姉様は微笑した。
「限定的な状況にしか使えないが故に、誰も習得しようとしない特殊系列の魔法というのがありましてね、いくつかやってみますか?」
手品師がとっておきのタネを明かすように、お姉様は秘蔵の知識を開陳した。
エミィ姉様が見せてくれる魔法は本当にどれも役に立たないものばかりで、エミィ姉様が実演してくれる度に、その珍しさに手を叩いて笑う。
なるほど、確かにこんな魔法は誰も使おうとしないのは明白である。
試しに、いくつか使おうとしてみたがうまくいかないものばかりだったが、たった一つだけ私でも成功した魔法があった。
私が初めて使える様になった魔法を、今でも大切に使い続けている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ん?」
随分懐かしい夢を見ていた気がする。
そういえば庭園の手入れは侍女の人にお願いしてきたが、ちゃんとやってくれているだろうか?
背伸びを一つし、カーテンから漏れ出る朝の陽射しが顔に射し、目が細める。
ここはどこだろう? 私は何をして?
見慣れぬ景色に唖然とし、記憶の糸を手繰った時、昨夜の出来事を思い出した。
「そうか。私、やられちゃったんだ」
下唇を噛み締める。
いきなりだったとはいえ何の抵抗も出来ないままに、あっさりと打ちのめされた。
渡すべき宝珠も失い、敵から身を守ることさえできない。
「そうだ。あの人は」
宝珠を飲み込んだ人はどうなった? 腸を割られて抉り出されたのだろうか? 私が巻き込んだのに、守ってあげられなかった。
「ごめん、ごめんなさい……私のせいで」
あの時もっとこうしていれば、少なくとも彼の命だけは取られずに済んだのに。
後悔のあまり、涙が止まることなく頬を流れた。
「起き抜けに何を謝っているんだ?」
「はぇ?」
だからこそ驚いた。
死んだはずの彼が不思議そうな顔で私を見つめていたのだから。
その事実を認識したとき、私の心臓は締め上げられるように縮みあがる。
「い、いやぁあ! お化け!? 私を恨んで化けて出ちゃったんですね?」
「誰がお化けだ!」
別段見えざるものに対する抵抗手段などは持ち合わせていないが、聞きかじった悪魔祓いの呪文を唱えると頭に鈍い痛みが走った。
「あ、あれ? 本当に生きてるんですか?」
「お化けに腕がついてる訳ないだろ? ちゃんと生きてるよ、ほら」
ぺたぺたと差し出された腕を擦ると、その手は確かに体温が宿った生きた者の手だった。
「良かったぁ。生きてたぁ」
いきなり散々な目にあったけど、嬉しいことがあり思わず笑みが溢れた。
「大丈夫かはこっちの台詞だ。派手にやられた癖にもう怪我が治ってる、どうなってるんだ一体?」
「怪我なんて一晩あれば大体治るものなんじゃないんですか?」
「ツッコミどころ満載だがまあいい、それよりも幾つか聞きたいことがある。
お前には俺の聞くことに答えてもらうぞ」
「……その前にどうしても聞いておきたいことが3つあります」
私はピンッと3本指を立てて、詰め寄った。
「言ってる傍からそれか、それで? 聞きたいことってなんだ?」
「ここ、どこですか?」
「俺の家だ。気絶したお前を背負ってここまで運んだ。病院に運んだほうがいいのかもと思ったんだが、面倒ごとになりそうだったし、何より幸い命に別状のあるほどの傷じゃなかったんでな」
「次の質問です。私の胸回りに包帯が巻かれているのですが治療してくれたのは貴方ですか?」
「ん? ああ、その包帯を巻いたのは俺だ。簡単な処置しかできなかったけどそんなにすぐ直るのなら余計なお世話だったな」
「いえ、応急処置をしてくれたのは感謝します。そして最後の質問です……これが一番じゅーようですのでよく聞いてくださいね?」
一拍間をおき、意を決して最後の質問を投げかけた。
「……見ました?」
胸元を自分の細腕で抱き締めながら彼の反応を伺う。
幸か不幸か、その言葉の真意が彼にはすぐ伝わったようだ。
これまで歯切れよく答えていた彼が不意に窓の外へ視線を向ける。
「……着やせするタイプ?」
次の瞬間、私は彼に襲い掛かった。
何をやってもうまくいかない自分が一人いじけている夢を。
今から、およそ一年ほど前。いよいよ目前に控えるようになった試練のために教育が厳しさを増してきたころだったと思う。
授業や訓練でうまくいかなくて、いつも家庭教師に怒鳴られては、一人この庭園の片隅で人目を憚りながら落ち込んでいた。
私の家庭教師を務める人達への母の信頼は厚い。
それも無理のない話で、彼らはいずれも名家の出身であり、優秀な成績を収めた人間であり、何よりも姉である天才エミィ・ワロー・テールの教鞭を執った、実績を持つ選りすぐりの教師陣だ。
高い実力を持つが故に自尊心も高く、故に彼らは弱さを決して赦さない。
彼らの口癖はこうだ。
『エミィ様に比べてどうしてお前は』
教師たちの言葉が茨のように巻き付いて離れない。
耳に響く言霊は消えることなく、私もその言葉を当然の物として受け取っていた。
とにかくすごいのだ私の姉様は……魔法は言うまでもなく、武術や他の習い事をとっても何一つ足元にさえ及ばない。
生まれついた素質が、才能が違うのだと思うよりほかはないし、それ以上に大好きな姉がすごい人なんだと誇らしい。
だから比べられても仕方がないというのは物心がついた時から分かっていた。
それでも少しでも姉のようになりたいと努力をしてみても空回りするばかり。
自分はどうしてこうなのだろう?
容量が悪く、物覚えも良くなくて、失敗を繰り返しては隅っこでウジウジするばかり。
弱くて、惨めな自分が嫌になる。みんなが姉を誉めそやすのも当たり前だ。
容姿端麗、才色兼備、人当たりもよく周囲から愛されるエミィお姉様と、方や、何をするにもどん臭く頭も悪ければ運動も苦手で、周囲からはワロテリアの無能姫とまで言われている私を比較して、一体誰が私を選ぶというのか?
ネガティブな感情に支配されていることを自覚し、頭を振る。
自分の浅ましさと惨めさに涙腺が緩み、しかし曲がりなりにも由緒正しいワロテリア王家の末席を汚すものが人前で泣いてはいけないという思いで耐え続けた。
そんな私を慰めてくれるのは庭園に咲く甘い花の香だ。
この庭園は姉様が好きな場所だった。
姉様自身が育てた色とりどりの花壇は色鮮やかに咲き誇り、甘い蜜の香が充満したこの小さな世界だけが私の救いだった。
「子供の頃はここでお姉さまとお茶を楽しんだっけ」
焼き菓子と紅茶を楽しみながら花を愛で、他愛のない話に興じたものだと思う。
あの頃が一番楽しかったと思ってしまうのは失くした時間を惜しむからだろうか? 姉様と一緒にいる時間は時間が経つにつれて減って行ってしまった。
エミィ姉様は多忙な人だからしょうがないことではあるが、今ではお姉さまの花壇は私がお世話をするようになっている。
だから、本来の主がほとんど来れなくなった今でも昔と変わらずに美しいままだ。
「ナニィ、ここにいたのですね」
そんな独りの世界に浸っていると、琴の音のように澄んだ声が上がった。
もしやと思って振り返ると、そこに立っていたのはエミィ姉様だった。
「エミィ姉様っ!? 今日はお仕事大丈夫なんですか?」
「ええ、今日は面会予定だった相手が体調を崩されたらしく暇ができたんですよ」
にこやかに笑うエミィお姉様はそう言って銀のトレーを持ち上げると、その上にはティーポットとお菓子が乗っていた。
「ところでお茶でも、いかがですか?」
エミィお姉様は微笑みながら私をお茶に誘ってくれた。
もちろんお姉様とのお茶をこの私が断るはずもなくて、二つ返事で受けると、お姉様はすぐにお茶の支度を始めた。
テキパキと要領よく席を整えるお姉様に恐縮する。
「あ、あのエミィお姉様。お茶の支度なら私が」
「いえいえ、たまにはお姉ちゃんらしいところを見せて恰好つけたいので」
そう言われては口を出す訳にもいかず、手持無沙汰だった私は庭園のお花を適当に見繕ってテーブルに添えた。
「あら? これはこれは」
「えっと適当に活けてみたんだけど」
「とても上手ですよ。素敵な花をありがとう」
「そ、そうかな? ……良かった」
「では最高のお茶で返礼させてもらいますね、さぁ席へ座って」
「う、うん!」
促されるままに席へ慌てて座る。
その対面でエミィお姉様が優雅に腰掛けるのを見て、こういう細かなところでも全然敵わないんだよなあと辟易した。
手元を見ると鮮やかに色づいた紅茶が湯気を立てているので、試しに一口飲んでみると落ち着いた爽やかな味がした。
「……すごくおいしい」
「喜んでもらえて良かった」
「おいしいだけじゃない! この紅茶、あえて香りが立たないように淹れてる……お花の近くで飲む紅茶は香りが濃いものだと花の香りと喧嘩しちゃうから」
紅茶は香り高く入れるのが定石で、普通はこんな淹れ方はしないしそもそもしようと思わない。
状況次第で邪道も取り入れてくる。
頭の良い人はその正しさ故に正しい淹れ方しかしないものだけど、姉のこういう一面が普通のすごい人とは違うところなんだよね。
「ナニィは細かい工夫にも気づいてくれるから凝らしがいがあるんですよね。焼き菓子もあるのでたくさん食べて下さいな」
「うん! あー、おいしそうだけどあんまり食べ過ぎると太っちゃいそうで怖いよね」
そう言いながら、私はタルトに手を伸ばす。
これまたサクサクとした生地に新鮮な果物の甘味がよく合う絶品だった。
「ナニィはいいじゃないですか。食べても栄養が胸に行くんですから、私なんて横腹に来ちゃうんですよ……ほんと嫌になってしまいます」
エミィ姉様はじと目で自分の横腹を摘まむ。
そんなことしなくても姉様のくびれた腰はすごく綺麗なのに。
「うーん、私はもっとエミィ姉様みたいにスラッとした感じになりたいんだけどなぁ」
胸の方は成長著しいのだが胸が大きくても、肩凝りがひどくなるだけでいいことなんて何一つない。
「一番羨ましいのはネミィちゃんだよ。あれだけ食べても一向に太る気配ないもん」
妹のネミィはミレニアムと呼ばれる千年に一人が持つ特別しなやかな筋力を持つ体質で、常人には及びもしない出力を持つ一方、燃費が非常に悪い。
そのため人より多くの食事を必要として、常時睡魔に襲われるのだが副作用としてダイエットなどしなくても脂肪がつくようなことは決してないのだ。
「あれだけの食事がネミィのどこに収まってるかは興味が尽きませんね。今度、透視の魔法でどういう消化プロセスを辿っているのか、見せてもらいましょうか? もしかしたらより効率的なエネルギー消費について、論文が書けるかも知れません」
「えっと可哀そうだからやめてあげてね?」
「もちろん、冗談ですよ」
本当かなあ? 目が本気だった気がするんだけど。
紅茶を楽しんでいると不意にエミィ姉様と二人っきりになるのって珍しいなと思った。
普段はエミィ姉様の傍に幾人かの侍女がいるのだが、今日は珍しく誰もいない。
こんな好機は滅多にないし、悩み事を聞いてもらいたいなぁ、エミィ姉様なら悩みを解消する知恵を貸してくれるかもしれないし。
「あ、あのエミィ姉様。相談があるんですけど、聞いてもらっていいですか?」
意を決して一息に要件を伝えると、姉様はティーカップを置いて頷いた。
「ええ、私などで良ければ。もちろん誰にも他言などはしないと誓いましょう」
エミィ姉様は小さく手を挙げて何かに誓うように祈りを捧げる。
私は自分の中にあるモヤモヤを、不出来な頭で言語化し、拙くも懸命に紡いだ。
「私、何をやってもうまくいかなくて。剣も使えないし、魔法も初級魔法だって満足に唱えられない。
頭だって悪いし、特技なんて何もない」
「……果たして本当にそうなのでしょうか?」
てっきり何か助言のようなものをもらえると思っていただけに、エミィ姉様が小首を傾げて不思議そうな顔をするのは意外だった。
「仮に、仮にですよ? ナニィが言ったことが全て事実だと仮定しましょう。でも私は、ナニィの素晴らしいことをいくつも知っています」
「私の良いところ?」
「綺麗に花を活けて見せたり、細やかな工夫に気がつくとかね」
「でも、そんなの出来たって何の意味もないよ」
敵を倒すこともできなければ味方を守ることさえできないし、何より地味だ。
力というのは魔法みたいにドバーって敵をやっつけるものだと信じて疑わない。
「少なくともナニィにも出来ることはあるという証明にはなりますよね?」
目から鱗が落ちるとはこういうことを言うのだろうか?
確かに剣や魔法は使えないかもしれないが、花の面倒を見たりするのは得意だ。
これ自体は確かに役には立たないかもしれないけど、他の分野で役に立つスキルを習得できる余地はあるかもしれない。
「そもそも人の本質というのは加点しなければ見えないのですから、出来ないことを嘆く暇があったらどんなことなら出来るのかと考えなさい」
「むぅ、そうかもだけど……私だって魔法の一つぐらい格好良く扱ってみたいなぁ」
「じゃあこんな考え方はどうでしょう? 初級魔法さえ扱えないというのなら、他系統の魔法を取り扱ってみるというのは」
「そんな魔法があるの?」
自分にも使える魔法があるかも。そう聞いて私の姿勢は前のめりになる。
そんな私が可笑しかったのかエミィお姉様は微笑した。
「限定的な状況にしか使えないが故に、誰も習得しようとしない特殊系列の魔法というのがありましてね、いくつかやってみますか?」
手品師がとっておきのタネを明かすように、お姉様は秘蔵の知識を開陳した。
エミィ姉様が見せてくれる魔法は本当にどれも役に立たないものばかりで、エミィ姉様が実演してくれる度に、その珍しさに手を叩いて笑う。
なるほど、確かにこんな魔法は誰も使おうとしないのは明白である。
試しに、いくつか使おうとしてみたがうまくいかないものばかりだったが、たった一つだけ私でも成功した魔法があった。
私が初めて使える様になった魔法を、今でも大切に使い続けている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ん?」
随分懐かしい夢を見ていた気がする。
そういえば庭園の手入れは侍女の人にお願いしてきたが、ちゃんとやってくれているだろうか?
背伸びを一つし、カーテンから漏れ出る朝の陽射しが顔に射し、目が細める。
ここはどこだろう? 私は何をして?
見慣れぬ景色に唖然とし、記憶の糸を手繰った時、昨夜の出来事を思い出した。
「そうか。私、やられちゃったんだ」
下唇を噛み締める。
いきなりだったとはいえ何の抵抗も出来ないままに、あっさりと打ちのめされた。
渡すべき宝珠も失い、敵から身を守ることさえできない。
「そうだ。あの人は」
宝珠を飲み込んだ人はどうなった? 腸を割られて抉り出されたのだろうか? 私が巻き込んだのに、守ってあげられなかった。
「ごめん、ごめんなさい……私のせいで」
あの時もっとこうしていれば、少なくとも彼の命だけは取られずに済んだのに。
後悔のあまり、涙が止まることなく頬を流れた。
「起き抜けに何を謝っているんだ?」
「はぇ?」
だからこそ驚いた。
死んだはずの彼が不思議そうな顔で私を見つめていたのだから。
その事実を認識したとき、私の心臓は締め上げられるように縮みあがる。
「い、いやぁあ! お化け!? 私を恨んで化けて出ちゃったんですね?」
「誰がお化けだ!」
別段見えざるものに対する抵抗手段などは持ち合わせていないが、聞きかじった悪魔祓いの呪文を唱えると頭に鈍い痛みが走った。
「あ、あれ? 本当に生きてるんですか?」
「お化けに腕がついてる訳ないだろ? ちゃんと生きてるよ、ほら」
ぺたぺたと差し出された腕を擦ると、その手は確かに体温が宿った生きた者の手だった。
「良かったぁ。生きてたぁ」
いきなり散々な目にあったけど、嬉しいことがあり思わず笑みが溢れた。
「大丈夫かはこっちの台詞だ。派手にやられた癖にもう怪我が治ってる、どうなってるんだ一体?」
「怪我なんて一晩あれば大体治るものなんじゃないんですか?」
「ツッコミどころ満載だがまあいい、それよりも幾つか聞きたいことがある。
お前には俺の聞くことに答えてもらうぞ」
「……その前にどうしても聞いておきたいことが3つあります」
私はピンッと3本指を立てて、詰め寄った。
「言ってる傍からそれか、それで? 聞きたいことってなんだ?」
「ここ、どこですか?」
「俺の家だ。気絶したお前を背負ってここまで運んだ。病院に運んだほうがいいのかもと思ったんだが、面倒ごとになりそうだったし、何より幸い命に別状のあるほどの傷じゃなかったんでな」
「次の質問です。私の胸回りに包帯が巻かれているのですが治療してくれたのは貴方ですか?」
「ん? ああ、その包帯を巻いたのは俺だ。簡単な処置しかできなかったけどそんなにすぐ直るのなら余計なお世話だったな」
「いえ、応急処置をしてくれたのは感謝します。そして最後の質問です……これが一番じゅーようですのでよく聞いてくださいね?」
一拍間をおき、意を決して最後の質問を投げかけた。
「……見ました?」
胸元を自分の細腕で抱き締めながら彼の反応を伺う。
幸か不幸か、その言葉の真意が彼にはすぐ伝わったようだ。
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